第四十九話 天帝国の使い
歴史上の現実の日本とは逆で、近代化と共に西洋文化の和風化が進んでいる、この旧ゲード王国領。
まだ国家としての形式が出来上がったばかりで、正式な国名もまだ決まっていないのだが・・・・・・もしかしたらその国名を考えるのは、現国王ではなくなるかもしれない事態が起き始めようとしていた。
(やれやれ・・・・・・途中で事故ればいいと、心から社殿に願ったのに、神はこちらの頼みを聞いてくれないか・・・・・・)
王都内にある、新築の巨大空港。そこに今までにない客が、今日訪れていた。
空からゆっくりと舞い降りる、その巨大物体は、こちらの世界の豪華客船並みの巨大さを持つ、一隻の機械の船。
その空艇に記されている国旗は、見慣れた大蛇帝国のものではなかった。一頭の麒麟と、それに跨がる女武者の姿が描かれた、まるで戦記物の表紙のような国旗。
それはゼウス大陸の多くの国が、アマテラスに制圧された今となっては、実質世界の最高権力国家となった、アマテラスの宗主国・天帝国の国旗である。
着陸した空艇から、続々と降りてくる、天帝国の印がついた刀や魔道杖を携えた、大勢の異国の兵士達。その兵士達が平伏する中、明らかに偉そうな雰囲気で降りてくる今回の客を、この国の太政大臣である光二とその護衛達が、何とも嫌そうな雰囲気で出迎えていた。
「こちらはこれほどの装いで来たのに、出迎えの者はたったこれだけか? 栄誉礼もできないほど、この国は貧乏なのか?」
こちらの世界の観点からすると、平安貴族のような装いの形式の服を着た、一人の三十代ほどに見える男性。
ただし見える肌は、青みがかった灰色で、後頭部には鮫の鰭のような形状の角が生えている。そして喋る最中に開かれる口からは、晴子同様の鋸のような鋭い歯が生えそろっている。この人物もやはり、アマテラスの住人の大部分を占める獣人族の一種であることが丸わかりだ。
その高貴そうな装いの鮫獣人の男の言葉に、この国の首脳でありながら、頭を下げる光二は、内心毒づいていた。
(ちっ・・・・・・ワンパターンな嫌みを言ってくれる。こっちの対応が不満なら、さっさと帰って欲しいぞ)
「突然の来訪で、いきなりな嫌みだな! そんなに不満なら、さっさと帰れよおっさん!」
光二は内心で留めていたが、生憎隣にいるゴブリン女は、全く怖じ気づくことなく、堂々と非礼な発言をしてくれて、その場を一瞬で固まらせていたが。
「てめえも知ってんだろ! この国は魔素人の騒動と補償のせいで、いつだって金欠なんだよ! 豪華な出迎えが欲しいなら、こっちに金払えよ!」
「なっ・・・・・・」
こんな風に堂々と文句を言われたのはあまりないのか、絶句してすぐには反論できずにいる鮫獣人の男。その代わりに、周りにいる護衛達が、明らかに殺気立っている。
「おうやろうってのかい? 上等じゃ・・・・・・」
「よせ雅弘!」
腰の刀に手をかけて、明らかにその場を最悪の展開に導こうとする雅弘に、光二は慌てて止めに入るが・・・・・・
「失礼こいつは思ったことをすぐ口にする癖があってな・・・・・・。今後はどんな迷惑な客がいても、本人のいないところで陰口するよう言い含めておくよ」
訂正。止めるどころか、この男は、かえって油を注ぐようなことを言ってくれていた。これに我に返った男は、怒りの声を上げるかと思われたが・・・・・・
「失礼・・・・・・確かに、礼儀のなってない言葉ではあったな。今の非礼は謝罪する。少々良くない空気なので、社交辞令は省いて、早急な王宮への案内を頼もう」
「「!?」」
意外なことに向こうが非礼を詫びたことに、当惑する光二達。そのまま適当な挨拶を済ませて、少々慌ただしくしながらも、送迎の乗り物に乗りこんでいった。
(何だ? こちらの“女神”の名で、脅して黙らせる気だったが・・・・・・。向こうもそれに気付いたか? それとも本当に、今の自分の発言の問題に気付いた? まあ・・・・・・こいつの人柄がどうであろうが、こっちには関係ないが)
どうにかして早く帰ってもらおうと、光二達が迷惑がっている今回の御客。その正体は、天帝国の絶対君主である、天子の第四子である、天照 蒼仁。
この男は、今回天帝国からの、大蛇による植民地支配の是正を観察するために派遣された使者である。
一連の魔素人の騒動で、この国の支配性が、アマテラスの名を辱めるような、人道的問題がないか否か。もしそれが確認された場合、天子の勅命により、この旧ゲード領植民地の、支配権の譲渡を要求するという、極めて一方的な命令によるものであった。
明確にこの国を乗っ取る気の、この天子からの使者に、当然光二達が、心から歓迎できるはずがなかった。そんなことで、光二がすぐにでも追い返したがっている今、急に蒼仁が振り返った。
「失礼の連続ですまないんだが・・・・・・実は私の娘の一人が、一足先に民間の船でこの国に来ていてね。もしかしたら先走った行動をとるかもしれないが、その辺は多めに見てやってくれないか・・・・・・」
「本当に失礼だな。私らに挨拶無しで、国内を彷徨いているのか?」
そんな剣呑な話しをしている中で、空艇の方から続々と大量の荷物が、大勢の作業員によって積み下ろされている。そんな様子を見て、護衛のゴブリン女は不思議に思っていた。
(えらい大荷物を持ちこんできたな・・・・・・武器の密輸でもしてんのか?)
さてそのころに、紺と黄、登喜子の一家一同は、共に王都内の観光旅行中であった。
それはつい先日開展したとある展覧会。大蛇帝国に攻め込まれる以前の、この旧ゲード領内の歴史を学ぶ、多くの資料が展示されているものだ。
あの事件以降、ヘドロスライムの暴走事件は起きていない。ここ最近暇だった一行が、ふと新聞に目に入ったこれに、試しに行ってみたのだが・・・・・・
「つまらん・・・・・・ていうか吐き気がするわ」
館内の様々な展示物がある廊下の中で、ネルがはっきりと大きな声で、展覧会側に失礼なことを言ってくれる。だがそれに、周りの客も係員も、別に反感を持ったりはしない。
「まあ確かに・・・・・・これは酷すぎるよな。王権とインチキ宗教の教義を盾にした、暴虐の歴史ばかり書いてあるよ・・・・・・」
「そうよね・・・・・・。この罪のない市民を百人なます切りした剣なんて、誰が好き好んで見に来るのよ?」
「何だ? たった百人しか斬らなかったのか? 私が昔使った刀は・・・・・・」
「あんたの話しはいいのよ・・・・・・そっちはそっちで胸くそ悪くなるし」
桜花が自分の母親をあんた呼ばわりして口を止めているとき、ふと一行はある展示物に一斉に目を向けた。
(何・・・・・・この神々しい感じ。他の血生臭い展示物とは、全然違う・・・・・・)
それは一本の剣だった。刀剣の展示物自体は、他にも何点もあるが、それは明らかに様子が違っている。
四角形の台座のような大きな石に、柄を天に向けて深々と突き刺さっている、一本のロングソード。新品同然に輝く、豪華な装飾が施された柄と鍔。そして刀剣とは異色なことに、青白い輝きを放つ、やや幅広目の両刃の剣身。
その剣身の半分が、その岩石に突き刺さり埋まっている状態だ。この状態はまさに・・・・・・
「勇者の聖剣みたいなやつだな。何のかっこつけじゃい?」
「そうみたいね。これ見ると、昔ゼウス大陸で活躍した勇者が使っていた究極の聖なる魔力を宿した魔剣だって」
「マジで勇者の剣かよ!?」
説明書きを読む前に、適当に言ったネルの言葉が、まさにドンピシャであった。この奇怪な剣は、まさにテンプレの勇者の剣だったのである。
「いやまさかこの世界に勇者なんて者がいたなんて驚きだわ。前世じゃただのゲーム設定だったのに」
(この世界? 前世?)
ネルの発言に何人かが内心当惑するが、この少女の意味不明発言は今に始まったことではないので、皆すぐに興味を失って、この剣の説明書きを読む。
おおよその内容はこう。
かつてこの大陸に、魔王と呼ばれるほどの強大な魔物が現れ、それに追従した魔物の被害が大幅に増えた。それをこの魔剣に選ばれた一人の若者が、それらを討伐して、この大陸に平和をもたらしたと。
この剣は、異世界の女神が造り与えた物で。役目を終えた後、女神はこの剣を、この特殊な力を持った台座に突き刺し、容易く抜けないよう封印を施した。そして次に新たな脅威がこの世界に訪れたとき、清い心と厚き正義感を持った若者が、この剣に選ばれ、この封印から抜き放つことが出来るという。
「・・・・・・いや、その女神って、どう考えたって日本人のオタクだろ!? こんな化石ゲームお馴染みの設定を真似して剣を造るなんて、何てノリのいいやつじゃい!?」
「ネル・・・・・・さっきから何を言ってるの?」
意味不明発言で騒がしいネルに鬱陶しく思いながらも、桜花はこの説明書きの最後を見て、妙に納得した声を上げた。
「そして今日に至るまで、この剣を抜けた者は一人もいないと・・・・・・まあ当然よね。剣を管理する側が、あんなゴミ共ばかりじゃ。そもそもこの過去の話に、どこまでの信憑性があるのかしらないけど・・・・・・」
「面白そうね・・・・・・ちょっと抜いてみる?」
この展示物にはしきりがなく、それどころか人が台座の上に上がりやすいよう、小さな階段までついている。どうやらこれは、誰が触って、抜く挑戦をしてもいいもののようである。
登喜子が意気揚々と、その台座に上がり、その剣を思いっきり上に引っ張るが・・・・・・
「ぬおりゃぁああああっ!」
女性の言葉には相応しくない野太い気合いの声を上げて、全力で引っ張っても、その剣はビクともしない。少し腹を立てたのか、登喜子は刺さっている根元の台座目掛けて、重力波を纏った拳を振りかざす。
「ちょっと!?」
ドオン!
さすがに展示物を破損させるのは不味いと、止めにかかる時間もなく、登喜子の魔道パンチは、その台座に直撃してしまう。
「かたっ!?」
だが痛めたのは台座ではなく、登喜子の拳の方であった。鉄塊にすら大きな凹みを与えるその拳打にもかかわらず、その台座が破壊されることはない。
いやよく見ると、その台座の殴られた後に、僅かな凹みが見られる。だがその損傷は、登喜子が手を離してから、僅か数秒で、跡形もなくなくなり、一瞬で再生してしまった。
「この頑丈さで瞬間自己修復能力付き・・・・・・・。剣は知らないけど、この台座はかなり上等な魔道具ね。となると勇者の剣のお話しも、マジみたい・・・・・・」
「私は嘘くさく思えたけど? だってこの剣、汚い心を持つ者が触れると、結界で弾かれると書いてるし。母さんが触っても何も起きない辺り、多分偽物でしょ?」
「・・・・・・」
結構酷い言葉を言っている実娘に、登喜子が落ち込んだ様子で台座を降りる。今度はネルが、はしゃぎながらその台座に上がりこんだ。
「ようしじゃあ次は俺の番だな! これを抜いて、俺が勇者に・・・・・・ぎゃあ!」
バチッ!
ちなにみネルが触れたときは、件の結界が電撃のように発生し、ネルの手を堂々拒絶したのであった。そんなこんなで、皆が遊び半分に、その剣を抜く挑戦をし、次に紺の出番が来た。
「じゃあ・・・・・・」
「やめた方がいいわ。貴方がその剣に触れると、色々と面倒に事になるわ」
何故かそれに制止の言葉。一行の面々とは違う声の主に振り向くと、そこには一人の鮫人の女性が立っていた。
先程の蒼仁と身体的特徴を持つ、見た目十代半ばほどの若い女性。高そうな生地でできた、僧侶のような着物を着た女。流れからして正体バレバレだが、今はあえて謎の少女としよう。
「うん? あんた天照 滝子じゃん!」
「何? 母さんの知り合い?」
「会ったことはないけど、魔道雑誌で見たことあるわ。天帝国の凄腕の時空魔道士兼占術師で、確か天帝国の蒼仁親王の娘さんだったはず・・・・・・」
そう思ったら、登喜子がさくさくと正体を明かしてくれた。向こうも向こうで、自己紹介する前に、一気に素性を話されたことにやや当惑していたが、すぐに気を取り直して、次の言葉を上げる。
「ええ・・・・・・そうよ。私は天照 滝子。お初お目にかかりますわ、大蛇の英雄と、不死の女神様・・・・・・」
「大蛇の英雄? 母さんが?」
どうもそれは登喜子のことを言っているらしいと気付いた桜花が、その発言に首を捻る。というか、世界最高権力者の御令孫が、あまりに唐突に出現したのに、この場ではヒューゴ以外は誰も動揺していない
。実質同じ立場の者がいることを、当人以外の全員が知っているだけに。
「そう言えるだけの功績を残している思いますが? 過去の侵攻の功績は勿論のこと。その後の植民地での行いは、充分賛辞されるべきだと思いますけど?」
「う~~~ん、そう言えばそうなのかも?」
納得できそうでいまいち納得できない桜花はさておくとして。滝子がここで、急に一行のプライベート中にこちらに接触してきた理由を話し出す。
「私は公務でこの国に訪れました。恐らくそのことは、間もなくこの国中に知れ渡ると思いますが・・・・・・。本当なら、もっと公の場で、あなたたちと話す予定でした。ですが先程この地を少し占ったところ、貴方がここで、困った騒ぎを起こす未来が見えたので、急いでこちらに駆け込んだ次第です」
「占い・・・・・・あんた占術師?」
それに関しては、最近になって馴染みの出来た存在である。ここにいるヒューゴは、紺の本人ですら忘れた過去を透視した。
また登喜子もまた、つい先日、占術による予知能力を持った敵に、手を焼いた経験がある。
「ええ・・・・・・貴方がこの剣に触れて、抜いてしまって展覧会を騒然とさせてしまう未来です」
「何だ? 私が選ばれた勇者なわけ?」
「いいえ・・・・・・あなたがこの剣の制作者だから抜けるのです。貴方自身がお忘れでしょうが・・・・・・」
その場に困惑の空気が流れる。彼女らの過去は、未だに謎だらけであるが、意外なことにこの大陸の歴史に、結構関わっているようだ。まあ今日初めて存在を知ったばかりの魔剣の制作者だからと言って、あまり驚く要素も無いのだが。
「この剣は今や、誰にも抜けないからこそ、価値のある存在となっています。どうかここで無用な混乱は起こさないように・・・・・・」
「そう・・・・・・分かったありがとう。じゃあ・・・・・・」
自分の過去について何か知ってるのかという、一般的な質問が出ることもなく、紺は特に興味もなく、滝子に別れを告げようとする。だがそこは意外な反応だったらしい滝子が、やや慌てはじめた。
「え・・・・・・いやちょっとお待ちを! 折角ここでお会いしたのですし、もう少しお話ししていきませんか? そちらの方々も一緒に・・・・・・」
そういう滝子の視線は、大蛇の英雄である登喜子ではなく、何故かヒューゴの方に向けられていた。




