第五十六話 千年前の仲間
「ああ~~~もう駄目、臭くてたまらないよ! 紺はいったいどこに行ったんだ!?」
以前初めて登喜子と会ったときの公園。
そこの近くにマンホールがある位置の近くの木陰に、これまた目立つ者達がいた。それはさっきまで地下に潜っていたのか、全身が汚物まみれの黄と、その傍にいる巨大な生物=ザルソバである。
異臭漂うゴミを纏った黄も目立つが、公園内にいる野獣かと見間違うような麒麟の姿はもっと目立つ。
近くを散歩していた人々や、通りがかった猫が、彼らの姿を見て慌てて逃げ出す理由は、果たして黄の異臭が嫌だったのか、ザルソバの巨体に怯えたからなのかは不明である。
「紺ってば、まだ地下道を迷っているのか? ・・・・・・いやないよな。マンホールはあちこちにあるわけだし」
「グルゥウウウ・・・・・・」
どうせ彼女は死なないんだからと黄は楽観的だが、一方のザルソバは心配なのか、力ない唸り声を上げる。
(こうも見つからないとなると、桜花の言ったとおりに、誰かが拘禁して、圧星術で占術で見つからないようにしたのか? そんなことする奴なんて・・・・・・割といそうだな。例えば魔素人とか)
今回の事態の原因に、何となく判ってきたが、だからといってどうにか手を打てる手段はない。普通に考えれば、不死の存在にとって、拘禁とは死ぬより恐ろしいことかも知れないと、ようやく黄もやや心配にげになりはじめる。
「やあ黄君にザルソバ! 久しぶりだね!」
そこまで考えたところで、聞き覚えのない親しげな声が聞こえてきた。振り向くとそこにいるのは、黄と同じぐらいの外見年齢をした一人の少女であった。
「うん? ああ、久しぶりだね・・・・・・大きくなったね?」
「覚えてないでしょ? 私達が成長するわけないし」
明らかに適当な返事をする黄に、その少女は膨れ面。その十代前半ぐらいに見える金髪の少女は、見た感じは獣人のようである。
巫女衣装に似ている感じの緑色の着物で、明らかに高貴な気配のする上質品だ。そういう装いは目立ちはするが、今のこの国ではさほどおかしいと思われるものではない。頭の上に、若芽のような葉っぱが生えているのも、そういう種の獣人と思えば、さほどおかしくもない。
問題は何故そんな身元不明の少女が、何故黄にいきなり話しかけたのか?
(そういえば、前にヒューゴの占いで、頭に葉が生えた女の子がいたとか・・・・・・)
黄は森を出て以降、この少女を見た覚えがない。それはつまり、知り合いだとすれば、千年以上前の古い知人と言うことである。
「ええとさ・・・・・・本当に何も覚えてないんだけど、もしかして千年以上前の知り合いとか?」
「うんそうだよ♫ まあ私も、機械で昔の記憶を掘り起こすまで、全然覚えてなかったんだけどね。私の名前は躑躅。千年以上前に、紺さんと黄君と浅葱さんと一緒に旅をした仲間だよ!」
実に嬉しそうに言ってくる躑躅という少女。黄達は何も覚えてないのに、彼女は覚えている理由に、何やら不穏な発言があったようだが。
「黄君もやってみる? 頭の中が弄くられる感じが気持ち悪い上に、危うく多重人格症状になりそうだけど・・・・・・」
「やめておくよ・・・・・・すごいやばそう」
「だよねぇ~~。私と浅葱さんも、自分の正体を知りたくて、仕方なくやったけど。あまりお勧めすることじゃないよね。それが嫌なら、私から昔の話しをしようか?」
「ああ・・・・・・」
過去のことにさほど興味はなかった黄だが、知ってる人がいるなら、聞いてみるのもいいと、彼はあっさり頷く。
「私達はね、緑人っていう、不死の肉体を持った特殊人種。始まりは冒険者が世論を支配する歪んだ国から。私達は寿命のない肉体で、最初の故国から離れて、色んな世界の色んな国を旅して回っていたの。楽しかったんだよね・・・・・・記憶を無理矢理掘り起こしたせいで、その時のことが、まるでつい最近の事みたい」
おおよそ見当はついていたが、やはり紺と黄は、別の世界からの来訪者であったようだ。しかし最初の国から旅立ってから、どのぐらいの旅立ったのかは、全く想像も出来ないが。
「でも紺さんは、それが飽きて途中で旅を止めて、隠居生活に入っちゃったの。私達とはその時に別れてそれっきりだね。最初はゴーレムが徘徊して、時を超えた日本列島がある世界。そこに住民が増えて、隠居家に訪れる人が増えると、逃げるように次の世界に旅立ったの。それがこの世界。最初に訪れたのは、アマテラス大陸の、今の天帝国領。当時は原始的な生活を送っていた人達ばかりだった獣人と、最初は関わりを避けてたけど、段々と彼らの国作りに協力するようになったの。そうして出来上がったのが、今の世界最強国家の天帝国というわけ・・・・・・」
「へえ・・・・・・天帝国の始祖って話しは、本当だったんだ」
これまで聞いた話しで、一番嘘くさかった話しが、意外なことに真実であった。といっても、もう千年も前の事で、黄自身も覚えてないとなると、殆ど他人事であるが。
「僕たちが文明の発達の手伝いをしたから、天帝国の始祖ってわけか・・・・・・。天子が女神の血を引いてるってのは・・・・・・」
「それも本当だよ。天子のご先祖というのは、紺さんと黄君の子供。・・・・・・何だか誤解してるみたいだけど、君たちは姉弟なんかじゃないよ。結婚したから同じ渡辺という苗字なの」
「・・・・・・えっ!?」
対して驚く話しもないだろうと、ずっと楽観的に聞いていた黄が、ここで初めて動揺してみせる。
何とあまりに長くいて、自分達がどんな関係かも判らなくなった紺と黄。それが実は、覚えてないだけで、昔からそういう関係だったというのだ。
「私の中にある記憶だと、黄君は最初に会ったときから、紺さんのこと慕ってたみたいだね。まだ若者だったときから、一緒の布団に寝ちゃったりしてたし・・・・・・」
「はあ・・・・・・」
「でも二人の間に出来た子供には、不死の力は受け継がれなかったみたいね。寿命のある者とない者で育児なんて、正直後できつくなると思って、紺さん達はその子を、当時の獣人部族に預けて、別の大陸に移り住んじゃったの・・・・・・。そこから先は見ての通り、二人とも、今度は完全に人との関わりを避けて、あんな誰も入り込まない森の奥に、完全に篭もっちゃったんだよね。まあその間に、森に迷い込んできた冒険者に、聖剣とか冗談ぽい武器をあげたりもしたみたいだけど」
それが不死の女神こと、紺と黄の過去の真相。異世界を渡り歩いたとか、国作りをしたとか、無駄に壮大な事実が、軽い口調で語られた気がするが、当然本人には、その重大さを実感することは出来ない。
「ていうかそんな重大な話し、どうして今になって突然出てきて話したんだよ? そもそもそういうことなら、僕と紺が一緒にいるときに話せば良いじゃん」
「しばらく君たちを見てきて、そろそろ頃合いだと思ったからだよ。紺さんのことは大丈夫。あっちは浅葱さんが説明をしにいってるから」
「えっ? 紺の居場所知ってるの?」
さて一方その頃、魔素人達のアジトの監禁室。その中にある、紺を閉じ込めた檻が、ついさっき破られたところである。
最も、紺が自力で破ったわけではなく、別の者が外から鉄格子をたたき切ったわけだが。
「はあ・・・・・・成る程ね。家にある私らの名前が、同じ苗字なの、ずっと疑問だったけど、そうか・・・・・・黄とは夫婦だったんだ」
「それすら忘れているというのは、かなり重症だな・・・・・・。あの表札をつけたのは、お前らの筈だろ? どうやら古くなった表札を、何度も張り替えてるようだが?」
「いやぁ・・・・・・そうだけどいつも同じ文字の表札を作ってる内に、何でこんな名前なのか、途中で判らなくなっちゃってさ~~」
まだ魔素人が気付かれていないようで、この部屋にいるのは紺と救出者の二人だけ。その救出者というのは、以前王宮で、あの怪獣化したヘドロスライムを倒した女侍である。
その謎の人物は、つい先程“浅葱”と名乗り、自分がかつて、紺達と四人で、多くの異世界を旅した仲間であると告げていた。
「私らはある時期に天帝国に辿り着き、その占術師に自分の過去を透視してもらい、様々な手段を探りながら、とうとう自分の始まりの記憶を取り戻した。そして私らに力を与えた、不死の一族の長と言える者が、この世界のとある森に引き籠もっていることにも気付いた」
「それで私らをずっと監視してたわけ?」
「ああ・・・・・・こっちもどうやって切り出せばいいか判らないし。いきなり森から出てこっちに来いと言っても、拒絶される可能性が高いと思った。それで国を救うためという、壮大な理由を持たせて、森を出て貰うために、あのランスロットという哀れな騎士に、お前達の情報を流したわけだがな・・・・・・」
「ふう・・・・・・その哀れな騎士を、まんまと利用したわけね。洗脳を解いたりもせずに。結構酷い人だこと」
「それは悪かったと思っている・・・・・・そもそもあの時は、私達の一族・・・・・・緑人が殴るだけで、魔素を解除できることを知らなかったんだ」
その後、紺が殴ることで魔素人を救えることが、新政府側に知られ、それを理由に紺達は再び引き籠もることなく、今でもこの国の人目につくことに留まり続けている。
「私としては、このままもう少し、外の世界に留まって刺激を受けてももらって、本格的に再び旅に出ようと考えるようになるのを待っていたんだが・・・・・・。困ったことに、こちらの事情を知らない、天帝国の一部勢力が、お前の活躍の場を奪う道具を開発してしまってな」
滝子と隠密達が使った、あの浄化スプレーのことであろう。どうやら彼らは、互いの意思確認を、常に行っているほど馴れ合ってはいないようだ。
「それで何であんたら、天帝国の方にいるの? あっちに何か義理でもあるの?」
「まあ記憶を取り戻す手伝いをしてくれた義理もあるが・・・・・・どのみち私らには、他にやることがないからな。何か目的を持って生きなければ、またお前達のように廃人になるだけだしな。それで天帝国や他の国々に、色々手を貸している」
「へえ・・・・・・じゃあ異世界への航路を造って、色んな技術を輸入させたのもあんたらなわけか?」
「意外と洞察力が優れているな。まあそっちの方は、大蛇の方に主導権が握られてきているが」
アマテラス大陸発展の原因となった、異世界との交易。そのきっかけを造った立役者が、何とこの二人であった。
そうなると彼らはもう、何十年も前から、アマテラス大陸の国々に取り入り、この世界を変えてきたことになる。
「その結果、色んな奴がこの世界に入ってきたこともあったな。少し前に、カーミラとかいう魔道士が、緑人のクローンを量産するという、かなりやばいこともしていたし。異界の霊魂が、誤ってこっちの世界に大勢転生してしまったりと。冥界の者達にも迷惑をかけてしまっているが・・・・・・。まあともかくこれでこちらから話すことは全て話した。・・・・・・それで本題なんだが、お前ら、俺達と一緒に天帝国に来ないか? 天子もそれを望んで・・・・・・」
「えっ? 嫌よ」
世界最強国家からの重大な申し出を、紺は特に深く考えもせずに、実にあっさりと断ってくれる。それも浅葱も予測済みなのか、特に動揺もない。
「あっちに行けば、忘れた記憶も取り戻せるぞ。若い頃の記憶が戻れば、若い頃の活力もある程度回復して・・・・・・」
「それもいいわよ。それはそれで、自分が別人に変わっちゃうみたいだし」
「まあ・・・・・・そうだな」
自身の過去が気になって、自ら記憶を掘り起こした浅葱だが、どうやら紺の方は、そういった考えはないようだった。
「ならこの後も、この国に残って、奴らのために働くか? だがいずれこの国は、天帝国に乗っ取られる。やつらはヒューゴに滝子を嫁がせて、奴をこの国の次の皇に擁立する気だ」
「それ、ヒューゴは承知なの? あいつは別に、天帝国側じゃなかったと思うけど?」
「いや、全ては本人も含めて、秘密裏に行われていることだ。奴は天子の孫だから、奴が天帝国側に入るのは当然だと考えている」
紺達の過去のついでに、天帝国の本音も判明してしまった。何故か国家調査のために来た使節団に、何故かついてきた使者の娘の滝子。
しかも何故か父親とは同行せずに、登喜子達一行に絡んできた女。その全ての背景がそれであるようであった。
「はあ・・・・・・そんな国家的な陰謀、私に教えちゃって言いわけ?」
「今更教えたところで、阻まれるような計画じゃないだろう。それに陰謀というほど、後ろ暗いことでもない。現国王夫妻も、別に追放する気もないと言ってるしな。まあそれはともかく・・・・・・。その国家乗っ取りが成ってしまったとき、お前達はどうする気だ? まさかまたあの森に戻る気じゃないだろう?」
「まあ・・・・・・それはどうかしらね? とりあえずその時になって考えるわ。どうせ昔の私だって、別に計画と考えないで、適当に旅していたんでしょ?」
「確かにな・・・・・・まあ、気が変わったならいつでも言ってくれ。お前がその気なら、いくらでも俺たちはお前達の力になるぞ。お前は俺たちにとって、今の力をくれた大恩人であり親友だ。まあ・・・・・・天帝国の国策を邪魔することだけは、俺たちも職務上出来ないが」
「そう・・・・・・それはありがとう。まあ後からまた放しましょう。ああ、それと・・・・・・」
急に紺は、あることを思い出し、浅葱に先程の話しとは、全く別の件を話し始めた。
「あんたは小次郎っていう鬼を知ってる? 冥界の住人らしいんだけど」
「ああ知ってるが・・・・・・お前まさか、あいつに会ったのか?」
その名前は浅葱にとっても、意外すぎる名前であった。本来生者と関わることなどない、冥界の者の名前を何故か紺が知っているというのは、彼女にとっても驚くべきことである。
「へえ・・・・・・じゃああれはやっぱり夢じゃなかったんだ。それじゃああの話しも本当なのかな?」
「あいつは何を話した?」
紺が話した、国王と王太子の件。それに浅葱は、これまでになく険しい顔をしていたのである。




