再会(6)
「僕が旭日国皇帝の末裔だから」
思わず思考が停止する。旭日人統合の象徴が今目の前にいるという事実に。
「そ、そのことは、陸軍はもう知っているのかしら」
動揺で視線を動かすことができないけれど、そのまま尋ねる。
「多分。竹中達には目もくれず僕と姉上だけを執拗に追ってきたから」
「どうして教えてくれたの?」
ことの重大さに思わず声が震える。
自分から聞いといてなんだが、私が彼に特別何かをしてあげたわけではない。確かに命を助けはしたが、それでも他の人は駄目で、私にだけ教える理由にはならないと思う。
「姉上が、あなたは約束を守ってくれたって言っていたから」
「約束」
私が洞窟で見たことは覚えていないということにしてくれ、という約束か。
「それに、姉上が、あなたとなら一緒に未来を歩いていけるかもしれないとも言ってた」
「ありがとう、私を信じてくれて」
律儀に自分よりも遥かに格下の植民地人の言葉を守る奴はこの世界じゃあ普通じゃない。
普通じゃないなら、逆に信用してみたくなる、ということなのかしら。
何にせよ、陸軍が千秋くんのことに気付いたということは、誰かがリークをしたのだろう。
深雪さん? 竹中さん? それとも他の旭日人か。
そう言えば、洞窟の前で皆が集まった時、一人の旭日人がトックヴィル少佐と話していた。
もしかして、彼が?
「陸軍は、ずっと僕と姉上を探していたみたい。それで、捕らえろって」
捕らえろ?
殺せではなくて?
あのコロニーみたいな閉鎖的な環境、殲滅したところで他のコロニーに伝わる可能性はほぼゼロのはず。
千秋くんのように、皆が必死になって逃がして、ようやく一人だ。それもボロボロで、満足に歩けもしない状態。
そういえば、あそこはトックヴィル少佐の大隊の復興活動区域に含まれていたわよね。
新聞で見た復興活動区域の地図を思い出す。
生け捕りということは、理由は分からないけれど、トックヴィル少佐は、千秋くんの抹殺ではなくて利用を企んでいるんじゃ?
思い出せ。作中で何かトックヴィル少佐は言っていなかった?
主人公が私を断罪する日。主人公がトックヴィル少佐にそれを告げる時。どんなルートでも決まって少佐はあることを呟いていた。
『ああやっと、正しき国家が蘇る』
蘇る?
正しき国家?
クーデター派は王室による統治を望んでいるけれど、回顧主義という訳ではない。
それに、正しき国家という言葉にも引っかかる。
史実ではクーデター派は昭和維新を掲げていた。
クーデターで出来上がるのが正しき国家? 新たな国家ではなく?
もしかすると、トックヴィル少佐は、旭日人の国を興そうとしているんじゃ。それならば、千秋くんと深雪さんという皇族の血を求めているのにも理由がつく。彼らの両親は既に他界しているらしいから、この二人が旭日帝国復興のカギだ。
クーデターによる一時的な政治の空白。その虚を突いて帝国復興を企図しているとしたら……。
ならば、千秋くんという存在はトックヴィル少佐に対する強烈な対抗手段になる。彼を守ることで、トックヴィル少佐の復興計画にも狂いが生じる。それは、未来を変えることに繋がるはずだ。
千秋くんの手をぎゅっと握る。私の死という未来が変わることを信じて。
「あなたは私の可能な限り、守り抜くわ。深雪さん達もきっと生きてる」
「ありがとう」
そう言うと、ほろほろと千秋くんは涙を零すのだった。
とある貴族の屋敷の門前に陸軍の車が並ぶ。
「閣下、門の前に陸軍の方々が来ております」
秘書の言葉にリンドバーグ伯爵が腰をゆっくりと上げる。
「私は何も知りませんよ」
アーサーの秘書が顔の横で両の掌を伯爵に向ける。
ここはリンドバーグ伯爵邸。
丁度、マチルダの父、アーサーの秘書がマチルダが旭日人を拾ったことを伝えた後だった。
「分かっている。私が話をつける。とりあえず屋敷に上げてやりなさい」
そう言うと、伯爵は客間を後にした。
伯爵が玄関につくと、軍人達は使用人達に紅茶を振る舞われていた。
「お待たせして申し訳ない。さぞや外は冷えるでしょう」
「いえ、ご協力感謝いたします」
隊長らしき人物が敬礼をして答える。
「それで、何用かな?」
「旭日人の子供が町中に迷い込んだと上から報告がありまして。何かご存じないかと伺った次第です」
「いや、知らんな。今日は屋敷から出ていないし、そういうことは警察に聞いた方がいいんじゃないか?」
伯爵が顎に手を当て答える。
「そうですか。では次だ。重ね重ね、感謝申し上げます」
部下に命令してから伯爵に恭しく隊長が敬礼する。
「おい、まさか、ここいらの貴族に聞いて回っているのか?」
詰め寄る伯爵に、思わず隊長がしまった、という顔をする。
「貴族が旭日人を匿っていると? 何の根拠があって貴族を疑うのかね? 仮にも総督閣下より信任を受けた貴族を疑うのだから、それ相応の覚悟があってのことなのだろうね? 君にこれを命じたのは一体誰だ」
そう言いながら隊長に伯爵がさらに詰め寄っていく。
そのころ、屋敷の小さな門からアーサーの執事が道に止められた車に飛び乗る。
「大丈夫。裏口なら多少道は悪いですが、陸軍には悟られずマチルダ様のところまで行けるでしょう。山を抜けたら右に曲がれば後は一本道です」
リンドバーグ伯爵の執事が運転席に座るアーサーの執事に地図を広げながら説明する。
「感謝いたします」
ライトをつけると、山道で鳥の羽ばたく音がする。
リンドバーグ伯爵邸の裏口から続く山道は、虫が鳴き、木々が鬱蒼と生い茂っていた。
伯爵邸の裏口の扉の前に車が止まる。使用人達が扉を開くと、困った顔をしたリンドバーグ伯爵が出迎える。
「リンドバーグ伯爵閣下、ご迷惑をおかけします」
無事千秋くんを伯爵邸に運び込むことができた。車から担架に乗せられて邸内に入る千秋くんを横目で見る。
「君は親友の孫だからね。今は手助けするけれど。理由によっては……分かっているね?」
「はい」
リンドバーグ伯爵とのお話は、日付が変わっても続いた。
お話が終わってすぐにベッドに倒れこみ、振子時計のチャイムで目を覚ました。
お昼か。
「お嬢様、昨夜はお疲れ様でした。紅茶の用意ができております。昼食はどうなさいますか?」
ナタリアが笑顔で迎えてくれる。
「おはよう……いや、こんにちは? ありがとう。頂くわ。軽食を用意して頂戴」
「かしこまりました」
紅茶を貰うと、ナタリアが部屋を後にする。
昨日は本当に疲れたわ。でもこれでリンドバーグ伯爵の協力を取り付けることができた。
ゲームでの私は、きっと吹雪の中ミモザを追いかけたりしなかっただろうし、噴火の復興支援にも行かなかっただろう。千秋くんを助けなければ、あの時点で千秋くんはトックヴィル少佐の支配下に置かれていたのかもしれない。
ミモザを助けていなければ、リンドバーグ伯爵に話を聞いて貰えなかったかもしれない。
昼食を済ませると、すぐに帰りの支度を済ませる。今から帰れば今日中にはルーナスターに戻れるだろう。
「忙しないね」
屋敷を出る直前、伯爵が私に話しかける。
「伯爵。まだ右翼団体の動きがつかめておりませんので」
「そうか、政治の方はよろしく頼むよ」
「伯爵も、千秋くんをよろしくお願いします」
「来週にはミモザもこっちに来る。きっといい友人になってくれるだろう」
千秋くんのことは伯爵にお願いしてある。
「重ね重ね、感謝申し上げます」
一礼し車に乗り込む。ルーナスターの家に着いたのは日付が変わる少し前だった。
翌日。久し振りに学園に登校すると、ローランド様が出迎える。
「やってくれたね」
笑顔だが声が明らかに怒っている。
はて、何かしたかしら?
「新聞を読んでいないのか?」
そう言ってローランド様が机に新聞を広げる。
そう言えば、向こうでは交通網がほぼ遮断されていたし、朝から晩まで復旧作業の手伝いで新聞を読む余裕がなかった。
「お前の所為で、貴族はいい笑い物になっているぞ」
新聞に視線を落とすと、思いがけない見出しが飛び込む。
〝キャベンディッシュ公爵家の御令嬢、自らの汚れも厭わず率先支援にあたる〟
〝公爵令嬢が働いているのに他の貴族は何もせぬとはこれ如何に〟
〝私腹を肥やす他の貴族も見習うべし〟
あら、まあ。
「貴族連中は批判から逃れるために率先して支援金を国庫に納めているよ。おかげで今日も寝不足さ」
そう言って肩をすくめる。口角は上がっているが目はこちらを鋭く向いたままだ。
これは相当なお怒りのご様子。
「お疲れ様です。後でお茶でもご一緒にいかがですか? 良いお店を見つけましたの」
ニコリと笑ってローランド様の両手を握る。これは機嫌を取らなきゃ今後が怖そう。
ローランド様は声を荒げて怒る人ではないけれど、無視されたり陰湿な怒り方をする方だから。そういう人はプッツンいった時が一番怖い。
普段冷静な人ほど怒らせるなってね。
その日の放課後、私達は日没近くまでカフェに入り浸るのだった。




