第22話
彼の修理には、丸五日かかった。
散り落ちた金色の花弁を拾い集めるようにして一枚ずつ再生し、焼け焦げた無残な縁を私の魔力で丁寧に編み直していく。
管理局に施された拘束の痕は想像以上に深く、体内の脈管の数本が圧迫によって酷く細くなっていた。私は毎晩、地下の薄暗い作業室に籠もり、彼の治療に没頭した。
彼は一度も、意識を失うことはなかった。
寝台に横たわる彼の額には、絶え間なく冷たい汗が浮かんでいた。金色の花が、痛みに耐えかねて時折ひび割れたような音を立てて震える。見かねた私が、引き出しから青い薬瓶を取り出した時だった。
「……不要だ」
掠れた、しかし酷く強靭な声が私を止めた。
「痛み止めだ。脈管を繋ぎ直す。植物人間の君にとって、引き裂かれるような苦痛のはずだが」
「要らない、と言った」
男の真っ直ぐな瞳が、暗がりの中で爛々と輝いていた。
「この痛みは……私が外で、彼らのために流せなかった血の代わりだ。消さないでくれ」
それは、傲慢なほどの祈りだった。
「……君の意見は尊重しよう。だが、私の庭で、無駄に傷つくことは許さない。それは私の信念に反する」
私は小さく溜め息を吐き、青い瓶を戻した。代わりに、彼のみぞおちの辺りにそっと指先を滑らせる。
「痛み止めが嫌なら、別の方法をとるまでだ。……少し、手荒に甘くなるよ」
私の指先から、熱を帯びた魔力が彼の体内に滑り込んでいく。
「――っ、な、にを……!?」
男の目が驚愕に見開かれた。
傷を閉じるための魔力は、ときに痛覚そのものの輪郭を曖昧にする。傷口を直撃するはずだった激痛が、私の魔力に触れた瞬間、ドロリとした濃密な熱へと変貌していく。
「強情な男だ。……ルージュ、ノワール」
影の中から、二つの大きな体躯が音もなく進み出た。
「暴れられると手元が狂う。押さえていろ」
「……了解」
ルージュが低い声で応じ、男の頑強な手首を掴んで寝台へ縫い付けた。決して骨を折ることはない、しかし絶対に逃がさない絶妙な質量が、男の自由を完全に奪う。
ノワールは男の枕元に立ち、その広い手のひらで男の頑なな額を覆った。
「始めるよ」
私は銀のメスに魔力を這わせ、男の胸元、金色の花の根元へと刃を沈めた。
「――く、あ、……っ、は……!」
男の背が、弓のように跳ね上がった。
しかしそれは、苦痛の悲鳴ではない。切り裂かれる感覚と同時に、体内の奥深くを直接攪拌されるような、抗えない快楽の衝撃だった。
ルージュの手首を掴む手に淒まじい力がこもり、肉と肉が軋む鈍い音が響く。ルージュは表情一つ変えず、男の狂おしい身悶えを力でねじ伏せ続けた。
男の視界を塞ぐノワールの手のひらの下から、堪えきれない喘ぎ声が漏れる。痛みを欲したはずのプライドを内側からじわじわと侵食され、男の金色の花が、歓びに狂ったように激しく蠢いて金粉のような魔力を闇に飛び散らせた。
ノワールはただ、静かに目を閉じ、その熱く暴れる命の重さを全て受け止めるように、じっと圧をかけ続けていた。
飛び散る金色の光の中で、私は指先を血と魔力に染めながら、細く縮んだ脈管を一本ずつ手繰り寄せ、繋いでいく。
滴る汗と、混ざり合う三つの香気。快楽に耐える息を呑む音と、それを押さえつける男たちの荒い呼吸が、地下の冷たい空気をじっとりと熱く湿らせていく。
最後に一本、細い脈管を繋ぎ終えると同時に、私は魔力を引いた。
途端に、地下室を支配していた熱が潮が引くように引いていく。強制的な快楽から解放された男は、大きく肩を揺らして寝台に沈み込んだ。
「終わったよ」
私が告げると、ルージュとノワールが静かに男から手を離した。
二人が影へと退く。寝台の上の男は、信じられないというように己の両手を見つめ、それからそっと胸元に触れた。
完璧だった。
管理局の拘束によって酷く細り、いつ破裂してもおかしくなかった脈管は、淀みない魔力の奔流をその内に湛えて青々と脈打っている。千切れかけていた金色の花弁は、まるで今朝咲いたばかりの瑞々しさで、その硬質で気高い輪郭を取り戻していた。
焼け焦げた痕一つない。ただ、激しい融解の魔法の名残で、彼の肌と金色の花は、微かな熱を帯びて仄かに綻び続けている。
私は血と汗を拭い、冷めた紅茶を口に含んだ。
男はまだ荒い呼吸を整えられないまま、濡れた睫毛の隙間から私を、私の施した完璧な「修理」の痕跡を、じっと見つめていた。
「……あなたに礼を言うべきなのか、私には分からない」
「言わなくていいよ」
「なぜだ」
「君がそうやって、どう振る舞うべきか困惑する顔が見たいだけだからね」
彼は少しの間、不愉快そうに黙り込んだ。それから、痛む体に鞭打つようにして起き上がろうとした。
私は手を貸しもせず、止めもしなかった。彼はゆっくりと身を起こし、自分の節くれだった手を見つめ、胸の金色の花に触れ、それから私を真っ直ぐに睨みつけた。
「……仲間は、全員死んだ」
「知っているよ」
「それでもあなたは、独善的な花畑を作り続けるというのか」
「そうだよ」
彼の瞳が、静かな、しかし烈しい怒りを帯びた。しかし、その怒りをぶつけるべき本当の矛先が私ではないことも、彼は自身の聡明さゆえに理解しているようだった。
「……服を、もらえるだろうか」
「もちろん」
私は彼に、仕立ての良い深い金茶色のジャケットを宛がった。胸元で再生を始めた金色の花が、その落ち着いた色あいに酷くよく映えた。
彼を連れて居間へ向かうと、そこではすでに七人が静かに待っていた。
この家における彼の居場所は、最初から決まっていなかった。
彼は勧められたソファには頑なに座らなかった。アームチェアにも、日当たりの良い窓辺の椅子にも。彼は部屋の一番隅に立ち、冷たい壁に背を預けて、頑なに腕を組んでいた。
それは壁際を好むノワールとよく似た立ち位置だったが、醸し出す質がまるで違った。ノワールの静寂は内側の平穏から来るものだが、彼の静寂は、周囲を拒絶するために外側へ張り巡らせた強固な城壁だった。
最初に動いたのはブランだった。トコトコと彼に近づき、顔を覗き込む。
「座らないの? ここのソファ、とってもふかふかだよ」
「……必要ない」
「でも、ずっと立っていたら疲れてしまうでしょう?」
「慣れている。気にするな」
ブランは困ったように眉を下げて私を見た。私は小さく首を振って見せる。ブランは仕方なさそうに、せめてもの気遣いとして、彼の足元にふかふかのクッションを一つそっと置いてから戻ってきた。
男はそのクッションを一瞥し、それからまた興味を失ったように壁の木目を見つめた。
昼時になり、ブランが全員分の温かいスープを運んできた。彼の分も、当然のようにその足元のローテーブルに置かれる。
彼はスープの器を見つめ、それから私を鋭く見た。
「これは、私に対する命令か」
「食べたくないなら残せばいい。好きにしなよ」
「ならばなぜ用意する」
「お腹が空くだろうからさ」
「私の身体の管理は、私がする」
「君に今、ここで倒れられると私が困るんだよ」
「なぜだ」
「君のその金色の花が、まだ完全ではないからね。未完成の花が枯れるのは寝覚めが悪い」
男は苦虫を噛み潰したように少し黙った。それから、渋々とスープの器を大きな手で取り込み、一口だけ行儀よく口に含んだ。
「……悪くない」
「でしょう?」
いつの間にか、ルージュが彼のすぐ隣の壁に腰を下ろしていた。男が微かに肩を強張らせる。
「お前、戦闘用だな」
ルージュがスープを啜りながら、ぶっきらぼうに聞いた。
「……そうだ」
「どこで使われていた」
「一番最後は北の砦だ。三年間、前線にいた」
ルージュが短く、得心がいったように頷いた。それ以上は過去を穿絶するように何も聞かなかった。ただ、自分のスープを飲み干しながら、男の隣に静かに座り続けた。
男はその無言の肯定を、少し不思議そうに、居心地悪そうに受け取っていた。




