第五十話 放火事件
「ふうん・・・・・・ようはあんたは、この国を乗っ取りにきたわけね」
展覧会の外の、道中にて。他に通行人も大勢いる中、本来まだ国家機密であろう確信を、登喜子が堂々と口にして見せた。
彼女の話は要約すると。先日にて、魔素人の存在をようやく明かした旧ゲード領政府。だがこれまでの魔素人の騒動と、現在もなお完全に制圧できていない現状を見て、天帝国が大蛇側の植民地の支配体制に疑問を呈した。
そして派遣された監査団の調査次第で、現状統治体制が現地人に有害だと断定した場合。植民地民保護のため、天帝国がこの土地を徴収し、新たな植民地政府を設立するというものであった。
「まあ・・・・・・結論を言えばそうなりますね。変にお題目を唱えても、白々しいので、はっきり言ってしまいましょう。天帝国は以前から、傘下国である大蛇の勢力拡大に不満を持っていましたからね。ここで横取りを狙っているのですよ」
そういう滝子の口ぶりは、変わらない紳士ぶりながらも、どこか大蛇を嘲笑っているような、いやしい笑みを僅かに浮かべていた。
最もこれに対して、桜花以外は特に不快な様子を見せない。この場の殆どが、大蛇に対して愛着など何もないために。ただ一人、桜花だけが、彼女に敵意を向けて声を上げる。
「ふざけてるわね・・・・・・ボロボロだったこの国を、制圧と復興したのは、大蛇帝国よ。あんたらは何もしてないのに、横から勝手な大義で奪い取ろうっての?」
「それは大蛇だって同じでしょ? そもそも大蛇は、民を救う目的で、この国に侵略したわけではないでしょ?」
「はいはい・・・・・・そういう国家問題の啀み合いは止めろよ、見苦しい!」
嫌な会話が始まりかけたときに、空気を読んだのか不明だが、突如ヒューゴが声を上げる。
「ええそうですね。ヒューゴ様が仰るなら、やめましょう・・・・・・」
「(様?)・・・・・・ああ頼むよ」
「ところでヒューゴ様は、占術がとてもお得意ですよね? ではやはり、いずれこの地の現政府にお仕えするご予定なのでしょうか?」
あっさりと承諾したと思ったら、急に自分に対して話しを割ってきたことに、彼は首を傾げる。
「いや・・・・・・それはまだ決めてないけど・・・・・・元々俺この国の人間じゃないし」
「それなら例え政権が変わっても、何も問題ありませんよね? 大丈夫、天帝国はヒューゴ様のような、圧倒的な才をお持ちの方なら、生まれ問わず歓迎致しますわ! もちろんそこの、血生臭い殺人義母も・・・・・・」
「いや俺別に、宮仕えすると決めたわけじゃ・・・・・・」
「そうだわ、折角だから、私がここでこの国をどう変えるつもりなのか、その力と手段をお見せしましょう! 父上の入城予定には、まだ時間がありますし。きっとそれはヒューゴ様の後見に役立ちますわ! 実は私も、上位の占術師なんです!」
故意にヒューゴの言葉を無視するように話を進め、占術力増幅の魔道水晶を取り出す滝子。その様子を、急に話しから外された桜花は、別の件で疑念を感じた。
(天子様の御令孫てことは、ヒューゴ様とは同格の親王の筈なのに・・・・・・何故彼に対して敬語?)
さて滝子という歓迎されない仲間を加えた一行。彼らが展覧会から出てどこにいくかというと、登喜子の転移魔法で一瞬に移動した先は、王都から少し離れた先にある、とある田舎町であった。
王都の外から、広大な農地を挟んで数㎞先にある、人口数千人のそこそこの規模の街。以前は旧政権の搾取で貧しい村であったが、今は和風建築が建ち並び、多くの機械文明の恩恵で発展した町である。
和装だらけの人々が、王都と変わらない豊かさで笑顔溢れる町の景観は、登喜子達が到着して、僅か数分後に、一瞬で物々しい雰囲気に変わる。
「おおう・・・・・・本当に火事が起きてるよ」
「へえ・・・・・・確かに占術師というのは事実みたいね」
ゴウゴウという盛大な音を立てる、一戸の家を包み込む赤い輝き。それは絶賛で、火災発生真っ只中であった。
何故こんなことになっているかという、つい先程滝子が占術で『今から十二分後に、〇〇町の民家で火事が起こる』という予言をし、たった今的中させたばかりである。
「火の周りが速すぎるし、大量に油を撒いた上での放火かしら? とりあえず私達が来て良かったわ・・・・・・」
予言が当たったという事実にも、目の前で火事という災害が起きている事実にも、誰もさほど驚愕しない。占術師の予知能力の万能性には、一行はとうの昔に理解済み。
そして登喜子と桜花の時空魔法を使えば、焼け落ちた家も、容易く修復できるので、別段大事には思わない。
多くの野次馬が見つめる中で、空飛ぶ消防車や水魔法の得意な魔道士が、懸命に消火活動しているが、火の勢いが強すぎて、中々進まないようだ。
最もそれもあくまで時間の問題であろうが。そんな一行の反応に不服だったらしい滝子が、次の占術を披露してくれる。
「じゃあ次は火事の原因を占いましょう・・・・・・・・・・・・あら? これは・・・・・・」
しまし水晶に手を当てると、かなり意外な結果だったのか、滝子は怪訝な表情を浮かべた。
「ああ・・・・・・今日はなんて最高の日だ! アンジェさんの幸せのためにしてきた数々の善行・・・・・・その集大成が今日ついに完遂したよ! 家も財産も家族も全て灰になっていく光景を見て、あの人は、今どれほど幸せな気持ちで・・・・・・」
ドオン!
余程気分が高揚していたのか、盛大な独り言でやばいことを口にしている男の家。その家の玄関を盛大に破壊して、登喜子と紺の二人が、屋内に飛び込んできた。
「なっ、何だい君たちは!?」
「そっちこそさっきの発言は何よ!? あの家を燃やしたのは、あんたなわけ!?」
彼に怒声を上げる登喜子に、男は心外といった感じで反論する。
「何だよその、まるで僕を責めるような言い方は? 僕はただ愛する人の幸せのため、一生懸命働いただけだよ?」
「はぁ?」
男はナルシスト気味に、全く隠すことなく、流暢にこれまでの所業を自白してくる。
「アンジェさんは僕にとって、まさに運命の女性だよ。僕の彼女の幸せのためなら何だってできる。彼女のご両親に少しずつ呪術をかけて、ご病気にして差し上げた。他にも彼女の仕事場から金を盗んで、彼女のせいに仕立ててあげたり。動物を操って、沢山怪我をさせてあげたり。あの仕事を失い、両親の介護で、疲れ痩せ細った、あの素晴らしきお幸せな表情。でもそれでもまだ足りないのでは不安に思って、今日こっそり彼女の家に忍び込んで、ご両親をたっぷり苦痛を与えて殺して差し上げて、更にはあの思い出の詰まった家を焼いて上げたんだ! 全てが終わった後で、僕は彼女に全てを打ち明けて告白しようと思う。きっと彼女は僕のしてきたことを心から感謝して、幸せに僕と心中してくれるだろう・・・・・・」
そう自分の所業が自他共に善きことと、全く疑わず語る男。今まで魔素人のイカレぶりは何度か見てきたが、今回はそれとは少しパターンの異なるイカレぶり。これに登喜子と紺は、怒りを通り越して呆れ顔であった。
「ねえ紺・・・・・・さっさと殴って・・・・・・」
「待ってその必要はないわ!」
いつも通りあの暴力浄化をしようしたときに、何故か外で待機していた滝子が止めに入った。そしてその手には何故か、「女神汁」というラベルが貼られたスプレー缶が握られている。
プシュー!
「ぐっ!?」
未だにナルシストに、自分の善行を語り続ける男に、その内部の物を盛大に吹き替える滝子。それを顔面から浴びた男は、一瞬の苦悶をした後で、まるで蝿のようにパタリと倒れて動かなくなってしまった。
「何だ? 毒ガスかけて殺したのか?」
「洗脳されているだけの人に、そんな仕打ちはしないわよ。これまでの実験通りなら、すぐにでも効果が現れるはずよ・・・・・・。ちょっと待ってて?」
「「!?」」
突然の滝子の謎の行動。そして頭を割られても死なない魔素人が、何故かスプレー一発で倒れてしまった事実。
一行が困惑しながらも、彼女の言うとおりに、倒れた男の様子を窺っていると・・・・・・唐突に男が、がばりと起き上がった。皆が目を見張る中、男もまた別の理由で目が張っている。
「ああああ・・・・・・・僕は僕は・・・・・・何ということを。うわぁああああああっーーーー!」
先程のナルシストぶりとは全く異なる、後悔と恐怖と絶望が全部詰まった凄まじい表情と悲鳴。
男は狂乱しながら立ち上がり、そのまま勢いよく部屋の壁に向かい、そして壁に自分の頭を思いっきり叩き付けた。
ドン! ドン! ドン!
地味ながらも大きな音共に、男の前頭部がひび割れ、どんどん血が噴き出していく。その様子を一行は、特に慌てることなく、冷静に観察していた。
「どうしたんだあいつ? 今のは人を狂わす薬品?」
「狂ったんじゃなくて、正気に戻ったから、あんなことしてるのよ・・・・・・ていうか何あんたら黙って見てるわけ!? 早く止めなさいよ!」
初めて動揺する反応を見せる滝子の怒声で、登喜子がめんどくさそうに、自傷行為を繰り返す男の後頭部を殴って気絶させる。
一応これで自傷は止まったが、今の一撃で死んだでは?という不安を、滝子は感じているようだ。
「ちょっと・・・・・・ちゃんと手加減したのよね?」
「もし死んでたら、あとで時空修復で生き返らせるわよ。とりあえず同じ真似しないように、手足を縛っときましょ」
登喜子が自分の体内から出した蜘蛛糸で、男を縛り付ける中、浄化する役目をとられて手ぶらの紺が問いかける。
「で・・・・・・結局それ何? こいつの魔素を浄化したの?」
「ええ、そうよ・・・・・・」
「へえ・・・・・・じゃあ私でなくても、もう魔素人を治せるようになったんだ!?」
だとしたらある意味盛大な発明。この話を、家の外からヒューゴ達も感心して聞き入っていた。ちなみに何故か、桜花はその場にいない。
「正確には違うわ。これは貴方の身体から採取した物で作った浄化液だから・・・・・・」
「私の・・・・・・何かあんたらに何かやったっけ?」
「正確には貴方の捨ててきた、身体の一部からよ。もう忘れてるみたいだけど、以前公園で機械兵器に首を斬られて、胴体だけ残して再生したことがあったでしょ?」
「ああ・・・・・・そういえばいつの間にかなくなっていたのよね。あれってあんたらの仕業なわけ?」
以前ゴールドサムライにやられたときに、切り離された胴体を放置して、首から全身が再生した紺。その残された胴体から、以前の強化猫の騒動が起きたのだが、紺はその事実を知らない。
「正直あれは驚愕物よ・・・・・・。頭部がないのに、何故か呼吸も脈拍もあるし。他から栄養を全くとってないのに、何故かずっと良健康状態で生き続けてるわ、あの首のない人間(?)の身体・・・・・・。傷をつけてもしっかりと再生するし。その身体から血液を採取して、調合して造ったのが、この魔素浄化剤なわけだけど・・・・・・」
「首無しで生きてる? へえ、相変わらず私の身体って、面白い風に出来てるのね。これはびっくり!」
「びっくりって、自分の身体のことでしょう? それにその変な身体のおかげで、貴方がトイレに行くたびに、天帝国の工作員が、必死で下水道内を・・・・・・いえ今の忘れて!」
恐縮しながら説明したと思ったら、紺の返答に突然怒り、そして何かを言いかけて慌てて口を紡ぐ、以外と表情豊かな女。
「なあ・・・・・・さっき紺を女神とかいったけど、あんたは紺の過去を・・・・・・」
「ちょっと母さん! お願い助けて!」
ヒューゴが何か、確信的な問いかけをしようとした瞬間に、絶妙なタイミングで別の声が飛び込んでくる。それは先程、消火した家を修復するために残ったはずの桜花であった。
「あの家に時空修復を阻む呪術をかけられて直せないの! 私一人じゃ無理だから、母さんも手を貸して!」




