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再会(5)

 クラウドホースとロングフィールドの県境。

 比較的被害の少ない道程を進むため、北から迂回する、少し遠回りな道を進んでいた、その道中。

 車が急に停止した。


「ちょっと、何があったの? 大丈夫?」

「申し訳ありません。急に斜面から何かが転がり落ちてきたものですから」

 運転手であるお父様の執事が冷や汗をかいている。

 前を見ると、黒い塊のようなものが道路の真ん中に落ちていた。

「確認するわよ」

 そう言って車を降りると、お爺様の執事とナタリアも車を降りる。お父様の執事は万一に備え車内で待機だ。


 お爺様の執事が付近にあった木の棒を拾い、警戒しながら黒い塊に近づく。

 その後ろに隠れながら私も近づいていくと、目を疑った。泥で酷く汚れてはいるが、それはなんと人間だったのだ。


「なんでこんなところに人が」

「お嬢様、行きましょう」

 そう言って私の手を引いてお爺様の執事が車に戻ろうとする。

「え、でも」

 もぞり。倒れた人が僅かに動く。


「あの人、まだ生きているわ。助けないと」

「あれは人間ではありません」

 何を言っているの? サルやイノシシの類じゃないわ。明らかに人間の形をしているのよ。

 手を引かれながら振り返ると、倒れている人の顔が目に入る。


 旭日人だ。

 思わずお爺様の執事の手を振りほどく。

「お嬢様?」

「助けなさい。これは命令よ」

 お爺様の執事の目をキッと見つめる。

「あれは人間ではないのですよ?」

 お爺様の執事が焦った顔をしている。お爺様の執事だもの。旭日人を知っているのね。

 でも私からしたら、そんなことなどどうでもいい。

「聞こえなかった? 命令よ。ジョン・ジャクソン。あの人を助けなさい」


 暫くの沈黙の後、ジョンが了承し、車から救急箱を取り出す。

「ナタリア、あなたは水とタオルでアレの身体を拭きなさい」

「はっ、はい」

 私達のやり取りに呆気にとられていたナタリアがジョンの指示で車から水とタオルを取り出すと、旭日人の顔を拭っていく。

 拒否反応を示す呻き声を上げているが、身体は思うように動かせないようだった。

「大丈夫。落ち着いて。あなたを助けてあげる」

 私が笑顔でそう話しかけると、旭日人は静かに眠りについたのだった。




 夜。麓のとある民家の居間に皆が集まりソファに座っている。

 と言っても、包帯ぐるぐる巻きの旭日人はソファに寝ているし、お父様の執事はここにはいない。

 麓には医者がいなかったため、お父様の執事が先に車でリンドバーグ伯爵邸まで行って、医者を呼びに行っている。

 この民家は家主の好意でお父様の執事が戻るまでという形で、上がらせてもらっている。

 家主はキッチンで夕食の準備だ。


「本来ならばもう既にリンドバーグ伯爵様のところへ着いていたというのに」

 ジョンが額に掌をあて呟く。

「お嬢様、お嬢様がアレらを知っているのは私の主人から伺っておりましたが……これがどういうことか分かっているのですか?」

 ソファで静かに眠っている旭日人に目をやりながら答える。


「ええ。それでも、私にとっては等しく貴ばれるべき命です。それに、私はこの人達に吹雪の中助けられたら恩義がありますから」

 ぱちり。旭日人が目を覚ますと、俄かにがばりと起き上がって辺りを見回す。

 知らない空間、知らない人達、恐怖を抱くには十分だろう。

 身体を動かす度に痛がる仕草を示す。それもそうだろう。彼の右腕と右脚は骨折しているのだから。

 木の板で挟んで骨がずれないようにしてはいるが、それでも神経は敏感に痛みを脳へ伝達する。

「起きましたか。大丈夫ですか?」

 ソファから立ち上がり、旭日人に近づく。


「ここはどこですか?」

 私の顔を見ると、彼の瞳から恐怖が消える。

「ここはロングフィールドのとある民家です。峠で傷ついていたあなたを見つけて、ここまでお連れしました」

「この治療もあなた方が?」

 自分の腕に巻かれた包帯を見てから目をぱちくりさせて私の顔を見る。

 私はそれに微笑み返す。

「ええ。これであなたに頂いた恩を返せますね。千秋くん」

 そう、何の偶然か、因果か。あの峠で拾った黒い塊は、あの千秋くんだったのだ。




 時は少し戻り、マチルダ達が千秋を車に乗せて暫くした後。

 陸軍の軍人数人が千秋が転がってきた峠の草村から道路に現れる。


「どこまで転がっていったんだ、あいつは」

「小隊長! ここに車の轍があります!」

 小隊長と呼ばれた男が声のする方へ行くと、轍を発見する。

「これは……」

 小隊長が屈んで轍の深さを見ていると、ある一点で深くなっているのを見つけ、その近くまで歩み寄る。


「ここで車が一度止まったんだ。近くに何かないか探せ!」

「小隊長! ここに血の着いたタオルが!」

 小隊長が声のする方へ走る。

 そこにあったのは、固まってはいるがまだ赤い血が付着したタオルだった。


「高価な生地だ。どこの貴族かは知らんが、あの小僧を治療して麓まで降りていったに違いない」

 小隊長が轍の先を見る。

「この先は活動区域外だな」

「どうしますか」

「上に報告だ。あとはロングフィールドの残留部隊に動いてもらうしかない。戻るぞ」

 そう言うと、軍人達が草村に戻っていく。


「やっと見つけたというのに。済みません大隊長」

 小隊長が血のついたタオルを握り締めると、ポツリと呟いた。





 千秋くんの様子を窺いながら、横に座る。


「色々聞いてもいいかしら」

「なに?」

「どうしてあんなところに坂から転がってきたの? 深雪さんや竹中さんはどうしたの?」

「急に軍人が襲ってきたんだ。それで、僕だけでも逃げるようにって姉上が。途中までは竹中も一緒にいたんだけど、僕を逃がすために囮になって、それからは一人になってしまった」


 顔はこちらを向いているが、目に生気はない。洞窟で会った時のようなキラキラとした瞳は見る影もなかった。

「どうして、千秋くんを逃がすのが最優先だったの?」

 黙ったまま千秋くんが周りに視線をやる。ルナマーレ人に聞かれるのがマズイ内容なのだろうか。

「私にこっそり教えるのもだめ?」

 駄目元で言ってみると、暫くしてからゆっくり頷いてくれた。


 耳をゆっくり近づけると、そこに飛び込んできたのは信じられない言葉だった。

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