第六十話 故国
「これは不味いことになったな・・・・・・只でさえ魔素人騒動で酷い状態なのに」
王宮にて光二を含めた政府側の面々が、今日起きた出来事で頭を悩ませる。まあ悩んでいるのはいつものことだが、今日起きたことはますます頭が痛くなる話しに違いない。
「確かにこれは不味いわな~~! 前にも機動隊員の中に、魔素人が一人混じってたりしたけど。でも今日は、一部隊八十五人全員だぜ~~」
「マスコミも相当騒いでるな。これはもう元々薄かった警察の信頼が、この件でますます紙屑より薄くなるぜ。これで暴動とか起きなきゃいいけど」
護衛二人が他人事のように茶化すように語る件。先程の事件の後で、機動隊の基地に隠密達が駆け込んだところ。先程出陣した以外にも、機動隊員の半分以上が、魔素人化したいたことが発覚した。
たった今基地で起きた、隠密達と正気の機動隊員達の共闘によって、基地での暴動が抑えられたと報告されたところであった。最もその戦闘のせいで、機動隊基地は見る影もなく破壊されたとのことだが。
「ようしただいま~~!」
もっとも深刻そうにしているのは太政大臣・国王・臣下達で、それ以外の面子はもういつものこととかなり軽い調子である。
この部屋に入ってきた登喜子も、そんな感じである。機動隊基地でもかなり派手にやり合ったようで、全身に返り血を付けた状態で、王宮内に入ってきたことには、光二も眉を潜める。
「ヒューゴ大丈夫だった? こんな何か警察が沢山魔素人化して、正直ここに置くのも危ないんじゃないかと、心配したんだけど・・・・・・」
「ああ何もなかったから心配いらなかったよ。それに今日は、魔素人の事件が殆どなかったし楽だったよ」
「いやあっただろ・・・・・・おかげで王都の守りの要の機動隊が壊滅状態だ。ともかく登喜子、ここに入る前に、まず身体を洗ってこい!」
「は~~い!」
光二の叱責で、以外と素直に退室する登喜子。どうやら王宮内の施設を使う気のようだが、ずいぶんと王宮通いになれたものである。
しかも今日からしばらく、ヒューゴと一緒にここに泊まる気であるのだ。主の国王も、それを気にすることなく、当の問題に話しを移す。
「それでどうなさるのですか? この件で、天帝国の大使は、ますます私達を糾弾するでしょうが。こんな時期にこの事件は、政治に疎い私でもかなり不味いと判りますが・・・・・・」
「晴子・・・・・・この状況でそういうこと気にしてる時点で、お前は政治に素人だ。もう天帝国のことなど構っている状況じゃない。下手をすれば国と民そのものが全滅しかねない状況だぞ。今は天帝国など構うな! これより王都全域の外との通行を一切遮断する! 王都内にいる全民、たとえ外国人であっても、王都から出ることを禁じ、また外から王都への来訪も一切禁ずる」
この状況で出された決断は、何と王都の完全封鎖命令。まるで伝染病でも発生したかのような、思い切った決断に、周りも少なからず動揺する。
「おいおい・・・・・・そんなことしてどうすんだよ? 別に流行病じゃないんだぞ」
「似たようなものだ! つい最近まで・・・・・・少なくとも時江教諭が暴走したときは、機動隊員の大部分が正気だったことは判っている。それから僅か十日足らずで、あれだけの人数が魔素人化だ・・・・・・。敵がどういう手段で仲間を増やしているのか知らんが、王都内で奴らが魔素を大幅に広げる手段を手にしているのは間違いない。それが仮に外に・・・・・・この国全域に持ち出されてはたまったものじゃないぞ!」
王都及びその近郊で頻発する魔素人の暴走。以前から王都内での生活に危機を感じて、都から逃げるように引っ越す者は多数いたが、今回の件でその動きが加速することが考えられた。
それを考えると、光二の判断に否定する理由など何もない。周りの臣下達も頷き、ある者が今の命令を各所に届けるために通信室に向かう。解決にはまだまだかかることを示す今の命令を見て、桜花が光二に問いかける。
「王都の出入りを完全に禁止・・・・・・となると、天帝国の大使・隠密一行も、当分ここで立ち往生ね。いいのかしら? 宗主国の大使を、勝手に拘禁したりして」
「何度も言わせるな。非常事態だぞ。後で天帝国からどんな物言いがつこうが、その時はその時に対処を考えればいい。それより真っ先に考えるのは、奴らの魔素伝染の手段をさぐることだ。それさえ見つければ、こんな無理矢理な封鎖、早く止められるからな」
「ええ、そうね・・・・・・そうそう簡単に見つかればいいんだけど。しかし天帝国の奴らとも、随分仲良くなったわね私ら・・・・・・」
この魔素人の増加は、どう考えたって不可思議なことであった。
十数年前に、旧政権が行った魔素人かは、人を騙して集めて、こっそり耳元に魔素を注入させる方法だったが。しかし魔素への危険視が進んでいる今の情勢で、誰にも気付かれずに、そういった作業を、こんな大多数に仕向けることは、相当難しいはずである。ましてや屈強でそう簡単に隙を見せない機動隊員達を、こんな一斉に魔素人化するとなると。
そうなると以前とは異なる、新たな伝染手段を見つけたと考えるのが妥当だろう。
「魔素に関するデータは、今でも少なすぎるからな。魔道の専門家に聞いてもどうせ・・・・・・む?」
敵の伝染法に関して考え込むと、ふとこの大部屋の横の扉の一つが開く。誰かと思ったら、もう休養を終えたらしい滝子と護衛の武者達である。
「お前達が何を言いたいか判るよ。この状況は我々の大失態だ。だが査定の話しは今はよしてくれ。もうそれどころじゃ・・・・・・」
「判ってないわよ。それどころじゃないのは、こっちだって承知。私情も含まれる大事な要件があるの」
「ほう?」
「大変なの・・・・・・父上が行方不明になったの!」
翌日の朝。王都封鎖の方は、すぐに王都中を、いや国中を騒がせていた。旧政権時代からある城壁は、巨狼事件の時は全く意味をなさなかったが、今回の都民の移動を遮るという目的には、大きく役立っているようである。
各所にある外との出入口には、多数の武装した警官が、いつもより多い人数で駐屯しており、今も目の前の人々の動きを監視し続けている。
「どうするんだよこれ? 列車まで停止しちまったけど。俺今日、あっちの村に用事があったのに」
「抗議しようって言うんならやめておけ。どこに魔素人が潜んでいることか・・・・・・。下手すりゃ近づいた瞬間に撃ち殺されるぞ!」
「敵の伝染手段が判るまでって言ってるけど、これっていつまだなのかしら? 王都の食糧が尽きるまでに終わるといいけど」
「そもそも魔素人がどのぐらいいるんだ? いい人面してる奴には、注意した方がいいかな?」
封鎖令に驚愕はされたものの、意外と抗議の声はあまり上がらなかった。下手に警察に楯突いて、何をされるか判らないという恐怖故に。
警察に限らず、この王都のどこに、善意で人殺しをしようとする狂人が、何をきっかけに行動を起こすか判らない。その代わり、都民同士での疑心暗鬼が、徐々に広がり始めているようだが。
『〇〇地区で、一人の都民が、魔素人の疑いをかけられて、集団暴行を受けているようですが・・・・・・』
「やはりこうなるか・・・・・・指示するまでもないだろうが、その件も含めて、今後起こるだろう事件を、即座に対処するように警察に言っておけ! それと出撃の前に、警察全員に、念のために浄化噴霧器をかけることを忘れるな!」
『いえ、その件で話しの続きが! その暴行を行っている者の中に、言動のおかしい者がいて、他の者が怪しんだところ。その者が「皆も救う!」と叫んで、仲間を斬り始めて・・・・・・』
「すぐに登喜子を寄越そう・・・・・・」
王宮の中で、そんな電話のやり取りをした後で、光二は疲れた顔で桜花を見る。そして登喜子も無言で頷いて転移で、今言われた地区へと飛ぶ。そこへ雅弘が呆れながら問う。
「なあ・・・・・・まだ見込みのない内に、王都封鎖しちゃったけどさ。これって本当にいつまで続けるんだ? このまま王都全員餓死とか不味いだろ?」
「見込みならある・・・・・・増加した魔素人が、王都内にしか現れてない以上。増殖の手段は、王都内だけにあるということだ。それを見つけて叩きつぶしさえすれば・・・・・・」
「それって前に滝子様が見つけた、あの逃げられたアジトの設備では? それだともう解決したのかと」
晴子の疑問に、光二はすぐに首を縦に振る。
「確かにあれは魔素を培養する装置だったが、既に中身は空だった。恐らくは魔素人増加に利用するために持ち去ったんだろう。その残りの在庫も全部見つけ出さなくては、意味はない。それに蒼仁様も、まだ王都のどこかに監禁されているかも知れないしな」
査察中に突然姿を消した蒼仁親王。巨狼やヒドラ型魔人の討伐に貢献した、機動隊の基地に見学をしたいと、自ら要望したのだが。その直後に、護衛達と一緒に、突然煙のように消えてしまったのである。
後で事態に気付いた滝子の使いが問うが、基地の者達は皆知らぬ存ぜぬの返答しかなかった。
(恐らくあの時点で、多数の機動隊員達が、既に魔素に感染していたはずだ。奴らが犯人なのは間違いないだろうが・・・・・・当人達が何も覚えてないのではな)
あの後正気に戻った隊員達は、あの時に蒼仁が訪れたことは覚えていたが、その後の詳しい詳細は何も覚えていなかった。
試しに占術で、彼の過去も見抜こうとしたが、それも圧星術と思われる力で見抜けない。
(あいつら狂っているくせに、どんどんやり方が巧妙になって、その上魔法を含めた基礎能力も上がってやがる! くそっ! どこまで面倒を・・・・・・)
「やった! 見えたぞ!」
光二が頭を悩ます中、何故か突然喜びの声を上げる者が一人。いつもの面子が全員集まったこの謁見の間の皆が注目したのは、先程からずっと水晶玉を抱えていたヒューゴ。
いつもは消耗の様子を見せずに、次々と事件を予知した彼が、何故か今回だけ、妙に疲れた顔で汗まで流している。
「ものすごく時間と力を使ったけど・・・・・・ようやく少しだけ見えたよ、蒼仁様の今いるところ・・・・・・」
「うそっ! 本当に判ったの!?」
この言葉に一番に反応したのは、蒼仁の娘。圧星術の力で、彼女の力でも全く、彼の居所を感知することは出来なかったのである。だが今になって、ヒューゴの頑張りで、圧星術の妨害を打ち破ることが出来たのだ。
「あの人がいるのは、この前皆で言った、展示会の会場だよ! あの変な剣と目立つ台座が見えたから間違いないよ!」
その判った場所はと言うと、意外なことに、一行と滝子が初めてあった場所であった。
「そういえばあの展示会、まだ開催日だったわね。さすがに今日は休館してるかもだけど」
「ともかくすぐに出るわ・・・・・・父上もすぐに拘束しないと、下手をすれば天帝国に、大変な恥を晒しちゃうし・・・・・・」
救出対象である父親を何故か拘束するという発言に、どこも不自然な所もなかった。状況的に彼もまた、魔素を注入されて、洗脳されている可能性もあるからだ。
「へえ・・・・・・天帝国の大使が、あのキチガイな正義感を語ってるところ、結構見てみたいかもね。何ら撮って、国中に放映しちゃっても・・・・・・」
「こんな時に、そういう諍いを吹きかけるの止めてちょうだい・・・・・・それとヒューゴ様、ありがとうございます」
嫌みを言う桜花を、場違いと流す滝子が、すぐに居所を探り当てたヒューゴに頭を下げる。
「父上を取り戻した時には、天帝国より、最上の感謝とお礼を申し上げるので・・・・・・」
「そう? 俺はこの国から謝礼で十分だからいいけど・・・・・・」
「この国の謝礼?」
ふと不思議な話の流れになって、滝子が僅かに当惑するが。
「ああ・・・・・・俺が逃げ腰になりかけたときに、晴子様がすごくいい取引をしてくれたんだ。この件が綺麗に片付いたら、ロウ王国に大規模な援助をしてくれるって♫」
「・・・・・・へっ?」
ロウ王国・・・・・・それはヒューゴとネルの、生まれ故郷である、ゼウス内の小国の一つである。
前作を見ていない人には、唐突な国名であろうなので、説明するが。その国はヒューゴが諸事情で国を出た後で、様々な経緯から大蛇帝国によって王室が潰されて、植民地化していた国である。
あまりに唐突な話の流れに、滝子は一時囚われている父親のことも忘れて、そっちの話しを優先して問う。
「援助って、あの国はもう、大蛇から解放されたでしょ? 何で同じ大蛇の植民地国家のここが、援助する話しになるわけ?」
「解放されたから困ったことになってるんだよ・・・・・・。母さんからの手紙や電話だと、すごい大変なことになってるみたいだし・・・・・・」
「困ったって・・・・・・?」
「貴方の所には、その辺の情報が通っていないんですか?」
話しが見えずますます当惑する滝子に、晴子も護衛達も呆れきっていた。光二がこの場で滝子に、きちんと説明してくれる。
「お前ら天帝国が、あの植民地化は非人道的だとか言い掛かりつけて、宗主国の権力を使って、無理矢理解放してしまっただろう? その後で、あの国の治安と経済が良くなったと思うか?」
「違うの? 国王はまだ空位だということは聞いたけど・・・・・・」
「お前の情報はその程度か? 宗主国には異人の小国の情勢など、微塵も興味無しか・・・・・・。元々の王室は、制圧前に完全に民からの信頼を失っていた。その上、直前の反乱で、国はボロボロの状態。それを大蛇の科学と国力で、すぐに復興出来たはずなのに・・・・・・お前ら天帝国のせいで全て止められてしまったんだよ! 今でも王都は廃墟状態で、前国王の兵器爆買いで、国財もほとんどない。民は随分と貧しい立場に追いやられ、国民同士の対立と暴動も激化しているという・・・・・・天帝国の人道的圧力のせいで、あっちは大迷惑だよ!」
天帝国人の滝子を責めるような口調で説明する光二。動揺した滝子が、ヒューゴの方へ見やると、彼も同意と頷いている。すると今度は、逆に滝子が怒り始めた。
「何よその言い方!? あなたたちは、自国の侵略行為を正当化するわけ!?」
「正当かどうかなんてどうでもいいんだよ・・・・・・今のあの国の国民にとっては、自分達が豊かにさえなれば、誰が政権を握ろうとどうだっていいようだからな」
あまりの返答に、今度は唖然とする滝子。光二は次に、ヒューゴとの報酬の話しの続きを始める。
「そんな酷い状態でも、一度国から逃げ出したこいつにはどうにも出来ずに、半ば諦めていたみたいだがな。最もそれを俺たちが、最高の取引を持ちかけたわけだ・・・・・・。一時あそこは、お前達のいう植民地に近い状態になるだろうが、復興が進めばすぐに解放するさ。しかもその後で、こいつを次の国王に推薦する予定だ。今後は友好国として、こちらにとしても利益ある関係を結んでいくことも出来るだろう・・・・・・」
「いや、それはちょっと・・・・・・困るんだけど」
例え小国でも、いきなり一国の王になるなど恐れ多すぎると、ヒューゴは大分顔を引き攣らせていた。
最も天帝国が目論む、ヒューゴに対する処置は、それを超えていたのだが。唖然とした様子の滝子。少し落ち着いたところで、ヒューゴに恐る恐る問うてみるが・・・・・・
「もしかしてヒューゴ様・・・・・・後になって、ロウ王国にお帰るになるつもりで?」
「ああ・・・・・・今までは国に戻るのは危険だから、卒業したらこの国で働こうかと思ったけど。この報酬が上手くいくなら、もうその必要もないし・・・・・・」
「ああ、そうそう・・・・・・この件に、お前ら天帝国が何かしようというならやめたほういいぞ。あの国には今、天帝国を嫌っている者が多いからな。どっちの援助を優先するかと言われれば、当然こっちを選ぶだろうし」
光二の口にした言葉で、滝子はこのことを全て理解した。
「(こいつら、私達がヒューゴ様を取り込もうとしているのを知って、こんな体よく追い出すような取引を!?)随分無欲ね・・・・・・あなたたちもヒューゴ様の才能を欲しがってると思ったけど?」
「ああ、惜しい人材を失うが仕方がない。まああちらの国との関係が良くなって、こっちがこいつの力を必要な時が来たら、恩に着せてまた色々頼むかもな」
本人を前に、恩を着せて色々要求する気だと、堂々と口にしている辺り、大層な余裕ぶりである。
まだこの旧ゲード領の政権奪取に関して、まだ決着はついていない。だが滝子を遙かに上回る予知の力を持つ、王に据えるに相応しき人材が、こちらの手に入らない事態かもしれない流れに、滝子は大いなる敗北感を覚えた。
「そう・・・・・・この件で色々言いたいことはあるけど。でも今は緊急事態。父上を取り戻した後で、またこの話をしましょう」
苛立った様子で、一時忘れかけていた、蒼仁救出の件に話を戻す。彼女はそのまま、不機嫌な顔で退室し、大勢の隠密や護衛武士と共に、件の展示会場に向かうのであった。




