逃亡
「やぁ初めましてラスボス思想の最強ガール。とりあえずハーレムしてる覚えはねぇからその認識を改めてくれや」
相手の能力とテリトリーに転移させられた現状を考える以上、先程までの会話は聴かれていると考えるのが妥当だろう。
大半の魔法が使えない事を考えるに千咲を殺す事が出来るかどうかがわからない事も理解できる。
だがいつもと口調が変わらないのは奥の手でもあるのかはたまた男の意地か。
「魔法も使えねぇ癖してまだ粋がれるんだ、正直調子乗んなって感じだけどまぁいっか。そんな事よりアルラルト、テメェ何か企んでるだろうなって思ってたけど…随分と楽しそうな事考えてるじゃない」
「………。」
「ここに来てだんまりかよ本当につまんねぇ奴だな?お前」
「おいおいそう虐めなさんな、お前さんこそコソコソ盗み聞きした後に俺達を連れてきて、一体何したいんだ?洒落た趣味をお持ちの様だし俺達の事を痛ぶって遊ぶのか?」
「それも考えたんだけど、最近拷問にも飽きてきたのよね。だからアルラルトには一つ仕事をしてもらうわ」
「仕事ねぇ…」
目の前にいるこの女が話に聞く通り残忍な性格をしているとすれば碌なものではないだろう。だが折角本人がいるのだから真意を知りたい。
そう思い少々リスクが高いとは思いつつ意を決して口を開く仁。
「その仕事、お前が考えて用意するものなのか?」
「は?そうに決まってるでしょう?」
「階級制度もそうなのか?都市の人間を皆殺しにする計画も?」
「ええ、当たり前でしょう?それを聞いて何の意味があるわけ?」
「何の為に」
「教えるわけないでしょう?貴方本当に頭が悪いの?」
「この体になって物覚えは良くなったが頭は悪いぞ。そんな俺だからわからないんだが、都市の壊滅はお前が望んだことなのか?世界改変前の自分を思い浮かべてみろよ、自分が、もしくはお前の親御さんがそれをて楽しいと思えるのか?」
「……以前がどうであれ私は私。随分と下らない言葉だけど、それで私を説得するつもり?」
「いんや?ただお前さんの計画も随分とありきたりでつまんね_え”っ…!てぇ……」
言い切る前に右の脇腹が破裂する。予備動作の様なものはあった。破裂の前、千咲の右手の少し横の空間が一瞬煌めいた為恐らくそれが腹を破裂させた魔法なのだろうが、見ただけではどんな魔法なのか皆目見当もつかない。
「調子乗ってんじゃねぇよ雑魚が!おとう……!ちっ、これ以上相手すんのも馬鹿みたいだな…」
「連れねぇなぁ、おとうって、お父さんって事_がっ!」
「ごちゃごちゃうるせぇよ。テメェのお仲間三人殺してやろうか?」
「可愛いとこあるじゃん。まだ相手してくれんのか?」
「私犬は好きなの。だから貴方みたいなよく吠える犬にはつい反応してしまうのだけど…うぜぇからもうやめるわ。アルラルト、天秤を渡しなさい」
(父親との仲は良好だとアルラルトも言っていたしこの反応を見るに地雷はコイツの父親か。でもコイツが父親の為に都市を滅ぼそうとしているとは言い切れねぇな。都市を滅ぼす理由も、快楽の為なら態々隠す必要も無いだろう。となると何か狙いがあるはずだ。だがそれが分からん。滅ぼす事が目的なのかはたまた滅ぼす事で目的が達成されるのか)
ウダウダと考えるが一向に納得のいく推察を立てる事ができず、二度魔法を受けた脇腹を抑え回復に勤しむが千咲の魔力が邪魔をしてそれすらもままならない。
天秤を渡そうとしないアルラルトは鎖に拘束され仁と同じ植物魔法で痛ぶられている。
「はぁ…ここで渡せば今まで通り働かせてやろうと思ったけど、もういいわ」
千咲は呆れた表情でアルラルトに近寄りその胸に触れる。
ゲーム時代に窃盗の魔法など存在しなかった。故あって他者のインベントリから物を取る事は出来ない筈だが……膨大な魔力がアルラルトへと流れ次の瞬間、千咲の左手には神々しい天秤が握られていた。
「なっ…!?」
「ぷっ!!何その顔、滑稽すぎてマジウケるんですけど!この程度の事私ができないと思ったの?ほんっとうに無能なのね、貴方」
他者の魔力をも自在に操る千咲に唯一対抗できる手段がこのまま彼女の手に渡って仕舞えば都市が滅びるのは必定、それだけはさせまいとアルラルトは声を上げる。
「仁!一瞬でいい!頼む!!」
「あっははははは!!無理に決まってんじゃん!自分の体の治癒すらできてない雑魚に何ができると思ってんだよ!」
頼むと言う言葉が何を表しているのか定かではないが恐らく千咲の注意引いて欲しいのだろう。しかし彼女の言う通り脇腹の治癒もままならないこの現状で出来ることなど限られている。それに何より、これ以上彼女と敵対すれば真衣達へ被害が及ぶ恐れもある。
(正直こんな状況になったら大人しくこの女の靴でも舐めてたいんだが……)
正義のヒーローになんざ手を貸すつもりはない。されども自らの信念の下必死に何かをなそうとしている者には自然と力を貸したくなるのが人の性、雑念を全て消し去り持てる魔力を最大限まで高める。
恐らく千咲は魔力の研究を進めたことにより魔力の陣取りにおいてアドバンテージがあるのだろう。だが絶対的な優位性を持っているわけではない。
それは仁の体内魔力まで侵食して来ない事で推察できる。ともなれば。
「はっ!?」
自らの身体にありったけの魔力強化を施して千咲を蹴り上げようとするが、足が当たる直前に仁の背後に転移される。
しかしアルラルトから引き剥がす事も千咲よりもアルラルトへ接近する事もできた。
余計な事をされる前に、アルラルトへと触れ体内へ根を通していく。
痛みでうめき声を上げるが体内を侵していた千咲の魔力が無くなった事を理解するなり一瞬で魔力を高める。
「[精算せよ、対価は私の全てで払う]!!」
「何を_」
千咲がアルラルトへと魔力を送り込もうとするが、それよりも速くアルラルトの願いは聞き届けられ千咲の左手に握られていた天秤と共に跡形もなくその場から消失した。
「あの野郎…!!」
(待って、冷静になって私。お父様からいつも言われているでしょう?)
怒りを露わにして仁の体を八つ裂きにしようとするが、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「アルラルトの分。貴方にはしっかり働いてもらうから覚悟しなさい」
「んあ?随分と優しいじゃん。俺殺される覚悟だったんだけど」
「ええ、次下手な真似をしたらお望み通り殺してあげるぜ?お前の大切なお仲間をお前の目の前でな…!」
「ははは、んじゃ流石にこれ以上は大人しくするが…何で腹いせに今それをしないんだ?」
「私は寛容なの。お父様と同じで自分の駒にはね」
「お父様ねぇ……」
現代日本で父親をお父様と呼ぶ者など極々僅かだろう。千咲がその一例の可能性もあるがそれにしては品性を感じられない。
となれば何か理由がある筈だ。
(小野田父に会わないと分からんな。逆に小野田父に会うことができればこの親子の真意が見れる気がする…)
乱雑に膨大な魔力を消費した為疲労感を感じる中、ゆっくりと近づいてくる千咲に反応せずアルラルトと同様に胸を触られる。
触れられた瞬間、体内の魔力が一気に押しのけられ次の瞬間には周囲に身に覚えのある一振りの刀と、男が身につけるのには少々添わなそうな紅色を基調とした鮮やかな着物一式が現れた。
「ほら、これで貴方が言っていた通り人質と欲しがっていた装備が揃ったぜ?これで大義名分は十分でしょう?ほら、その魔力場を解いて私と誓いを立てなさい」
「契約内容は?」
「絶対服従。それ以外ある?断ってもらっても構わないけど、その時は貴方のお仲間に罪を償ってもらうわよ?」
「殺らせると思うか?」
「ええ。貴方を殺すのは少し面倒くさそうだけど、あの三人なら1秒もあれば十分」
触れられなければ体内の魔力まで侵される事はないとはいえど、触れられてしまえば致命傷を負うのは必然。
それでも死ぬ事はないが、出来るのはそこまで。死なない様に逃げ回る事はできても他者を守る事までは恐らくできない。
もうここまで下に見られてしまえば脅しも効かない。
「………わーったよ、降参だ。[我、誓約へ天命を捧ぐ]」
「ダメ、言い直して。普通なら天命を捧ぐでも良いけど貴方の場合契約を破っても称号が消えるだけの可能性があるから」
(ちっ…気付かれたか)
「んじゃなんていや良いのさ」
「そうね……この身この命、とかかしら」
「はぁぁ……。[我、誓約へこの身この命を捧ぐ]」
自分の魔力が千咲の魔力に縛られる感覚を覚える。
誓いを立てた以上、彼女の命令に逆らう事はできなくなる。アルラルトを逃す事はできたが、恐らく仁にはもう千咲を邪魔する事はできないだろう。
「じゃあ今の内に釘を刺しておくけど、これ以降誰にも私に関連する情報を一切喋っちゃダメ、後私とお父様に危害を与えるのも禁止。私やお父様に危害が及びそうになった時最善の手段で私達を守る事。いい?」
「了解するしかねぇだろ…」
「っふふふ、いい気味ね。あぁそうそう、基本的に貴方には私の側にいてもらうから、お別れの挨拶をしてきなさい」
「……なぁ、アンタ俺に何をさせる気なんだ?」
「っははははははは!子犬みたいな顔しちゃって面白い奴!そんなに知りたいの?まぁ教えないけど!貴方はただ黙って私の言うことを聞いていればいいの」
「そうかい」
(さてさてんじゃあ家に帰るとしますかね。アルラルトの転移を阻止できなかったんだ、恐らく監視はできるが思考までは読めないんだろう。だとすれば手はある。そう信じて動くしかねぇな)
鮮やかな着物の装備を見に纏い、対エネミー用の武器[回生桜華紅光露]を腰に刺す。
現実世界で着物を着たのは随分と久しぶりの筈だが、何故だか妙にしっくりくる感覚と落ち着くような感覚を覚える。
「うっわぁ…馬子にも衣装って言うけど、貴方衣装に負けすぎて誤魔化せてないわよ」
「うるせぇ余計なお世話だ」
余計な事をするな、見張っているからなと釘を刺されて帰路に着く。未だ外は暗く、少し肌寒い空気が頬を撫でる感覚に浸りながら。
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「おや、おはよう。何か綺麗な着物を着ているけど、クーデター軍の人にもらったのかい?」
朝6時頃、自室から朝食を作りに起きてきた啓文に声をかけられ、不規則に机を鳴らしていた指を一瞬止め啓文の方を見上げる。寝不足と風邪も合間ってか、仁は「いや」と低い声で一言告げまた机を鳴らし始める。
「話がある」
「ん?何だい?」
「俺は都市運営陣に着くことにした」
「へぇ…それはまたどうしてだい?どちらにも肩入れするつもりは無いと言っていたじゃ無いか」
「運営陣から素敵なプレゼントをもらってな。どうだ?俺がゲーム時代に使っていた装備一式だぜ?」
「それだけの理由でかい?君らしく無い様に思えるけど」
「ああ。別に俺としては階級制度に文句もねぇしな。それに正義のヒーローなんざ反吐出る」
「そうか……」
口に手を当て考える素振りを見せる啓文。
やがて滅多に見せない少し鋭い目つきへと変わってゆき、また魔力も肌に感じる程高まってゆく。
「残念だけど、僕は仁君と一緒に運営陣につく事はできないし、比代理と真衣ちゃんにもさせるつもりは無いよ」
「そうか。まぁ、お前等は俺の奴隷でも|何でも無いからな。好きにしな」
(さて、上手く伝わってくれれば良いんだが……。まぁ兎も角、伝えるべき事は最低限伝えたと思うし、あまり長居してれば真衣が起きてくる。そうすりゃ面倒なことになるし、さっさと退散しますかね)
啓文自作の暗号。覚えの良い体とはいえ覚えたて故不安要素はあるがきっと通じていると信じて椅子から立ち上がる。
「じゃあな……ああ最後に通告だ。俺の敵になるんだったら容赦するつもりは無い。精々大人しくしているんだな」
「君こそ、あまり我を忘れない様にしな。周りを見る事を忘れたら、きっと後悔することになるよ」
それ以上言葉を交わす事なく家を出る。
「ゴホッゴホッ……」
頬を撫でる秋風が染み咳が出る。千咲との対面時魔力を一気に消耗してから体調も急激に悪化して行っており、それ故か顔も赤い。
されどそんな事を気にしている余裕は無いと、気にせずいつもの様に歩みを進める。
(俺に出来る事なんざこの程度……いや、後はどう転んでも良い様に小野田娘に媚を売る事くらいか。何をさせるつもりかは知らんが媚を売る以上色んな奴の恨みも買うことになんだろうが……ま、しゃーないか。寧ろこれを機に一人になるのも悪く……)
ふと、真衣と二人で13階層に出かけた日の事を思い出す。
愛想を尽かされるその日までずっと一緒にいると、あの時仁は確かにそう言った。
人格改変の影響か、こんな状況だから何らかの心理効果でも働いたのか本心で仁を好きになったは分からないが、確かに自分を想ってくれている少女との約束を、果たして自分は破って良いのだろうか。
分からない。分からないが……。
(どんな結末になろうとアイツなら立ち直れんだろ。雑念は捨てろ。あの三人が生きてりゃ何でも良い。小野田娘の弱点も何となくだが推察できてんだ。最悪差し違いになってでも俺がアイツを止めれば良い……)
演技などでは無く啓文の心からの忠告。それに気づく事もできず、真衣との思い出が仁を一層悪い方向へと進ませる。
しかしそれも仕方がない事。
腐り落ちながら死んだ様に生きてきた仁が生きる意味を狂った世界で漸く見つけ、何の信念もなくダラダラと過ごしていた過去の自分から逃げる様に、今の仁はそれを守ろうとしているのだから。




