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第五十三話 大蟻騒動

 ボウン!


 地下室から檻を出てきたそれは、ご丁寧に地上への通路を探そうとはしなかった。とある教室の床が、突然下から爆発するように吹き飛んだ。水道の破裂かと思いきや、下から出てきのは水ではない。


 ギチギチギチーーーー!


 一般的な獣とは違う唸り声を上げ、教室の床穴から這い出てきたそれは、巨大な蟻であった。別に蟻が地下から出て来るのはおかしい話しではない。だが今は、現れた位置と規模が違いすぎた。

 その蟻は、外見はどこを見ても普通の蟻。だが普通なのは形だけで、牛ほどもある巨大さは、どう見ても普通ではない。明らかにモンスターの類いである。

 小さい虫も、拡大して見るととても不気味な姿に見えるが、今は虫眼鏡無しでも、その不気味な姿がはっきり見える。それが床の穴から、ぞろぞろと何匹も這い出てくるのである。


 徹底的に安全管理されたこの魔道学校でのまさかの前代未聞の事件。・・・・・・まあ以前にも教師が生徒の首を刎ねたり、理事長らがいきなり殴られる事件は起きていたのだが。

 実に幸運だったのは、ここの生徒達は今移動授業なのか、教室に誰もいなかったことであろう。だがすぐ隣のクラスにはまだ生徒がおり、床破壊の音を聞いて騒ぎ始めている。

 このままだとすぐに被害が出るかと思いきや、彼らと最初に接触した人間は、この学校の者ではなかった。


 ガキン!


 扉を開けることも、壁や窓を破ることもせずに、瞬間移動で教室内に侵入し、巨大蟻に槍を突きつけたのは、他国の大使である滝子であった。


(固い・・・・・・この魔物は一体?)


 鈍く光る刃を持った槍の穂先は、今まさに壁を食い破ろうとする一匹の巨大蟻に突きつけたものの、その刃蟻の頭を串刺しにするには至らなかった。

 固い昆虫の外郭が削れ、その巨大蟻はかなり怯んでおり、それなりの痛みは与えた様子。だが倒すには全く至らない。


『緊急警報! 全校生徒職員は、ただちに校外へ避難して下さい!』


 校内に盛大に響くアナウンス。事が起きたのはついさっきなのに、随分早い対応なのも、滝子の予知能力のおかげであろう。

 最もアナウンスしている当人は、何故避難しなければいけないのか分からない警報を口にしていることに、当人が困惑しているようだが。


(武器が効かないんじゃ、しばらくここに閉じ込めるしかないわね)


 そして壁を通り抜けるように、即座にこの教室のすぐ側の外に転移する滝子。そこには天帝国から連れ立ってきた護衛兵達の姿が数人ある。

 そしてそこで何らかの術式を唱える。するとこの巨大蟻たちのいる教室の壁が、赤いガラスのような魔力の壁に覆われていく。蟻だらけの教室を、更に様子を一変させる、瞬間的な大改装だ。


 滝子が張ったこの魔法は、時空結界。時間の止まった空間を、薄い壁上に作り出す技だ。

 時間の止まった空間は、時間の動く世界の者は、容易に干渉できない。それ故に、その空間自体が、極めて超強度の壁となる。


 ガリガリガリ!


 だがその巨大蟻の牙は、その時間の止まった領域をも、削り取ろうとしていた。







 全校生徒達は、何が起こったのか分からないまま、強引に校外に出されるという事態に当惑していた。最も今までにも変事は、何度起こったか分からないので、さほど混乱はなかったが。

 校外の町の方へ、ちりぢりになって出て行く生徒職員。その中に、今宿泊中の宿に戻ろうとするヒューゴの姿もあった。


「ああうん・・・・・・なんかまたおかしな事があったらしい。まあどうせ校内に、魔素人が暴れてるとかそんなことだろうけど・・・・・・」


 何か事件が起こったらしいことは分かるのに、それに全く困る様子のない少年。慣れとは結構恐ろしい。


『緊急警報です! 現在〇〇地区の魔法学校に、魔王蟻の群れが出現しました! 付近住民の方々は・・・・・・』


 今度は校内放送ではなく、都市全体にかけられる緊急警報。ここに来て、ようやく事態の説明が入ることになった。


「また魔王蟻か・・・・・・今度は誰が飼い放したんだろ?」


 魔王蟻というモンスター名を、予め知っていて、何故か懐かしむヒューゴ。実は彼は、以前にもそのモンスターの騒動に、登喜子共々巻き込まれているので、よく知っていた。

 それはどんな話しなのかというと、それは今作ではない、前作の話しなので割愛しよう。







 さてあのような放送がされて、かなり切迫した事態と思いきや、現場ではかなりあっさりと決着がついていた。実は滝子よりも強かった、護衛兵士達が、数分と立たずに、あの魔王蟻たちを撃退したのである。

 首を斬り落とされたり、全身を焼き焦がされた魔王蟻たちの死体が、校門前の広場に無惨に転がり、それを一息ついた護衛兵士達が眺めている。最も、滝子の方はまあ一息つくまでは、まだ早いようだが。


(この魔物達はどこから? ・・・・・・原因より先に、現場の把握ね。果たして倒した魔物は、ここにいるもので全てなのかどうかを確かめなきゃ)


 再び今日何度目かも分からない占術による予知を行う滝子。今日一日何度も力を使ったせいで、彼女の疲労は限界に近づいていた。







 ボウン!


「またヘドロスライム?」


 突然地面が爆発するように弾ける。周りの一般人はすぐに逃げたのに、変事にもう慣れすぎて驚かないヒューゴ。ヘドロスライムなら、動きが鈍いので、手早く逃げ出せば大丈夫と、余裕だった。

 だが弾けたのはいつものマンホールではなく、穴など何もない道路の地面。そしてそこから這い出てきたのは、いつもの濁った液状の身体ではなかった。


(やばっ!)


 ここに来てヒューゴもようやく焦る。這い出てきたのは、魔王蟻だった。どうもさっきの地下室から、学校近辺のこの場所に、別ルートで地面を掘ってきたらしい。

 ここは住宅街。出てきたのが家の床ではなく、開けたこの道路の真ん中だったのは二度目の幸いだったが、今はそんなこと考えている余裕もないだろう。

 だがヒューゴが逃げ出すまでもなく、すぐに助けの手が現れる。地上に現れ、全身を地上に登りたち、そしてまだこの場所に残っていたヒューゴに目を向けたことで、彼の目の前に何かが転移してきた。


 ザシュ!


 先程は滝子の槍の一撃でも多少の手傷しかつかなかった魔王蟻。だが今回は筋力の差が歴然と違っていた。転移で現れた登喜子が、すぐにその場で、魔王蟻の頭を薙刀で一刀両断したのである。

 出てきて早々、あまりにあっさりとその魔王蟻は倒されることとなったのであった。


「ヒューゴ! 大丈夫!」


 彼の身を案じて抱きしめんとする女の手を、その馬鹿力で絞め殺されては敵わないと、いつものごとくひらりと躱すヒューゴ。


「ああ、大丈夫だよありがとう・・・・・・今回も光二さんからの依頼で?」

「いいえ、放送を聞いて、ヒューゴが大丈夫か不安になって、すぐに飛んできたのよ。しかしまた変なこと起きてるわね。こんな所に魔王蟻なんて、また国家転覆を企むテロリストの仕業かしらね?」

「そうだと思うよ。ヨガーシの時より遥かに狂った奴だろうけど」


 そう言うと、今度はヒューゴが、滝子が使っているのと同じような、占術水晶を取り出してきた。


「今回の事件の犯人・・・・・・ちょっと占ってみるか。あっ・・・・・・ここのすぐ近くだ!」






 魔法学校の敷地から、すぐ近くの住宅街の真ん中で、一人の男が突如転移してその場に現れた。


「ぎゃぁあああっ! お化け!」


 そしてその男の出現に、犬の散歩をしていた住民が、大慌てで逃げだしていた。何しろその男、頭と胴体の位置が、明らかにおかしかったからだ。


「くう・・・・・・死んだかと思ったが、まさか生き残れるとは。これも正しきことをした清き代価か・・・・・・」


 その男は、先程魔法学校の地下で、魔王蟻に首を噛み千切られたはずの職員であった。


 あの地下で死んだはずの二人。一人の女魔道士は、あの後魔王蟻に骨も残らず食い尽くされた。だがこの男は、体内に危ない物質が、多量に混入していたためか、食べられずにその場で放置されていたのである。


 そしてつい先程起き上がって、あの地下から脱出してきたばかりである。その死んだはずの男は、何故か生きているのが不思議な状態。

 何しろ彼の胴体の上に頭がなく、スッパリ斬られた首の切断面が天辺にいる。そしてさっき地面に転がった首を、ラグビーボールのように脇に抱えて、首と胴体が繋がっていない状態で、先程独り言を口にしたのであった。

 以前の担当教師と同じ状況である。


「うわあ・・・・・・これは凄いわね。首と胴体がおかしな所にあるわよ。ヒューゴ、こいつが犯人?」

「多分そう・・・・・・ていうかこれで、何でもない一般人だったら、それはそれで凄いけどさ・・・・・・」


 その奇人の姿を、たった今こちらの到着した登喜子とヒューゴが、唖然とした様子でその職員の姿を見ていた。それに職員もやや驚いたが、すぐに冷静を取り戻す。


「何だね君たちは? 人を指差して失礼だぞ・・・・・・」

「あんたがあの蟻を人に襲わせた犯人だろうって、名指ししてんのよ」

「何を訳の判らんことを! 私はただ魔法学校の騒ぎで、避難しているだけだ!」

「ていうかさ・・・・・・あなた自分の身体がおかしいとか思わないのかよ? 普通首が離れた人間は死ぬぞ?」


 見た目ですぐ分かる異常に関する疑問を、ヒューゴは率直に本人に投げかけるが・・・・・・


「ああ確かに不思議な話だが、これも私の善行故に、神が私に奇跡を授かったと言うだけの話だ。さほど驚くこともあるまい・・・・・・」

(ああ、自分の身体異常には、神の仕業と言うことで納得するように、思考改造されてるんだ・・・・・・)


 ここで一つの疑問解消。今までも致命傷を負っても死ななかったり、急に力が上がったりということがあったが。彼らは皆、その異常を、神の恩恵だという妄想で気に留めなかったのかも知れない。


「まあ・・・・・・紺か滝子に頼めば、すぐに首を繋げなさいよ。その状態で魔素が抜けたら、どうなるか分からないし」

「魔素? まあ確かにこの姿は、あまり格好良くないな・・・・・・」


 そう言って今更になって、首と胴体の切断面を合体ロボット人形のように繋げる職員。どうやらこんな状態になっても、すぐに戻そうと思うような不都合を感じていなかったらしい。



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