↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/182

第78話 手料理の味

「……ん」


 誰かに優しく頭を叩かれる感覚で意識が浮上する。

 重い瞼を開けて視線を上に向けると、優しく細まったアイスブルーの瞳が海斗を見下ろしていた。


「おはよう、海斗」

「……おはようございます。すみません、動けないですよね」


 凪に頭を撫でられるのが心地良くて、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 素晴らしい膝枕から体を起こすのは嫌だが、ずっと堪能する訳にもいかないだろう。

 謝罪をしながら体を起こせば、凪が小さく笑んだ。


「それは良いんだけど、そろそろ晩ご飯の準備をしたいから、ね」

「なら思いきり叩いて起こして良かったんですよ?」


 凪の家に着いたのが三時過ぎで、海斗が寝たのがおそらく四時くらいだろうか。

 時刻を確認すれば時計の針が六時を指しており、二時間程寝ていた計算になる。

 もう晩飯時なので、流石に起こしたかったようだ。

 遠慮など必要ないと伝えると、凪がゆっくりと首を横に振る。


「ううん、しない。気持ち良さそうに寝てたから、本当は起こしたくなかったくらい」

「そんなにですか?」

「うん。いつも海斗は大人びてるけど、寝てる時は子供みたいだった」

「…………すみません」


 凪は嬉しそうに笑っているので、海斗の寝顔を見る事が出来て喜んでいるのは分かっている。

 しかし、海斗の胸に沸き上がるのは羞恥だ。

 何となくで謝れば、アイスブルーの瞳が柔らかく細まる。


「謝らなくていい。海斗の寝顔をいつもは見れないけど、今日はたっぷり見れたから」

「そりゃあ、普段は机に突っ伏してますからね」

「そう。だから、今日は凄く新鮮だった。図書室でも膝枕する?」

「流石に止めておきます」


 凪と海斗が普段休憩に使っている場所は、人が基本的に来ない。

 けれど万が一膝枕される海斗を見られたら、確実に勘違いされる。

 凪としては外で膝枕していい程に海斗へ好意を抱いているのだろうが、自覚無しのまましては駄目だろう。

 迷う事なく断れば、形の良い眉が残念そうに下がった。


「……分かった。それじゃあ、晩ご飯の準備するね」

「はい。よろしくお願いします」

「期待して待ってて」


 立ち上がってキッチンに向かう凪を見送れば、自信あり気な笑みが返ってきた。

 普段とは逆の立場に、どうしても強い違和感を感じてしまう。

 しかし凪の厚意を受け取るには、ジッとしているしかない。

 時間潰しの為にスマホを弄っていると、キッチンから料理の音が聞こえてくる。


「そう言えば、凪さんに作ってもらうのは初めてだっけ」


 凪がチャレンジしようとした事はあったが、あの時は結局海斗が彼女をキッチンから追い出したはずだ。

 なので、これが凪からの――更に言えば、想い人からの――初めての手料理になる。

 凪のお世話係である海斗が絶対に得る事のない機会だが、こんな風に実現するとは思わなかった。

 

「……ゆっくり待つか」


 本音を言えば凪が料理するのは少々不安だが、誰かに料理を作ってもらうのが嬉しくもある。

 今は何も考えずこの状況に身を委ねるべきだと、ソファに思いきり凭れ掛かった。

 その一時間後、凪がテーブルに出来上がった料理を置く。


「はい、オムライスだよ。初めて海斗に作る料理は、これがいいなって」

「ありがとうございます。凄く綺麗ですね」


 流石に半熟は出来なかったらしく、目の前にあるのは至って普通のオムライスだ。

 しかしとても綺麗に出来上がっており、頑張って作ったのが見ただけで分かる。

 それだけでなく、思い入れがあるオムライスを海斗に振舞おうという気持ちが温かく、海斗の唇が弧を描いた。

 心からの賞賛を送れば、凪が僅かに肩を竦める。


「そんな事ない。海斗のように出来なかった。やっぱり海斗は凄いね」

「そりゃあ俺は清二さん直々に叩き込まれてますからね」


 凪が料理出来る事はこれで証明されたが、流石に喫茶店で料理を作る海斗に張り合う事は出来ない。

 しかし、料理の出来など作ってくれたという事実の前では些細な事だ。


「でも、滅茶苦茶嬉しいです。早速食べていいですか?」

「うん。遠慮せず食べて」


 きちんと手を合わせてオムライスを口に運べば、ケチャップライスの程よい酸味と卵の甘さ、そして中に入っている肉の旨味が口の中で広がった。

 それは海斗が普段作っている料理には及ばないはずなのに、凪が海斗の為に作ってくれたからか、今までの自分のどの料理よりも美味しく感じる。

 何故かつんと鼻の奥が痛んだが、それでも胸に去来する大きな感情のままに海斗の唇が弧を描いた。


「美味しいです」

「ホント? 気を遣ってない?」

「この状況で嘘をつく理由がないですよ。文句なしの絶品です」

「……良かった」


 普段料理を作っている海斗と立場を入れ替えるのは、何だかんだで不安だったのだろう。

 端正な顔が綻び、ふっと緊張が抜けたように小さな笑い声を零した。


「凪さん、ありがとうございます。誰かに作ってもらうって、いいですね」

「そうだよ。海斗はいつも私にその気持ちをくれてるの。それは、誰にでも出来る事じゃないよ」

「……本当に、ありがとうございます」


 海斗が凪の世話をしているのはバイトとしてだが、それでも誰かに自分を気にしてもらっているのは同じだ。

 決してそれは簡単な事ではないのだと、胸を張って良いという凪の言葉に、深く頭を下げる。

 すると彼女は嬉しそうにはにかみつつも、気にするなという風に首を横に振った。


「ほら、もっと食べて、ね?」

「はい」


 凪に話を逸らされてはこれ以上感謝の言葉を示せず、せめてものお返しとばかりにオムライスを平らげる。

 勿論、使命感ではなく海斗が食べたいからではあるが、あっさりとオムライスはなくなった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様。もうすぐお風呂が沸くから、沸くまでソファで待ってて。それと先に入ってね」

「了解です」


 どうやら片付けも凪がするらしく、彼女が二人分の皿を重ねてキッチンへと持っていく。

 また、美桜と三人で泊まった時とは違い、今日はどちらが先に風呂に入ってもいい。

 しかしどちらにも余計な口を挟まず、素直に従った。

 すぐに風呂場から電子音が響いたので、着替えを持って風呂場へと向かう。

 一言凪へと声を掛けようとすれば、先に彼女がキッチンから顔を出した。


「お風呂から上がったら、良い事するね」

「……因みに、内容は?」

「ひ、み、つ」


 悪戯っぽく笑った凪が華麗なウインクをしてキッチンへ戻る。

 あまりにも魅力的な仕草に心臓の鼓動が早まり、逃げるように風呂場へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おーけー、胃袋げっとですね [一言] さぁ、凪ちゃんの猛攻は続く!(砂糖供給が止まらない!) これで2人とも好物がオムライスになってお揃いという話になるわけですねわかります。さすがにお風呂…
[良い点] 海斗、目覚める。この状況ならおはようからおやすみまで凪と一緒に過ごすことになるな。もう同棲してるのでは? 海斗は寝ぼけて凪を抱き寄せる、なんてことはなかったか。二時間も寝顔を見られてたと知…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。