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第79話 更なるお世話

「上がりました」

「ん」


 風呂で汗を流し、リビングへ戻る。

 ソファに居る凪に声を掛ければ、彼女が立ち上がってカーペットに座りなおした。

 海斗が風呂に入っている間に準備したらしく、手にはドライヤーを握っている。


「海斗、こっちに来て」

「まさかと思いますが、それが『良い事』ですか?」

「そう。この前美桜にしてもらった時に気持ち良かったから、海斗にもしようと思って」

 

 女性同士が髪を乾かし合うのはスキンシップの一つかもしれないが、海斗と凪では少々やりすぎだろう。

 しかし凪が完全な善意で提案したのは分かっているし、既に膝枕もされている。

 この期に及んで言い訳をするのも変だと思い、早く座れとばかりに目の前の床を叩く凪の元へ向かった。


「……じゃあ凪さんさえ良ければ、してくれますか?」

「勿論、それじゃあいくよ」


 凪に背を向ければすぐにドライヤーのスイッチが入り、温風が海斗の髪に当たり始める。

 それだけでなく、細い指先が海斗の髪を触り始めた。

 乾かすのが目的なので少々雑ではあるが、それが気持ち良い。


「どう? 嫌じゃない?」

「嫌どころか最高ですよ」


 ドライヤーの音に紛れて聞こえてきた声に、素直に答えた。

 膝枕と同じく、誰かに髪を乾かしてもらった記憶などない。

 だからこそ、この時間が素晴らしいものだと実感出来る。


「なら良かった」


 僅かに耳に届いた喜色の混じった声に、凪が嬉しそうに笑っているのが想像出来た。

 そのまま凪に任せ、無言で髪を乾かされる感覚に溺れる。

 こんなにも気持ち良いのなら、毎日やってもらいたいくらいだ。

 残念ながら今日限定なので、諦めるしかないのだが。

 そして、その時間も長くは続かない。

 乾かし始めてそれほど時間を掛ける事なく、ドライヤーが止まった。

 くるりと振り返れば、凪がしゅんと眉を下げている。


「もう乾いちゃった……」

「そりゃあ俺の髪は短いですからね。一ノ瀬と違ってあっという間に乾きますよ」

「そう、だね」


 もっと海斗の髪に触れていたかったのか、それとも単に海斗のお世話をしたかったのかは分からない。

 しかし露骨に落ち込んだ姿は見たくないと、笑みを浮かべて凪を見つめる。


「ありがとうございました、凪さん。凄く気持ち良かったです」

「海斗が気持ち良かったなら、いいかな」


 どうやら気持ちがある程度前を向いたらしく、凪が朗らかな笑みを見せた。

 そのまま彼女は立ち上がり、風呂の準備をする為に自室へと向かう。

 ちらりと海斗を振り返った凪は、優し気な微笑を浮かべていた。


「それじゃあ私も入ってくる。海斗はゆっくりしてて」

「はい。遠慮なくくつろがせてもらいますね」


 美桜と一緒に泊まった際も、凪と美桜が風呂に入る際に海斗は一人で時間を潰していたのだ。

 この程度どうという事はないと胸を張り、凪を送り出す。

 パタリと扉が閉まったのを確認し、深く深呼吸した。


「……さてと、ここからが正念場だな」


 想い人がすぐ傍で風呂に入っている状況なのだ。

 膝枕されたり髪を乾かしてもらっていても、落ち着ける訳がない。

 しかも今回は美桜が居ないので、羽目を外そうと思えば外せてしまう。

 凪の信頼を裏切る訳にはいかないので、流石にしないが。


「凪さんに本でも借りておくべきだったなぁ」


 僅かに後悔したが既に遅く、シャワーの音が聞こえてくる。

 妙に艶めかしい音を頭から追い出すべく、スマホを弄りだす海斗だった。





 凪が風呂から上がった後、今度は海斗が彼女の髪を乾かそうと思ったが、流石に止めておいた。

 凪曰く今日は海斗がお世話される側なので、絶対に彼女が拒否すると思ってだ。しかし、いつかお返しをしたい。

 そう決意しつつ、お互いに風呂を終えてからはリビングのソファでのんびりと過ごした。

 そして風呂から上がって数時間後。凪が唐突に立ち上がる。


「海斗、そろそろ寝よう」

「前に泊まった時より早いですけど、もう眠いですか?」

「ううん、別に眠くない。でも、寝る準備をして」

「は、はぁ……」


 眠くもないのに寝る準備を催促するのはおかしい気がするが、凪からは絶対に譲らないという意思が伝わってきた。

 首を傾げつつお互いに準備を終え、リビングへ戻ってくる。


「それじゃあ前と同じように、俺はソファで寝ますね」

「ダメ。今日は一緒に寝る」

「…………はい?」


 有り得ない提案を耳にし、呆けた声が出てしまった。

 固まる海斗へと、当然だとでも言わんばかりのじとりとした視線が向けられる。


「まだお世話は終わってない。一緒に寝るのが、今日の最後のお世話」

「一緒に寝るのにお世話も何もないと思うんですが……」

「いいから来る」

「あ、ちょっと!?」


 何とか理由を述べて止めさせようとする前に、凪が海斗の手を掴んで自室へと引っ張っていく。

 跳ね退けるのか簡単だが、凪を拒絶してしまう気がして、ずるずると引き摺られてしまった。

 そのまま凪は海斗の腕を掴みながらベッドへと入っていく。

 しかしこれ以上は許されないと、ベッドの端で踏ん張る。


「いや、流石に駄目ですって。俺と一緒に寝るの、恥ずかしくないですか?」

「正直、ちょっとだけ恥ずかしい」

「なら――」

「でも、海斗に生きてて良かったって思わせてない。だから一緒に寝る」


 いくら凪が小柄だとはいえ、人の体重は軽いものではないのだ。

 全力で引っ張られると、少しずつ体がベッドの中に入ってしまう。

 一緒に寝るという状況に惹かれているのもあり、本気で抵抗出来ない。

 このままでは流されてしまうので、最後の抵抗として口を開く。


「後悔、しませんか?」

「絶対しない。約束する」

「……ああもう、分かりましたよ」


 凪の自覚のない好意に甘えているのは分かっている。そして、それを体よく利用している事も。

 罪悪感に胸が痛み、今すぐ逃げ出したくなる。

 しかし全てを受け入れるような柔らかい凪の笑みに、今だけは諦めようと肩の力を抜くのだった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] お互いなんだかんだ言いながら触れ合いするの慣れてきているような… 次はついにベッドシーン(健全)ですね。カカオ99%チョコの出番か…
[良い点] 良い事。膝枕してもらって、手料理振る舞ってもらって、そして髪を乾かしてもらう。海斗が至れり尽くせりすぎて逆に違和感があるような。ついでにお肌の手入れもしてもらったらどうか、必要ないけど。海…
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