第六十七話 討伐完了
森の奥で、紺と魔王蟻が、対峙していた。数キロにわたって突進した魔王蟻だが、紺が手を離して、自分の身体から放り出された直後に急ブレーキ。そのまま振り返ると、いち早く立ち上がって、刀を向ける紺の姿があった。
「何故だか判らないけど、今の私なら、何でも出来る気がするわ。これも躑躅のおかげかしらね?」
「ギギギギギギッ!」
紺の言葉に対して、魔王蟻は人の言葉を発さず、金切り声のような鳴き声を上げる。
(知性が微塵も感じられないわね・・・・・・。そういやいつも魔素人を殴るときの変な感触が、途中でなくなったけど・・・・・・もしかしてこいつの中にいた、人間の魂はもう・・・・・・?)
その瞬間に魔王蟻が、強力な雷の攻撃魔法を放つ。一直線に光線上に放たれる電光が、紺に高速で襲いかかるが。
「あら?」
それは紺の前に現れた、魔法の壁によって弾かれる。結界魔法である。今この場で、紺以外の人間はおらず、この魔法を発動させたであろう人物は、一人しかいない。
(何も意識せずに、自然に魔法を使えた? 何だろう? 急に魔法の使い方が、頭の中に流れてきたみたいな・・・・・・? まあいいか)
一撃目を防がれても、魔王蟻は次々と魔法を放ち続ける。何故かパワーアップしてるの、この魔王蟻も同じなようで、さっきよりもその威力は遥かに上がっている。
それを紺は、刀を構えて、前方に結界を張ったまま突撃。魔法を弾き続けながら、一気に魔王蟻の間合いに詰め寄り、斬りかかった。
「お~~い紺! あれっ?」
追いかけた先で到着した黄は、そこの光景に首を傾げる。そこであるのは、先程よりも遥かに強化された魔王蟻と、その魔王蟻と五分に戦っている紺である。
しかも紺は魔法を使っている。魔力で強化されて光り輝く刀身を、魔王蟻の足の一本を斬り落とす。魔王蟻はそれに怯まずに、目の前に迫った紺に牙で噛みつく。
以前は強化前の魔王蟻にすら食い千切られた紺の身体が、何故か今回は完全に切断されない。二本の牙が、紺の肉を数センチ程度の深さで食いこむ。
紺は痛みに怯みながらも、目の前にある魔王蟻の頭に、刀を振り下ろす。その刃は、魔王蟻の顔面の甲殻に深い傷をつけ、その直後に牙が紺の身体から離れる。
そして紺は、次に魔王蟻の顔に、魔法を接射した。強力な風圧の弾丸が、その顔面を殴りつけ、突風と共に魔王蟻の身体が吹き飛んでいった。
「ああいった・・・・・・」
両腹に穴が開いた身体に、痛みを覚える紺だが、不思議とそれを重傷という認識がない。それどころか、たった今使った魔法に、不思議な感慨を感じていた。
(ああ懐かしい感じ・・・・・・もしかしたら、生まれて初めて使った魔法が、この風魔法な気がするわ)
紺の身体を突如竜巻のような風が覆う。その風に煽られて、紺の身体が宙を浮き上がり、そのまま地上数メートルをホバー走行しながら、今し方魔王蟻が飛んでいった方向に突っ込んでいった。
「紺の奴、いつ魔法なんて使えるようになったんだ?」
「それは俺も驚きだ・・・・・・。力が暴走したせいで、身体の中に刻まれた記憶が、一時的に戻ったのかもな」
紺の疑問に、唐突にすぐ側に現れた女が、困惑の声で返答した。黄が驚いて、横を見ると、そこには浅葱の姿があった。
「ああ浅葱・・・・・・これどうなってるのか、全然判んないんだけど。これってどうやったら収拾つくの?」
「さあなさっぱり判らん。ゲード国王は既に昇天したようだが。このままだと永久に勝負がつかないぞあれ・・・・・・。おそらく俺が出てきて、あの蟻を倒したとしても、すぐに生き返る」
「それって僕たちが殴れば・・・・・・」
「今の奴の再生能力と魔素は何の関係もない。今も言ったが、奴の体内の魔素と憑依した霊魂は、とっくに祓われている。あいつが死なないのは、目の前の敵から、常に溢れる生命力を浴び続けているせいだ」
「何を言ってるの?」
紺と魔王蟻の戦いは、熾烈を極め続けている。互い斬りつけ噛みつき、そして魔法で互いを焼きあったりしてるが、両者の負った傷は、そう時間が経たずに回復している。先程紺に斬られた蟻の足も、既に新しく生えてきている。
「う~~ん、まあ紺も楽しんでるみたいだから、このまま気の済むまで戦わせても・・・・・・」
「そういうわけにもいかん。これ以上騒ぎを長続きされては、多くの人に迷惑をかける。実際この森の異変も、どんどん変異が広がっているしな」
この林の異変は、二人が戦っている地点を中心にして、円形にどんどん広がっている。
巨大化した樹木が、これまでに何本も、二人の戦いの巻き添えで、斬られたり焼かれたりしているが、それもしばらくすると、折れた樹木の断面から、新しい芽が生えてきている。
「じゃあどうするんだよ? 何か手があるのか?」
「ああ一応ある・・・・・・今から私が、紺を掴んで、暴走した力を再び抑え込む。そうすれば林の異変も、あの魔王蟻の再生能力も止まるだろう。問題はその後で、誰があの魔王蟻を倒すかだが・・・・・・」
「えっ! この森の異変って、紺のせいだったの!?」
衝撃の事実に驚愕する黄。何ということか、躑躅のせいなのか、魔王蟻のせいなのか不明だった、この林の生物の異常進化の原因は、何と信じられないことに、あの紺だったというのである!
読者側からしたら、何を今更と突っ込まれるかも知れないが・・・・・・
ジリリリリリリッ!
「あっ! ごめんちょっと待って!」
紺達を追うか否かで、登喜子と躑躅が色々言い合っている最中。躑躅は突然鳴ってきた、ダイヤル電話のような音声の携帯を取る。
「うん? こんな時に誰よ?」
「えっ・・・・・・そう。それじゃ仕方ないわね。今登喜子さんを止めてた所だったんだけど・・・・・・うんそうね」
手短に話が終わり、携帯をしまった躑躅が、登喜子の方に顔を向ける。
「さっきの話しは少し撤回するわ。次にこの携帯が鳴ったら、全力で戦いに行ってちょうだい!」
そう言って躑躅は、登喜子の前に自身の携帯を置いた。
お互いにどれだけ傷を負わせても、すぐに回復する、紺と魔王蟻の戦いは延々に続くかのように思われた。だがそれに横やりを入れるように、浅葱がそこへ乱入する。
「すまない紺! 一旦ここは離れてくれ!」
「えっ!」
戦いの最中の紺の手を掴み、そのまま強引に腕を引っ張って、浅葱と紺が森の奥へと走り込んでいく。まるで恋人同士の逃避行のようだが、事態はそんな冗談を言ってられない。
それを追う魔王蟻。六脚がしきりに動き、もの凄い速度でその後を追う。巨大化した樹木の幹を、二人は何度も避けながら逃げる。一方の魔王蟻は、邪魔な樹木を、魔法や突進で全て薙ぎ倒して進み続ける。だがそこへ第二の乱入者が現れた。
(戦いは得意じゃないけど・・・・・・ここは私がやらないと!)
立ちはだかったのは躑躅。彼女が魔王蟻の正面で、何事かの魔法を唱えると、周辺の巨大化した植物の、枝やツルが急に伸びて、幾重もの蛇の群れのように、魔王蟻に群がっていく。
「ギイッ!?」
身体に無数の植物が絡みつき、縄でグルグル巻きにされるかのように拘束される魔王蟻。
そこへ躑躅が更に次の攻撃。彼女の頭の葉っぱから、急に大きな花が咲き、その花から大量の光り輝く粒子=恐らくは花粉と思われるものが、噴霧器のように魔王蟻の身体に吹きかけられる。
「ギギギギギッ!」
その攻撃にどのような効果があるのか判らないが、それは魔王蟻に苦痛を伴わせるものではなかったようだ。
植物で縛り付けられた二つの牙だが、強靱な顎の力で一気に引き千切られる。六本の足も強烈で、拘束から脱出しようとする強い動きで、縛り付ける蔓が、徐々に引き千切られかけてきている。
だが完全なら脱出の前に、魔王蟻の牙の先から、目の前にいる躑躅目掛けて、雷の魔法が放たれようとした。
(脱出!)
その予兆が見えた瞬間に、躑躅は即座に魔法への集中を止めて、横に走って逃走する。拘束から完全に逃れた魔王蟻は、逃げる躑躅など目もくれず、さっき逃げていった二人の方角へと走り去っていった。
(さっきの弱化の花粉で、あいつの固い甲殻も、少しは脆くなったはず・・・・・・後は紺さんの力の封印が完了したのが感じ取れれば・・・・・・それにしても足手纏いと思ってた、あの殺人鬼の力を借りることになるなんてね)
そう思案しながら、躑躅はいつでもかけられるよう、実はもう一つあったらしい携帯電話を取りだした。
「ぐうううううっ!」
「ちょっと何してんのよ? 何か私の力が抜けてるみたいなんだけど?」
「ちょっと黙ってろ!」
短距離転移を何度繰り返し、かなり遠くまで逃げた浅葱と紺はどうしてるのかというと。何故か浅葱が、紺に対して、胸から背中まで手を回し、完全密着の抱擁を行っていた。
互いに女同士。まさかこいつにはそんな趣味が?とか茶化してられる雰囲気でもない。
紺に抱き留め、何らかの魔法を行使し続ける浅葱は、かなり苦しんでいるようであった。一方の紺は、何の説明も無くこのようなことをされ、かなり困惑している。
さっき無理矢理振り払おうとしたが、「これ以上を被害を広げたくなかったら、大人しくてろ!」という浅葱の一喝で、よく判らないまま、その行為を受け続けている。
(これは信じられない・・・・・・とんでもない量の、魔力と生命力の奔流。これが自ら力を持った、オリジナルの緑人の、無尽蔵の力のとてつもなさか! 過去の記憶を掘り起こして、こいつのことを全部判っていたつもりだったが・・・・・・当時の俺たちですら、こいつの力を見誤っていたのかもしれん!)
「ああ・・・・・・何だか眠くなってきた・・・・・・」
紺の無自覚に暴走する力を抑えようと、浅葱が必死になっている。その一方で、紺は実にお気楽な様子で欠伸まで始めていた。
だが浅葱の努力は、確実に報われている。さっきまでどんどん拡大していた、林の異変が、徐々に収まり初めて来た。そして紺の力の封印は、今まさに完了した。
「ぐうっ!」
「ぐう・・・・・・」
言葉は同じだが、意味は全く異なる声を上げる二人。力の制御に精神をすり減らした浅葱は、力尽きて倒れる。一方の紺も、力の制御の影響からか、一気に眠気が来て、倒れ込む。
両者同時に、一方から抱きつかれた状態で、林の中へ仲良く寝そべる二人。その時にはもう、森の異変は止まっていた。
といっても、それはあくまで、異変の拡大が止まったという意味で、既に巨大化した多くの動植物は、全てそのままであった。
二人が眠りについた後も、近くで魔法を撃ち合って遊んでいる猿達がいる。巨大化こそしていないものの、明らかに普通じゃない力を得て、随分高揚している様子の野生動物達である。
「ギギギィ!」
そこへ飛び込んできたのは、ついさっき躑躅によって足止めを受けていた魔王蟻。先程から逃げることを止めたばかりか、地面に倒れ伏して動かない紺達に向かって、一気に駆け込むが・・・・・・
「!?」
その動きを止めるものが、突如背後から現れた。いったいいつの間に、この場に到着したのか、背後にいたザルソバが、魔王蟻の後ろ足の一本に噛みつき、彼の突進を突然止めさせる。しかも敵はザルソバだけではなかった。
ザクッ!
一瞬のうちに、トドメの一撃が魔王蟻に放たれた。
紺達に牙をかけようとした直後に、魔王蟻の頭上から、転移して落ちてきた人物。それが落下速度も加えた、盛大を薙刀の刺突を、魔王蟻の脳天に突き立てたのである。
「ギギギギィ!」
頭に深く食い込んだ薙刀の刃。それを上から思いっきり突き立てながら、下半身の八脚を、魔王蟻の身体に絡みつかせて、噛みつかれた足を引き千切り、藻掻き暴れる魔王蟻にしっかり掴まっているのは、やはり登喜子であった。
(今の一撃で即死しないわけ? くそっ、さっさと・・・・・・)
魔王蟻は自分の背中に張り付いた大蜘蛛を振り払おうとするが、登喜子は必死に蜘蛛足でしがみつき続ける。
その様子は、昆虫の雄雌の交尾体勢のようだが、勿論そんな情事的な話しではない。そんな体勢のまま突き刺した薙刀の柄に、渾身の力を込め続ける。そしてとうとう突き立てた刃が、魔王蟻の頑強な装甲を、完全に貫いた。
ザクッ!
さっきので二度目の刺突音。だが今回は、刃が装甲を通り抜け、それが蟻の脳にまで到達した音であった。
今まさに、背中の敵に魔法で対処しようとした魔王蟻だが、その瞬間にそれも含めた一切の行動を取らなくなった。そのまま六脚が崩れ、地面に倒れ伏しる。
先程は、紺に頭を割られても死ななかった魔王蟻だが、今回は何故か、その異常な再生能力を発揮することはなかった。生き返ることもなく、この魔王蟻は、今度こそ完全なる死を迎えたのである。
(終わったのかしらね? 再生しない辺り、もう中にある魔素と亡霊は取り除かれた?)
先程の戦いを見ていない登喜子は、既にこの蟻の中の魔素と亡霊は、紺が殴って浄化したものと判断していた。そして目の前で倒れている、浅葱と紺の元へと駆け寄る。
「おいおい・・・・・・こんなに熱く抱きついて寝てるなんて、他人の趣味にとやかく言わないけどさ、もう少し時と場所を考え・・・・・・あら?」
登喜子が駆けつける前に、二人の傍に現れたのは躑躅であった。あの距離をこの一瞬で移動した辺り、彼女も転移を使えたのかと、登喜子は首を傾げる。
躑躅は浅葱を紺から引き剥がし背負う。そして目の前にいる登喜子に口を開いた。
「紺さんは私達よりも、何故か大して親しくもない貴方たちやこの国についていくのを選びました。どうかこの人を、今後もよろしくお願いしますね・・・・・・貴方たちにこの世界の命運が託されたといってもいいのですが」
「えっ? ああ・・・・・・」
それなりに付き合いはあるが、別に親友と呼べる程深い仲でも女を、何故か勝手に託される登喜子。いやこの場合託したのは、彼女だけでなくこの国そのものようだが。
「それでは失礼します・・・・・・この国と共に紺さんを宜しく・・・・・・」
そして登喜子と似通った転移の門を開き、浅葱と共に姿を消す躑躅。彼女のあっさりとした帰還の後で、登喜子は困惑しきっていた。
(何なのあいつ? 世界の命運なんて大袈裟な・・・・・・。別にこいつに、世界を滅ぼしたり救ったりするような、大層な力があるわけでもあるまいし・・・・・・。そういえば結局この森の異変は何だったんだろ? まるで漫画の魔界の森みたいな異様な雰囲気だけど・・・・・・これも全部あの蟻の仕業?)
登喜子は紺を横抱きしながら、周囲の森の様子を見て首を傾げた。最初の異変から僅か一時間足らずで、この地域の光景は一変していた。
異変が起きた森の面積は、数㎢に及ぶ。強大な魔力を宿した、巨大な霊木が立ち並び。不自然に巨大化したり、不思議な力を持った動物が大量に生息する。
そんなまるで異次元のような空間が、何故かこの王都のすぐ隣の田舎町の森に現れたのである。
後になって、本来なら滅多にお目にかかれない妖精までもが、大量に生まれ出るこの森は、長い年月にわたって、この国の有効な資源地となることになるが。
結局何故このような森が、突然現れたのか、その原因は誰一人として分からなかったという。




