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花奴隷調律譚  作者: 駒草
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第4話


 三つの花から放たれる香気は、温室の空気と混ざり合い、我が家の居間を世界で最も贅沢なビオトープへと変えていた。

 

 膝の上のヴィオレットは、まだ時折、悪夢の残滓に襲われるようにピクリと身体を跳ね合わせる。

 そのたびに、ルージュが大きな手のひらで彼女の細い肩をそっと包み込み、ブランが耳元で「大丈夫、大丈夫だよ」と、自分が教わったばかりの呪文を熱心に唱えていた。

 

 かつては他者を拒絶し、あるいは恐怖に怯えるだけだった人形たちが、今や私の膝の上で、互いの傷を労り合うように寄り添っている。

 この奇妙で、倒錯的で、そして恐ろしいほどに美しい光景。


 だが、真の調教とは、恐怖を取り除くことだけではない。

 平和という名の贅沢に、その身も心も、根腐れするほど深く漬け込んであげることだ。

 

「さて……ヴィオレットも少し落ち着いたようだし、歓迎の儀式を続けようか」

 

 私がそう言って、彼女たちの背中を支えていた腕をゆっくりと引き抜くと、三人は示し合わせたように「あ……」と小さな声を漏らした。

 主人の温もりが離れたことへの、本能的な寂寥感。その反応だけで、私の胸は甘美な全能感で満たされる。

 

「ブラン、ルージュ。ヴィオレットに、我が家の『おもてなし』を教えてあげるんだ。キッチンから、あの特製の銀のトレイを運んできておくれ。今度は三人分だ」

 

 私の『命令』が下った瞬間、二人の動きは見事なものだった。

 ルージュは「御意」と低く応じると、まだどこかぎこちないものの、かつての軍人のような正確さで立ち上がり、キッチンへと向かう。

 ブランはヴィオレットに「美味しいものが来るからね」と、まるで秘密の宝物を教えるような顔で微笑みかけ、ルージュの後に続いた。

 

 ソファに取り残されたヴィオレットは、急に主人の前に一人きりにされたことに気づき、淡いラベンダー色のガウンの胸元を、接ぎ木したばかりの蔓の指先でぎゅっと握りしめた。

 

「怖がらなくていい、ヴィオレット。ほら、こちらへおいで」

 

 私が両腕を広げると、彼女はしばらく困惑の瞳で私を見つめていたが、やがて逆らうことのできない引力に引かれるように、床を這うようにして私のアームチェアの足元へと近づいてきた。

 私は彼女の短い緑の髪を優しく掬い上げ、その頭を私の膝へと乗せる。

 

「痛覚増幅の試験体にされていたと言ったね。これからは、その鋭敏すぎる神経を、すべて『心地よさ』だけで満たしてあげよう」

 

 私の指先が、彼女の耳の後ろから首筋にかけて、魔力を帯びた愛撫を刻み込む。

 

「……っ、あ……う……」

 

 ヴィオレットの細い身体が、快感の衝撃で弓なりに頻えた。痛みしか知らなかった彼女の肉体にとって、私の与える純粋な魔力は、脳を直接融解させるほどの劇薬だ。

 胸の薄紫の花が、狂おしいほどの色気を放ちながら、ぶわりと一際強い香気を放った。

 

 ちょうどその時、ルージュとブランが銀のトレイを掲げて戻ってきた。

 トレイの上には、高純度のエメラルドグリーン培養液が3つのグラスに満たされ、ハチミツが黄金の滝のように滴る完熟の魔力イチゴが山盛りにされている。

 

「主人、お持ちしました。……ヴィオレット、これを……」

 

 ルージュが慎重にグラスを差し出すと、ヴィオレットは私の膝に頭を乗せたまま、おそるおそるその緑の液体を口にした。

 次の瞬間、彼女の濁っていた瞳に、衝撃とも歓喜ともつかない鮮烈な光が走る。失われていたエネルギーが、新しい蔓の腕の先まで一気に駆け巡り、パチパチと小さな新芽が芽吹くほどの生命力が彼女を突き抜けた。

 

「おいしい……でしょう?」

 

 ブランが自分のことのように嬉しそうに微笑み、イチゴをヴィオレットの小さな唇へと運ぶ。

 ヴィオレットはそれを夢中で齧り、ハチミツを顎へと滴らせながら、生まれて初めての「甘み」に、ただただ涙を流して困惑していた。


 ブランがイチゴを運ぶたび、ヴィオレットの小さな舌が必死に蜜を追いかける。顎から零れた黄金の滴が、彼女の細い首筋を伝い、ラベンダー色のガウンの胸元へと消えていく。


「ん……っ、く……甘い……」


 掠れた声が、信じられないという響きを含んでいた。

 私は彼女の頭を膝に預けたまま、指先でゆっくりと薄紫の花弁の縁をなぞった。花は敏感に震え、甘く淫靡な香りをさらに濃く放つ。


「ヴィオレット。気持ちいい?」


 彼女は私の問いかけに、こくり、と小さく頷いた。しかしすぐに首を横に振り、また頷く。肯定と否定の間で激しく揺れている。


「わからない……です。胸が……熱くて、変で……痛くないのに、泣けてくる……」


 その言葉が可愛すぎて、私は思わず微笑んだ。


「いいんだよ、わからないままで。全部、私に預けてごらん」


 私は彼女の身体を軽く抱き上げ、ソファの真ん中に横たえた。左右からブランとルージュが自然に寄り添うように座る。まるで三枚の花弁が一つの中心を囲むように。

 ブランがヴィオレットの左手を、ルージュが右手をそっと握った。


「ほら、ヴィオレット」


 ブランがもう一つのイチゴを彼女の唇に押し当てる。

 私はその隙に、彼女の胸元に咲いた薄紫の花に手を伸ばす。指先が花弁の根元を撫でるたび、心地よい香気が波のように溢れた。魔力を僅かに帯びさせた指で、ゆっくり、ねっとりと花弁の外側を撫で上げる。


「……ひゃっ……あ、ぁ……!」


 大きな瞳を涙で濡らし、花弁が愛撫を求めるように、大きく開く。指先が花弁の縁をなぞるたび、薄紫の香気が熱を帯びて溢れ出す。

 ヴィオレットは小さく喉を震わせ、壊れかけた呼吸の合間に甘い吐息を零した。開ききった花弁は、まるで主人の指を求めるように、微かに震えている。


「ああ、気持ちいいね」


 私が囁くと、彼女の薄紫の花がびくん、と大きく開き、蜜のような香りを爆発させた。

 ルージュが珍しく、戸惑ったような低い声を出した。


「……主人。ヴィオレットが……あまりに敏感すぎる」

「それがいいんだよ、ルージュ。ほら、君も手伝ってあげなさい。彼女の首筋を、優しく撫でて」


 ルージュの大きな身体が、一瞬、戸惑うように強張った。だが、主人の絶対の命令に逆らう術はない。彼は自身の無骨な指先を恐るおそる伸ばし、ヴィオレットの細い首を丁寧に撫で始めた。軍人らしからぬ、ぎこちない優しさだった。

 ブランは反対側から、ヴィオレットの胸の花弁に顔を埋めるようにして、甘い声で囁き続ける。


「ヴィオレット、もっと甘えていいんだよ。主人様は、甘えてくれる子が大好きなんだから……」


 ヴィオレットは三方向から注がれる愛撫と言葉に、完全に処理しきれなくなっていた。

 瞳は潤み、頰は真っ赤に染まり、口元からは意味のわからない小さな喘ぎと嗚咽が混じり合って零れ落ちる。時折「怖い……」と呟きながらも、身体は私の手に擦り寄り、ブランとルージュの手を強く握り返している。


「ヴィオレット」


 私は彼女の顎を優しく掬い上げ、真正面から目を合わせた。


「君は今、痛くない。怖くない。ただ、気持ちいい。それだけでいい」

「……ほんとう……に……?」

「本当だよ。嘘はつかない。だって君は、私の大切なものだから」


 その言葉が最後の壁を溶かしたらしい。

 ヴィオレットの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れた。泣きながらも、彼女は初めて自ら私の胸に顔を埋めてきた。震える蔓の指が、私のシャツをぎゅっと掴む。


「……主人……さま……」


 掠れた、か細い声。

 まだ完全に信じ切れていない、それでも必死に縋ろうとしている声。

 私は彼女の短い髪を優しく梳きながら、背中をゆっくりと撫で続けた。

 ブランが幸せそうに微笑み、ルージュが静かに、しかし確かに深紅の花を緩やかに開いている。


 三つの異なる花の香りが、濃密に絡み合いながら、部屋をさらに甘く、淫靡に満たしていった。

 ヴィオレットはまだ、時折小さく身体を震わせながら、私の胸の中で困惑と快楽の狭間で溺れ続けていた。

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