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内談(1)

 聖暦1930年、7月初旬。ルーナスター某所。

 とある邸宅の廊下に数人の男が集まっている。


「おいどうするんだ。このままだと条約が批准されるぞ」

「仕方なかろう。法学者だけの政権擁護なら部外者の言として無視もできただろうが……海軍関係者、それも元海軍大将が表立って軍部を非難されるとこちらとしても立場というものがある」

「大蔵省にパイプのあるやつが来年度は海軍に倣って陸軍も予算は削減すると聞いたらしいぞ」

「やっぱりか! バーナード閣下は何かお考えがあるのだろうか」


「それを今決めているんだろう?」

 男達が扉を見る。この扉の向こうの部屋にはバーナード少将が座っている。

 そしてその部屋には同席する男が他に3人。

 1人はバーナードと同じく陸軍の軍服を着ている少佐の男。

 1人はスーツを着た壮年の男。

 そしてもう一人は少佐の後ろに立つ一般的な国民の服装をした老人。

「まさか殉国社の創設者と貴殿が知り合いだとはな、トックヴィル」


 殉国社。ルナマーレの蓬莱に関する問題に積極的に関与をし、また各大学で反共産主義右翼学生の組織化を企図し活動。

 ロニー内閣打倒や農村での青年に対する実践教育なども行っている右翼団体である。

 蓬莱とは極東大陸において、海を挟んだ向こう側にある反ルナマーレ勢力またはそれらのいる地域である。


「そんなに睨まんでください。殉国社の理念と陸軍、特に国粋派の理念は近いものがあるでしょう」

 トックヴィルが口角を上げて返すが、バーナードは表情一つ変えない。


「仮に理念は近くても行動には天と地ほどの差がある。こいつらは法に触れることも厭わず行うだろう。我々は正義を行うのだ。正義のために悪をなすのは道理に合わん」

「だから私が呼ばれたんじゃないか。悪をなすのはお前さんが言うところの悪の役目だろう?」

「理念のために我々に悪を見逃せとでも言うのか?」

 バーナードが飄々とした態度の殉国社の代表を睨むと、トックヴィルが話に割り込む。


「少将、これから行うことを見逃せとはいいません。どうするかは自由です。貴方が動いて止めるもよし。協力してくれたら一番なのですがね」

「じゃあ何故聞かせる」

「このままでは軍部が衰退する未来は変わらない。大陸に合衆国の手が入りつつあることはあなたもご存じでしょう」


 合衆国。アルビローズの覇権を脅かしつつある国家である。

 アルビローズから独立し、先の世界大戦では広大な土地と豊富な人口を利用してアルビローズの軍需工場として機能。そこから現在はアルビローズ連合王国に匹敵する経済超大国に上り詰めた。

 そしてその超大国は今、アルビローズの従属国であるルナマーレと蓬莱を中心とした極東大陸の利権を争っている。


「万が一、合衆国と大陸でやりあった時、軍が弱かったら何もできないでしょう。連邦も南下を狙っている。だから、その未来に抗う民衆もいるのだということを知って欲しいのですよ。正しいだけでは、世界は変わらんのです」

 トックヴィルの言葉にバーナードが目の前の机に視線を落としたまま、小さく呟く。

「で……何をやる気なんだ?」

「首相暗殺」

 その言葉はなんの躊躇もなく、当然かのごとくトックヴィルの口から躍り出る。

 翻って、バーナードは動揺し、思わず席を立ちあがる。それは椅子が後ろに倒れるほどの勢いだった。


「そ、それは……それは!」

 バーナードの目玉が零れそうなほど見開かれる。

 それに動じず淡々とトックヴィルが続ける。

「これ以上ない悪です。ですが、これで、軍部は強くなる。この国の未来と、たった一人の人間の命。どちらが大事ですか? 心配はご無用。こいつはやり遂げますよ。なあ?」


「必ず仕留めて見せます」

 後ろを振り向くトックヴィルに、背後でずっと黙っていた老人が口を開く。

「ああ、これが実行役です。蓬莱人ですが、私には従順。コードネームはバンブー。竹です。いい名でしょう?」

「蓬莱にいる白黒色の熊の餌か。それなら万が一バレても蓬莱人がやったことにできて、大陸進出もかえってやりやすくなりますな」

 代表が目を細くして笑う。


「バーナード少将閣下、まあ座ってください。これを聞いてこの部屋を飛び出さなかったということは、公安にバラすつもりはないんでしょう?」

 そう言って代表がバーナード少将の肩にポンと手を置き、倒れた椅子を直す。

 へなへなとその椅子に座るバーナードの顔は、悔しさと虚しさと、ある種の歓喜が入り混じる、不思議な顔になっていた。


 そして翌日、ロニー首相は国家を弱らせる国賊として侮辱する内容のビラが至る家々に投函された。




「なんなのよこれー!」

 朝から私の屋敷に私の叫びが木霊する。


 ロニー首相を罵倒するビラをビリビリに引き裂いて空に巻く。

 ヒラヒラと床に落ちるそれらをナタリアがチリトリと箒で拾い集めていき、瞬く間に綺麗になってしまった。

「リンドバーグの家にも投函されたらしい。その殉国社とやら、思ったより活動範囲が広いね」

 私の叫び声につられたのか、私のいる部屋にお爺様が入ってくる。


「お爺様、殉国社について、何かご存知なのですか?」

「数年前にできた右翼団体ということは知っているが、そこまで有名ではないからね。数年でここまで大きくなるとは」


 リンドバーグの家とはロングフィールドのリンドバーグ伯爵邸のことだ。

 数年前にできたならば、精々一地域に根付くのが関の山。

 それがルーナスタだけでなく、遠く離れたロングフィールドまで手を伸ばしているなんて。

 もしかして、ロニー首相を殺すのは止められないのかしら?


「曰わく、ロニー首相は軍部を弱らせ、国家存亡の危機を作ろうとしている。曰わく、軍縮条約が法的に問題はなくとも、道義的に問題である。曰わく、遠く離れたルナマーレの現状を把握する事が難しい本国にそれを申し上げるべき職務を怠った首相は誅されるべきである」

 ビラに書かれた文句を読み上げながらお父様が部屋に入る。

「アーサー、声に出すな。頭が痛くなる」

 お爺様が額に手を当てる。


 お父様がビラをぐしゃりと潰した後、ゴミ箱へそれをぶん投げる。ホールインワン。

 お父様がメイド達に目をやると、一礼して部屋を出て行った。

 いつの頃からか、私達3人が政治の話をし始めたらメイドはその場を離れるのが暗黙の了解になっていた。

「で、どうするんです、父上。この様子だとマチルダも知らないみたいじゃないですか」

「ああ、いえ、思い当たる節はありますが、確証がなくて」

「なるほど。マチルダのこれまでの行動で未来が変わりつつあるのかもしれないね。良い変化だと有り難いんだけれど」

 お爺様が優しく私に微笑みかける。


「で、思い当たる節とは?」

「以前お伝えした通り、来る11月、ルーナスター駅で首相が拳銃で狙撃される事件。その実行犯が右翼団体の構成員だということは思い出したのですが、それがこれの殉国社かどうかまでは分からなくて」

 お爺様が私の頭を優しく撫でてくれる。

「それを思い出してくれただけでも十分だよ」

 お父様が顎を触りながら考え込む。

「でしたら、この殉国社だけでなく、これに近しい思想を持つ右翼団体も警戒した方がいいでしょう」

「そうだな。右翼団体ではなくとも、このビラに影響された人物がやる場合もある。首相が国民の目に触れる時には特に警戒を厳にさせよう」


 ふと、部屋の扉がコンコンコンとなったかと思えば、ナタリアの顔が扉の向こうからひょっこりと飛び出した。

 申し訳なさそうに時計を指差している。

「学校へ行く時間か。楽しんでおいで」

 お爺様はそう言うと、再び私の頭を優しく撫でてくれた。

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