第四十四話 ヘドロスライムの進化
「ちょっと何よこれ?」
「あの人誰? アマテラス人みたいだけど・・・・・・あとあの猫は確か」
一連の騒ぎで、ヒューゴの家に向かっていた紺と黄。だがその道中で、また変わった光景に遭遇していた。
どれだけの爆弾が放り投げられたのか、その一帯の家々は、木っ端微塵である。残された壁には、高熱で溶解しているところまである。
そんな激戦地の中央にいるのは、彼らにとっては初対面の、あの犬神時江教諭。そしてその周りを、武器を持って取り囲むのは、あの黒づくめの護衛集団である。
犬神教諭が五体満足なのに、集団で囲っている者達は、既に満身創痍である。
少し離れた所では、既に戦闘不能となった仲間が数人、まともに動けずに倒れ込んでいた。そして以前ヒューゴのクラスメイトの家にいたボクサー猫も、彼ら同様に、身体の半分が焼け焦げ、各部から血を流して、今にも倒れそうな程ふらついていた。
敵に会うとしたら、あの武者かと思ったら、そこで見知らぬ者達が、理由の分からぬ激戦をしていたのだ。しかも一対多数で、一人の方が圧倒的優位で。
「あら貴方たち誰ですか? 関係ない方なら、早々にここから立ち退きなさい」
「関係ある! 紺様、この者がヒューゴ様の命を狙う賊です!」
時江の問いかけを、先に護衛者達が否定して、紺達に告げる見覚えのある尻尾が生えた護衛者。その言葉を聞いて、紺達は瞬時に険しい顔で、腰の得物に手をつける。
「もっと詳しい状況を話してよ。まずあんたらが誰かは判るとして・・・・・・あんたはいったい誰? ヒューゴを殺そうとしてるってなら、どういう繋がりでの人?」
あえて護衛者の正体には追及せず、時江に対してのみ、身元の説明を要求する紺。それに時江は、困った顔で答えた。付近で物騒な巨大な足音が近づく中、時江はやましいことなど何もなく、実にあっさりと答えてくれた。
「どういうって私はヒューゴ君の担任で、天子様と彼のためを思って動いてるだけですよ?」
「天子様のため? いや・・・・・・そもそも占術科の担任は、あいつの正体知らなかったんじゃなかったっけ?」
以前に光二は、担任は学科の状況に不審を感じているかも知れないが、詳しい実態は知らないという話しだった。
ちなみにその人のために、何故その人を殺そうという論理になるのかということに、疑問の言葉を上げない辺り、彼らも大分慣れてきたようだ。
「実は私・・・・・・こっそり理事長達の話しを聞いてしまったんです。いえ、意図せずにうっかり聞いてしまったといいますか。私達狐人の発達しすぎた聴覚は、時折余計をことを聞いてしまうミスをよくしてしまうのもので・・・・・・」
周囲に起き上がってきた隠密達が、武器を構えて彼女を取り囲む中、時江はあまり警戒した様子もなく余裕な様子。それもその筈、彼女には、いつ敵が仕掛けてくるかなど、予知能力で把握済みであるからして。
「驚きましたよ、まさかヒューゴ君が、天子様の御令孫だったなんて。どういう内情でお生まれになったのかまでは、この時の会話では判らなかったのですが・・・・・・。どうやら天子様は彼のことを気にかけているようで、彼のために多額のお金を、学校に出して下さったとか。それなのにあの理事長方は、どうやら勇気を出せずにそのお金でヒューゴ君を救うことが出来ずにいるようで・・・・・・それで私が代わりにそれを行って差し上げようと・・・・・・」
「ちょっと待て、さっきからお前が言っている“救う”ってのは、具体的にどういうことをすることだ?」
「何って殺して差し上げることですけど? 天子様はどうやら、ヒューゴ君をとても大切に思っているようで。だからこそ自ら手を差し伸べて、死という最高の祝福を差し上げるおつもりだったようです。ああ・・・・・・何と高貴なお方は、ご家族への愛も、実に深く素晴らしい! これは何としても、私達はその思いに答えて上げなくてはいけませんじゃないですか!」
「お前ら・・・・・・こんないかれた会話するよりも、早く逃げた方がいいんじゃ?」
不吉な足音がどんどん近づく中、取り囲んでいる隠密の一人が、外野に対する逃げ腰で指摘するが、生憎紺も時江も、それに全く気にしない。同じく気にしていない黄が、二つ目の指摘をする。
「それじゃあ、あの鎧武者はお前の差し金なのか?」
「ええ、私がこっそり天子様からの御礼金を持ち出して、ある武器組織から買い取った機械兵器ですわ。何分彼の傍にはあの、人を救う意味を判っていない、愚かで尚且つ強すぎる義母がいるので。これは私一人の力では、彼を救うことは達成できないと思いまして・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
紺と黄は、最後の言葉で、あることに納得した。連日彼らも聞き届けた、何度か冤罪を生んだ、あの学校内の金銭盗難事件の犯人が、今ここで判明したのである。
そんな彼らを見て、時江は実に残念そうに言葉を続ける。
「どうやら・・・・・・その様子だと、やはり貴方たちも、私のすべき正しい行動を理解できない、可哀想な者のようですね・・・・・・」
「まあ、そうね。何でアマテラス人が魔素人になったのか謎だけど、今からあんたをぶん殴って救ってやるわ」
殴って救うという、時江同様に支離滅裂に聞こえて、実は整合性がとれている発言の後。紺は拳を構えて、一気に時江に向けて突撃した。真正面から突っ込んで、いつものように彼女を殴って、魔素を浄化するつもりだ。
だが・・・・・・
ドオン!
その瞬間に放たれる強大な火柱。俯いて彼女の方を見てもいないのに、まるで紺がいつ飛びかかってくるのか、予め判っているかのようなタイミングで、時江はあの強大な火の魔法を放つ。
岩をも溶かす業炎が、紺を丸ごと呑み込む。そして瞬時に赤い輝きが消えた後は、真っ黒な人型と化した紺。肉も服も焼け焦げ、かなり丈夫に出来た刀だけが綺麗に残っている。彼女はその場で、ボロボロと灰化した肉片を、汗のように垂れ流しながら倒れ込んだ。
「しゅ・・・・・・瞬殺・・・・・・」
正面から飛びかかって、無防備に魔法攻撃を受けて、あまりにあっさりと倒された紺。まあどうせ彼女が死なないことは、最初から判っていたので、それに対するショックなど微塵もないが。
出てきてあまりにあっさりとしたやられぶりに、周りの隠密達が呆れかえっていた。そしてその場に、どこからか巨大な影が、その場を真っ黒に覆い尽くしたときに、彼は一斉に駆け出した。
「たっ、退却!」
その言葉と共に、一斉に蜘蛛の子のように散らばっていく。別に彼らは、時江に恐れをなして逃げだしたわけではない。この場に、強敵であり、そして戦う意味が全くない敵が現れたからだ。
それは家々を踏み潰しながら、こちらに直進してきた、とてつもなく不潔な怪獣=ヘドロスライムがこの場に現れたからだ。
「あらあら・・・・・・これは困ったお客様が。とりあえず私は、ヒューゴ君に用があるのでこれで・・・・・・」
「あっ! ちょっと待てよ・・・・・・」
こんな奴の相手などしてられないと、さっさとヒューゴの逃げた先を追って、時江が駆け出す。それに残された黄が、何ともやる気の感じられない声を上げて、その後を追っていった。
誰一人ヘドロスライムという強敵の相手をすることなく、その場に彼一人だけ取り残されてしまう。彼もまた、逃げる者を追うことなく、彼の手はあるところに差し伸べられる。
そこには歩道に転がっている、火を入れすぎたローストチキンと化した紺。その焼死体を、ヘドロスライムの右掌が丸掴みし、そしてその死体を半液状の自身の肉体の中に捕食・吸収していった。
さてこちらでは一つの激戦が終わりを告げていた。半壊状態の登喜子宅の庭で。幾重もの陥没や亀裂が地面に出来た、一体どれだけの激闘が繰り広げられたのかという惨状。
その中で、息が上がり汗だく状態の二人が、一つの倒れ伏した巨体を見下ろしていた。
「はあ・・・・・・やっと終わったわ」
「ふう・・・・・・楽しかっ・・・・・・いえ! おぞましい敵でしたわ!」
心身共に疲れ切り、双方の得物に大分細かい刃毀れが出来ている、登喜子と晴子。先程まで彼らと戦っていたあの機械の武者は、つい先程完全に機能が停止したばかりである。
彼の全身の装甲は、傷がないところを探すのが難しいほどに、散々に傷と凹みが出来まくり、元の勇猛な鎧武者の面影など微塵もない。はがれた装甲からは、機械の部品が露出し、そこを更に一突きしたような痕跡もある。
どうやらあの頑強な武者も、この二人の攻撃を散々に受け続けて、長い耐久戦の末に、ようやくHP0になってくれたらしい。
「ようしこれで敵はいなくなったわ! ところでヒューゴとネルはどこに逃げたのかしら?」
時江のことを知らない登喜子は、これでようやくこの問題が解決したものと、早合点して安心しきっていた様子。その直後に、狙い澄ましたかのように、晴子の懐の携帯が鳴る。
「はい! もしもし、光二さんですよね?」
『ああ、二人の健闘はこちらもテレビを通じてよく見てたよ。それとヒューゴ様は無事だ。ついさっき桜花が護衛と幼女もろとも、この王宮に避難させたところだ』
「あら、また桜花には世話になったわね。でもこれで敵は・・・・・・」
『悪いがそうもいかない』
耳が良い登喜子が、その通話の内容を聞き取って、また早急な安堵の言葉を上げようとするが、それをすぐに光二が否定する。
『問題が二つ起きた・・・・・・。まずヒューゴ様を狙って、あの武者を差し向けた魔素人が誰か判った』
「へえ・・・・・・それは誰よ! すぐぶっ殺してやるわ! ・・・・・・それとなんでヒューゴに敬語?」
光二が語ったのは、先程彼らにももたらされた、あの時江が犯人であったという事実。そして次に語られた、二つ目の問題とは・・・・・・
「グォオオオオオオーーーー!」
王都内に大怪獣の雄叫びが響く。その怪獣とは、あの皆に無視されて逃げられた、あのヘドロスライムである。
あの半液状の巨人は、巨体で動くが、声などは一切発していなかった。そもそも、声を出せる口がなかったのだが。
だが今は明らかに様子が一変していた。のっぺらぼうだった巨人の、顔の下部が裂けて口のようなものが出来ている。上部には顔に二つの穴が出来て、そこからガラスのような球状の物が奥から出てきていた。まるで人形の目のような物ができている。
さらにその顔全体も、徐々に細長くなってきて、まるで蜥蜴やワニのような形状になっていく。
身体全体も、やや細くなってきているようで、首も少し伸びているように見える。更に尻部から、突起のような物が出来たかと思うと、それがどんどん伸びてきて、尻尾のような状態になっていく。
また彼の表皮も、最初の泥のようなヌメヌメした物から、次第に凝縮して、ゴツゴツした岩のような硬質的な質感になっていた。
今まで出現したヘドロスライムには、当然このような、奇抜な変化はなかったし。もし専門家がこれを見ても、何がどうなっているのか、何も答えられなかっただろう。
一体彼の身に何が起きたというのか?
この変異が起こる直前に、彼は紺の焼死体を捕食していたのだが、それは恐らく偶然で、この変異とは何の関係も無いだろう(?)。
そもそもただ動き回るだけだったヘドロスライムが、人間を捕食するという行動も、これまでにもない異例な物であったが・・・・・・
恐らくそれも特に意味がない、深く考える必要もない、特に重要性のない不思議であろう・・・・・・(?)




