夏休み(1)
終業式。明日から夏休みだ。
どうして校長先生のお話っていつでもどこでも退屈なのかしら?
そんなことを思いながら、昨日のお兄様からの電話を思い出す。
『来週には復興支援が地元警察や消防に引き継いで、ロングフィールドに帰ることになったよ』
モーリス様の仰っていた通り、復興支援隊は解散する事になったようだ。
「そうなのですね。お疲れ様でした」
『お前もそろそろ夏休みだろう。こっちに来るのか?』
「今年はお爺様、お婆様と一緒にリンドバーグ伯爵の所へお邪魔しようと思っています。ミモザに誘われまして」
『そうか、人事異動があってね。大隊長は第50連隊の連隊長になられる。今回の復興支援隊が評価されたようだ』
「それはおめでとうございます。そちらに伺う際はお祝いの品をお持ちしなくては」
『ありがとう。ただ……』
「どうされたのですか?」
お兄様の声のトーンがとても低くなる。
『ルノワール中隊長が部隊から離れることになってね。嬉しいことだけではないよ』
「え」
単なる異動ならば普段からあるはずだ。
嬉しくない異動……まさかガウェイン様達がもう行動を起こしたの?
「それは……寂しくなりますね。どこか別の部隊に移られるのですか?」
『他言するなよ。ルノワール中尉は物品横領の罪で警察に捕まったんだ。近日中に軍籍からも離れることになりそうだよ』
横領。そうか、それならば個人の問題になるからルノワール中尉と交流のある人達にまで疑いが持たれることはない、か。
ガウェイン様は約束をきちんと守ってくれたみたい。
トックヴィル少佐の反応はどうだったのだろう。
「トックヴィル少佐もさぞや驚かれたことでしょう」
『そうだな。かなり狼狽されていた。だが一つ不思議なところがあってね。中尉が警察に逮捕されたことを知った時よりも、その罪状が横領と知った時の方が驚かれていた。何度も周りの将校に本当に横領なのか聞いて回っていた程にね』
それは確かに不思議だ。
まるで、警察に拘束されることは既に織り込み済みだった様な……。
『確かにルノワール中尉は清廉潔白そのものの様な人物だったから驚くのも無理はないが、あの驚き様は普通じゃなかった』
「そう、なのですね」
しばらくの静寂の後、お兄様が切り出す。
『まあ、そういう訳で祝いの品はやめた方がいい。ただ訪問は歓迎するよ』
「わかりました。お爺様にもその旨伝えておきます」
『そうか、ありがとう。会える日を楽しみにしているよ』
お兄様の声は普段の明るい声に戻っていた。
数日後。8月上旬。ロングフィールド。
「お爺様!」
「ミモザ! 待っていたよ」
ミモザがリンドバーグ伯爵の旨に飛び込む。
伯爵は大きな笑い声を上げ、孫娘をしっかりと受け止め抱きかかえ持ち上げる。
重厚な石と木の混合造りの邸宅が深緑の山を背に構え建つここはリンドバーグ伯爵邸。
お爺様、お婆様、私、ミモザの母親、ミモザ、そしてお爺様の執事のジョン・ジャクソン、ミモザの母親の執事、ナタリア、ミモザのメイド、計9名の訪問だ。
お父様とお母様はルナマーレでお仕事。ミモザの父親、ベディヴィア様もお仕事らしい。公安のお仕事か、それとも家政局の方か。
「久しいな、ジェイムズ」
そう言ってお爺様がリンドバーグ伯爵に笑顔を向ける。
ジェイムズ・リンドバーグ。それがリンドバーグ伯爵の名だ。
「やあ、ジェイソン。電話では何度も話しているけれど、面を突き合わせるのは3年振りくらいか」
「そうだね。ジェイムズが向こうから帰ってきた時以来だからそれくらいになるか」
向こうというのはラージヴィレッジのことかしら。
リンドバーグ伯爵はラージヴィレッジの知事を務めていらっしゃったから。ラージヴィレッジは極東大陸にある領土でルナマーレ本島に一番近い地域この世界における朝鮮半島だ。
ジェイソンとジェイムズ。学生時代はダブルJとも呼ばれる学園の双璧だったとか。
いずれは私とミモザもダブルMって呼ばれるのかしら。
因みにお父様の場合はガウェイン様とベディヴィア様の3人でABGトリオと呼ばれていたみたい。
お父様はガウェイン様に余計なヒゲがついていなければABGがABCになってスッキリするのになあ、って言っていたっけ。
確かにGからカギの部分を取ればCになるけれど。余計なヒゲってそれはあんまりじゃないかしら。
「マチルダくんも、息災だったかい?」
「はい。しばらくお世話になります」
「君が植えた秋の花も元気に育っているよ。後で見に行ってあげるといい」
お辞儀をする私に優しく話しかけるリンドバーグ伯爵。
秋の花。千秋くんのことだ。
千秋くんのことはお爺様達にもまだ隠している。
これは伯爵の意向。彼をお爺様に教えてしまったら、その時点で彼は否が応でも重要な政治の駒になってしまう。そうなったら政治に何ら関わりのないリンドバーグ家は彼の監視者からタダの世話役になってしまう。
中央の政治に都合がいいように使われて、何かあればトカゲの尻尾のように一緒に切り捨てられる可能性がある。
それが酷く嫌なのだ。
「ありがとうございます。後ほど会いに行ってみます」
私は笑顔でそう伯爵に答えるのだった。
同じ頃、トックヴィル邸。
トックヴィル廊下の扉の前で襟を正す。
咳払いをしてから扉を開くと、そこは書院造りの和室が広がっていた。
和室の奥、上座には一人、煌びやかな装飾品と束帯に身を包む女性が衣服の乱れも厭わずに胡座をかいて座っている。冠から垂れる玉飾りで口元しか見えないが、横一文字の口と頬杖をついていることから仏頂面というのがわかる。
「陛下、ただいま戻りました」
その表情を見たトックヴィルが即座に女性の前に座って頭を下げる。
「で、見つかったのか?」
トックヴィルに頭を下げさせたまま女性が尋ねる。
「残念ながら、未だ捜索中で御座います」
「お前に協力すれば旭日人の身の安全が保証されると言うからこんな馬鹿みたいな格好もしてやっているんだ。竹中達も何に使っているか知らないが、彼らはお前にやったわけじゃない。貸してやっているんだ。事が済んだらちゃんと返してもらうからな。特に竹中は早くに身罷った両親の代わりに私達を育ててくれた親代わりだ。何かあったら弟が悲しむ」
「はっ。それは重々承知しております」
「弟が死んでいたら私も命を絶つからな」
思わずトックヴィルが焦った表情の顔を上げて身を前に出す。
「そ、それは! どうかお考え直しを!」
声にも明らかな動揺が乗る。
「じゃあ生きている弟を直ぐに連れてきてくれ。私の命は弟のためにあるんだ。弟がいない世界に生きていても意味はない。それに、皇族の末裔と言うならお前もそうだろう。お前が変わりにやればいい」
トックヴィルが一つ、大きな深呼吸をしてから女性をしんと見据える。
「私では駄目なのです。確かに私の先祖は旭日征服の折り、西洋へ連行された皇族に連なる武士の末裔で御座います。されど、向こうで交わり、今や私の体に流れる旭日の血は無きに等しいのです」
「私だって、旭日が滅んで300年、その間に他の血が紛れ込んでいるかもしれないだろう」
「陛下、重要なのは純血か否かではないのです。血の濃さ。血の重み。それが私では足りぬのです。私では紛い物。今、私の知る限りにおいて、旭日皇帝を名乗れるのはあなた方ご姉弟だけです」
「私はそんなものよりも山奥で土いじりをしている方が性にあっている。弟もそうだ」
トックヴィルが再び深々と頭を下げる。
「多大なご配慮、ご高配、感謝致します。旭日皇帝深雪陛下」
「御託はいい。早く千秋に合わせてくれ。話はそれからだ。旭日人のためとは言え、私はまだお前たちが私のコロニーを襲ったことを許した訳ではないからな」
静かに、低く響く声。
暫くピリついた静寂が続いた後、トックヴィルが恭しく部屋を後にした。
「ふぅ……まさかああも我が強いとはな」
廊下を歩きながらネクタイと襟を緩めていく。
「コロニーでは猫を被っていたのか。気弱な弟を確保できていたら姉は要らなかったのに。これでは計画が遅々として進まぬではないか」




