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第五十七話 神の降臨

 さて紺達が話しをしている建物のすぐ近くで、その問題の件が勧められていた。

 紺達の監視を疎かにしてまで、魔素人達がそこに感激しながら集まり見入っているところ。それは怪しげな魔方陣の上にのっている、二匹の魔王蟻。

 それは先程、紺の隣で、オリに閉じ込められた者であるのだが、どうも先程と様子が違っていた。


『ぐぁああああっ・・・・・・お前私らをこんな化け物の身体に・・・・・・』

『苦しい・・・・・・何だこの強すぎる力を持った肉体は!? あまりの強さに、私の魂が焼き焦がされる!』


 何故か目の前に人間を襲おうともしないその魔王蟻は、何と人の言葉を発していた。

 別に口や喉を動かして喋っているわけではない。その蟻の肉体のどこかに、スピーカーでもあるように、電子的な声が放たれたのである。

 もしかすると、蟻の着ぐるみの中に、人が入っているのか?と思ってしまうが。だがこの魔王蟻の生物的な動き、蠢いている姿は、どう見ても作り物には見えない。


「ついに我らの神の魂が、この究極の肉体に定着したぞ! この世を正す真の神の降臨だ!」

「感激です! これでのこの国の・・・・・・いや世界中の人々に、真の幸せを与えることが出来る! ゲード王国の真の正義が、とうとう世に認められるぞ!」


 何故か魔素人達は、この喋る蟻の怪物を神と呼び、何か大事なことを成し遂げたのか、盛大に喜んでいた。最も当人ならぬ当蟻は、全く喜んでいないようだが。


『ふざけるな貴様ら! 私らをこんな怪物にしおって! 第一私がいつ、貴様らの願いを叶えると言った!?』

『これでは冥界の地獄と変わらない・・・・・・魂の隅々までが苦しすぎる。お前らすぐにこの肉体から解放しろ・・・・・・』


 一方は怒り、一方の苦痛に喘いで救いを求める。最も彼を崇拝する者達は、その言葉に従おうとしない。それは敵意からではなく、心からの彼への善意から。


「そんな謙遜なさらないで下さい。私達は判っています! 本当はこの素晴らしい力を与えられて、神として最高の喜びに打ち震えているところ・・・・・・」

「あれほど悶えながら苦しいとおしゃっておられる! 何と喜ばしい! 世界で最も偉大なる方々に、死を超える痛みという、最高の幸福を差し上げることが出来るなんて! 私達の努力の甲斐もありました!」

「ですが神よ! あなた様の力は、まだ完璧に制御できるほど安定してはいません! どうか今しばらく、世界の救済を始めるのはお待ちください! 我らが何としても、蛮族に見つからないうちに、時間を稼ぎますので!」

「圧星術を使える者を、総動員しよう! 何としても、敵の邪法から、この方の存在を隠すのだ!」


 この喋る蟻を神と呼び、心底尊敬し、そしてこれからの計画を語りあう信者達。最もその崇拝の対象は、信者達の思いとは全く違うようであった。


『・・・・・・いかれている。私は何故・・・・・・こんな化け物達を?』


 異形の姿の魔王蟻が、人の姿をした魔素人を化け物と呼ぶ。だが何故か、そんな矛盾をあまり感じさせない光景であった。







「何故私の邪魔をするんだ! 私は只、患者のためを思って・・・・・・」


 とある病院の前で、一人の医師が、警官達に拘束されて連行されていく。

 周りにざわめく野次馬はいるが、何故か報道者はいない。この一日で、事件未遂が起こりすぎて、いったいどこを取材すればいいのか判らない状態である。


「あの薬を毒薬に入れ替えようとした医者・・・・・・あいつは去年渡来したばかりの天帝国人ですよ。何でそれが魔素人になってるんだ?」

「今更だろ・・・・・・もう旧政権の下級貴族かどうか何て関係ない。これは悪霊でも取り憑いているんじゃないのか?」


 今の件で、事件未遂が十七件目。事件を起こす魔素人の素性に、共通点が全くないことは、当に民間にも知れ渡り、世に不安が広がっていた。








「後は・・・・・・もう起きないみたいだ。これで今日は終わりかな?」


 王宮の中で、ヒューゴが一仕事終えて息をつく。今日一日で三十五件。ほぼ全て的中で、事件を未然に防ぐ大手柄である。だが話しを終えた一同は、晴子以外は随分浮かない様子である。


「昨日から事件が起こりすぎないか? これは誰かが、新しく魔素人を増やしているとしか考えられんが・・・・・・」

「魔素は旧政権の魔道士達も作れたんだから、充分考えられるわね。魔素人達が組織的に動いて、魔素の生産工場を造ったのかも。ねえヒューゴ、今残っている魔素人の数と、そいつらの拠点を見通せる?」


 桜花の画期的な要望に、ヒューゴはあっさりと首を横に振った。


「ああ、それは何度か試してみたんだけど、全然判んなかった。何か派手に事件を起こそうと動き出すところは、すごく読みやすいんだけど。どこの誰かも判らない人のことなんて、殆ど判らない」

「まあ、そうね。そもそも向こうは、圧星術を使えるかも知れないわけだし」


 圧政術とは占いを狂わせたり、対象を隠したりする術である。術者の程度にもよるが、手がかりの少ない者の存在を、余地で一切関知できないようにすることは可能であろう。


「それじゃあ、捕まえた魔素人の方々に、ヒューゴさんを会わせてみません。直接その方に触れれば、どこで魔素を注入されたか判るかも」

「どうでしょうね? 当人は誰に何をされたか判らないみたいだし・・・・・・手がかりのないものを探す何だいなのは変わらないんじゃない?」


 晴子の提案に、桜花の方は否定的。だがヒューゴがそれに、意外なことを口にした。


「もしかしたら出来るかも? 俺前に、紺さんの覚えていない過去を、少しだけ見ることが出来たし。ちょっとやってみようかな?」







 さてそれから一時間ほどして、王都内にある留置場の一区画。他には、スリや暴力事件などといった、ごく普通の犯罪者が投獄されているが、この場では特別な事情を持った囚人がいた。

 鉄格子ではなく、ガラス板のような透明な壁で、通路から隔離された牢獄。通路の両脇から、内部にいる囚人の姿が丸出しになって見える場所。ガラス戸のような出入口と空気穴はある。そして内部には、座敷の上に机など最低限の家具が置かれ、簡易的なトイレなどもある、結構綺麗な設備がされた牢室。


 そんな部屋が二十程ある区画。そこには、一部屋に数人という、明らかな過剰な人数が閉じ込められていた。

 彼らはこの数日の間に、急遽入れられた者達。一連の未遂事件の犯人である、元魔素人達である。

 彼らは皆、自分がやろうとしたことに酷いショックを受けて、お通夜でもこんな顔をしないというぐらい、酷く落ち込んだ様子で、牢内で静かにしている。中には両手足を枷でかけられた一人おり、結構目立っている。


「こちらが一連の事件で拘束された者達です。一応浄化が済んで、皆正気に戻っていますが。念のために、しばし拘留を続ける予定です」


 そこに通されてきたのは、登喜子・桜花・ネル・ヒューゴの一行。看守に連れられて、国皇許可の元、この場を訪れたのだ。


「はあ大蛇と変わらない牢獄の風景ね。いやあ本当に懐かしいわ♫ 以前こういった所で、何年も暮らしたのをよく思い出すわ♫」

「刑務所送りになった過去を、こんな明るく語る奴なんてそういないわね。私を殴った罪で捕まったのに、まるで反省してないみたい・・・・・・」

「何言ってるのよ!? 反省してるから、こうやって一緒にいるんじゃない!」


 登喜子と桜花の親子が、何やら訳ありそうな会話をしているが、これは前作の話しで、今作では意味のない設定なのであまり語らないでおこう。


「何かすごい陰気な思念が充満してますな。自己嫌悪と悲壮感の固まりが、あちこちに詰まってますぜ」

「まあ洗脳されてやらかした後だからな。どうせなら洗脳時の記憶も消えれば良かったのに・・・・・・ところであの酷い拘束されてる人は?」


 ヒューゴがそこで、一人だけ牢内で過剰拘束されている者に関して問う。


「あれは以前、殺人と放火で捕まった者です。最初に何度か、自殺未遂をしたのであのように・・・・・・。以前あなた方が捕まえた事件では?」

「ああ、あの事件ね。そういやあれからだったわね、この迷惑な事件が多発したの」

「うん・・・・・・それで犬神先生はどこに?」


 どうやらヒューゴが会いたかったのはそっちではなかった様子。そしてその人物は、この入り口付近の牢室にはいなかった。一戸は看守に連れられて、最奥の牢室に連れ出される。


「お久しぶりです犬神先生・・・・・・」

「ヒューゴ君あなたは・・・・・・」


 留置場でも栄養は充分与えられているはずなのに、心労からすっかりやつれた様子の犬神時江。以前、狂った論理を口にして、ヒューゴを殺し、時空修復でも生き返れないよう、死体を塵も残さず灰にして河に流そうとした女。

 最も魔素が抜けた今となっては、そんな狂気性は微塵もなく、むしろ正気に戻ったことが原因で大層参っているようであった。

 顔を合わせたはいいが、互いにどう口を合わせばいいのか判らず、互いに一時静止した。だがすぐにそれでは駄目だと、ヒューゴが切り出す。


「今日は犬神先生に、お願いがあってきました」

「何でしょう? 死を望むなら、すぐにでも応えますが?」

「それは止めてください!」


 元々善良で責任感が強い人物であったのだろう。自殺してもいいなどと、冗談ではなく真顔で言う彼女に、ヒューゴはきっぱりと断った。


「こっちで色々話して・・・・・・もしかしたら俺の力で、先生をおかしくした犯人を見つけられるかも知れないんです」


 ここから先程王宮で考えた、占術で魔素洗脳の元凶を探る案を説明する。


「成る程・・・・・・確かに貴方の並外れた占術能力ならば、それも出来るかも知れないわね。あなたが政府側の人間だったら、むしろこっちがお願いしたいくらい。でも貴方は大丈夫なの?」

「何を?」

「もしそういうことをしていったら、魔素人達は一斉に貴方を狙うかも知れないわよ? 以前の私自身がそうだったように、彼らは本当に恐ろしい狂気を秘めている。外国から留学してきた貴方が、この国のためにそこまでして尽くすというの?」


 時江のその心配事は、実に真っ当。当のヒューゴも、今になって気付いたというように、やや青ざめていた。


「ええと・・・・・・どうしようかな?」

「何を言っているわけ? あんた今日で散々奴らの邪魔をしてきたのよ? 今更じゃん・・・・・・」


 時江がまだ知らなかった、ヒューゴが魔素人の事件を、数多く防いでいた事実。桜花の語ったそれは、知らない内に彼が、後には退けない事態を示していた。


「それなら早々に、この国から離れるべきです。ロウ王国のあなたのお母上も、きっとそれを望むはず。そもそも、あのような危険な存在が、これほど出没するような国。好き好んで住むような所ではないわ」


 魔素人はおろか、国そのものとの関わりを絶つことを促す時江の言葉は、以前のような歪んだものではなく、真摯に彼を思いやっての言葉であろう。

 そもそも時江は元々外国人であり、そもそもこの国に来たりしなければ、このような投獄生活をする羽目にはならなかったのだから、当然の意見であろう。


「いや、まあそうだろうけど・・・・・・。でも滝子さんと約束しちゃったし」

「民間人にこんな危険な仕事を押しつけるような者、例え皇族でも信用に値しないわ。それともあなたは、滝子親王に好意でも?」

「いんや全然・・・・・・」


 煮え切らない反応のヒューゴも、そっちの方はあっさりと否定。元々彼女の企みと、自身は無関係(と本人は認識)だが、これまでの成り行きから、滝子にさほど好意的に感じる点はなかった。


「私としては、あなたが協力してくれると嬉しいけど。こっちの修復作業も減るし。でもだからといって、あんたのこと引き留めたりしないわよ」

「あんちゃん随分と臆病風になったなぁ。前は自分から姐さんの揉め事に加わったのに。姐さんが殺しをしなくなってから、モブキャラ化がどんどん進んでませんかい?」

「臆病っていうかさ・・・・・・。登喜子の時は、冤罪で捕まったところを、助けて貰った縁もあったわけだし。でもこの国では、何で協力するのかとか、今まであまり考えなかったな。でも今思い返すと、流れるままに了承しちゃってたな」


 実際の所、滝子が要請したときは、皆が協力に肯定的だったから流された感も確かにあった。だが改めて、今していることの危険性を、時江に指摘されたことで、皆の考え方も少し変化しているように思える。


「まあ・・・・・・それは一旦家に帰ってから考えるよ。もうここまで来ちゃったんだし、悪いけど先生の過去を、視させてもらっていいですか?」


 悩むのもめんどくさくなったのか、話が逸れ始めた当初の目的に戻るヒューゴ。時江も渋々と言った様子で、看守に促されて牢から出た後、両手をヒューゴに差し出した。


「う~~ん、結構最近のことだろうから、簡単だと思ったけど。これも圧星術かな? なかなか視るのに根気がいるな。先生が魔素人になっただろう時期に目を向けると、一気に視界が悪くなるような・・・・・・」

「それ以外なら見えるんですかい? だったらこの先生に彼氏がいるかとか、下着の種類とかは・・・・・・いでっ!?」


 ヒューゴが透視に苦戦し、馬鹿みたいな事を言ったネルが桜花に鉄拳制裁を喰らってから十数秒後。ようやくヒューゴが何を見つけ出したようだ。


「何か怪しい人が、先生に話しかけてる・・・・・・これは警官? 先生、最近になって警官と話しをした記憶は?」

「いえ、ありませんけど? 街で時々警察を遠くから見ますけど、会話をしたことは一度も・・・・・・」


 一般人が警察に何か聞かれることは滅多になく、あったら当然本人の記憶に残るはずである。事件の詳細が、少しずつ見え始めた時であった。



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