第四十五話 悪霊祓い?
「ふう・・・・・・これは困りましたね。まさかこの中に隠れられるとは」
時江はある場所で立ち尽くして、あまり困ってなさそうな口調で、そんなことを言っていた。そこは王宮の前である。
以前巨狼の襲撃で、散々な目にあった王宮も、この宮門も、今は完全に修復されて綺麗になっている。むしろ壁や扉と、それを覆う結界の強度は、以前よりも強化されているのだ。
一度ヒューゴを見失い、しかも向こうは転移魔法でここまで避難したというのに、何故彼女は迷わずこの場所に辿り着いたのだろうか?
(私の占術での捜索が間違っていなければ、ヒューゴ君はここでほぼ間違いないですわね。移動にはどうやら、あの桜花の転移魔法が使われたようですが。しかし国王方々は、何故ヒューゴ君を殺すのを防ごうとするのでしょう? こんな天子様のご意向に背くようなことをしたら、どんな懲罰が来るか判らないというのに・・・・・・)
後半の狂った戯れ言はさておき・・・・・・どうやら彼女の占術の前には、人を隠す行為は無駄のようである。
占術とは未来や過去を見るだけでなく、人や物の現在の居所を探ることも出来る。魔素の影響で能力強化された時江は、ヒューゴがここまで来た移動手段まで、あっさりと見抜いて見せたのだ。
(果たしてこの結界付きの門は、私の力で破れるものかどうか? まあ駄目元で試してみましょう)
そう言って、魔道杖を振りかざし、大型魔法の発動準備をする時江。国家最高権力の中枢地に、強引に入り込もうという、反逆罪に問われかねない行動を取ろうとしているわけだが。
だがヒューゴを救い、天子様の望みを叶えるという使命感に駆られた彼女には、後から来る己への懲罰など、全く恐れることもなかった。
(あら?)
彼女の炎が放たれる前に、別の者の魔法がその場で発動した。時江がそれに気がついたのは、それが現れるほんの一秒前の事である。
ブオン!
一本の長物が、空を切る音が放たれる。突如時江が、横の数歩素早く動くと、その瞬間に時江がいた位置に、一本の刃物が、明らかな殺意を持って振るわれたのだ。
時江はそれを、事前に予知して避けきったのである。
ボン!
刃が避けられた直後に、時江はその刃を放ったものに、接射で魔法を放つ。そこに小さな爆発と、一点集中した業炎が放出され、その刃を振るった物を、盛大に吹き飛ばした。
マネキンのように軽々と転がっていくその人物。常人ならば、今の爆発で五体バラバラだろうが、明らかに常人でないそれはしっかりと生き残っていた。
「くそが!」
蜘蛛の胴体を転ばせながら、途中で八本の脚を地面に食いこませて、無事に着地してみせるそれは、やはり登喜子であった。
「登喜子さん・・・・・・あなたもヒューゴ君の幸せを願っていたのでは?」
「ええ、その通りよ。だからそのために、あんたには死んでもらうわ!」
門を背にする時江に、吹き飛んだ先の王宮前の街道から、そう抹殺宣言を下す登喜子。今の彼女は、これまでにない怒りを、静かに放っていた。
そして薙刀を構えて、時江に仕掛けようとする。先程の不意打ちによる薙刀の一閃は、時江の予知能力によって躱され、自身が反撃にあってしまった。時空魔道士が格闘戦をする際の、あの転移による背後狙いは、ほぼ通じないのは確定である。
(一瞬で未来予知が出来る奴に、ああいった小細工は一切通じないわね・・・・・・。となると手は一つだわ。小細工は使わず、真正面から堂々と突っ込む!)
その思考のままに、登喜子は無策で、そのまま猛牛のごとく時江に向けて突進した。魔法という遠距離攻撃に出来る者には、これは当てやすい格好の的であることにも構わずだ。
ゴォオ!
当然のごとく、そんな彼女に、時江は容赦なく炎を放つ。光線のごとく直線上に放たれる、赤き魔力の放射が、登喜子に命中して見せた。
「くっ!」
普通なら「やったか?」というフラグ台詞が出そうな所、数秒先の未来を予知した時江は、何か起こる前に、焦りの表情を見せた。
正面から炎を浴びた登喜子だが、彼女は倒れも怯んだりもしない。彼女は炎を堂々と受け止め、そのまま進路を変えることなく、時江に突進を続けたのである。
登喜子は自身の目の前に、盾状の結界を張り、それで炎を受け止めながら直進しているのである。この結界が、登喜子自身の魔法なのか、結界装置によるものなのか不明だが、それは時江の炎を防ぎきる、十分な強度を持っていたようだった。
そして登喜子の極めて高い身体能力と、六本の脚から出る馬力で、炎の勢いをあっさりと打ち負かし、熱線を浴び続けたまま、多少勢いを落としたものの、そのまま突撃の継続を可能としている。
(これは・・・・・・どうすれば!?)
時江と登喜子の両者の幅は、もの凄い勢いで縮まっていく。このまま方策を変えずにいれば、自身の未来がどうなるかを視た時江は戦慄した。
このまま横に逃げて、突撃を躱しても、すぐに登喜子はそちらに攻撃方向を変え、無防備な自身の身体を切りつけるだけだ。そんなこと、未来予知が出来なくても、誰だってできる判断だ。
そして一直線に放たれる攻撃の、軌道を先に呼んだところで・・・・・・いやそんな攻撃、そもそも特殊能力で読む意味もないのだが。
それを避けきる速度が出せなければ意味がない。そこで彼女はすぐに、対策を変える。時江は放ち続けていた炎を止めたのだ。そして即座に、別の魔法を発動させる。
ダン!
次に放たれるのは、炎ではなく、何かの衝突音。時江は瞬時に、自身の前方に、魔法による結界を張った。魔道杖の先端から発生した、宙を浮く半透明の盾が、登喜子の薙刀の一閃を受け止めたのだ。
そこで始まる、薙刀と結界の鍔迫り合い。だがその結界は、登喜子の怪力から放たれる、振動刀による近接攻撃に、耐えうる強度を持っていなかったようだ。すぐに彼女の結界の方が、限界に来て崩れ始める。
(ど・・・・・・どうすれば!?)
時江は既にパニック状態だ。未来予知の、この先の自身の未来を視て恐怖するが、だからと言ってこれでは何の対策もとれない。
未来予知は、単純力技は先方の前ではあまり意味をなさず、彼女は予知した未来を変えることはできなかった。
ザシュ!
結界は破れ、魔道杖の木の棒のように簡単に切断される。勢いのままに、登喜子は時江の胸を深く切り裂いた。
「ゴフッ!」
ローブごと切り裂かれた胸から、当然の大量の出血が起こる。その傷と痛みに、倒れそうになる時枝が、その前に彼女の視界が宙を浮いた。素早く放たれた登喜子の二撃目が、時江の首を切り裂いたのだ。
以前ここで紺と黄が斬殺されたことがあったが、これは同じ場所での二度目の殺人事件。時江の生首が門の前まで転がっていき、そこでようやく彼女の五体も、その場で倒れ伏しようとした。
(ふう・・・・・・これでようやく終わったわね)
あの鎧武者に続けて、それを操っていた張本人も倒したと登喜子はようやく、完全に安堵した。
そして正門の方に、門を開けるよう口にしようとした。結界を張った王宮内は、向こうから招かれない限り、転移で侵入することも出来ないからだ。
(うん?)
だがその声を上げようとした直後に、登喜子は違和感に気付く。すぐ後ろにある、さっき斬り倒した相手の気配が消えていないのだ。
振り向けば、そこには首無し死体が、やはり倒れることなく、その場に立ち尽くしているのだ。一瞬異世界の伝説の、弁慶の仁王立ちかと思ったら、明らかにそれとは違う様子が分かる。
その首無し死体の両手が、まるで何かを探すように、オロオロと振るわれたのだ。
(なっ!? デュラハン!?)
この世界には、首無し騎士のモンスターの存在も、昔話などで知られている。死んだはずの時江の姿は、それに酷似していた。最もこちらは騎士ではなく魔道士だが。
そして彼女は、首のない状態で歩き出したのである。首がなければ、当然目も耳もなく、方向感覚があまり掴めないのか、足取りはふらつき、何度か倒れそうになりながらも進み続ける。
登喜子が唖然としてそれを見る中、その首無し魔道士が向かう先は、先程切り飛ばした首が転がっていた方角である。
見ると遠くから見える、その生首の表情が、こちらもまるで生きているように、表情が動いているように見えた。
酔っ払いのような足取りで苦戦しながらも、ようやくそこまで辿り着いた首無し魔道士。彼女は、その生首を拾い上げ。先程胸を大きく斬られたはずだが、その傷はこの短時間で一気に縮小し、物を持ち上げるのに支障がないまでに再生していた。
そしてまるで人形の手入れのように、その生首を、自身の首の切断面に繋げたのだ。
「ゴホッ!」
そして出されたのは、一つの咳。切断された筈の頭と胴体が、手作業で接続され、そして今繋がったようなのである。
多くの人間を殺し、首無し死体なども見慣れた登喜子も、さすがにこういったものは初めてで、大層な驚きようである。
(何あの不死身ぶり!? あれで本当に人間!? 悪魔とかじゃないの!?)
口が軽くて、あっさり機密をばらすかもと言う理由で、今でも魔素人のことを知らされていない登喜子。散々頭の悪さを指摘されていた彼女も、さすがにこれはおかしいと感じる。
一方の時江も、繋げた首を完全に再生するのに時間がかかるようで、そのまま首がズレ落ちないようにしっかりと、自身の首を押さえつけていた。
そんな彼女は、こういう状態だと調子が出ないのか? この時は瞬間予知能力が発動しなかったようで、次に自分の身に起こることを、先読みすることが出来なかったようだ。
「はあ・・・・・・死ぬかとおもっ・・・・・・ふごっ!?」
ようやく首が繋がったようで、抑えていた両手を離して、何かを喋り出した時江。だがその途中で不意打ちを仕掛ける者がいた。
「あんた・・・・・・誰だっけ?」
その人物は登喜子ではない。我に返って、時江を背後から奇襲しようと思ったが、また予知能力で飼わされるのではないかと、躊躇った最中に、登喜子の横を通り抜け、背後から時江の頭を盛大に、拳を叩き付けたのだ。
常人なら確実に首が折れる・・・・・・というか実際に折れている時江。そのまま今度こそ、本当に意識を失い倒れ込む。
普通なら致命傷レベルの攻撃を受けたが、焦ることはない。魔素人である彼女ならば、体内の魔素が完全に消える前に、肉体の修復を終えるだろう。
「誰って・・・・・・別に初対面じゃないだろ? 前に家にまで上げてもらったし」
「ああ・・・・・・悪いわ。人の名前を覚えるのは苦手でさ」
その闖入者=黄の言葉に、登喜子は再度安堵する。そして薙刀を構えたまま、倒れた時江に、トドメをささんばかりに動いたのを、黄が静止した。
「いやちょっと待ってよ! 実はこの人は悪霊に取り憑かれてて、それももう祓ったから!」
「何でそんなこと判るのよ?」
「これまでにも何度もやったから。僕と紺は、殴るだけで、その悪霊を祓えるんだよ!」
「そう・・・・・・」
特に疑うこともなく、あっさりと納得して薙刀の鋒を収める登喜子。だがそれとは別のことで、納得できないことがあるようだったが。
「ていうかこれ、絶対に悪霊に憑かれた感じじゃないわよ。さっき首を斬ったときに、随分前に戦った、魔人ていう化け物に似た気配を感じたわ。王室の奴ら、私に何か隠して・・・・・・」
『お前ら、門を開けるから早く中に入れ!』
登喜子の疑問の言葉が、また途中で遮られ、今は随分と慌ただしい。次に聞こえてきた声は、王宮の方からの門前の放送で呼びかけられた太政大臣の声であった。
『ヘドロスライムがここまで迫っている! しかもかなりやばい感じだ! とにかく急げ!』




