内談(3)
警視庁公安部公安第二課。私が案内されたのはその一室だった。
部屋は防音。時計の針の音が支配している。
出された紅茶の匂いに混じって、煙草の臭いが微かに漂う。
私が来るからと清掃したらしいが、やはり染み付いた臭いはどうしようもない。
扉が開くと、一人の男が入ってくる。
一人は上から下まできちりとしたスーツで身を包む威厳のある白髪の男性。
お父様と同じくらいの年齢だ。
「おお、久しいな」
そう言って私の隣に座っていたお父様が立ち上がると、嬉しそうに男性に抱きつく。
「紹介するよ。こいつの名はガウェイン・アースキン。リチャード元老の息子だ」
お父様の言葉に思わず立ち上がりお辞儀する。
「こ、これはこれは。アーサーの娘、マチルダ・キャベンディッシュでございます。アースキン家の皆様には親子3代に渡ってお世話になっております」
「いやはや、できた娘さんだ。お前さんの娘とは思えん」
顎に手を当て、目を細めながら興味深そうに私を見つめる。
「何をこのぉ」
そう言ってガウェイン様の脇腹をお父様が肘で小突いてじゃれ合っている。
まあ、実際、私はアーサーお父様の実の子ではないんだけどね。
私はアーサーお父様の弟と、お母様の間に生まれた子だから。
「あの、それで、お二人はどういうご関係なのですか?」
「ガウェインはお前も通っている学園の後輩でね。歳は私の4つ下だが、飛び級していて私と同学年だった。優秀な奴だよ」
「君のことはアーサーからも、父上からも聞いているよ。ラプラスの悪魔に魅入られた女神様」
身体を屈めて私に視線の高さを合わせて握手を求められる。冗談めかして言っているが、その瞳の奥には私を秤にかける天秤があるようだ。
「恐縮です」
思わず、ガウェイン様の手をおずおずと握る形になってしまった。
「で、だ。お前と連絡を取ったのは他でもない。2、3、調べて欲しいことがあってな」
「それは、公安第二課が受け持つ内容なのか?」
「無論だ」
公安第二課。ここに来る前にお父様に教えてもらった。
公安第二課は右翼団体を捜査対象としており、右翼活動警備情報の収集整理、右翼活動に随伴する警備犯罪取締り等を主任務としている組織らしい。
つまり、右翼団体である殉国社とつながりのある不穏分子やそれに協力する輩を調べるならばココというわけだ。
「なるほど、そいつは確かに調べる価値はありそうだ」
来る11月、ロニー首相を殺すのは右翼団体の構成員であり、その武器が拳銃であることから、拳銃の密輸ルート調査を依頼する旨を告げられたガウェイン様は顎に手を当てながら呟く。
「だが……干犯問題は父上達の尽力もあって法的に問題はないということで決着した。すると今度は道義的に問題だということにするとは。まるで首相を殺すことが目的で、理由は後付けの様だ」
「私も同じ意見です。でも、首相を殺した先に何があるかはわからなくて」
「軍部は今も膨張を続けようとしている。そのために予算も編成も政党が握っているのは気に入らんそうだ。国粋派も、統御派も」
私の問いにガウェイン様が答えてくれると、お父様が前のめりになってガウェイン様に質問する。
「つまり、軍部が政治に干渉するために政党政治を終わらせようとしていると?」
「いつもの軍部ならこのビラを口実に政府を叩いているのに、今回はだんまりを決め込んでいる。これで政党が政治の場から追いやられれば儲けもの。少しでも立場が悪くなれば世論を味方に軍拡を、と考えているのだ」
「政府を叩きすぎれば判官贔屓で軍部にまで世論の批判が回るのを恐れて、か」
「恐らくね」
ガウェイン様が少し考え込んでから私に問いかける。
「それで女神様。あなたの見た未来では、首相はルーナスター駅で殺されるのだよね?」
「ええ。正確には、ルーナスター駅で襲われて、その怪我が原因で数日後に亡くなるのですけど」
「では、その11月のその日その時、首相がそこにいなかったらどうなるのだろうね?」
「暗殺は単独犯による行動でした。つまり、計画的ではなく、衝動的な理由で首相を殺そうとしたのだと思います。その日、その時、その場所にいなくても、首相がいる場所が分かれば殺そうとするでしょう」
「では何故、首相がルーナスター駅にいることがその構成員は把握できたのかな?」
「えっと……そこまでは覚えていなくて」
「新聞で大まかだが、首相の予定が書かれることがあるだろう。それで遠方へ行くことを知り、数日間駅の周りをうろついていたのではないか?」
お父様が助け舟を出してくれる。
「なるほど、遠方へ行くならルーナスター駅から、というわけか」
「あの、それでガウェイン様、この件に関して、ビラを投函した人物の顔を見たという人物がいるのですが」
私の言葉に驚きもせずにガウェイン様が答える。
「ああ、私のところにも情報は上がっているよ。老人だったり若者だったり、女性だったり。数十人ほどでルーナスターじゅうを駆け回ったらしいね」
「私の情報では、どこの誰が、ということまで知っているのですが」
今度は打って変わって私の言葉にガウェイン様が一瞬意外という顔をしたが、ニコリと目を細めて様子を窺う。
「ほう、それはどんな人物なのかな?」
「ルナマーレ陸軍、第50連隊、第3大隊、第1中隊長、ジャン・ルノワール中尉」
私の言葉が淀みなく進むに連れ、ガウェイン様の顔から笑顔が消えていく。
ルノワール中尉の名が出た時には、完全に顔から精気が抜けていた。
「それは……本気で言っているのかね? 誰がそれを見たというのかね?」
ガウェイン様がお父様の顔色を窺っている。
第1中隊にはハワード兄様がいることを知っているのだろうか。
お父様は顔色こそ変えていないが、紅茶に伸ばす手が震えている。
「それは……言えません。その者の目撃した家の名誉に関わることです」
「テロリストを告発することが家の名誉に関わるのかい?」
「その家は、そうです」
私の言葉にガウェイン様が暫く黙り込んでしまった。
「どこの家なのかも言えないのかい? お前を信じてやりたいが、それだけでは信じることはできないよ」
紅茶をぐいと飲み干したお父様が優しく言葉を投げかける。
モーリス様の名を出せば、彼らの信用は得られるだろうが、ミルズ家の周りを公安が嗅ぎ回ればきっとそれは醜聞になってしまうだろう。
そうなればモーリス様は私達、特にローランド様から離れてしまう。
それは嫌だ。彼らの友情は唯一無二なのだから。
けれど、彼らに信用して貰う為には……。
「シーダーツリーズの方です」
俯きながら答える声が僅かに震える。家の名ではなく、場所を提示する。
シーダーツリーズ。前世で言うところの杉並区あたりだ。
お願い……私の意図に気づいて。
「シーダーツリーズ……シーダーツリーズ……確かにそこの目撃人物像とルノワール中尉の特徴は合致する。そうか、君はあの家を守りたいんだね」
私は黙ったまま、静かに頷いた。
「あの家は親子2代で成り上がった新興貴族だ。それが王族に覚えがめでたいと来たら、古くからの貴族は面白くないだろう」
「卑しい奴らはあの家の功績が目に入らんのだ。ただ息子同士が幼馴染で親友というだけで王家の傍にいると思っている」
お父様もガウェイン様も、モーリス様の家のことだと察してくれたようだ。そして、私がその家の名を口にしなかった理由も。
「あの家はルノワール中尉と親交が深い。もしルノワール中尉と右翼団体の関りが周りに知れたらそれをダシに低俗な連中は挙って攻撃するだろう」
「元老である父上も一目置く存在だというのに。くだらん連中だ」
私の肩に優しくポンとガウェイン様が手を置く。
「安心しなさい。報道管制を敷く。総督閣下が頼りにする忠臣をこんなところで失うわけにはいかないよ」
「ベディヴィアと宮中でしっかりと総督閣下に群がるハエどもを叩き落としてくれよ?」
お父様のその言葉に、ガウェイン様が当然とでも言いたげな不敵な笑みを浮かべる。
ん? ベディヴィア? その名は聞いたことがある。確か、ミモザのお父様で、今は確か……。
私がキョトンとしていると、ガウェイン様が教えてくれる。
「ああ、言い忘れていたね。私は表では王室家政局の人間なんだ。家政局長官のベディヴィアも実はここの人間でね」
嘘でしょ? 家政局といえば前世で言う宮内省よね?
なんでそんなところに公安が入り込んでいるの⁉




