内談(4)
家政局に公安が入り込んでいるという事実に驚きを隠せないでいると、ガウェイン様が大きな瞳を細めて私を見る。
「このルナマーレはアルビローズの従属国となってまだ六十年あまり。王族の一番近くにいる家政局にいた方がルナマーレの敵は見つけやすいのさ」
それはつまり、総督という王族の権威も、皆が皆、認めているわけではないということかしら?
だから、その権威を絶対なものにするために国粋派が生まれた?
もしそうなら、国粋派の存在は、公安にとっては都合がいいんじゃ。
「ああ、大丈夫だよ。私たちは総督閣下の味方であって、国粋派の味方ではないからね」
思考を読まれた。流石公安。素人が考えることはお見通しってことね。
「それと、ベディヴィアが公安ってこと、ミモザちゃんには内緒だよ。あいつ、まだ家族に話していないみたいなんだ」
ガウェイン様が口の前に人差し指を当て、片目をパチリと瞑る。
「しかし、そうなるといよいよ以て陸軍の関与が疑われるな」
お父様が顎に手を当てながらぼそりと呟く。
「軍人一個人の傾倒ではなく陸軍内部に暗殺に荷担する勢力があると?」
ガウェイン様が身を乗り出す。
「もし、陸軍が首相暗殺に対する世論の反応を確認したがっているとしたら?」
「そうか。一般市民が首相を殺しても、国を憂う者だとして同情的であったなら。国家のためなら軍人が首相を殺しても肯定されるという担保になりうるという訳ですね?」
「その通りだ」
お父様が私の頭にポンと優しく掌を置く。
「なるほど、つまり、この首相暗殺は陸軍のクーデターのための言わば、前哨戦ということになるのか。或いは、この首相暗殺があったからクーデターを考える様になるのか?」
ガウェイン様がソファの背もたれにドカンと背を預け、天井を見上げながら思考している。
いずれにせよ、この首相暗殺を回避できたなら、きっとクーデターの計画は大きく変更を余儀なくされる。
「アーサー、今日は会えて良かったよ」
尚も天井を見つめたまま言う。
「そうか。ではな、また何かあればよろしく頼むよ」
お父様がそう言うと立ち上がる。
「ガウェインは深く考え事をするときはいつもあの体勢になるんだ。そして邪魔をされると酷く怒るんだ」
「聞こえているぞ。お前だって考え事をする時に顎を触る癖、何度もしていた癖に。それと気持ちを落ち着かせるために紅茶を呷る所もな」
「うげ。マチルダにあれこれバラされる前に退散するとしよう」
そうお父様が言って、私達は警視庁を後にした。
王室家政局、長官室。
煙草の臭いが立ち込める部屋の大きなデスクに座る一人の眼鏡をかけた男。座りながら資料を読む。ミモザの父親、ベディヴィア・リンドバーグである。
「ベディヴィア、戻ったぞ」
長官室の扉を開けてガウェインが入ってくる。
「おお、マチルダ嬢はどうだった」
「いやはや、年の割に恐ろしく頭の切れる子だったよ。おまけに配慮もできる。あれが次期総督であられるローランド殿下の后になればルナマーレは安泰だ」
「そう、それだ」
ベディヴィアが読んでいた資料を閉じてガウェインを見据える。
「恐ろしく頭の切れる子供。父上も彼女をそう評価している。父上がマチルダ嬢のお願いを聞いているのも、ジェイソン公爵閣下から最大限彼女に協力して欲しいと言われているからだが、君らアースキンの家の彼女に対する信頼……いや、期待……かな。キャベンディッシュの家ならまだしも、君らの家は親友の血族というだけでは度が過ぎる。それ以上の何かがあるのだろう? 彼女は一体何者なんだい?」
「ああ、リンドバーグの家はまだ彼女に真実を聞かされていないんだったな」
ベディヴィアが眉間に皺を作る。
「いや、嘲笑ったのではない。だが、君らリンドバーグの家は……正直に言ってしまえば本来政治とは無縁の部外者だ。キャベンディッシュ家の協力者ではなく我らの同胞となるならば、君の家も政治に入ればいい。そうすれば、きっと彼女は君らの家を頼りにするさ」
「父上か私に政治家になれと? 父上はラージヴィレッジの知事を辞めてから半隠居の身だ。それを引っ張り出そうというのか」
ラージヴィレッジとは、ルナマーレ本島の目と鼻の先、極東大陸にあるルナマーレの領土だ。そこは情勢が不安定だが、リンドバーグ伯爵の治世では比較的安定していた。それを評価する声も大きい。
「別に君だって構わない。そうすればその席は私のものだ」
ガウェインが言いながら人差し指でベディヴィアが座るデスクを指差す。
渋い顔で暫く逡巡した後、ベディヴィアが後ろを向いて窓を開ける。新鮮な空気が入ってくるが、同時に7月の熱気も入ってくる。蝉もじいじと鳴いている。
「暑いな。マチルダちゃん達もそろそろ夏休みか」
「で、どうするんだ?」
ガウェインが肩をすくめて掌を上げる。
「父上に掛け合ってみるよ」
ベディヴィアはそう言い終わるなり煙草を咥え、火を点けた。
数日後。クラウドホース、復興支援隊、第3大隊宿営地。
皆が寝静まる中、一人天幕で自分の作業机で読書をしていたトックヴィルの所にルノワールが入ってくる。
「大隊長」
「おお、戻ったか」
トックヴィルが本を閉じると立ち上がって紅茶を淹れる。
「ありがとうございます」
「いやいや、お前には苦労を掛ける。損な役回りをさせて済まないな」
トックヴィルが椅子を引いてルノワールに座るよう促す。
「いえ、帝国復活のためならばお安い御用です」
ルノワールが会釈をしてから座ると、トックヴィルが嬉しそうに座り直して自分の紅茶を口にする。ルノワールが遅れて自分に出された紅茶を飲んでからトックヴィルが言う。
「これで公安は陸軍を警戒する」
「大隊長、私が方々で目に付くように殉国社に協力したのにはどういう目的があるんです?」
トックヴィルがしばらく自分の紅茶を眺めてからルノワールの顔を見る。
「公安はまだ右翼団体の構成員が首相に何かをしでかすと思っているはずだ。当然だな。あれだけ大々的に首相を批判したビラを撒かれたのだから。そしてそれに陸軍が一枚噛んでるとなれば公安は陸軍を警戒する。だが実際にことを行うのは極東人だ」
「……それは分かっています。貧困にあえぐ一般市民が首相を殺したならば一定の同情が集まるでしょうが、殺した者が極東人となれば極東への批判は相当なものになります。政党は世論には抗えず、極東地域の軍備は拡張せざるを得ないのも分かります」
ルノワールが紅茶を机に置くと、畏まって問う。
「それだけですか?」
それに対し、トックヴィルも同じ様に紅茶を机に置いて語る。
「いいや、公安の警戒によって活動が制限されて不満が溜まっていたところに胸がすくような軍拡の話が降って湧くんだ。国粋派の若い連中の思考は単純故に御しやすい」
「話が見えません。一体何を考えているのです?」
眉間に皺を作りそれを摘まむルノワールに、トックヴィルが面白そうに答える。
「国粋派の連中をバーナードから引き剝がして私のものにするのさ。そして連中をうまく転がして政治に空白を作ってもらうんだよ」




