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第五十八話 拠点制圧

「あっ! 紺!」

「シーーーーー! 静かに! ここは敵の本拠地だから!」


 夕方頃になって、脱走した紺と、さっき躑躅と会話してた黄が、街中でバッタリと出会った。

 怪物に襲われた後での、ようやくの再会なのに、当然のごとく互いに緊張感もなく、互いに危ないことがなかったかを気遣う様子もない。

 それどころか紺は、暢気に近くの売店で、アイスなどを買って食べている最中であった。


「全く探したよ! 蟻に食べられたと思って、ずっと下水の近くを探し回ったのに・・・・・・。何か魔素人のアジトに捕まっていたとか言ってけどマジ?」

「うんマジ! いやあ、あれはどうすればいいかと結構悩んだけど、この前怪獣をやっつけてくれた奴・・・・・・浅葱って奴が助けてくれてさ」

「はあ・・・・・・まあ失踪期間が長引かなくて良かったよ。ところでその魔素人のアジトって、どこにあったんだ?」

「うん? そういやどこだっけ? 適当に街歩いてきたから、忘れて来ちゃったわ」


 この国の存亡に関わるほどの重大情報を、軽く見逃して、軽く会話する女。最も当人同士も呆れも怒りもせずに、割とどうでもいいようなノリであったが。


「ところでさ・・・・・・黄は聞いた? 私ら実は夫婦で、昔子供いたらしいって話し」

「ああ聞いたよ。驚いたけど、もう千年も前の事だからな・・・・・・。ところで紺はどうするんだ? 天帝国の勧誘にのるのか?」

「いやあ・・・・・・それはちょっと困るわよね。別に私らどこに行っても別に良かったけど。でも何か、これ以上どっかの国の政治的問題に関わるのもめんどいのよね~~と」

「じゃあ、そろそろこの国を出るか? あの変なスプレーのおかげで、もう僕らの出番なさそうだし」

「いんやそれはまだ」


 かなり適当な事ばかり言っていた紺だが、何故かこの部分だけどは、はっきりした口調で否定した。


「どうせこの国の問題にここまで関わったんだし、魔素人の件は最後まで付き合うわよ。いつになるかは知らないけど、この国の魔素人が、一人もいなくなるまでかしらね? あっ、そうだ! さっきアジトにいた魔素人に、警官ぽい服を着た奴がいてさ・・・・・・明日辺りでもちょっとこの近くの警察署を訪ねてみようかな?」







 一方その頃、現在休養中の滝子はというと、つい先程入ってきた情報を聞いて、大慌てで隠密達に伝達をしていた。


「すぐに紺様達が歩いてきた道を辿って、間違いなくそこに魔素人のアジトがあるわ!」


 常に黄の動向を監視していた隠密達。そんな彼らが、紺と再会し、そしてそこで躱された会話を聞き報告したところ、滝子の行動は早かった。


「それと浅葱様と躑躅様は今どちらに!? 何かこっちに黙って、勝手に色々喋ったみたいだけど!」

『いえそれが・・・・・・転移で消えた後、いつも通り連絡が取れません』

「そうまあいいわ・・・・・・今はそれより敵のアジトが優先ね。私の占術でも見つけられなかった場所が、まさかここで急にね・・・・・・。でも付近の監視カメラを辿れば簡単に・・・・・・」

『それがどうも、紺様が辿った道は、監視カメラの設置数が少ないようで、辿るのは困難を極めるかと・・・・・・』

「ああもう・・・・・・これだから発展途上国は嫌なのよ! だったら私の占術で、紺様の足取りを辿るわ! ・・・・・・とにかく父上にも話しを通しておくから、そっちもいつでも戦闘に出れるよう準備をしなさい!」


 祖国からの任務とは別に、彼女も彼女で、魔素人討伐に躍起になっているようだ。この後間もなく、市街地で戦争でもする気なのかというような、完全武装の討伐隊が組まれることとなる。


『それと蒼仁様なのですが、妙なことに先程から連絡が取れないんです』

「えっ?」








 休養中の筈だった滝子の命の元、討伐隊は急ピッチで編成され、かの命令から一時間足らずで準備が整った。

 夕暮れに入り始め、暗くなり始めて、街灯に灯りが灯り始める時間。完全武装した天帝国の兵士達及び、現地警察の数百人の部隊。それが街中にある、かつてはどこかの上級貴族の屋敷に進んでいく。


 かつては身分の高い者達が住む所であっただろう旧上級街。だが今はもう住まう貴族や商家の者はおらず、残された洋風屋敷も、次々と取り壊されていき、和風建築の建物が新築されていく場所。

 そんな両国の文化の建物が、同時に建ち並んでいる和洋折衷な一般市民向けの住宅街。その中のとりわけ大きな屋敷が、かのアジトであると、滝子は見定めたのだが・・・・・・


「もしかして私は間違えたのかしら? 誰もいないなんて・・・・・・」

「間違いではないでしょう。確かについさっきまで、人がいた痕跡が、山ほどある」


 だが突入後間もなくして、滝子も含めた皆が困惑していた。そこは間違いなく、先程まで紺が拘束されていた場所に違いない。

 浅葱が破壊した檻も、既に発見されている。だが当の魔素人らしき人の姿はどこにもなかった。長い間廃屋であったとは考えられないほど、掃除が行き届いた屋敷の中。住人が出しただろう、新しいゴミも発見されている。だがそれらの原因となった者がいないのである。


『地下に不審な機械設備がありました! 魔素を保管・培養する、特殊水槽に間違いありません! 魔素の滓と思われる者も発見済みです!』


 届いた通信から、滝子の占いは外れていないことは確定した。だが肝心なのは、人はおろか、敵の重要な品物まで、全てが持ち去られていることである。


「敵は逃げたっていうの!? 紺様が脱走してから、二時間も経ってないのに!? とにかくそっちに私も降りるわ!」







 つい数時間ほど前まで、魔素人達が良からぬ会話をしていた、地下の集会場。まるで悪魔崇拝の儀式部屋のような、仰々しい魔方陣などが書かれた簡素な部屋の中で、その雰囲気に似つかわしくない機械設備がある。

 これもまた仰々しい大型機械が幾つも設置された中にある、子供数人が泳ぎ遊ぶには充分な広さの室内プール。

 今は水が殆ど入っていないが、底面の各所に、魔素と思われる黒く濁った物体が散らばっている。


「どうやら敵は、これらの設備を使い、多くの人を洗脳して、仲間を増やしていたようですね」

「どうやらそのようね。奴らの設備がこれだけなら、ここを抑えさえすれば、もう新しい魔素人が産まれることはないでしょうけど。しかし・・・・・・まさかこんな物まで造ってしまうなんて。ところで私達の突入が、事前に敵に知れてたみたいだけど・・・・・・この話をした者に、魔素人はいなかったのよね?」

「ええ勿論です! 一人一人浄化スプレーで確認済みで・・・・・・うわっ!?」


 そう言っている天帝国武士に、唐突に滝子が浄化噴霧器を吹きかける。そして自分も無実だと主張するように、自身にも噴霧器を吹きかけた。


「確かにいないようね。まあこの噴霧器の中身が、すり替えられてないか確認も必要だけど・・・・・・。もしそういうのもなかったしたら、これは敵にも、凄腕の占術師がいると考えた止さそうかもね。ますます厄介なこと・・・・・・」


 魔素を注入された人は、以前よりも能力が強化されたり、更には元々使えなかった特殊能力を持ったりすることがある。

 実際に時江が、数秒先に未来を視る、予知能力の一種を獲得していたのだから、滝子と同じタイプの予知が出来る者がいても、何もおかしくはないだろう。


「これはもう・・・・・・浄化液を大量生産して、街中に吹きかけるとか出来ないかしらね? 後で父上と本国に相談してみるかしら?」


 街中を浄化液で包むという発想は、もしそれが出来るものであれば、画期的な方法であろう。最もあの浄化液の生産性の程は、彼女も把握していないので判らないが。

 そして滝子は、それとは別に、もう一つ気がかりなことがあった。


(この中に魔素が満杯だったとすると、かなりの量になるけど、それを短時間でよく持ち運べたわね? 転移かしら?)


 この時の滝子は知るよしもないだろう。このプールの魔素は、紺がここにいたときは満杯であり、そして魔王蟻が喋り始めたときは何故か既に空っぽであったことを。







 翌日になって、紺と黄とザルソバは、昨日行ったとおりに、魔素人アジト近くにある警察署を訪れようとしていたが。


「あらあの人、見覚えがあるわね・・・・・・」

「えっ? あいつ?」

「そうそう昨日の魔素人の集会にいたわよ」


 その警察署近くの街中の歩道で、彼女は見覚えのある顔を見つけ、迷うことなく彼の元に歩みでる。


「ありがとうございます助かりました・・・・・・」

「いえいえ、どうかお元気で」


 道に迷った人が、警察に道を聞いてもらい感謝するという、ごく普通の光景。だがその通行人が立ち去った後で、何故かその警官は苦しげな表情で涙ぐんでいる。


(ぐう・・・・・・何という屈辱と大罪。道に迷った者に、正しい道を教えてしまうなんて・・・・・・。あの方も可哀想に・・・・・・本当なら火の中でも崖の下でも、辿り着いたらすぐに死ぬような場所を教えて欲しかっただろうに。きっと辿り着いた先が、聞いたとおりの正しい場所であったことを知ったとき、心から私の事を憎むであろう。蛮族の圧政の元、私はいつまでこのような罪を重ねる日々を送らなければいけないのか? 何としても我らの神には、早く完全覚醒してもらわなければ・・・・・・)


 今し方自分の犯した罪の、あまりの重さに、危うく舌を噛み千切りそうになるほど、歯を食いしばり、苦悶に耐えている。最も彼のそんな重苦しい心中など、周りの者が気付くはずもないが。


「やあ、あんた! 昨日ぶりね!」

「!?」


 そんなシリアスな悩みを抱えている者に、えらい軽い口調で声をかける者は紺。彼の姿を見た瞬間に、彼の目は驚愕と恐怖で大きく瞬いた。

 そこには昨日拘束し、そして逃走された、この国の悪の根源の一人である女が、堂々と自分の前に現れたのだから。


「くそっ!」


 そして走り出す警官。その逃げ足は凄まじく、歩道を自動車が走っているかのような勢いである。先程道を教えた人を含めた、大勢の歩行人を蹴り飛ばし、瞬く間に遠くへと消えていく。そしてそれを追う者がいた。但しそれは紺ではない。


「ありゃま・・・・・・ザルソバいっちゃった」

「そういやあいつ、紺が捕まってたことに、随分と腹を立ててたからな」


 それを追うのは、麒麟のザルソバであった。そのサラブレッド並みの巨体で歩道を走り出し、先程逃げた警官を追う。

 彼もまたとてつもない速度であったが、先程の警官と違い、通行人を避けたり飛び越えたりして、器用に人を轢かないように進んでいた。


「こんな街中であんなに走って・・・・・・危ないし止めた方がいいかしら?」

「別にいいんじゃないの? どうせ被害が出ても、桜花辺りが直してくれるだろうし」



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