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不運王子は嫁を迎えに行く 作者:狗賓
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第二話

 
 ラゾールトには、妻がいる。
 しかも、結婚してすでに三年目で新婚期間も終わっていた。
 妻の名はティエラ。
 スフェール王国とは国を一つ挟んだ所にある、小シュルテン王国の第一王女だった。

 ラゾールトとティエラ妃は政略婚でも、ましてや恋愛婚でもない。
 先代国王――つまりラゾールトの祖父――の薦めによる、お見合い婚だ。


 先代国王は諸事情により若くして即位したためか、在位中『厳格王』とあだ名されたほど頑固で真面目な人物だった。
 しかし、いざ退位するや否や妻――つまり先代王妃――と共にわりかし王都から離れた離宮に籠り、現在は勉強や執務漬けで謳歌できなかった青春を取り戻すように老後を謳歌している。最近では、参加必須の行事や息子やその孫たちの祝儀以外では、滅多に離宮のある領地――王領の一つである――から出てこない。
 王宮宛てに定期的に手紙を寄越してくるが、そこにあるのは楽しげな内容ばかりである。


 そんな先代国王が突然ラゾールトにお見合いの話を持ってきたのは四年前。
 顔合わせだけでも、という言葉にラゾールトは生返事を返した。そして、いざスフェール王国に招待すると全身を濃紫のヴェールに隠した女性がいた。――それが、ティエラである。

 ティエラの出身国、小シュルテン王国はやや宗教に傾倒した国。
 元は神聖シュルテン帝国としていくつもの領邦を従えた大国だったが、教皇が事件を起こしたことで宗教は権威を失った。その後、様々な事件を経てそれぞれの領邦が独立したり互いを併合したりでいくつもの小さな国として分離してしまったのだ。
 中でも小シュルテン王国は、神聖シュルテン帝国の首都を中心とした部分が独立した国である。

 だが、宗教の権威が落ちたからとは言え、信者が完全に消滅したわけではない。
 全身を隠したティエラは初対面のラゾールトに、自身の格好と神聖シュルテン帝国の宗教との関係を語った。


 神聖シュルテン帝国で信仰されていた宗教はエクサルファ教、信仰するのは神獣エクサルファとその子孫である。

 神獣エクサルファは、狼と獅子を掛け合わせた有角のグリフォンに似た見た目をしていて、漆黒の体毛は夜、黄金の双眸は星になぞらえ別名『夜天皇(やてんこう)』と呼ばれている。
 そして、エクサルファの子孫とは、かつての神聖シュルテン帝国の歴代皇帝たちであり――現在の小シュルテン王国の王族たち。
 エクサルファは神聖シュルテン帝国の初代皇帝でもあるのだ。
 子孫たちは人の血と混ざり続け、やがて幾年もの月日を経て神獣に転じる術を無くした。だが、数代に一度漆黒の体毛や黄金の双眸を受け継いで生まれる者が現れるのだという。

 かくいうティエラはここ数代の内、もっとも神獣エクサルファに近い血を持ち、黄金の双眸をしている。ちなみに、髪は真珠を思わせる透けるような白。

 だが、この事実は小シュルテン王国ではあえて伏せられていた。
 何故なら、ティエラを宗教の旗頭として教会に取られてしまうからだ。
 エクサルファ教も他の多くの宗教と同じく、基本的に男性社会である。女性が教会に入るなら修道女――つまり、神の花嫁となる必要があった。
 一度神の花嫁に迎い入れられてしまえば、余程のことがなければ俗世に還ることは許されない。ティエラの両親は、その事態を危惧した。
 ……もっとも、一番の理由は別にあるのだが。

 小シュルテン王国でのティエラは『身体が弱く、滅多に公の場に現れない美しき姫君』という扱い。しかし実際は、身体はむしろ人より丈夫で、ヴェールで身体を隠しながらもこっそり外出していたりと咎められない程度にはお転婆である。
 そんな彼女がいつまでも隠され続けている状況に耐えられるわけもなく、かといって小シュルテン王国内で公に動けば教会に見つけられてしまう可能性が上がる……と、悶々としていた。

 そんなとき、スフェール王国との縁談が持ち上がったのだ。

 スフェール王国は小シュルテン王国など歯牙にもかけない大国、そこに嫁入りすればティエラは王からの庇護を受けられる。そうすれば、エクサルファ教にティエラが見つかっても教会に奪われるという事態にはならないだろう、ということだ。

「殿下、どうかお願いで御座います。私を、殿下の妻にしてはいただけないでしょうか?」

 ラゾールトはここまでの事情を知ってなお無視できるほど非道でも器用でもなかった。
 また、幸い自分には想う相手もいないし、いずれは誰かの薦めで妻を娶ることになるだろうと承知していたからこの話を受けることに抵抗もない。だが、気がかりなのは自身の『不幸体質』を彼女が受け入れられるかだった。

 ティエラの話に応えるように、ラゾールトは自身の『不幸体質』とどうしてそうなったのかの過程を話した。
 この話はスフェール王国では、もはや公然の秘密である。ラゾールトにとってこうして人に話すのは新鮮であった。

「――俺の伴侶になるなら、必然的に俺の『不幸体質』の被害にあう。それでも、貴女は俺の妻の座を望むだろうか」

 ラゾールトは逃げ道を用意するように最後にそう締め括る。するとティエラは首を左右に振ると毅然とした態度のまま、一言こう答えた。

 ――「構いませぬ」、と。


 それから半年余りの婚約期間を経て、ラゾールトとティエラは結婚。結婚式はエクサルファ教式に新郎新婦の六親等までの親族のみを招待して行った。
 スフェール王国は信仰する宗教は個人で自由に選択でき、ラゾールトには特別信仰している宗教がなかったため、ティエラの希望に合わせたのだ。

 不思議なことに、式の二ヶ月前にはスフェール王国に輿入れしてきたティエラはラゾールトと行動を共にしても、『不幸体質』の被害には会わなかった。むしろ、ティエラと一緒にいる間はラゾールトの『不幸体質』が発揮されなかったのだ。
 正式に婚姻を結んだ後でラゾールトはティエラにどうしてだろうかと訪ねた。すると、祖先である神獣エクサルファの力ではないかと答えが返ってきたのだ。
 聞くところによると、神獣エクサルファは元々天命と浄火を司る神であるらしい。


 式が終わるまで油断は出来まいとヴェールが外されることはなかった。そのためラゾールトがティエラ妃の姿を初めて見たのは初夜のときである。
 そして、ラゾールトは驚愕した。
 それまで散々周囲――主にティエラ妃の兄王子たち――にいかにティエラが美しいかを語られてきたが、そんな予想はいとも容易く覆された。――もちろん、いい意味で。

 ティエラのことは婚約者として接している間には好ましく思うようになってはいた。だが、初めてその姿に触れた瞬間、ラゾールトはティエラに一目惚れしたのだ。

 許された蜜月(ハネムーン)は半月、しかも全休は最初の一週のみで残りは半日仕事が入っている。
 その間ラゾールトは全力でティエラを甘やかし、口説き、愛した。ティエラもそれに応えてラゾールトのことを心身ともに受容していた。


 しかし、蜜月が終わってすぐに国外で重大な事件が起きた。

 実は以前から隣国で内乱が起きていたのだが、規模が広がりスフェール王国との国境近くまで戦場になっていた。
 スフェール王国としてはこちらまで入ってこなければ静観する手はずだったのだが、何をとち狂ったのかその国境周辺を治める領主が内乱に乗じて、領地を拡大しようとし始めたのだ。
 下手に突かれては藪蛇になる。と、領主を押さえるために国から将軍が派遣された。しかし、将軍が現地に着いたときにはスフェール王国内まで戦地が広がっていたのだ。

 幸い、将軍が直接介入したお陰か、それからすぐに休戦となった。それが、ラゾールトがティエラと出会う一月ほど前のことだ。
 そして先日、なぜか突然争いが再燃し、その直後に将軍が行方不明になってしまった。

 件の将軍は現国王ザフィリの従弟、王族の陰謀説も疑われ、疑いを晴らす為にラゾールトは調査に赴かねばならなくなった。
 ラゾールトはすぐさま現地に走ったが、将軍の行方も消えた原因も分からず仕舞い。
 挙げ句、ついでとばかりに隣国との和平やら面倒を起こそうとした領主の罷免やらで時間がかかり、全て終わるまで半年ほどかかってしまった。おそらく、ラゾールトの『不幸体質』の影響も少なからずあっただろう。

 最初の二ヶ月はティエラから毎週のように身を案じる手紙が来ていたが、あるとき『体調が優れないため、しばし離宮に下がらせていただきます』と来てからは、パタリと手紙が来なくなった。


 そして、ラゾールトが城に戻って二年以上経った現在もティエラが戻ってくる様子はない。
読んでいただきありがとうございます。
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