第四十七話 小次郎
「やあ・・・・・・また会ったわね」
「いや、誰よ?」
ふと紺が目を覚ましたとき、そこは何もない空間であった。大地も空もない、全てが夕焼けのように赤く染まった謎の空間。
そこで紺は立っているのか浮いているのかも判らない状態で、ある人物と対面していた。
それは一言で言うと鬼娘である。褐色の肌に、頭に二本の角が生えた、紺色の着物姿の十五~六歳程の少女。見た目だとこれも獣人のように見え、その特徴は黄によく似ている。むしろこっちの方が、黄の姉と言われて納得できそうな風貌である。
「あんた黄の・・・・・・」
「生憎あの子と私は、ほぼ何も関係ないわ。種族も違うし、たまたま特徴が似てるだけね。この説明も、これで何回目かしら」
紺の質問に、内容を言い終える前に、先に答えてしまう鬼娘。何故かは知らないが、随分呆れ口調で、それにやや紺はムッとしたが。
「何なのかしら? もしかして私が忘れてるだけで、ずっと昔に会ったことが・・・・・・」
「ないわよ。この世界であんたと会ったのはつい最近。まああんたが帰る度に、ここでの記憶は忘れちゃうんだけどね・・・・・・」
「ここでの記憶? というと・・・・・・ここはあの世?」
「半分正解よ。ここは現世と冥界の狭間。そして私は冥界の管理人の一人の、小次郎という者よ。ようこそ何度目かも判らない来訪の不死の女」
実は紺が何度も来ていたらしいここは、冗談ではなく本当にあの世の入り口だった。常人ならば、一生が終わって初めてくるはずの場所に、紺は幾度となく訪れていたようである。
「はあ・・・・・・それはどうも。それで私はどうなるわけ? あんたが連れて行ってくれれば、私はあの世にいけるのかしら?」
「何だか期待するような口調だけど残念ね。あんたは永遠に死ねないわ。恐らく未来永劫、ここから先に行くこともないわね」
小次郎の返答に、実にガッカリした様子の紺。自身の人生観に、何か思うことがあったようだが、生憎それは彼女自身で取り決めることは出来ないようであった。
「じゃあさっさと帰るわ。どこ行けばいいわけ? あの女がどうなったかも気になるし・・・・・・」
「まあ急かさないこと。別にしばらくすれば、勝手にあんたは現世に戻るし。でもさあ・・・・・・その前に、ちょっと私の話を聞いてくれる?」
「戻れば、ここでのことを忘れるのに、意味あるの?」
「今回だけ、忘れないよう手を打つわよ。・・・・・・まあとりあえず聞いて、割と洒落にならない話しだから」
最初は呆れ口調だった小次郎だが、徐々に口調に真剣さが出てきている。冥界の者が、生者に対して何を頼む気なのか、紺も少しだけ興味が湧いた。
「あんたの活躍は大した者よね。まさか緑人にあんな力があるなんてさ。こっちも外道を何人も地獄送りしてきたけど。悪人でも何でもない人達が、無自覚に罪を犯す姿は、かなり後味悪いし・・・・・・」
「魔素人のことを言ってるわけ? そう言えばあいつらの場合でも、罪を犯せば地獄送りになるの?」
「そんなわけないでしょ! だから困ってるのよ! 罪を犯した者を裁けないってのは、被害者達の魂を結果的に苦しめちゃうし・・・・・・。話しを続けるけど、聞いて欲しい事ってのは、十年以上前にここを通って、地獄送りになった奴が沢山いてさ・・・・・・。ええ本当に多すぎて、裁判がいつまでも終わらずに大変だったわ、あれ・・・・・・。ゲード王国も含めた、ゼウス大陸の旧政権の、何と屑が多いことか・・・・・・。あれだけのことをして、自分は天国へ行けると本気で信じてる奴までいて、本当にうんざり・・・・・・」
「聞いて欲しいことってのは、単なる愚痴かい?」
本人にとっては、かなりどうでもいいことで、長話が始まりそうなのを、紺が顔をしかめてそう口にする。自分の話が脱線しかけたことに気づいた小次郎が、慌てて話を戻した。
「違う違う! 私が言いたいのは、その地獄送りにした奴の中に脱獄者が出ちゃったってことよ!」
「それはあんたの失態ね。自分でどうにかしろよ!」
「それが出来ないから困ってるのよ! 源一も真澄と一緒に、ゼウスを離れちゃったし・・・・・・私が現世の人で頼めるのは、しょっちゅうここに来てくれる、あんたぐらいしかいないのよ!」
紺がこちらの話しに、興味を示さないどころか、鬱陶しそうにしているのを見て、小次郎はやや必死になってきた。だが次の話には、一転して、やや興味を抱かせるのに成功したようである。
「その脱獄した奴ってのはね・・・・・・ゲード王国の国王と王太子よ! 現世の誰かが、降霊術で、無理矢理地獄から召喚しちゃったのよ!」
「ゲード王国の?」
それはつまり、いま紺がいる地の、旧政権の最高指導者達のことだ。同時に、魔素人で下級貴族の子弟を洗脳しようという、現政権を最も苦しめる所業をしでかした張本人達であった。
「あんな奴ら召喚して、一体何の役に立つのか判らないけどさ・・・・・・。あの最上級囚霊を取り逃がしたのは、かなりショックよ・・・・・・。あいつらのせいで死んでいった多くの魂達に、本当に申し訳が立たないっていうか・・・・・・。それでこっちの頼みは、どうかそいつらを見つけ出して、こっちに送り返して欲しいって事よ。どうせやることなくて暇だろうし、このぐらいの頼みはいいでしょ?」
「まあ・・・・・・暇なのは確かだけどさ」
図々しくもある小次郎の頼みにも、紺は割と真剣に考える。現政権の苦境の元凶を討伐することは、今世話になっている光二への借りを返すことにもなるだろうか?
それに紺とて、さほど正義感が強いわけではないが、それでもあの善意的に狂った者達には、かなり哀れな者を感じており、その元凶に多少の憤りは感じていた。
「まあ・・・・・・それもいいかしらね。ああ、ところでさ。もしその仕事が片付いたら、私と黄を、冥界まで案内してくれる? できれば地獄でないほう」
「それは無理よ。例え無理矢理向こうへ連れて行っても、あなたの魂は強制的に現世に戻されるわ。あんたの存在は、完全に現世以外では存在できない異端者になってるし・・・・・・」
「な~~んか一気にやる気が無くなる返事ねそれ・・・・・・」
そう言っている間に、突然紺の目の前が真っ白になった。・・・・・・と思ったら、その瞬間に紺の姿が、この霊界の空間から掻き消える。
どうやら彼女は、先程の説明通りに、現世に送り返されたようだ。一人になった小次郎は、一方的に頼みを言った相手に、ややすまなそうに一言を口にする。
「どうか頼むわね・・・・・・異世界の不死の女神♫」
彼女に期待している・・・・・・というより丸投げしているような口調で、小次郎はその姿の見えなくなった紺の存在を見送った。
「うわっ! くさっ!?」
目が覚めたときに、紺が最初に感じ取ったのは、強烈な悪臭だった。以前にもこんなことがあったなと、目を開けると、そこに映ったのは、半分焦げた大量のヘドロの残骸である。
肌も服も汚れ一つない綺麗な身体で、一帯がヘドロに覆い尽くされた大地に立つ紺。そこはあの王宮の庭園の真ん中である。
さすがにこれは、時空修復でも元には戻せない。後になって、庭園で大変な大掃除が行われることが誰にも予想できる。
そんな只の残骸と化した、ヘドロ怪獣の亡骸の中で、紺と向き合っている人物がいた。それはやや疲れた様子で、紺を見つめる、あの龍人の女侍である。
「あら? どちらさまでしょうか?」
「・・・・・・」
紺の問いかけに、女侍はしばらく無言であった。どうしたものかと紺が首を傾げ、この庭園の向こう側から、晴子達一行がこちらに走り寄ってくるのが見えた瞬間に、一言だけぼそりと呟くように、彼女は発言した。
「昔のように、復活の度に強くなったりはしないんだな・・・・・・」
「うん?」
その発言の直後に、彼女は消えた。赤い光と共に、その場から姿をかき消すそれは、完全に登喜子や桜花が使う転移魔法と同じものである。
突如現れ、この混迷した事態に終止符を打ってくれた恩人は、ほとんど何も告げずに、さっさと帰ってしまったのである。それと入れ替わるように、晴子達一行が、その場に到着する。
「紺さん!? どうしたあなたが!? 今こちらに?」
監視機の映像から、あのヘドロ怪獣が倒された所までは見たが、ここに来る道中で怪獣の体内から、紺が復活したことまでは知らなかった一行が、そこにいた意外な人物に驚いていた。
「いや・・・・・・私にもよく判らん。死んで蘇ったら、何故かここにいたんだけど・・・・・・ここ王宮だよな?」
「ええ・・・・・・」
後になって、見ていなかった映像の続きから、紺がヘドロ怪獣の体内から出てきたことに、一行は知ることになる。
最も、人を捕食する習性のないヘドロスライムの中から、何故紺が出てきたのか?という大いなる疑問を持つことになるが、それは後の話なのでよそう。
「うわ臭いわね・・・・・・ていうかさっきの奴、私と同じ時空魔道士だったわけ?」
「ええ・・・・・・王宮内で転移が出来る当たり、確実に私と母さんより、遥か格上の時空魔道士ね。その上で、それとは別にあの威力の魔法剣が出来るって・・・・・・本当にあいつ何者よ?」
遠くから女侍が消えるところ見ていた桜花が、やや怯えた様子でそう語る。この王宮内では、曲者の侵入を防ぐために、転移魔法で出入りできないようにする結界で覆われている。
彼女はそれをいとも容易く破って、この王宮内から転移で脱出したのである。何か小細工をした様子がなく、単純に持ち前の魔力による、力技でその結界を破ったとしか思えないようだった。
「本当に何者なのかしら? さすがに私も、あの方とは戦いたいとは思えないほどの力・・・・・・いえ!? とにかくあの方には感謝しないと!」
実力が釣り合う相手となら誰とでも戦いたいとも受け取れる発言を、慌てて誤魔化す晴子。何はともあれ、結局謎の人物から何も聞けぬまま、他人任せでこの事件は解決してしまった。
ちなみに現在、その場にいる黄が、あの時江を両手足に枷を外した状態で担いでいたが。ここに来て、急に目を覚まし・・・・・・
「うう・・・・・・いやぁ!? 臭い!?」
その場にいる誰もが我慢していたことを、正直に叫んで、再び彼女は気絶した。
「ねえ・・・・・・やっぱこいつ殺していいかしら?」
「いや、今ので何でそういう話しになる? 駄目だろ・・・・・・」
「ていうかさ・・・・・・そもそもこの女も、かなりの謎なんだけどさ。こいつ旧政権時に、この国にいたのか?」
十数年前に旧政権によって、貴族の子弟達が洗脳された。だが彼女の存在は、その件とは噛み合わないことに、今更に指摘されたのであった。




