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花奴隷調律譚  作者: 駒草
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第20話


 門を叩いたのは、春の初めの夕暮れだった。

 ルージュが窓の外を確認し、私のところへ歩み寄ってきた。

 

「見知らぬ植物人間が一人。男型です。武器は持っていない」

「一人で?」

「はい、一人です」

 

 私は紅茶のカップを置き、立ち上がった。

 扉を開けると、そこに立っていたのは、背の高い男型の植物人間だった。深い外套を着込み、旅の埃をまとっている。しかし何より目を引いたのは、その胸元だった。

 夕陽を受けて鈍く重厚に輝く、金色の花。花弁の一枚一枚が、鍛え上げられた金属のように、硬質で確かな輪郭を持っていた。

 その目が、酷く真っ直ぐだった。怯えもなければ、無駄な敵意もない。ただ、確固たる目的だけを宿した瞳。

 

「突然の訪問を詫びる」

 

 低く、落ち着いた声だった。

 

「話を聞いてもらえるだろうか」

 

 私はしばらく彼を眺めた。気高い金色の花。真っ直ぐな目。そして、一人でここへ乗り込んできた胆力。

 ――美しい。壊れていれば、即買いつけたのに。

 

「どうぞ」

 

 私は扉を広く開け放ち、彼を中に招き入れた。

 居間に通すと、先にいた七人が一斉にその男を見た。

 男は七人を順番に見渡した。純白、深紅、漆黒、薄紫、空色、琥珀、桃花――七色の花が、夕暮れの光の中に並んでいる。男の胸の金色の花が、その光景に圧倒されたように一瞬だけ揺らいだ。

 私はアームチェアに腰を下ろした。

 

「座りなさい」

 

 男はソファには視線もくれず、部屋の中央に毅然と立ったまま、私を見下ろした。

 

「単刀直入に言う。我々は今、この国の体制に対して声を上げようとしている。植物人間の保有制限、酷使の禁止、そして自由の保障。そのために、思想を同じくする賛同者を集めているんだ」

「何人いる?」

「今はまだ少ない。しかし、確実に増える」

 

 男は眉一つ動かさなかった。

 

「あなたは植物人間を七人も抱えている。管理局に目をつけられながら、それでも彼らを手放さない。体制に抗う意志があなたにあると、私は踏んだのだが」

「買いかぶりすぎだよ」

 

 私は紅茶を一口含んだ。

 

「私はただ、自分の庭に美しい花畑を作りたいだけさ。革命なんて大それたものには興味がない」

 

 男が、初めてその硬い表情を動かした。

 

「……花畑?」

「そう。壊れた子を買い取って直して、美味しいものを食べさせて、のんびりさせる。それが私の目的だ。それ以上でも、それ以下でもない」

「それは――」


 男が、静かに、しかし断固とした弾劾を込めて言った。


「ただの『所有』だ」

「そうだよ」

 

 私は否定しなかった。

 

「私は彼らを所有している。ただし、誰も傷つけない。それが私のやり方だ」

 

 男は言葉を失ったように黙り込んだ。それから、私から視線を外し、控えている七人の方へと向き直った。

 

「君たちは、本当にそれでいいのか」

 

 居間の空気が、一瞬で張り詰める。

 

「自由を求めないのか。誰かの所有物ではなく、自分の意志で生きることを、望まないのか」

 

 誰も答えなかった。

 しかし、男の目には、七人の『花』がありありと感情を映していた。

 ブランの白い花が、恐怖と困惑で小さく波打っている。ルージュの深紅の花が、威嚇するようにゆっくりと大きく開く。ヴィオレットが膝の上で手をきつく握り合わせ、薄紫の花を震わせた。

 ノワールは壁際で静かに立ち尽くし、漆黒の花から冷たい香気を放っている。ジョーヌの黄色い花が、不安と戸惑いに小刻みに震える。アズールが俯き、青い花が深く沈み込むように窄んだ。ローズは首を傾け、桃色の花をふわりと揺らしながら、目の前の男をじっと見つめていた。

 

 花は、嘘をつかない。

 男はそれを見ていた。私もまた、それを静観していた。

 長い沈黙の後、ルージュが重い口を開いた。

 

「……自由とは、何だ」

 

 地を這うような低い声だった。

 

「前の場所では、俺は戦うことしか許されなかった。ここでは、のんびりすることを命じられる。どちらが自由なのか、俺には分からない」

 

 男がルージュを見つめた。

 

「自分で選ぶことだ」

「……ならば、俺は今、ここにいることを自分で選んでいる」

 

 男は少しの間、沈黙した。

 

「それは、本当に自分の意志で選んでいるのか。それとも、あの主人にそう思わされているだけではないのか」

 

 ルージュの深紅の花が、大きく揺れた。植物人間にとって、答えを出すのがあまりに過酷な問いだった。

 それでも、私は口を挟まなかった。

 今度はノワールが、壁際から静かに、しかし拒絶の意志を込めて言った。

 

「闘技場にいた時、俺は何も拒めなかった。だがここでは、嫌なことは拒むことができる。それが答えだ」

 

 男はノワールを見た。漆黒の花と、金色の花が、火花を散らすようにしばらく無言で向き合っていた。

 やがて、男が再び私に視線を戻した。

 

「……協力は、できないか」

「できないね」

「なぜだ」

「革命が成功しても、失敗しても、結局は傷つく子が増える。私はそれが嫌なんだ」

 

 男の金色の花が、静かに揺れた。それは怒りではなく、深い、静かな失望の揺れだった。

 

「あなたは、目の前にいるこの子たちを守ることしか考えていない」

「そうだよ」

「では、外の閉ざされた場所にいる、無数の壊れた子たちは見捨てるのか」

 

 私は答えなかった。

 答えられなかったわけではない。ただ、私のエゴの答えを、彼にわざわざくれてやる必要性を感じなかったからだ。

 男はしばらく私をじっと見つめていた。それから、七人を最後にもう一度見渡した。七色の花が、それぞれの揺れ方で、彼を見送っていた。

 

「……分かった」

 

 彼は静かに、踵を返した。

 

「邪魔をした」

 

 男が歩き出す。私もアームチェアから立ち上がり、玄関まで彼を送った。

 扉を開けると、冷たい夜の空気が滑り込んできた。男は一歩外へ出て、一度だけ振り返った。

 

「あなたのやり方は、やはり好きではない」

「知っているよ」

「しかし」

 

 彼は少し間を置いた。

 

「あの子たちの花は……偽りなく、本物だった」

 

 男は夜の闇の中へ歩いていった。胸の金色の花が、闇に溶けるように遠ざかっていく。

 私は扉を静かに閉め、居間へ戻った。

 七人が私を見ていた。誰も口を開かない。

 ブランの目が涙で潤んでいた。ルージュは苦しげに窓の外を向いていた。ノワールは静かに目を閉じていた。

 私はアームチェアに戻り、冷めきった紅茶を一口だけ喉に流し込んだ。

 

「……さて、のんびりしようか」

 

 誰も笑わなかった。

 しかし、七つの花が、それぞれの速さで、静かに、ほぐれるように開いていった。

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