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兵站将校は語り尽くせない

兵站将校は休みたい!(しろうるり)

https://ncode.syosetu.com/n2389jr/


 ちょっとこの作品は脳内審議にかかっておりました。作者はすでに書籍化作品のある方です。手慣れた筆致で、魔法と弓矢はあるが爆薬と火器はない世界の兵站士官が、無理を言われつつ生き残る様子を描きます。面白いかと言われると面白いです。脳内審議にかかっていたのは、「生き残るためのポイントが富豪刑事的であり、敵がややアホである」という点です。懇意にしている冒険者の小集団が、第2次大戦であれば中隊規模を超えない主人公レフノールの作戦と生命をたびたび救い、なぜか友軍諸部隊や、第3章以降に登場する敵対国軍にはそれがありません。妖魔はともかく、敵対国軍にもそういうマジックユーザーへの備えがありません。だいたい、太い実家から援助された資金でそのパーティは最初に雇われるのであり、二線級とはいえ武器の特別配置もあります。軍事的には、ビンボなアホが負ける話です。


 面白いのはそこよりむしろ、一般的な組織の中のダメ分子と、それに対する人間模様です。単調に「ざまぁ」が進行するのでなく、板挟みで胃を傷める人間や日和る人間のドラマが同時進行します。ダメ分子がいきなり斬られたりしないのも一種のリアルさがあります。「例の部屋」「例の支店」「例の子会社」のたぐいに飛ばされることが多いのです。主人公が目覚ましく出世するわけでもありません。実権が拡大するスピードに責任が重くなるスピードが勝ります。


 ですからこの連載の方向性としては、作中における敵の相対的ビンボさやアホさはひとまず置いて、兵站業務のウンチク話をしたいと思います。


 旧日本軍には時期と陸海軍の別により、「将校相当官」「各部将校」といった身分がありました。つまり例えば陸軍主計将校は、軍人ではあるが「兵科将校」ではないという扱いでした。ガンダムのセキ技術大佐がマチルダ中尉の下風に立っていたように、戦闘に関する指揮系統では兵科軍人が各部の軍人より上でした。これとは別に、技能や経験を持った民間人、あるいは単に労働力としての民間人を軍が雇うことがあり、待遇と地位によって嘱託とか雇員とか、あるいは総称して軍属とか呼びました。


 もちろんこれらは(特定時期の)日本軍の制度と呼称であり、特定時期の特定国の制度と突き合わせると、一語が一語に対応しないことがよくあります。だから長い訳注なしに安易な翻訳をしようとすると、どう翻訳しても正確ではないことになります。大雑把に言って、「戦闘職である軍人」「戦闘職とは内部的に見なされていない軍人」「軍に雇われた民間人」「仕事を頼まれただけで軍との雇用関係がない民間人」が軍隊の後方に混在します。


「仕事を頼まれただけで軍との雇用関係がない民間人」が、とくに軍服を着ないで敵に捕まると、捕虜としての身分保護を受けられず、戦場で利敵行為を働いた民間人として処刑などされる可能性があります。ドイツ軍は1940年春に急進撃をカバーするため民間企業やドイツ国営鉄道のトラック運転手を徴用しましたが、軍服が間に合わないので「ドイツ軍」と(ドイツ語で)描いた腕章を巻かせました。フランス軍は第1次大戦まで従軍商人が連隊レベルまで補給を賄っていたようですが、たぶんこの問題があるために、補給を賄う軍人組織がやっとそのレベルまでカバーするようになりました。「戦闘職とは内部的に見なされていない軍人」の多くは、起源をたどれば民間人がやっていた仕事を、諸事情で制服軍人がやるようになったものです。それでも一時的な仕事、専門性の要らない労働などがあるので、「軍に雇われた民間人」が完全に消滅はしません。


 イギリス軍の補給部隊は、明確に異なるふたつの起源を持ちます。今でいう財務省に当たる政府組織から、武器と武器庫を管理する部隊が分かれたものが、そのひとつです。文字通りの銭勘定を行う、狭い意味での主計業務のほか、国営の武器(製造/修理)工廠もその一部となりました。それが業務の一環として、武器弾薬の輸送も担当したわけです。もうひとつは、もともと従軍商人に衣食住に必要な物資とサービス(洗濯とか)を任せていたものが、外征時に現地で業者を見つけられないので自前の輸送・調達組織に置き換わったものです。


 ドイツ軍のBeamteは軍属と訳されますが、それぞれの専門性ごとに学歴・軍の学校通学と試験合格・部隊での勤務を組み合わせた選抜/訓練システムがあり、「戦闘職とは内部的に見なされていない軍人」に極めて近いものでした。


 そうは言っても、軍から見て戦闘ができそうな人間はまず戦闘職に取られますから、とくに後方で武器を取って兵站警備にあたるような人たちは、まあいろんな意味で色々な人たちです。現地協力者が独自に部隊を作り、地域の保安に当たるようなケースが一番アレです。ドイツ士官がそういう拠点を訪問したら遺体がつるされていて、指揮官は平然と「参謀長をさせていたが裏切者だった」と説明したそうです。


 切迫した事情が生じると、後方にいて銃を取れる、かろうじて軍服は着ている人たちが適当に集められます。特に専門性はないが道路補修などのためにそこにいる建設大隊の徴用労働者とか。指揮を執るのは、後方にいて差し迫った任務のない士官です。例えば多くの砲兵を攻勢序盤に統一指揮するためにいて、部隊がばらばらに進撃に移ったので後方にいる砲兵少将閣下とか。


『血戦奇襲部隊(The Fighting Seabees)』というジョン・ウェイン主演の1944年アメリカ映画があって、アメリカ海軍建設大隊が非武装の民間土木業者から始まり、日本軍の銃撃下で丸腰では生き残れないので武装した軍人になっていく様子を、事実に基づいたフィクションとして描いています。Seabeesというのは勇ましく響きますが、 Construction Battalionsは略してCBだからだそうですね。現実は映画ほど劇的ではありません。


 北アフリカで第15装甲師団段列指揮官(Führer des Verpflegungstrosses)をつとめたフレイ少佐が兄に宛てて書き送った日記調の書簡集はよく知られていますが、1941年のうちは師団に規定をはるかに超える数のトラック段列が配属され、ベンガジやトリポリから師団までのトラック輸送を一手にフレイ少佐が引き受けていました。このころフレイは部下たちを集めてサッカートーナメントをやりましたが、「運転手チーム」がふたつと、「書類仕事チーム」「荷役チーム」がひとつずつでした。1942年になるとアフリカ戦車軍ができて、そっちに物資交付所と倉庫群ができたので、そこまで取りに行けばよくなったようです。


 段列指揮官の上には師団補給指揮官(Divisions Nachschub Führer、DiNaFü)がいて、これは補給主任参謀の兼ね職です。段列指揮官が師団物資交付所を運営して日々の補給を回すのに対して、補給主任参謀の率いる小さなチームは計画し、提案し、推進します。次の倉庫を建てるとか、今までになかった調達先を交渉して作るとか、新しい決定を任されるのです。補給主任参謀は典型的には若い参謀大尉か少佐、段列指揮官はフレイ自身がそうであるように、社会人経験のある中尉か大尉(フレイが追加講習を受けて参謀少佐なのは、困難な北アフリカ戦域で重要部隊を預かるからでしょう)が多かったようです。


 フレイは師団の倉庫・物資交付所とトラック段列のほか、軍事郵便や師団法務部や野戦病院や憲兵隊、つまり師団の非戦闘部隊全体を(もちろん専門的なことには立ち入らないとして、全般的に)指揮していました。1942年になると、テレビ番組「ラット・パトロール」やタミヤがかつて発売した車両のキットで知られるように、SASやLRDGによる長距離襲撃やイギリス空軍戦闘機の襲撃が増えてきました。ですからフレイは部下たちに(たぶんしばらくぶりの)射撃訓練をさせ、臨時に配属された自走対空砲などをトラック部隊に同行させ、護送船団のように補給を届けていくことになりました。自走対空砲のような貴重兵器には、戦闘職の兵たちがついてくるわけですね。


 会計、火薬取扱、車両修理・整備といった専門性に応じ、「戦闘職とは内部的に見なされていない軍人」「軍に雇われた民間人」が協力していたことも、言うまでもありません。


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