てんこ盛りと胃の重さ
斎藤義龍に生まれ変わったので、織田信長に国譲りして長生きするのを目指します!(巽未頼)
https://ncode.syosetu.com/n1980eh/
何をいまさらな定評ある著作です。過労死した外科医が幼いころの斎藤義龍に生まれ変わります。コンピュータの戦国ゲームを多少やっており、実戦的医学知識はまあ本職として歴史と科学も広く浅く、教科書程度の内容を知っています。ですからあらゆる科学と産業を大身者のの惣領息子として進めようとする幼名・豊太丸は、あるものはすぐに実現させますが、あるものは10年、20年と人を使って実現していきます。伝来するとわかっているその年その月にその島に家来をやって2丁とも買ってくる(しぱらく独占)という悪辣なこともやります。
1.SLG的な整理とシンプルな行動原理
豊太丸→義龍の目指す世の中は、医師目線で見た「平和で豊かな」世の中です。倫理・規範よりもマクロ的・量的な達成を求めるわけです。「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます」というWHO憲章における健康の定義が想起されます。
世界保健機関(WHO)憲章とは(日本WHO協会)
https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter/
まあシンプルな信念に沿って進む主人公は動かしやすいですよね。そして作者さんは囲碁やボードウォーゲームがご趣味なようで、政治的布石・物資集積・動員状況・士気と言った要素を積み上げ、戦場におけるサイコロの影響があまり大きくならないように話を動かす傾向を感じます。もちろん朝倉宗滴や長尾景虎(必ずしも作中でこの名前とは限りません)のように、行動力や周囲への影響に特別ルール、あるいはヒーローポイントが必要であるような武将もいて、強さゆえの限界もまた「顕れる前に定められて」います。ヒーローポイントと言えば、この世界では桶狭間の戦いが諸事情で起きないことの補償なのか、織田信長が長躯奇襲をいちどだけ成功させて重要人物を敗死させます。この文章を書くために改めてコミックス既刊分あたりまで序盤を読み返していますが、戦闘の記述が全体の中であまり大きな比率ではないことを実感します。
義龍が医師目線で見た「平和で豊かな」世の中を作ると言っても、実際の世の中で無数に事件と紛争と訴訟が起きているように、それは豊かな社会にしか実現できないことですし、豊かでなくなってくるとほころびてくるものです。医療付きの福祉は金食い虫であり、あらゆるリソースの使途と競合するのですから。それは何度も作中で蒸し返され、意識させられているところでもあります。そしてそれを現代知識による殖産興業と農法改革によって、「内福な斎藤」が米帝しぐさ的に実現します。予算があるんは首があるんとおんなじや。いや、それくらいしないと物語としての痛快さが得られません。伝統的な「苦悩と選択」といった作劇方向ではもちろんないわけですから、突っ走るしかありません。
「美濃から出て美濃に帰る」義龍の遠征を、話の区切りに使っているのも読みやすさのための工夫でしょう。
地域史にしか出てこない人名や、同一地域で別時点に行われた紛争の参戦国人を丁寧に拾ってフレーバーを補い、みっしりとした質感を描写に与えています。その半面、戦闘の勝敗・結果そのものは「始まる前の蓄積」でほぼ決まっているのが、読んでいくエネルギーに対して読む驚きが少ない印象につながっていそうです。
2.室町幕府というシステム
御料所(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E6%96%99%E6%89%80
鎌倉幕府の収入が関東御分国・関東御領・関東御公事といった直接間接の土地徴税ばかりであったのに対し、鎌倉末期からの寺社造営料唐船という形式に足利将軍家も乗っかって天龍寺船が派遣され、やがて足利幕府を主宰者とする勘合貿易へと発展しました。こればかりではなく、商工業者(をシメる代表者である納銭方)への課税も大きな存在となりました。
寺社造営料唐船(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E7%A4%BE%E9%80%A0%E5%96%B6%E6%96%99%E5%94%90%E8%88%B9
これらのシステムは「現場を何らかの暴力装置で実効支配していること」が当然の前提ですから、足利義教が討たれて将軍の強権が掣肘されるようになった後、全国への強制権を働かせる権力者がいなくなり、その主宰者としての将軍家・管領と、その管理者としての伊勢氏(足利家宰)・大商人・寺社の立場は、多かれ少なかれ不安定になりました。マイソフくらいの年齢だと、昔の通説(斎藤道三一代国盗り)に沿ったNHK『国盗り物語』を一部覚えていて、そこでは石清水八幡宮の管理下にある大山崎の油座が巨大な存在として描かれていました。
六角氏が管領代にも任じられ、丹波の波多野氏らとともに京都近郊の守護(級)大名としてこうしたシステムの株を支えていたのは作品通りですが、幾多の戦国大名が「国持ち」守護大名の枠を超えたのに対し、戦国時代の最終段階では管領たちの下につく中途半端な規模から、滅ぼされる側に回ってしまいました。
「がらんどうになった末期室町幕府」なんか見たいと思うのはかなりの歴史マニアに限られそうですが、最後まで残った人たちが制度一新を邪魔するというのは歴史あるあるで、そこに漂う「気分」を描いたところはポイントです。
3.公家が保っていた(と思われる)システム
足利義満が日本国王を称したのは明が朝貢貿易以外認めようとせず、そのうえ貿易相手には海賊鎮撫の実力まで求めた事情があってのことと言われますが、足利義満は絶頂の政権末期、歴代の院(治天の君)が実質的に下していた司法判断まで我が手に集約しようとしました。そのために自分と側近たちはそろって出家し、まさに朝廷に対する院のように、武家政権の慣例から離れた判断と行動ができる環境も整えたのです。従来から院宣などの形で判決文が出た場合も、武家執奏/武家伝奏を通じてその執行(支援)が幕府・武家に命じられたわけですが、そのワンクッションを縮めてしまおうというわけです。その裏側では、後円融院の不祥事、幕府の院宣への介入などの乱気流がありました。足利義教の横死はすべてを凍らせてしまいましたが、皇室と公家が経済的に衰微すると、院政→治天の君という形式そのものの維持もできなくなりました。
この作品世界で義龍が流し込む献金は、その一部を生き返らせましたから、おそらく裁判制度もいったんは一部が公家・朝廷に戻り、すぐ義龍・信長による公武合体政府に再編されていったことでしょう。
義龍は早いうちから「妹の婚約者」である信長に一点物の絵本(実質的に学習漫画)を仕立てて送り、孤立しがちな信長の幼少期を結果的に救って、青年期以降も強固な盟友関係を保ち、現代風・西欧風の文物や思考法になじませていきました。後奈良帝の個性はさておき、皇室と公家は義龍にとって、徳治主義的な方向性を持つので幕府・管領よりは妥協点が見つけやすく、皇室・公家が最後までいくらか持っていた民政府的側面がちらちらと描かれ、やがて織田斎藤公武合体政府へと包摂されていきます。あえて言えば、公家側にダメな奴トラブルメーカーな奴がいないのは、すべてを武家政権の制度疲労に乗っけて処理してしまうための都合よさ……と言えなくもないですね。
緻密に調べて書き、先の先まで計画してから書いている労作ではあるのですが、多くの読者にとってはそれがそのまま重さにも感じられるでしょう。コミカライズ版はその辺が少しだけ絵の力で軽くもなり(正確な地図に落とし込むと、むしろずっしりしてくる成分もありますが……)、2020年の第1巻で書籍版が止まってしまっているのも、うーん、出版社様の気持ちもわかりますね。うまく落としどころを見つけていくことを願っています。




