騎兵は突撃する
この記事は2026年7月に書いています。封切られた『キングダム 魂の決戦』で久しぶりにトヨエツ演じる麃公が中心人物となりました。
検索すると「火を絶やすでないぞォ」という台詞がよく出てきますがこれは最期の叫びでした。生前の麃公は、戦いを左右する機会をつくる小さな火を待ち、探し、煽って求めました。『キングダム 魂の決戦』でも、数的劣勢にある秦軍の一方を任され、合従軍の中で相対していた趙軍に歩兵と騎兵を率いて突っかかります。趙軍を指揮する慶舎は万極にその無理な前進を咎めさせ、疲労が目立つ麃公隊の歩兵に襲い掛かりますが、その危機を救おうと主人公・信の率いる飛信隊が飛び込んできます。麃公隊の歩兵を鼓舞し、万極隊を挟撃する機敏な反応を「火を起こした」と喜ぶ麃公は、自分たちをオトリとして戦いの焦点を作り出そうとしたように見えました。
部隊に追随して最前線で利用できる通信装置が登場したのは、ここ100年ほどのことです。例えば騎砲兵と言って、全員が馬か馬車で移動する砲兵チームが迅速に展開し、直接照準で痛撃を加える戦法がありましたが、無線機や野戦電話が普及するとカウンターバッテリーがすぐ飛んでくるようになり、第1次大戦のころに損害が急増して絶滅……と言うか、自動車で移動する(やはり損害を受けやすい)砲兵に一部が進化しました。
逆に言えば、無線機や野戦電話がないか、司令部クラスの拠点施設にだけあった時代には、何かを見つけても急報する手段が限られ、部隊を分派するときには相当な行動委任が必要でした。そしてひとつの集団が交戦を始めたら、戦場の総司令官はもう「退き太鼓」のような大雑把な信号しか送れず、「使い番」に見分させるか、前線指揮官が部下を割いて伝令を出すかするまで報告も受けられませんでした。ナポレオン戦争期を描いたホーンブロワーシリーズの『決戦!バルト海 』でも、戦隊指揮官のホーンブロワーが報告書を持った小型艦をバルト海から本国に送るタイミングを測っていて、周囲の外交官も文書の便乗を願ってくる様子が描かれていました。
とくに騎兵突撃は、兵の疲労や希望失望、そして位置関係やタイミングで有利なときを選ばないと、敵が壊乱するより先に自分たちが摩耗してしまいます。フリードリヒ大王の騎兵指揮官ザイトリッツが1758年のツォルンドルフの戦いで、歩兵の敗走に焦ったフリードリヒの督促に頑として応じず、自分が選んだ最高のタイミングで騎兵突撃を仕掛けて成功させた例は有名です。最高のタイミングを判断する材料は、このころはその場で見て取るしかなく、同じ戦場にいるはずのフリードリヒともちょっとした距離と視角の差があれば、見えているものが違ったのでしょう。
表現は違っても、麃公と同じようなものを探し、当てたり誤ったりしながら、ある時期と地域の軍事指導者たちは駆け抜けていったのでしょう。そして逆に、そうしたイレギュラーを起こさせず、戦力差通りに勝つ算段をめぐらす指揮官たちもいたのでしょう。我々は案外、軍事史の中で例外的な一時期を目の前にしているのかもしれません。




