第六十三話 天帝国の失態
「女神ロアか。めんどくさい奴が出てきな・・・・・・」
「何だい光二? あいつのことを知ってるのか?」
「存在自体はな。歴史的には重要な人物だが、今の俺たちにとっては、果てしなくどうでもいい奴だから、そんなの気にすることもなかったのだが・・・・・・」
王宮の謁見室にて、一部始終を画面越しに見ていた国王一行。鹿太郎の問いに、光二は知っていることを肯定するが、本当にどうでもいいことなのか、めんどくさく説明する気はないようだ。
「大丈夫でしょうか? あのような者が復活してしまって、また新ロア教のような者が出てきては・・・・・・」
「出てきてもこの大陸の現状を知れば、自分で何かしようなどと考えないだろうよ。眠っている間に、自分の名前が全世界から心底憎まれる現状を知ったら、さぞショックだろう・・・・・・」
「ロア教? ・・・・・・ああ思い出した。あれって完全なインチキ宗教じゃなかったんだな」
画面に映し出される戦闘の様子は、こちらにとって芳しくないものである。二対一になって優勢になったと思った登喜子達だが。ロアの参戦により二対二に。蒼仁と同じ光属性の剣技と、数々の光の魔法を駆使するロアに、ザルソバは大分苦戦しているようである。
「おいそこの戦闘狂国王! これやばいだろ? あんたも言った方がいいんじゃないのか? 今の状況だと警察も当てにならんし・・・・・・」
「そうですね・・・・・・」
雅弘の失礼口調の提案に、晴子はあっさり頷き、桜花の方を見やる。
「全く前戦に出たがる国王だこと・・・・・・」
意図を理解した桜花が、そこに転移の門を開く。晴子と護衛二人が、武器を抱え、颯爽とその門を潜り抜けた。
「貴様は・・・・・・」
突如目の前に現れた転移門。そこを潜り抜けてきた巨漢の戦士一人と、小柄な戦士二人。晴子・雅弘・鹿太郎一行の、現場への出現である。
最も彼女が前線に出るのはしょっちゅうなので、この場で驚く者はいなかったが。
「お二人方は、滝子さん達の援護に!」
「おう!」
素早く護衛対象から離れて、滝子達と戦っている最中の魔素人へ突撃する二人。護衛を手放した国王は、大太刀を抜き、蒼仁と対峙する。
「ああ助かったわ・・・・・・私もいい加減、これはやばいし逃げようかと思ってた所だったし」
「それは早めに出てきて助かったわね・・・・・・。それで蒼仁さん! 貴方に聞きたいことがあります!」
「おい魔素人相手に何言ってんのよ?」
魔素人と何か話しをしようとした所で、まともな会話が成立するわけがない。その筈なのだが、晴子はあえて、狂人化した蒼仁に問いかける。
「ふむ悪国の王が、自ら王宮から出て来るとはこちらも好都合・・・・・・なのだが。今更私に、何の話がある?」
「貴方の中に魔素が注入されたのは、昨日のことではありませんね! もう一月以上前から、魔素人化した隠密の手で、あなたはそちらの手中に堕ちていた!」
「「!!??」」
この言葉に一番に驚いたのは、滝子一行。意外と強かった雅弘・鹿太郎が、魔素人の兵士を次々と倒している中、今の晴子の発言に一斉に目と耳を向ける。
「今更隠す必要もないな。その通りだ! ヒューゴ様監視の任務で、この地を訪れていた隠密の一人が、同士達より真に正しき正義を教わった。そして体調不良を装って本国に戻り、私の元へと訪れ、そして私自身も真の正義を賜ったのだ!」
「・・・・・・マジかよ?」
思わず不良臭い突っ込みを入れてしまう滝子。実は自分の父が、この国を訪れるずっと前から、既に頭の中が壊れていたのである。
(今まで生活していて、全然気がつかなかった・・・・・・。そう言えば隠密隊の見舞いに行ったときから、何か変なものを買い混むようになってたけど・・・・・・)
滝子と蒼仁は私生活では仲の良い親子である。それが一ヶ月以上共に暮らしていて、自身は全く気がつかなかった事実に、彼女は驚愕する。
「浄化すると記憶が消えてるかもしれないので、今ここで問いましょう! 貴方が来てから、急に魔素人の活動が活発になったのは、貴方の手引きですね!? 例えば、あの使節団を載せた大型空艇に、魔素人に力を与える、あまり良くない物資を、大量に密輸していたとか・・・・・・」
「その通りだ! 神の力をより多くの人々に与えるために、私が数多くの同士達に多くの器具や、魔力増強の薬品をこの地に運び込んだ! 長きに渡り、あの邪悪なる国家に従わされ、苦渋を味わってきた私が、その日になってようやく真に正しき使命を果たすことが出来た!」
「何てことしてくれたのよあんたは!?」
明かされた事実に、滝子は当然のごとく大激怒である。大蛇植民地の統治のアラを探し出しにきたら、まさか天帝国のアラをさらけ出す、トンデモない大失態である。
「ふむ・・・・・・やはりそうだったか。全くあれこれ綺麗事言って、迷惑な奴らだ。まあこれを逆手に、天帝国にありったけの譲歩を要求できる交渉材料が出来たのは、ある意味で朗報か?」
王宮にて、画面に映し出される一部始終を見て、光二がほくそ笑みながらそう口にする。桜花も無言で、賛同の意思で、首を縦に振る。
「各警察に連絡! 使節団の船を捜索して、密輸の証拠を見つけ出せ!」
これで天帝国の目論見は、完全に潰えたと言えるだろう。
「判りました・・・・・・それだけいえば充分です! ・・・・・・あなたたち、よくも面倒事の多いこの国で、またこんな余計な事をしてくれましたね! そのせいで光二様が、どれだけ仕事に追われることになったか・・・・・・絶対に許さないわ! この国の王として、あんたら両方成敗してやる! 覚悟しやがれ!」
最後の方、ちょっと口調がおかしくなりながら、晴子が怒りの声を上がる。魔素人の兵を片付け終えた雅弘が「あいつの前世は女じゃないのか?」などと、意味不明なことをい言っているが、それは誰の耳にも届かない。
「許さないのはこちらの方だ! ロア殿、共にあの悪王を倒しましょうぞ!」
「ええ? あっちの事情が見えないけど・・・・・・判ったやるわ!」
何やら話しの雲行きに違和感を持ち、やや戸惑いながらも、ロアも続き、再び両者が激突する。
「何か派手にやってるな・・・・・・戦いに入り込む隙もないし、これは俺たちの出番もなしか?」
魔素人の兵を片付け終えて、滝子一行と共に、目の前の戦いを棒立ちで見る雅弘と鹿太郎。二対三の両者入り乱れての戦いは熾烈を極め、二人が加勢しても、かえって邪魔になりそうな雰囲気である。
「何もしないのもあまり気分良くないし・・・・・・とりあえずあっちの方、見てみるか?」
「ああ、そうだな。あいつらあんな所に立て籠もって、一体何してたんだか・・・・・・」
二人が目を向け、歩みを進める先は、先程蒼仁ら魔素人が湧いてきた、あの半壊した展示場であった。
「ザルソバがここで暴れてるって言うんで来てみたら、何か変なことになってるわね・・・・・・」
「何で外国の大使と国王が戦ってるんだよ? ていうかあの羽生えた人、何? 獣人じゃなくて、実体化した精霊みたいだけど」
さて派手な戦闘が繰り広げられる展示場の前。ロアの放つ幾つもの光の矢を、持ち前の頑丈さで全てその身に受けながら、突撃してロアに斬りかかる晴子。
それを避けたロアを、横から転移した登喜子が、斬り付けて手傷を負わされるロア。雷を纏った角を突き上げて、蒼仁に突撃し、その場で聖剣と雷角の鍔迫り合いを行う蒼仁とザルソバ。
そんな光景が映っている最中に、全く緊張感のない声で、その場に現れるのは、やはり紺と黄である。飼い犬がいなくなって、今までどこをほっつき歩いていたのか、ようやくここで主人公の登場である。
「こっ、紺様!? お久しぶりでございま・・・・・・ぶごっ!?」
いきなり紺に何か言おうとして止まり、そのまま晴子の一撃を受けて吹っ飛ぶロア。
胴体に振動刀の巨大な一撃を受けて、これで死んだかと思ったが、生憎胴体が二つに分かれることはなく。鎧が切り裂かれながら吹き飛び、近くの建物の壁に激突して大穴を開ける。
「おい紺・・・・・・こいつ知り合いだったのか?」
「いや知らないわね・・・・・・ああ、ザルソバ! もう随分長く出てきて、あまり世話やかさないでよね!」
吹っ飛んで壁の向こうへと飛んだロアなど気に留めず、ザルソバとの再会を喜ぶ紺と黄。
「紺さん・・・・・・不躾ですが、早いところからここから離れてください。ここは戦場で、民間人は立ち入り禁止です」
「ああそう? 判ったわ」
勝負に水を差されて、やや不機嫌な晴子の言葉に応じ、ザルソバと共にさっさと背を向けようとする紺達。だがその時に、先程開いた壁穴から、意外と早くあの人が復活してきた。
「紺様、話しの続きを・・・・・・お久しぶりです。私が眠りについてから、どれほどの年月が流れてきたのか判りませんが、まさかこんなにお早く・・・・・・」
「いや誰よあんた? いつの時代の知り合い?」
腹に深い傷を負いながらも、気合いで立ち上がって、壁穴から紺に話しかけるロア。だが返された返答は、この場にいる多くの者が抱いていたであろう疑問である。
「何ってロアですよ! あなたの血で力を戴いただけでなく、私の加護力を高めるあの聖剣まで造っていただいたではないですか! 聖剣に選ばれた勇者と共に、魔物によって荒れ果てたこの大陸を救い、ついには人々から女神ロアとまで呼ばれるようになりました! お忘れですか!?」
「覚えてないわね・・・・・・そもそもあのクソインチキ宗教の神があんただっていうの? まず女神ロアなんて神、存在するはずがないし。そもそもあんたの顔、あの展示場で見た肖像と全然違うじゃないの。あっちの方が、ずっと美人で胸も大きかったわよ」
「クソインチキ!?」
紺の謂われの判らない罵声的な返答に、ショックで固まるロア。
あの展示場で見た、ゼウス大陸の歴史は、数百年にわたる、ロア教という残虐な宗教団体による暴虐の歴史が、あまりに多く記されており、それは紺にとっても最悪の印象しかない。
その極悪の宗教の親玉と、親しく話しかけられるような知り合いだなんて、紺にとってはますます不本意の話しであった。
「何なのだ? お前らは一体何の話しをしている?」
何やら妙な話の成り行きに、蒼仁は首を傾げる。皆がこの流れに困惑し、戦いを中断する中、素早く動く物が現れた。
それは滝子の部下の数人の隠密達。既に敵兵は鹿太郎達が倒してしまっているため、もう戦いに集中する必要はない。この隙に素早い動きで、一気に蒼仁に近寄り、浄化噴霧器を向ける。
「ぬっ!?」
勿論蒼仁も容易くは倒されない。噴霧器が吹きかけられる直前に、隠密達の前に剣撃を一振り。その剣撃の軌道から、光の刃が出現して飛び、それを纏めて数人の隠密達を吹き飛ばす。
だが纏めてきた隠密達の一人が、その一撃をギリギリで避け、一気に間合いに詰めた蒼仁に、浄化液を噴射した。
「ぐぁああああああっ!?」
多くの魔素人化した人々を、紺に変わって正気に戻してきた聖なる噴射。それを余裕からかマスクをつけていなかった蒼仁の顔面に見事命中。蒼仁は今までと同じように、噴射の直後に苦しみ、膝をつける。
(いかん・・・・・・悪国の洗脳の液が私にも! このままでは私も変えられ・・・・・・むう? どうしたのだろう・・・・・・逆に頭の中が綺麗になっていくような? 私が考えてきたこと・・・・・・どこかおかしいような?)
浄化の影響からか、蒼仁の思考が、今までの狂ったものから、徐々に正常に戻りつつある。それはまだ、頭の中に魔素がまだ残っている状態での、洗脳解除であった。
「「!?」」
だが事件解決の喜びの声は上がらない。あるのは皆の驚きの感情。
「ゴボボボボボボボッ!」
あまりに不潔感極まりないので、あまり説明したくないのだが・・・・・・。突如蒼仁の身体の各部の穴=口・鼻・耳・尻から、大量の黒い泥のような物体が、決壊した河のように、勢いよく流れ出てきたのである。
その邪悪な魔力に拒絶反応を起こした聖剣は、彼の手から弾かれ、何処かへと吹き飛んでいく。その勢いのあまりの良さから、放出した泥=魔素の量は、瞬く間に彼の身体の体積を上回る。質量保存の法則は、いったいどこに行ったのやら・・・・・・
「ちょっと何あれ!? 何であの人から、あんな邪悪な魔力が!?」
この事態を見たロアは当然のごとく大混乱。だがそれ以外の面子はすぐに落ち着きを取り戻す。この光景が観測されたのは、今日が初めてではない。紺が出てきてから、二回目の魔素人の魔人化現象である。
「そんな・・・・・・いつも通り浄化液をかけたのに・・・・・・何が違っていたの!?」
浄化液の性能に自信を持っていた滝子の当惑の声。目の前で正気に戻りかけた父親が
あっという間に巨大な多頭の黒蛇に変身してしまった。
「どのみちこれはまいったわね・・・・・・さすがにあれほど増殖した魔素は、私達にはどうにもできないわね」
「うん? ・・・・・・ああ判ったわよ。私はもう用済みかと思ったわ」
滝子の紺に目を向けながらの発言に、彼女はようやく意図を理解する。機動隊が動かせない今、最も有用で簡単に事態を解決する方法は一つである。
紺と黄が、危険生物であるヒドラ型魔人へと歩み寄っていく。この行動に、先程紺に対比を促した晴子も、特に止めようとはせず黙って見ている。
「うりゃあ!」「はぁっ!」
そして今にも暴れださんと動き出す魔人に、二人が思いっきり蹴りと殴打を繰り出す。砲弾でも一発では破壊できない頑丈な表皮を、彼女らの力では壊せない。
溶けない代わりに、彼女らの触れた地点から、魔人の身体が溶けて、どんどん蒸発して消滅していく。更に紺達は、魔人の胴体に手を大きく広げて抱きついた。
「グギャァアアアッ!?」
人が触れた自分の身体に、大きな陥没が出来たことに動揺する魔人。彼は怒りのままに、その異変の犯人二人に首を伸ばす。そして彼女らに、巨大な口を大きく広げた。
(また食べられるのか・・・・・・)
ゴクン!
二つの頭が、二人を咥え、そのまま丸呑みにしてしまった。普通ならこんな危険な力を持った奴、体内に入れようなどと考えないだろうが、どうやら魔人にはあまり高い知性はないようだった。
そのまま体内から、巨大な浄化能力の固まりが発動し続け、魔人は瞬く間に全身が溶けて消えていった。
「よし・・・・・・さっきの怪物騒ぎで、周囲を囲んでいた警官が減った。脱出するなら今しかない!」
展示場の裏口付近の部屋にて。周りにある展示物とは少し違う、大きな棺のような箱が二つ。そしてそれを大事そうに抱えている魔素人達。
その中の一人は、服装こそ違うが、先日街中で大騒ぎをした警官である。明らかに裏口退館をする客ではない。幾つも呪符のような札が貼られ、強固な錠で閉められたそれは、彼らにとってかなり大事なものなのだろうか?
人間が五人分は入れそうな巨大な棺を、魔素人達が強化された身体能力で軽々担ぎ、それを持って脱出を試みようとしていたが。
「おいお前ら! 何を持ち出そうとしてる! それが魔素化用の装置か!?」
だが不運なことに、好奇心で展示場内に入り込んだ、鹿太郎と雅弘に見つかってしまう。今のこの状況で、一般客や職員がここにいるはずがなく、即座に魔素人と判断した二人が武器を持って一気に踏み込む。
「くっ! 我らの神を守れ!」




