第四十一話 赤き刃の薙刀
「またヘドロスライムだ!」
「くそっ! 最近、出てこないから、もう大丈夫と思ったのに!」
「皆さん落ち着いて! あれは動きが鈍いので、冷静に手早くここから離れれば大丈夫です!」
またもや大地を割り、その亀裂から巨大な湧き水のように出現した大量の汚水が、巨大な人型となって街中に出現する。
最初に事件が起きたときと違い、人々にも慣れが出たのか、初期の頃ほどの混乱は起きない。人々に賢明に避難指示を出している警官は、どうやら魔素人ではないようである。
警官の言葉にあるとおりに、ヘドロスライムの動きは遅い。人型の形成を完了して、動き出した巨人が、近くの家を倒壊させる。だがその時には既に、家の者は手早く避難した後であった。
そもそも街が壊れても、後から桜花の魔法で修復できるために、街の危機感は大分薄い。最も、当の破壊の根源がいなくならなければ、解決しない話しであるが。
(でもこれどうするんだ!? 確か本署では、前の事件のせいで、兵器使用が自粛されてるけど・・・・・・)
以前のヒューゴの件の時に、殺人犯が兵器を使用して助けた警官が現れた。これではいつ、兵器を持った警官が、市民を攻撃すればいいのか判らない危険な状態で、警戒が叫ばれている中での、最悪のタイミングであった。
「うちの子は盗みなんか働いていません! どうか今一度調べ直しを・・・・・・」
「ああ、うるさい! こんな時に、また騒ぎ立てやがって・・・・・・」
さてその頃の警察署の方では、ヘドロスライムとは別件のことで、ちょっとした騒ぎが起きていた。街の騒ぎで、出勤前だった副署長が、慌てて警察署に駆けつけたところ。ある民間の女性が、彼の元に直訴するように走り出たところを、他の警察が取り押さえたところである。
「おい何だあれは?」
「はあ・・・・・・前の魔法学校での盗難事件の被疑者の家族だそうで・・・・・・」
「ああ、あれか・・・・・・」
その女性と警官達が揉めている中、副署長が部下の説明を聞いて納得した。以前魔法学校であった、表向きは校の予算とされている、天帝国政府からの援助金(賄賂)が盗まれた件である。
あれは最初に被疑者と思われた人物が、ある目撃証言者によって、容疑が覆されたばかりである。最もその証言者が、警察の不手際でかなり悲惨な目にあってしまったが。これを思い出して、副署長は明らかに嫌な予感がして問う。
「あれは新しく被疑者を捕まえたと言っていたが・・・・・・まさか今回も何かの間違いと言うことはないだろうな? また潔白の証拠を潰したりとかは・・・・・・」
「大丈夫です、今回に関しては一切抜かりありません! 証拠を鑑定した鑑識班も、全員が大蛇から渡ってきた、優秀で尚且つ信頼の出来る方達です。彼らの言うことに間違いなどあろうはずがありません!」
大蛇出身ならば、旧政権に洗脳された魔素人である可能性はまずない。部下がそう力強く断言する中で、当の被疑者関係者と警察達の口論が白熱していく。
「あれはこちらが確かな捜査をして、間違いない証拠を見つけて逮捕したんです! 残念ながら・・・・・・」
「貴方たちの言う証拠なんて、信用できるものですか! いつもいつも適当な仕事をして・・・・・・」
「貴様ぁ~~~! この私が、鑑識班の家族を誘拐して、脅迫してまで捏造させた、完璧な証拠を疑うというのか!? この外道が!」
「「!!??」」
その口論の最中、突然何の迷いもなく、一人の警官が堂々と不正告発を発言して、皆が絶句する。
更にその警官は、怒りのままにその場でその女性を斬り殺してしまった。その後の警察署では、もはやヘドロスライムなど構ってられないほどの混乱が続くこととなる。
「おい登喜子・・・・・・仕事さぼってないで、早く行けよ」
久々のヘドロスライム出現の報を、テレビで見た直後に発せられたのは、ヒューゴのそんな言葉であった。
お茶の間に暇で特に興味のない番組を見ていたところ、突然流れ出た緊急警報。だがその内容よりも、ヒューゴの言葉の方に、登喜子が驚愕していた。
「えっ? 行け? 仕事?」
「当たり前だろ。お前ずっと、下水のモンスター駆除の仕事、サボってただろ。だからこんなことになるんだよ。俺はその間、晴子さんの方に行ってるからさ」
「いやでもね・・・・・・ヒューゴが・・・・・・」
「こっちはもういいんだよ! お前が勝手にしているせいで、迷惑被ってるのは街の人と、桜花さんだろうが!」
元々ヘドロスライムの駆除の仕事を、上に断りなく中断していた登喜子。最も上の方も、彼女の内情を知っているために、特に咎めるような連絡はなかった。
だがここで実害が出てしまったことに関して、まさか当の原因だったヒューゴから、咎めの言葉が入ってしまったのである。
今までは登喜子が何かしても、特に何も言わずに受け入れていた。だがずっと傍で見張られているストレスが溜まったのか、ここに来て突然怒るように言ってきたのである。
「どうせ俺は殺されても、桜花さんの魔法で生き返れるんだ。それよりも街を直す方が、あの人にとってずっと負担の筈だろう? これで桜花さんにまた迷惑かけるほうが大変だろうが! これでまた実の娘に恨まれたいのかよ!?」
「ええ・・・・・・いやそれは嫌だけど・・・・・・」
「いいから行け!」
苛立ちが高まるヒューゴの言葉に、登喜子は戸惑いながらも、やむを得ず頷くのであった。
身長十メートルもの汚物の巨人が、何を考えているのかどこへ行くつもりなのか、街の中をとにかく真っ直ぐ前進していく。
彼が進む度に、大地に汚物と異臭が撒き散らされ、建物が次々と紙箱のように潰されていく。
「それ以上家を壊すな! こっちに来い!」
途中で何人かの警官が、建物の被害を減らすために、公道の方から発砲して注意を引こうとする。だがそれも全く気に留めない。弾が当たった部分には、針で刺したような小さな穴が開くが、それもすぐに再生してしまう。
ちなみにこの巨人が向かう方角には、丁度紺達が泊まっている宿があるが・・・・・・それは恐らく偶然だろう。
「大変だ! 〇〇地区にももう一体あの巨人が出たぞ!」
連絡を受けた警官が、仲間に放った言葉は、更なる事態の悪化を告げるものであった。そしてその直後に、ようやくこの場に事態を収められる救世主が現れる。
「ああ~~~くそっ! あんたのせいで、ヒューゴに怒られちゃったじゃないの! ちょっとあんたどうしてくれんのよ! こんなに街を壊して、後で桜花が大変じゃない!」
随分と自己都合で苛立っている様子の登喜子。巨人が踏み潰した後の、異臭漂う瓦礫の山の上に、転移で姿を現した。
そして怒りのままに叫びながら、背中に差した薙刀を巨人に向ける。その薙刀の刃は、以前紺達が始めて会ったときと同じ、真っ赤な刀身を持つ物であった。
最もそんな敵意の声を上げる登喜子に、巨人は相変わらず無視。そのまま一直線に進もうとしている背後で、登喜子が薙刀の鋒を上横に突きつける。
すると薙刀の刀身が、赤く眩しく輝いた。振動刀の切断力強化でも、僅かに刀身が発光する。だがそれとはどうも様子が違う、まるで燃えるような眩い輝き・・・・・・と思ったら、比喩ではなく本当に燃えだした。
ゴォオオオオオオオオッ!
鋒から放出される強烈な炎の直線。怪獣の熱線のような、細い赤い光線が、幾つもの炎の塵を撒き散らしながら、高速で放射される。それがあの巨人の背中に直撃した。
ジュアアアアア!
まるで肉が焼けるような音がするが、当然ヘドロスライムに肉などない。着弾点からは、赤い炎の嵐が、波紋のように吹き荒れ、そこから蒸気らしき煙と、灰らしきものがボロボロと落ちていく。この音は、高熱でヘドロの中の水分が蒸発した音であろうか?
「~~~~~!」
ヘドロスライムは声など発しないし、表情も見えないが、登喜子に向けて振り返ったその姿からは、どことなく怒っているように見える。
登喜子の放った熱線を受けた背中の部位は、灰と化した肉片が、砂のようにボロボロとこぼれ落ちていく。それによって、焼け削れた背中に大きな窪みが出来たが、それもすぐに残りのヘドロの肉が溶けて固まって、元の形に再生していく。
紺達のような、質量保存の法則を無視した無限の再生力を持つ者でないなら、今ので身体の体積が多少減っているはずである。
ズン!
巨人が今までにない強い踏み込みで、登喜子に向けて歩を進める。先程よりも動作速度が速く、歩幅も広く、これは走っているのであろう。それでも動きは鈍いが、それでもこの歩幅なら、数十メートル先の登喜子まで、すぐに踏み潰せる距離に辿り着くであろう。
だがその当の登喜子が、数歩踏み込んだ当たりで、その場から瞬時に消えた。そう思ったら、一気に間合いを詰めて、巨人の足下に、転移魔法で接近していた。
そして振りかざす薙刀からは、先程の熱線発射前と同様に、真っ赤な炎の魔力で輝く。しかもその炎の輝きは、炎の刃に具現化して、薙刀の刃渡りを三倍に伸ばしていた。
ザク!
伸びた炎の刃が、元の刃渡りだと絶対に斬れない、その巨木のように太い脚を、見事に叩ききった。
刃の接触と共に巨人の足下は焼けて、切断された太い断面は真っ黒に焦げて蒸気を放つ。そして脚を切られた巨人が、そのまま前のめりにゆっくりと倒れ込む。
その巨体が大地に落ちて、巨大な轟音を鳴らす前に、登喜子は次の攻撃に映る。目の前にある、先程の攻撃で切り離された、地面を踏みつけたままの巨人の脚。そこに登喜子が、炎の薙刀を突き刺した。
ドウン!
巨人の身体が大地に落ちた衝撃の最中にも、登喜子は突き刺した薙刀に己の魔力を流し続けて、その巨脚を内側から焼き焦がしていく。
まるで串焼きのように焼かれていく巨脚。串焼きと違うのは、熱源が外からではなく中からであるということ。巨脚から何かを焼き焦がす音共に、大量の蒸気が噴出し、突き刺した部位から黒焦げの面積が広がっていく。
ボウウウウウッ! ボン!
とうとう内側から、その巨脚が大量の炎と共に破裂した。その巨脚の大部分が灰と化して、一帯に散らばっていく。
ただし全てが焼けたわけではない。爆発させた張本人である登喜子が、その灰と、まだ焼けていないヘドロを、その身に大量に被ることとなる。まあ例え焼けていても、汚い物質に変わりはないが。
(ふう・・・・・・相変わらず臭いわ)
常人なら少し嗅いだだけでも涙目になりそうな異臭の物体を、全身に浴びてもさほど動転しない登喜子。
あの公園で紺達に会ったときの、あの汚れきった姿。彼女が下水道で、どんな戦いをしていたのか、少しは想像できるようになったかも知れない。
ちなみにさっきから登喜子が使っている、赤刃の薙刀は、光二から与えられた魔剣の一種である。
通常の振動刀は、魔力があろうがなかろうが誰でも使えて、良く斬れる刀である。だがこれは、ただ斬れるだけでなく、使用者の魔力に応じて、炎の魔法も使える優れものだ。
本来ならば次元魔法しか使えない登喜子であるが、この魔剣のおかげで、ある程度の炎の魔法を使用できるようになっていた。
この炎の魔法は、このヘドロスライムにはかなり有効であった。だが今の一撃で、この大質量の巨体を破壊できたわけでは当然ない。
巨人が腕立て伏せをするように、地面から起き上がる。切断された脚の断面が溶けて、そこから変形と流動を繰り返し、そこに新しい脚が生えてきた。
だがこれで、この巨人の体積は、かなり削れたはずである。登喜子はこの魔剣に再び魔力を込め、起き上がる前にその火属性の魔力を持った刃を、再び振るった。




