第四十八話 魔素人の公表
「いえ・・・・・・私にも訳が判らないんです! 自分は本当に、少し前までは、まともな思考で、生徒達の指導をしていたんです! それなのに・・・・・・どうしてか、急に自分の考えがおかしくなって・・・・・・」
王宮の謁見の間で、玉座に座る晴子と、周りにいる紺達一行と多数の兵士に見下ろされながら、未だに枷をつけられて跪く時江が、焦った様子で己のことを語り始める。
「どうしてあんな馬鹿げたことを・・・・・・当たり前のようにヒューゴ君を殺すのが一番いいなんて考えて・・・・・・。あんな狂った私を止めてくれた方々には、どれだけ感謝していいのか・・・・・・」
涙ぐんで、昨日の己の行動を恥じる時江。その真剣に罪を自覚する姿は、昨日のあの奇行を繰り返した彼女とは、明らかに違う者であった。
「思念を読み取る限り・・・・・・嘘をついてる感じはしませんぜ。これ本当に、魔素が抜けて正気に戻ってると思いますぜ」
「そうか・・・・・・」
何故かその場で、玉座に近い位置にいるネルの言葉に、光二が頷いている。何故かは知らないが、今の発言は信用に値するものと判断されたようだ。
(何で当たり前みたいに、あの幼女の言葉が受け入れられてるわけ? あの子も占術師か何か?)
紺がいつでも時江を殴れる姿勢で、その場に待機している中、この一連の流れに疑問を浮かべていた。
「判りました、あなたの言葉を信じましょう・・・・・・。それと繰り返し聞くようですみませんが、あなたは本当に、旧政権時にこの国にいたことはないんですよね?」
十年以上前の、この国の下級貴族の子弟だけに行われたはずの、魔素による洗脳行為。それが何故、生粋のアマテラス人の彼女が、それと同じような洗脳がされているのか、未だに謎で、晴子も不審に思って問うが、回答は先程と変わらないものである。
「いいえ・・・・・・全くございません。私がこの国に来たのは、ほんの一年ほど前で、それ以前とは、ゼウス人とも一度も会ったこともないんです・・・・・・。自分がいつ頃からおかしくなったのかも、細かい時期までは、何故か記憶がぼやけてよく・・・・・・」
「よく判らないと? これちょっと不味いんじゃないか? それって詰まるところ、この国で、そのやばい洗脳を人にしている奴が、どこかにいるって流れじゃないか?」
傍で割り込んできたネルの言葉に、一同はかなり険しい顔をする。とりわけ光二の方が。
只でさえ、魔素人の起こす問題で、この国は困り切っているというのに。ここでまた、魔素人を新たに増やされているなどと、冗談じゃない話しである。青い顔をしながら、光二は紺達の方に顔を向ける。
「すまん・・・・・・お前達の力を借りる時期は、俺が最初に思っていたより遥かに長くなるかもしれん・・・・・・」
「そうみたいね・・・・・・まあ、私は構わないけど・・・・・・」
この日発覚した、あまりに重大な事態に、この場は何とも危機感を大きく抱えて、その場は解散となる。そして皇宮から宿に帰る途中、紺はあることを思いだした。
(そういや国王と王太子の御霊召喚のこと、話すの忘れちゃったわね・・・・・・。まあめんどくさいし、また今度でいいわね・・・・・・)
それから数日後、天帝国の圧力によって存在を誤魔化されていた魔素人の件は、もはや隠しきれなくなったという光二の判断により、全国に公表されることとなった。
これは当然のごとく、多くの騒ぎを起こすこととなる。そして一番世間から危険視されるのは、当然のごとく警官であった。
これはとある警察署内でのこと。
「いや・・・・・・仲間の奇行の話しは、何か違和感あったけどよ。まさか頭の中を弄くられていたなんて・・・・・・」
「旧政権のしたことを、無条件で何でも肯定する洗脳だとよ・・・・・・。あのゴミ王国め、いつまで俺たちを苦しめる気だよ・・・・・・」
「そんなことより、やばいのはそのいかれた奴らが、まだ私達の中に混じってるかも知れないって事よ・・・・・・。冗談じゃないわよ、私だって元下級貴族よ! これでまさか貴族狩りなんて事態になったら・・・・・・」
署内の各所でそんな不安の言葉が、しきりに聞こえてくる。だがその中には、彼らの心境とは別の理由で、不快な思いをしている者もいた。
今し方、不安を口にする警官達の前に、一人の同僚が、怒りの感情を顔に表しながら近づいてくる。
「おうお前、聞いたか! 今朝の報道・・・・・・」
「ええ聞きましたよ・・・・・・全くふざけた話しです。かつての王国の、素晴らしき啓発を、まるで悪事のように報じるなんて・・・・・・。しかもどうやらあの蛮族の王は、貴方たちの含めた大勢の人人を、悪の術で洗脳しているようですね・・・・・・」
「えっ?」
「でも大丈夫です! 私が、神聖なるゲード王国からいただいた力で、あなたがたをその洗脳から、今解き放って差し上げましょう!」
この同僚のおかしな発言に動揺し、事態をすぐに理解するに、僅かに時間がかかった。その僅かな隙に、相手方に先手を打たれることになる。
その奇怪な発言を口にした直後に、その警官が口を大きく開き、そこから以前のランスロット同様に、大量の魔素と思われる黒い液体が、嘔吐などとは比べものにならない威力で噴き出した。
「ぐぁああああっ!」
「はぎい!? 何を!?」
その液体は、意思を持った一つの生き物のように形をなし、大きなミミズか触手のように長い物体に変形して動く。
そしてそれらが、警官達の耳・鼻・口などの、身体の穴に強引にねじ込み、彼らの体内へと侵入していった。
「おいどうした? 何か変な声が聞こえたが・・・・・・」
数秒後にその場に、他の同僚が、今の奇声を聞いて駆け寄ってきた。だがその場にいる者達には、これといって何かトラブルが起こった様子もない。
先程出てきた、口から魔素を吐き出した同僚の姿も、既にない。
「いや何でもない・・・・・・むしろ長いこと抱えていた憑き物が落ちたような、晴れやかな気分だよ! ははははははっ!」
「うふふふ・・・・・・確かにそうね・・・・・・」
明るい笑いを上げながらも、どこか不気味な印象を受ける警官達。それに彼は、怪訝に思いながらも、何事もないならいいと、その場を去って行った。
彼の去っていた、廊下の分かれ道の方に、隠れるように先程魔素を警官が、大分疲れた様子で佇んでいた。
(くっ・・・・・・半月ほど力を溜め続けて、洗脳を解いて救って上げられるのは、せいぜい五人が限界か・・・・・・。それもあの魔女が殴れば、再び蛮族の洗脳にかかってしまう。くっ! これでは全ての仲間を、蛮族の洗脳から救うことは到底出来ない! それ以前に私が見つかって、洗脳されてしまっては・・・・・・。いや私は諦めないぞ! 国に立つ者達が、何よりも富んだ生活という不幸を背負う代償に、多くの民が飢え枯れて死んでいく最高の幸福を与えられる、あるべき正しい世界を、いつか我々が取り戻してみせる! 見ていて下さい国王陛下! あなたの遺志は、必ず私達が継いで見せます!)
誰よりも純粋で、人々を思いやる綺麗な心と正義感に満ちあふれたその警官が、誰にも告げずにその誓いを胸に刻む。
かくして警察内の魔素人の数は、未だに一向に減る気配はなかった。




