夏休み(2)
リンドバーグ伯爵邸。
ミモザに案内されて入った部屋には、本が山積みのデスクに座る千秋くんがいた。
ここは伯爵邸の書庫。
聞けば、ここで書類の整理をしているそうだ。
寝食の時間以外は基本ここにいるらしい。
千秋くんはここでは秋策と名乗り、極東人として振る舞っていた。
これは伯爵の計らい。
「こんにちは。お久しぶり、秋くん」
私の顔を見た千秋くんの顔が急にぱぁと明るくなり、読んでいた本を閉じて此方に駆け寄ってくる。
かわいいな、コイツ
「こんにちは! マチルダさん、どうしてここに?」
「学校が休みなの。しばらくここに滞在するからよろしくね」
私がニコリと笑うと千秋君もニコリと笑う。
「そうなんだ。会えて嬉しいな」
千秋君を助けた頃とは見違えるほど明るく、よく笑うようになっている。
あの洞窟であった頃の様だ。
「お爺様がラージヴィレッジにいた頃の極東人の友人の子供と伺っておりますけど、まさかマチルダさんも既知でしたなんて驚きですわ」
ミモザがキョトンとした顔で私を見つめる。
洞窟で会ったことを覚えていないのかしら。確かにあの時のミモザは衰弱していて意識もしっかりとしていた訳ではなかったけれど。
まあ、覚えていないならそっちの方がいいかも。
彼の正体を知っている人は少ない方が彼を守りやすい。
「ほら、私、復興支援に行っていたじゃない。そこでこっちに立ち寄った時に秋くんに会ったのよ」
嘘は言っていない。
「そうなのですね」
「マチルダさん、こっち来て。面白い本があるんだ」
そう言って私の袖を引っ張り机の方に連れて行く。
「はいはい。楽しみね」
ルナマーレが保有する極東大陸の領土であるラージヴィレッジの住人には極東人もいるが、その極東人でもそこまで識字率は高くない。向こうでの極東人は被支配者階級で、教育制度も基本的にはルナマーレ人のためにあるから英語を学ぶ機会は一握り。
基本的にはラージヴィレッジ統治のために残した旧支配層の官吏達の氏族だけだ。
それが今英語をそつがなく読めているのは教育係だったと聞く竹中さんのおかげなのかも知れない。
その竹中さんはルナマーレの軍人から教わったって言っていたっけ。
暗闇で光る一つの灯り。
照らされるのは湿気の多い取調室。
そこにはルノワールと、それを囲む3人の警官がある。
「なあルノワールさん、いい加減話してくれ」
机を挟んで手錠をされたルノワールの正面に1人が座り。他の2人がルノワールの左右に立っている。
「あんたも分かっているんだろう。あんたをしょっぴいたのは横領なんかじゃないってことぐらい」
ただ無表情で自分の手錠を見つめるルノワール。
時計の針がチクタクと時を刻む。
暫くその状態が続いていたが、厚い扉が開き1人の男が入ってくる。ガウェインだ。
「まだだんまりを決め込んでいるのか?」
ルノワールの正体に座っていた男が席をあけると、ガウェインがそれを裏返して背もたれを前にドカンと座る。
そしてガウェインが徐に懐から取り出したものを見たルノワールが顔色を変える。
「どこからそれを」
それは1枚の契約書。拳銃を殉国社代表に売り渡す契約書。
「いやあ、あなたの奥さんも大分強情だったよ」
ガウェインが不敵な笑顔を浮かべながら覚え書きをひらひらと上下させる。
「わざわざ残さんでも良かったのに。律儀な性格が徒になったな」
「妻に何をした」
「何も。ただお願いしただけですよ。ま、多少無理強いはしましたが」
ルノワールがガウェインを鬼の形相で睨みつける。
「下衆め」
「次はあなたの大隊長に聞かないといけないかも知れない。ああ、今は連隊長か」
「何でしょっぴく。また勝手な罪を作るのかね」
「いいや? あなたに加担した共謀罪さ。今回の件、少佐も承知のことなのだろう? 当然今話してしまえば、少佐の計画に我々の邪魔が入るだろう。だが、今ここで話せば、今回の件はすべてはあなたの独断ということにしてやらんでもない」
黙ったままのルノワールを見てガウェインが立ち上がって扉のドアノブに手をかける。
「選べ。話して計画を遅らせるか。話さずに計画を終わらせるか。良い言葉を期待する。それまでは引き続き、あなたの奥さんとの会話を楽しむとしよう」
ルノワールに背を向けたまま、横顔でルノワールの顔を冷徹な目で見つめる。
会話を楽しむと言ってるが、明らかに尋問を憎たらしく言い換えているだけなのは誰の目にも明らかだった。
そのまま出て行こうとガウェインがドアノブを下げた時。
「待て。待ってくれ」
掠れた声がルノワールの口から出る。
「話す。話すから、妻は解放してやってくれ」
ガウェインがドアノブを戻して再び椅子に座る。
さっきとは違って、椅子の向きを正しく直して。
「最初からそうしてくれたら良かったのに。存外、愛妻家なんだな」
ガウェインは笑顔で話しているが、ルノワールは睨みつけたままだった。
「なるほど、軍縮に反対する有志国民によるテロ行為を陰から支援し、国民の同情心をタテに政府に軍拡を迫る、か。で、ゆくゆくは政治も軍部が取り仕切る仕組みを作る、と」
ガウェインが調書を取り終えてペンをくるくると回しながら呟く。
「国民はいつだって軍部の味方だ。私利私欲のためにしか動かん無能な政府などアテにしておらん」
ガウェインにルノワールが食ってかかる。
「だから国民が軍に政治も任せると? それはルナマーレ軍が勝ってきたからだ。勝ってきたから信頼する。陶酔もする。だが……次負けたらどうなるかな?」
「負けぬための強き軍だ!」
叫び立とうとするルノワールを左右の警官が上から椅子に押さえつける。
「まあそう興奮しなさんな」
呼吸を整えルノワールが言う。
「これですべて話した。本当に妻にも少佐にも手出ししないのだろうな」
「今回の件に関してはね。他に何かしているならば、それは別の話だよ」
「貴様の言う今回の件とは当然、テロ支援のことなのだろうな」
椅子から立ちながらガウェインがそれに答える。
「あなたの罪をもうお忘れなのかね? 拳銃を第三者に譲渡した横領だよ。すべての兵器は総督閣下の所有物。軍はそれを貸与され運用しているだけだということを忘れたのかね? これは総督閣下に対する裏切りだ」
ガウェインが言葉を吐き捨てそのまま部屋を出て行こうとする。
ルノワールが左右の警官の顔を見る。一切顔色が変わらない。
「貴様ら、騙したな。さっきは横領ではないと!」
「何のことかな? まあ、とある事情で何をどこに流したかまでは公表しないことになっている。よかったな。軍法会議で死刑にならなくて」
ルノワールの左右の警官は暴れるルノワールを固く椅子に押さえつけ、もう一人の警官は何事もなかったかのように黙々と取調べの片付けをしている。
「卑怯者! これが国家のやることか!」
ルノワールが椅子の上で暴れ叫ぶもどこ吹く風。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。テロ行為など……それが国家のやることか」
扉を閉めながらガウェインが言う。
最後にガチャンと扉が閉まると、誰も言葉を発することもなく、ただ警官たちの作業音だけがルノワールの耳に届いていた。




