12 悪夢になったモノ 壱
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「そういえば、10年間一度もこれは使ったことなかったわね」
ニルソニアは、ベットから立ち上がりながらローゼに告げた。
「これ、とは?」
ローゼが尋ねるが、ニルソニアはすぐに答えず、両袖机まで進んだ。
そして、引き出しの右側三段目から、取り出したのは、
「これよ、これ」
奴隷の首輪だった。
サーッと、ローゼが青ざめる。
ローゼにとって、
奴隷の首輪――奴隷環――とは、
忌まわしく悍ましい罅刳を象徴するものだ。
10年間心の奥底に潜んでいた禍虚が呼び起され、ローゼの顔は、
「お嬢様、それをどうするおつもりなので?」
もはや能面に近かった。
否、能面ではなくデスマスクに近かった。
その反応にニルソニアは気づけない。気づかない。
「もちろん、あなたの首につけるのよ」
ニルソニアは、ローゼに首輪を付けたいらしい。いろんな意味で。様々な理由で。
ただ、彼女のメイドが今、顔面蒼白になっていることを知ったら、すぐに取り止めにしただろう。
ニルソニアは心の底から、つまり、本気で怒っているわけではない。
少しばかりお灸をすえたかっただけなのだ。
だってそうだろう。
昨日、彼女の心を溶かしたのは、紛れもなくローゼだ。
そのローゼが心を凍えさすような真似をしたのだ。
文句の一つも言いたくなってくるだろう。
――私の心はあなたにとって、そんな軽々しいものなのか、と。
それでも、心を一回開いてしまった以上、もう戻れない。
戻りたくはない。
忘れていた他人のぬくもりを、思い出してしまったから。
溶けてしまった心に、孤独は他人の悪意よりも堪えられないから。
だから首環をかける。
どこにも行かないように。
どこにも消えないように。
そんな己の奥底にある心の機微に気づくことなく、ニルソニアは、
(この首輪はどうやって使う物だったかしら。え~と、思いだせないわ)
そんなことを呑気に考えていた。
ローゼを購入する時に、説明を受けたが、
聞き流していたせいで覚えていないニルソニア。
結局当の本人に聞くことにした。
「ねえ、ローゼ。これどうやって使う物だっ――――――――って、大丈夫?!」
ようやく、ローゼの惨状に気づいたが、時すでに遅し。
ローゼは、先ほどまで苦しんでいたのだが、今はベットの上で安らかに眠っていた。
「ローゼ?! ローゼッ!?」
体をゆする。胸が少しだけ揺れる。
「―――――あ、う………」
吐息が漏れた。
ローゼはどうやら気絶しているらしい。本当に眠っているだけだった。
胸を撫でおろすニルソニア。その手は引っかかることなくスムーズに動いた。
† † †
ローゼは夢を見ていた。
今では見なくなっていた古い夢だった。
遠〿〿て〿く〿屋、
〿暗〿窓〿〿い〿屋、
夜通し聞〿え〿〿て〿る少〿の〿えぎ声、
むせ〿〿るほ〿の〿〿臭〿、
森〿中、薄暗い〿道、主の〿ない屋敷、
黒〿棒〿間、
避〿られる、
当たら〿い、
す〿抜けられる、
打っ飛ばせな〿、
避け〿れる、
殴れない。
ローゼは途中から夢が切り替わっていることに気づかない。
(ちょこまかと、よけるな。うっとうしい)
夢の中の棒人間に苛立ち、思わず手が出てしまう。
バキッ!!
人を殴った感触が手に残る。
(え? 当たった?…………これがお嬢様を侮辱した――
「きゃあ!」
――罰で――――す? ?『きゃあ!』?)
あの棒人間とは、似ても似つかない可愛らしい女性の悲鳴だった。
耳に残る女性の悲鳴。
手に残る柔肌の感覚。
それが意味するところは……。
ローゼの脳裏にある一つの可能性が浮かんだ。
(もし、かして、ニルソニア様に当たってしまい、ましたか?)
ローゼは怖がっている、目を開ける事を。だが謝らないと後が怖い。
迷った末、そ~っと薄目を開けることにしたローゼ。
開けた目に映るは、
崩れ落ちて頬を押さえる金髪の女性と、ニヤニヤ笑っている棒人間だった。
心配していたことが杞憂に終わって、ローゼ、一言。
「よかった。本当によかった。殴った、拳が当たったのが見知らぬ女性で!」
「じゃあその見知らぬ赤の他人に殴られても文句ないですよね! 私天使ですが!!」
拳が当たっていたのは、まさかのナレーショナーだった。
罅割れ刳ぐられる過去
次回「悪夢になったモノ 弐」
再来週になるかも。




