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第一話

 さらっと書きました!

 

 ラゾールト=スフェールは、現在スフェール王国唯一の王子にして王太子である。


 ラゾールトは文武両道を体現し、並みの文官及び武官にも劣らない能力を持つ。

 普通の書類は期日前には必ず仕上げるし、下手な護衛よりも剣に優れている。王族として模範的で理想的。


 また、その身に宿す魔力も膨大。

 貴族ほど強い魔力を持つとされるこの国の頂点に立つ王族は、もちろん代々魔力が多い。だが、ラゾールトの魔力はその歴代の王たちさえも軽く凌駕する。戦力に換算すると小国なら一人でも相手取れるほど。


 さらに見目も麗しく、性格も穏やか。

 日々鍛えている身体は細身ながら彫刻美を誇る。精悍な顔つきと相俟(あいま)って、さながら気高い獣のよう。かと思えば、誰にでも丁寧に接し、気遣いも忘れない。

 濃い蜜色の髪と、名前の通りの藍玉(ラゾールト)の瞳は一度見れば忘れることの出来ない印象を与える。


 それゆえに、その傍らを望む者は数知れない。

 男なら信頼を得た側近や近衛を望み、女なら無二の寵愛を得て未来の国母の座に着きたいと願う。

 ――心の中では。



 では、実際はどうか?となると、不思議なことに話は変わってくる。

 彼と一定期間行動を共にすると、誰もが曖昧な笑みを浮かべながら一歩後ろに着くようになるのだ。……まるで、厄介事から逃げるように。


 それは他の何より好条件なラゾールトだが、一つだけ無視できない部分があったから。


 彼の『不幸体質』である。


 例えば、朝起きてすぐにシーツに躓き、日課の散歩に赴けば頭上に毛虫が落ちてきて、さて仕事に取りかかろうとすれば足元をネズミが駆け抜け、避けた先の壁は補修工事途中でセメントがべったり服に貼り付く。

 そうして何とか午前中を乗りきり、午後の仕事前に軽く木剣を振るっていると突然ささくれが指に刺さり、ため息吐きながら執務室に戻れば蓋の開いたインク瓶を倒し、書き直した書類を終えて私室に帰ってカウチソファーに寝そべると顔の横をクモが走って行く。


 これが彼のある日の一例である。

 むしろ、これでもいくらかマシな方だ。

 一見すればラゾールトのドジかと思われるかもしれないが、たとえどんなに気を付けていても不幸は起こる。

 左右を確認している間に上からか物が飛んできたり、足元を虫が這っていたり。

 傍にいると確実に巻き込まれてしまうため、ラゾールトは(悲しいことに)少々周囲から遠巻きにされがちである。もちろん皆、彼が悪いわけじゃないと分かってはいるが、反射的に「ちょっと……」と思ってしまうのだ。


 全てそれらは()()()()()もの。

 だから、どうしようもないのが現状だ。




 そもそも、何故ラゾールトが『不幸体質』になってしまったのか、というと。彼が生まれたばかりの頃――二十年以上前に話は遡る。


 現在の国王であるラゾールトの父・ザフィリは、かなりのうっかり者だった。

 ラゾールトが生まれた頃、まだ王太子として立太子したばかりだったザフィリは、生誕祝儀の際に招待客に手紙を送る役目を持っていた。招待客のほとんどは貴族たちだが、それ以外にも呼ばなければならない人物がいる。


 このスフェール王国を拠点とする野良魔導士たちだ。


 野良魔導士はその名の通り、国として縛ることは出来ない。が、行事毎に招待して歓待することで、いざというときに依頼を頼みやすくなる。

 野良魔導士として活動できるということは、即ち優秀である(同時にかなり変人でもあるが)と同義なので、このコネは大事にしなければならない。だから、どんな行事でも――たとえ来ないと分かっていても、手紙は送るのが普通だ。


 しかし、ザフィリはその時、あろうことかもっとも忘れてはならない相手を招待し忘れてしまったのだ。

 その魔導士の呼び名は【罪の荊(ジノシィ)】。

 独自の呪術を得意とする、気紛れで気難しい魔女である。



 ジノシィは、新しく生まれた王族なんぞ興味はない。

 だが、周りの魔導士たちが呼ばれたのにも関わらず、自分だけ呼ばれなかったことに腹を立てた。

 怒りの感情のまま生誕祝儀の場に乗り込んだジノシィは、まず自分を招待し忘れたザフィリに罵詈雑言を浴びせ、()()が不能になる呪いをかけた。これは良いとは言えないが、概ね自業自得である。

 そして、ついでとばかりに生まれたばかりのラゾールトに目を向けるとジノシィは驚愕した。

 一般的には『猿の子のよう』と評される赤子だが、ラゾールトはその頃からすでに将来性抜群の見目をしていたのだ。

 そのことが何となく気にくわなかったジノシィは、去り際に置き土産のようにラゾールトに呪いをかけた。

 その呪いが彼の『不幸体質』の正体である。




 ――が、そんな彼も王族として血を繋いでいかなければならない立場ゆえに、数多の縁談が舞い込んでくる。

 ……正式には、縁談の申し込みがだが。


 しかも彼の場合、父が不能になってしまったため他に兄弟がいないのも問題だった。

 一応、彼の次点の王位継承者はいる。

 現在は臣籍降下し、公爵家当主となった王弟の子どもたちだ。長男は公爵家の次期当主であるため除外されているが、公爵家にはあと二人息子がいた。

 そのうち次男の方はラゾールトの乳兄弟で、専属の護衛騎士を勤めているジェイド。

 彼は、遊び相手という名目で幼少時から何かとラゾールトと一緒に教育されていたため、万が一でも王になったときに必要な知識は最低限持っていた。

 だが、当のジェイドは王位に興味はない。と、公言している。

 曰く、「すごくめんどくさそうだ」とのこと。


 ちなみに、ジェイドの弟である王位継承位三位の少年はまだ十歳になったばかりである。


 つまり、スフェール王国では、ある意味後継者問題に悩まされているのだ。



 だが、あえて言うがラゾールトは決して悪い人ではない。

 いや、むしろ『不幸体質』にさえ目を瞑れば、縁を結ぶにあたりこの上ない人物である。

 二十歳で立太子し、すでに五年。

 アラサーに片足突っ込んでいるにも関わらず、すでに枯れ男のように面白いほど清らかな噂しか聞かない。

 それが何故か『誠実な人』という風に形を変えて、世間に流布され、ますますラゾールトの株は上がるばかり。

 だから縁談が絶えないのだ。


 あるときは執務の片時に、あるいは偶然すれ違った際の挨拶に添えるように。

 最近では令嬢より、その父親連中の方がギラギラした肉食獣に思えるほどだ。

 しかし、その手の話が出る度にラゾールトは思う。


「……俺、既婚者なんだが」


 読んでいただきありがとうございます。

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