第五十一話 麒麟
懸命な消火活動のおかげで、先程まで赤く輝いていた家屋は、すっかりこんがりビターな色で静かになっていた。恐らく内部には、あの男に殺されていただろう家人も、真っ黒焦げで横たわっているだろう。
いつも通りなら、すぐに桜花の時空修復で、元通りに家も家人も蘇るはずだった。
「さっきも失敗したんだけど、説明のためにもう一度見せるわね」
魔法杖から解き放たれた魔力と共に、その家をすっぽりと赤い結界が覆い尽くす。ここまではいつもよく見る光景。テレビでも放映されているために、周りの野次馬達も、大して驚かない。
パキン!
だがその後が違った。覆ったはずの結界が、ガラスを叩き割るように、砕け、弾け、そして消滅する。まるで内側から、この赤いガラスの水槽を叩き割ったように。この現象に、魔法の心得がある登喜子が、即座に理解する。
「成る程・・・・・・確かにこれは、内側から結界を阻む術がかけられてるわね。系統的に呪術で間違いないわ。そういえばあの男、呪術で人を病気したといってたけど、やっぱりあいつの仕業かしらね?」
確かにあの男は、そんなことを言っていた。だが桜花への事態説明を、周りで聞いていた野次馬が、何人か疑問の声を上げる。
「呪術? あいつに魔法の心得があるなんて初めて聞いたぞ?」
「ていうか頭を改造されるのは、元のゲード貴族だろ? あいつはガキの頃から知ってるけど、そんな身分だったことはないぞ?」
そんな野次馬達の会話は、桜花にとっても興味がつく話しであるが、今はそれに構っている暇はない。時間が経ちすぎると、この家も家人も助からないのである。
「この呪術を破る手段は、今のところ力押ししか思いつかないわ。考える時間もないし、母さんもいっしょに、ここに時空修復を重ね掛けしてちょうだい」
「ええ、いいわ・・・・・・」
その言葉通りに、二人共に先程と同じ魔法をかける。何気に初めての、母娘の共同作業であった。
そして結果として、その作業は上手くいった。見た目ではいつも通りの普通の修復結界に見える、その二人がかりの結界は、無事にその家屋と家人を救って見せた。
その代わりに、二人は相当な消耗ぶりであったが。
「今日は働きすぎてお腹減ったわ・・・・・・少し早いけどお昼にしない?」
「私も同意・・・・・・」
その件から僅か数分後のとある場所。誰にも知られたくないだろうなので、どこにあるのかは文面でも詳細は省くが。その場所には、十数人が集まり、深刻な様子で話し合っていた。
「何てことだ・・・・・・またもやあの醜き蜘蛛の母娘が、我らの邪魔を!」
「あの呪術を用いれば、あの忌まわしき術に邪魔されることなく、人々を救済できると思ったのに・・・・・・まさかあのような力技で」
「何て酷い事を・・・・・・彼は只、愛する者のために懸命に尽くしただけなのに。あのアンジェという女性も可哀想に・・・・・・。家も財産も家族も、全てを弄ばれて失うという、最高の幸せを得るはずだったのに、奴らのせいでそれを全て取り戻されてしまったわ」
「聞けば彼女とその家族は、あの者達に命を助けた礼を言う奇行を行っているという・・・・・・。きっと大蛇に命を握られて、無理を言って礼を言っているに違いない。本当はもっと、沢山の苦痛を味わって死ぬのを望んでいただろうに、彼らの屈辱の程はどれほどのものか・・・・・・」
命を握られて脅されて、命を助かって喜ぶ振りをさせられたであろうという、何とも辻褄の合わない主張も、この場では誰一人疑問に思う者はいなかった。
「これでは未だに、私達はこの国の民を救えないわ。飢え苦しみ、苦痛にまみれて惨めに死んでいくことこそ、民が真に求める幸福であることを、奴らは決して認めない・・・・・・。今回の件で、大蛇の愚かさと残虐さを、改めて思い知らされたわ」
「だが奴らの力の強大さも思い知らされた・・・・・・。人々に豊かで清潔な生活をさせるという、あまりに非道な圧政を止める手段は、もう我々には・・・・・・」
そう主張している彼らは、肉付きが良く、身なりからしてとても豊かな生活を送っていそうだが、勿論それがおかしいと思う者もいなかった。
そんなおかしな会話が繰り広げられているとき、ふとそこに一人の割り込み者が現れた。最もそれは彼らの敵ではないようで、誰も彼に動揺する様子はなく、彼の返答を待った。
「皆聞いてくれ! つい先程、我らの理念に共鳴してくれる、素晴らしき協力者が現れたぞ!」
彼が口にしたその名前は、彼らに大きな希望をもたらすものであった。
『たった今、天帝国からの使者が、この王宮に入った模様です! 事前の伝達が来たのは、ほんの一日前だったようで、あまりに手早い来訪に動揺を隠せませんが。恐らくは先日発表された、魔素人の件が関係している思われ・・・・・・』
僅か一件の家を直すのに大層な消耗をしてしまった月永親子。彼女らとその仲間達が、近くの飲食店で爆食いしている中、店内のテレビに映し出された情報に、皆が目を見やる。
その中には、先程別れたばかりの天照 滝子もいた。ほんの数分前まで、自分達と一緒にいたのに、あまりに手早い移動だが。彼女は転移魔法で去ったので、さほどおかしな所はない。
ただこの大事な仕事がある中、かなり慌ただしく動いていたのだと分かる。
「そう言えば、あの人に紺のこと聞けなかったな・・・・・・」
「いや、思いっきり言ってたでしょ・・・・・・。こいつは不死の女神だって」
ヒューゴのそんな言葉に、桜花が即答する。確かに滝子はそう言っていた。以前にも森を訪ねた、魔素人の騎士が言っていたが。今回は言いだしたその当人の立場が立場なだけに、割と重要は発言であったであろう。
「天帝国皇家の、直径の子孫であるという不死の女神・・・・・・。それを天帝国の皇族が、自ら言いだしたんだから、多分それは伝承ではなく事実で、この人がその当人なんだという話しなんでしょう・・・・・・」
「そうなのかしらね? 千年も前のことなんて、何も覚えてないわ・・・・・・。そう言えば黄って、その頃から私と一緒にいたっけ?」
「さあ・・・・・・僕と紺って、いつから一緒にいたかな?」
まずそれからして何も分からないようである。二人の記憶忘却は、色んな意味でややこしいことになっているようだ。
「でもそうなると、この人は天帝国にとっても、とんでもない重要人物のはずよね・・・・・・。あっち側のやり方からして、権威の象徴として、さっさとここから連れ出しそうだけど・・・・・・」
「もしそうなったら、精一杯抵抗してやるけど。そういう形で、国に利用されるのは勘弁ね・・・・・・」
「向こうもそれが分かって、手を出さないんじゃないんですかい?」
そんな会話の中、紺がふと何かを思いだしたようだ。
「そういえばもう長いこと、ザルソバをあっちに置いたままね・・・・・・。いつか帰る気でいたけど、もういっそあの家を畳んで、あいつを迎えに行こうかしら?」
「ザルソバ?」
さてその頃、おかしな生き物と、ご神木のような霊力を解き放つ大樹が並び立つ、懐かしき女神の森。
その奥には、少し前まで二人の人間(?)が住んでいた不死の女神のお屋敷が、今でも建っていた。
二人はずっと、森の外に出て、今は誰もいないはずのその家に、珍しく訪問者が現れた。しかも団体で。その者達の出で立ちは、こちらの世界の者達が見れば、即座に「忍者」と認識したであろう。
「不死の女神の家を発見・・・・・・これより捜索に入ろうと思うのですが、良いですか?」
小太刀と拳銃を装備し、携帯のようなもので外部とやり取りをする忍者達。こんな山奥で繋がる辺り、こちらの世界の携帯より性能が良いようだ。
ちなみにその忍者達は、天帝国の国旗を掲げている者がおり、見た目と違ってあまり忍んでいないようだ。
「よいか、今日の所は中の様子を見るだけだ・・・・・・女神様の家を荒らすような真似をするなよ」
そもそもこの家に鍵がかかっているかどうかも分からない。ただし盗人防止の仕掛けがあるかも知れず、忍者の一人が恐る恐る、その家の戸に手をかける。
特に何かの魔法がかけられている様子もなく、鍵もかかっていなかったその戸は、あっさりとガラガラと開け放たれた。だがその瞬間に、忍者達に緊迫の空気が走った。
(こっ・・・・・・この気配はっ!?)
戸が閉まっている間は、家の内部から、特に怪しい気配も魔力も、全く感じられなかった。だが今それを開け放った瞬間に、そこからとてつもなく悍ましい力の気配を、敏感な忍者達が即座に感じ取る。
そんな状態で当然玄関に堂々上がり込むなどせずに、瞬時に戸から後方に飛び跳ねて距離をとる。
「グルルルルルル・・・・・・」
明らかにやばそうな猛獣の唸り声。その戸から、その声の主が、何とも苛立った様子で、のっそりとその巨大な影を見せてきた。
さてその日の夕方のこと。紺達の泊まる宿に、新たな来客が現れた。正確には紺の連れの、新規宿泊であるが。
「えっと・・・・・・それはちょっと困ります。犬や猫ならともかく、そんな大きな動物は・・・・・・」
「う~~~ん、やっぱり無理?」
宿の門前で、店員達を困らせているその客は、馬のような体型でありながら、こちらの世界のサラブレッドよりも一回り大きい巨獣である。
体型は馬だが、東洋の龍のような頭・全身を覆う鯉(龍)のような鱗・牛のような尾・馬のような蹄は、明らかに馬ではない。
それは麒麟という、竜に近似する種類の霊獣である。一件凶暴そうな外見だが、今のところ大人しく、紺達と店員のやり取りを聞いている。
「無理なのは最初から判るでしょ・・・・・・。さすがにこんな人と一緒に暮らすとなると、もう今までみたいな、一般人かぶれの生活は出来ないわよ。いい加減に政府からの協力を求めたら?」
「う~~~ん、ザルソバどうしよう?」
桜花の提案に、紺が難しげに悩む。そもそもザルソバという珍妙な名前で呼ばれたこいつが何者で、どういう経緯でこうなっているかというと。
ひとえに簡潔に説明しよう。
紺が桜花に頼んで、留守番を頼んだ同居人が住む家がある森の入り口に転移してもらった。そして久方ぶりに家に戻り、その同居人=麒麟のザルソバを迎えて、こちらに戻ってきたのである。
ちなみにその家の周りに倒れていた、二十人ばかりの天帝国の隠密(忍者)達は、先程住居侵入未遂罪で、警察に逮捕されたばかりであった。




