夏休み(5)
翌朝。私の胸を見る。ないわけではない。
同年代の中では普通の方だ。
形もいい方だと思う。
「お嬢様、おはようございます」
ナタリアがドアをノックして寝室に入ってくる。
「おはよう、ナタリア」
「下着姿で何をなさっているのですか? お風邪を召してしまいますよ」
そう言いながら私の服を持ってくる。
貴族はメイドや従者に服を着せてもらうのが一般的だが、私は自分で着ることにしている。
なんでもかんでも他人任せにしていたら、いざ1人になったときにどうしようもなくなってしまうから。
「ねえ、ナタリア、男はやっぱり胸の大きい女が好きなのかしら」
ナタリアが持ってきてくれた服を着ながら尋ねる。
「胸が大きい者を好む方もいらっしゃれば、小さいのを好む方もいらっしゃいます。他にも、胸よりもお尻の大きい者を好む方もいらっしゃいますよ」
「少なくともローランド様は胸の大きい方が好きよね」
ナタリアが顎に指を当て考える。
「うーん、昨日の殿下のお言葉を気にしていらっしゃる様でしたら、無用な心配かと」
「どういうこと?」
「あれは恐らく、お嬢様の起こる顔を見たかっただけかと」
「え?」
「なぜなら、あの時、他の男性陣が私やミモザ様の胸に視線が行く中、殿下の視線が注がれていたのは私の胸を除けば、マチルダ様以外には御座いませんでしたから」
ニコリと笑って、そうあっさりと言う。
こわ。あの時、誰が何を見ていたか把握してるなんて。
ん? 男性陣? もしかしてお爺――
「あ、ジェイソン様とジェイムズ様はご自分達の奥様の顔を見ておりました。やはり私達は子供なので興味がないのでしょうね」
手のひらをポンと叩きながらナタリアが言う。
多分それは違うと思うわ。だって、ミモザのメイドは大人の女性なんだもの。
そこに目が行かないとなると……やはり夫は妻が怖いのね。
私はそうならない様に気を付けなくちゃ。くわばらくわばら。
朝食を摂ると、私達子供は涼しいうちに川へ繰り出す。安全のためにメイドや従者も一緒。
ちょっと遊び疲れて河原の岩に座っていると、ローランド様が歩いてくる。
「ふう、こんなに居心地がいいならもっと早く来るんだったな」
そう言って私と同じ岩に腰掛けながらバケツに入った魚を見る。
これはさっきモーリス様が釣り上げたものだ。
バケツの中には2匹。ここにいる全員分釣り上げると絶賛釣り竿を振りかぶっている。
「ローランド様はお父様、総督閣下のご政務のお手伝いがあるのでしょう? おいそれと首都から出るわけにはいきません」
「マチルダは母上と同じ様なことを言うのだな」
ムスッと口を歪ませる。
「いや、腹を立てたのではない。どこへ行っても、俺には総督の息子、次期総督の肩書きが付きまとうのだなと、少し、世の中が狭く感じただけだ」
そう言って、楽しそうに釣りに興じるモーリス様とミモザを遠い目で見る。彼らが羨ましいのかしら。
陸軍将校の息子と、家政局長官の娘。
どちらもその肩書きは重いものだけれど、彼らは親とは違う職を選ぶことができる。それに対し、ローランド様は何があっても総督になることが決まっている。
それが血の重み。
「気にするな。父上のことは尊敬しているし、私も父上と同じ冠を戴くことは名誉なことだ。私もそれを望んでいる。何より彼らの笑顔を守ることは、俺の天命だ」
そう言うと、ローランド様はモーリス様達の方へ歩き出す。
「おーい! まだ2匹だぞ! 俺にも竿をくれ!」
私も遅れて3人のところへ歩いていく。
昼時。
「結構釣れたじゃない」
バケツに入った魚が5匹。
「いや、一人1匹にはならなかった」
モーリス様が悔しそうに言う。
一人1匹。この一人にはメイドや従者も含まれる。
そのことに誰も異を唱えない。メイドや従者も何も言わない。
だって、これが私達の普通だから。
けれど、普通の貴族は貴族とそれ以外の区別がはっきりしている。貴族の食事にメイドや従者が混じることはない。
貴族は豪華な食事を摂る一方で、それ以外は質素な食事を摂る家もある。
我が家のメイドや従者に引き抜きの話が来ても、殆どの人がそれを断っているのも、そういう家の文化に馴染めないところもあるのだろう。
「そんなこともあろうかと、私達で仕掛けを作っておきました。見に行きましょう」
ミモザのメイドが提案する。さすが、リンドバーグ家のメイド。この川もリンドバーグ家の敷地らしいし、こういうサバイバル的なことは仕込まれているのだろう。
「すげえ」
仕掛けのある場所に行ってみると、そこには川の半分を横断するように浮いている複数の浮き。その下には一繋ぎの釣り針が沈んでいるらしい。
延縄というそう。延縄って海の漁だけかと思ってた。川もあるのね。
川の半分だけに延縄があるのは、穫りすぎないようにするためらしい。考えてる。
「早く引き揚げようぜ」
そう言ってローランド様が川へ入り浮きに近づいていく。
「殿下、お気をつけて」
ローランド様の従者が一緒になって川へ入る。
「それじゃあ、皆で引き揚げましょう」
ミモザのメイドがあれこれ指示を出しながら皆で延縄を引き揚げると、丁度3匹かかっていた。
私達の釣り上げた5匹と合わせて8匹。これで一人1匹だ。
「さ、調理して頂きましょう!」
ミモザが満面の笑みで自分のメイドに言う。いの一番にメイドに言うなんて、結構懐いてるのね。
「ご馳走様でした」
魚はそのまま串刺しにして塩焼きで頂いた。
丁度いい塩梅に塩が聞いていて、魚の旨味を引き出してくれる。
ローランド様が食べ終わった串を火に焼べると、皆に聞く。
「この後は何する? かくれんぼでもするか?」
「森の中は危険ですから、私どもの目の届く範囲でお願い申し上げます」
「ちぇ」
従者の言葉にローランド様が口を尖らせる。
「昼を越えるとこのあたりでも暑くなりますし……」
ミモザが顎に指をあてながら思案する。
「絵を描くのはどう? いい思い出になるわ。ナタリアに道具一式持って来させといたのよ」
「じゃあ、そうするか。父上と母上にいい土産になる」
皆魚を食べ終わると、ナタリアに鉛筆やらスケッチブックを貰って思い思いの場所に座って絵を描き始める。
スケッチブックは前世のような針金で綴ってあるものではなく、糸で綴ってあるものだ。
道具一式を抱えながら歩いていると居心地の良さそうないい木陰を見つけたが、既にそこにはモーリス様が座っていた。
「いい場所を見つけましたね」
「マチルダ嬢か。ルノワール中尉が捕まったのは知っているか?」
思わず周りを見回すが、私達二人以外には誰もいない。
「俺の従者はお前のメイドに道具を貰いに行っているよ。だから聞けるんじゃないか。中尉の件は俺とお前だけの秘密だからな」
そう言いながら目に付いた石を広い川へ放り投げる。
「ええ、お兄様から。横領と聞いています」
「俺の家に例のビラを投げ込むのを俺が見たんだ。あたり一帯の家に投げ込んでいたなら他の人間も見ているかもしれん。目撃情報でいつか捕まるだろうとは思っていた。だが罪状は横領だ。正直驚いたよ。だが横領ということ以外、警察は何も情報を開示しないんだ。憲兵の要請に対しても特段の事情に鑑み、回答は差し控えると返答してきた。身柄の引渡しにも応じん」
「そう……なのですね」
憲兵とは軍部の犯罪捜査組織であり、一般の警察が刑法に違反した者を取り締まるなら、憲兵は軍法に違反した者を取り締まる。
ガウェイン様が約束を守って下さっていることで、軍部の警察に対する不信感が高まりつつあるのかもしれない。
「しかも、ルノワール中尉の引渡しを求めたのは国粋派の重鎮バーナード少将だ。何故、そんな人物が統御派の人間を助けようとする? 寧ろ統御派を批判できるチャンスなんじゃないのか? 一体何が起きようとしている?」
国粋派が統御派を助ける?
てっきり首相暗殺は統御派による思惑で、その成功を見て国粋派がその流れを奪うものと思っていた。
まさか、陸軍の総意だとでも言うの?




