第四十話 地下の死体
「そういうわけでさ・・・・・・何か流れに任せてる内に、あの子を守るのに協力する話しになったのよね。それであんたら何でもいいから何か知ってない? あの鎧武者の正体とかさ・・・・・・。あんたらなら占いで、もう見つけ出しているんじゃないかって話しだけど?」
さてあの猫にボコボコにされた少女が魔法で回復し、隠密達が謎の作業を終えたところで、紺達が早速と自身の動向と要求を説明する。
先程屋内に拘束されて連れて行かれた、あの謎のボクサー猫に関しても聞きたかったが、今は自分達がここに来た要件の方が先と、話しを後にする。
また何故自分の血を、あそこまで慌てて回収するのかという話しには、特に興味がない上に言っても、また話してもらえない気がしたので、あえて口にはしなかった。
「そうですか・・・・・・紺様のご協力を頂けるのはありがたいのですが、残念ながら私どもから、あなたにお話しできることはありません」
「それは何も知らないと言うこと? それとも知ってて、秘密だから教えられないということ?」
「両方ですね・・・・・・職務上、無断で情報を漏らすことは出来ないのですよ。例えあなた方であっても・・・・・・」
黄の問いにも、あっさりと情報交換を拒否する返答をする隠密達。さすがにそう上手く話しは進まないようであった。
「そう・・・・・・それじゃあ、別のこと聞くわね。天子様とやらは、将来あの子を天帝国に連れていくつもりなわけ?」
いきなり世界最高権力者の意向に関する質問をしてしまう紺。こんなもの答えてくれるわけがないと思いきや、意外なことに先程猫にボコられていた美少女がそれに関する返答をしてくれた。
「そうですね・・・・・・天子様のご意志は、まだ私達もはっきりとしたことは伝えられていませんが、恐らくはそうなるでしょう。皇位継承の話しをなしにしても、あの方のような偉大な力を持つ方を、このような汚らわしい原始人の地に留めおくなど、まずあってはならないことです。そのために私達が派遣され、あの方の能力育成を押し勧めているのですから。皇太子殿下も、己の娘の誰かを、あの方と繋げようとまで仰ってますし」
「はあ・・・・・・それはまた・・・・・・ヒューゴさんも不憫だね。本人まだ自分の目標も決めてないのに、知らない内に他人に将来を決められて、見張られているなんてさ・・・・・・」
「皇族の身に生まれた以上、そういった不条理は必然なのですよ」
以前ヒューゴ達の前に見せた、親切なクラスメイトの雰囲気は微塵もなく、まるでロボットのように淡々と、黄の言葉に返す隠密達。
本人も知らない出自のせいで、将来の職も伴侶も勝手に決められ、現状の自身を取り巻く者達の友情も偽り。今の彼の立場を思って、再度彼のことが哀れに思えてきた。
「はあ・・・・・・でもそうすると、登喜子とネルはどうするのよ? もしかしたら、あいつらも天帝国まで一緒に連れて行くわけ?」
「ネル殿のことは、私達にも判りませんが・・・・・・少なくとも登喜子を天帝国政府に招くことはないでしょう。彼女のような前科持ちの者は、天帝国では一切必要とされない者ですから」
「つまりあいつだけのけ者? もしそれであの女がキレたらどうするのよ?」
「彼女が怒ろうと知ったことではありませんよ。もし暴力に訴え出てきたら、こちらも同様の手でねじ伏せるまでですから」
登喜子のヒューゴへの愛情に関して、実に非情な返答を、隠密達は実に無情とそう切り捨てたのであった。
「(後からかなりやばくなりそう・・・・・・)それじゃあさ・・・・・・一番最初に気になってたことだけど。あの猫何?」
「私が飼っている猫です。ちょっとやんちゃで、今日は少しいきすぎたようです。止めていただき、ありがとうございました」
「そう・・・・・・」
この短いやり取りで、今回最大の謎が、あっさりとスルーされてしまった。正直あんな危ない猫が、天帝国に普通にいるものなのかと、紺達はかなり疑問だが。
当人達がこれ以上の返答はないとばかりに、力強く宣言するので、それで納得することになった。
それから間もなく、紺達の軽い質問をかわし、他所に自分が隠密であることに口止めをして帰らせた後のこと。
先程猫による騒動が起きた、あの家屋内に、隠密達が纏めて上がっていた。先程の猫の暴れっぷりで、屋内の家具は散乱し、あちらこちらの壁に穴が開いている、酷い有様だ。
だがそんな惨状を無視して、一行はあるところに急ぎ足で駆け込む。二階への階段の傍にある壁に、まるで忍者屋敷のような隠れ板の出入口がある。
その先には民家には珍しい、地下室へ続くだろう下階段があった。揃ってその階段を下り、辿り着いた部屋は、コレクター部屋のように、多数の武器が棚や壁に置いてある、物騒な部屋である。
他にも用途不明の機械装置やパソコンなどがあり、まるで悪の組織の隠れアジトのような場所に、一際目を張る、とんでもない物があった。
それは布団のない金属製のベットに寝かされている、二つの首無し死体であった。もし外部の者に見られたら、間違いなく通報される代物である。
その女性と子供と思われる二つの死体には、不思議なことがあった。その死体が着ている服が、先程出て行った、紺と黄の着ている服とそっくり・・・・・・というか、全く同じであるのだ。
特に紺の着ている、この世界では珍しい白いセーラー服は、本来ならばこの地に一つしかないはずである。
隠密達がその死体まで駆け寄り、そしてその身体をくまなく観察する。そして女性の死体の、既に固まった血で覆われた、首の切断面を見て、顔をしかめていた。
「やはりな・・・・・・あの猫、この死体を囓ったな」
まるで包丁を入れた大根のように、スッパリと綺麗に斬られた切断面。その箇所が一部欠けていたのである。隠密が言う通りに、まるで動物に囓られたような、僅かながらも新たな損傷が確認できるのだ。
「あの猫、お前が飼ってた奴だろ? あいつをこの中に入れたのか?」
「故意に入れたわけじゃないわ。・・・・・・ただうっかり隠し扉を閉め忘れて」
「とんだ失態だ。お前は隠密としての自覚があるのか!?」
「うう・・・・・・ごめんなさい」
リーダー格と思われる者が、厳しい口調で咎める言葉に、件の猫の飼い主がすっかり落ち込んでしまった。どうもあの猫が、この謎の死体の一部を食べたようであるが。
それがどうして、あのような変事を引き起こすことになったのか? その辺はどうしても謎であるが・・・・・・
「それでどうするんだよあの猫? 異形化がもうあそこまで進んでしまった後だと、もう元に戻せないわよ」
「やむを得んよ・・・・・・とりあえず本部に連絡して、保護できるかどうか相談するしかないな。しかし・・・・・・」
リーダー格が、目の前の首無し死体を見て、何かを恐れるような、同時に感心しているような目線を向けて言葉を続ける。
「頭部がないのに生命活動が止まらないどころか。こんな僅かな肉片で、只の野良猫をあそこまで進化させるか・・・・・・。最初に任務で聞いた時は半信半疑だったが、確かにこれは本物の不死の女神に違いない。何という素晴らしい力だ・・・・・・」
この首無し死体、外面だけ見るとどう見ても死体だが、よく見るとその身体が僅かに鼓動している。そうこの謎の肉体は、頭も口もないのに、どういう原理か呼吸しているのである。
いやそれよりもっと大きな疑問が。不死の女神とは、これまでの話しだと、先程出て行った紺のことである。だが何故か、この隠密は、目の前の首のない謎の身体に対して、この呼称で呼んだのである。
これはどういうことなのか、何一つ彼らは口にすることなく、この地下室を後にして、その場を解散することになる。
さてその翌日のこと。場所は変わって、登喜子宅付近にある、とある小さな宿屋。旧時代からあった廃屋を再利用したそこは、まだ文明開化の改造が行われておらず、現状どんどん数を減らしている西洋風文化建築の建物である。
旧政権以降の建物であるため、電気や水道などの、機械設備は一切なく、規模の小ささもあってか、手持ちの少ない旅人などが泊まる低級宿の筈だった。だがそこに、何ということか、本来ここに泊まるには、そぐわない者がずっとそこに居座っているのである。
「今日も異常なしか・・・・・・正直退屈だし、そろそろ止めてもいいんじゃね?」
「そういうこと言わないで下さいよ・・・・・・。それに止めて王宮に戻ったところで、私がするべき仕事なんて、殆ど無いに等しいですし」
レンガの壁に覆われた、ベッド以外は特に何もない殺風景な三人部屋の宿室に、狭苦しくその人物達はいた。
狭苦しいというのは、別に部屋が狭いというわけではない。そこの住人の体格が大きすぎて、対比的に狭くなってしまったということである。
その人物は言わずもがな、階級上ではこの国の最高権力者である晴子である。その身は、軽装の甲冑風のプロテクトスーツに身を包んでいる。壁には刀や薙刀や大型銃などの、いくつもの武器が立て掛けられている。
何故この貧乏宿に、こんな高貴な人物が、物騒な武器を持ち込んで泊まり込んでいるのか? 答えは簡単で、ここが登喜子宅に一番近い宿だからである。
ヒューゴを守るために、そして警察が信用できないために、自らヒューゴの護衛に買って出た晴子。しかし今の所、何の脅威も起きておらず、暇なのか今はスマホゲームで遊んでいたりする。
そんな彼女の付き添いで、雅弘と鹿太郎も一緒に泊まっている。ちなみに晴子は、体格の問題でベッドに上がれないため、ここ数日は壁に寄りかかっての就寝生活である。
固い壁に背中が当たっても、何の問題もなく眠れる当たり、一般に思われるような贅沢貴族とはかなり違うようだ。
「まあ確かにお飾りの国王だし、暇なのは間違いないけどよ・・・・・・。何も市民一人の為に、ここまでする必要なんてなくねえか?」
「何を言いますか! 天子様の御令孫を守るのに、私が身を張らない理由がないと何故言えるのです!? 例えお飾りの国王でも、私に出来る事があるということを・・・・・・」
「声でけえよ! 扉の方に、店員が立ってるぞ!」
三人が今は閉められている、廊下に続く扉を見ると、急にそれがゆっくりと開かれる。そこにはこの西洋建築には似合わない、和風の給仕服を着た女性店員が、今日の献立を持って部屋に入ってきた。
「失礼します・・・・・・ご朝食を持ってきました・・・・・・」
恐る恐るといった風で、持ってきたものを置いていく店員。最初にここに国王が自ら宿泊を申し出て、宿屋を三回ぐらい建て替えられるほどの宿代が支払われたときは、宿の者は当然のごとく驚愕しきっていた。
だがそれも数日する内に、徐々に慣れてきたのか、今は普通な態度で接客してくれるようになった・・・・・・筈だった。
だが今の彼女は、何故か初日同様に震え上がっていて、何故か逃げるように退室していったのである。
「あれは絶対に聞かれたな・・・・・・天子様の御令孫という言葉・・・・・・。あいつ今外に出たな。即効で言いふらしてるかも」
「ええ・・・・・・はい・・・・・・どうしましょ?」
うっかり国家機密を一般人の前に喋ってしまった登喜子。ここに国王が泊まっていることは、しっかり事前の口止めと、晴子自身がこの部屋から一切でないせいで、今のところ外に話しが漏れていない。
前に晴子が、身体が鈍らないようにと、この狭い部屋で筋トレして、うっかり護衛二人を蹴り殺して、慌てて桜花を呼び出したが、それも外では騒ぎにもなっていない。だが今回の件は、少々後から厄介な話しになりそうな気配であった。
「まあまだ名前を言ってないだけ、マシだろうよ。無理に口止めしようとして、帰って騒ぎを大きくなったら構わん。どうせ噂になっても、いずれ只のデマと忘れ去れるだろうよ」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうものだぜ。ただもうあまり余計な子といわない方がいいぜ」
それからしばらくして、一行は退屈凌ぎのゲームを続けながら、何事も起こらない時間を過ごしていた。だがふと聞こえてきた、とある学校(魔法学校ではない)の鐘で、ふと鹿太郎があることを小声で言う。
「そういえば・・・・・・今日から魔法学校も再会するらしいが。あの隠密共はどうするんだ? 監視対象のいない学校で、意味のない授業を受けるのか?」
「それはそうなのではないでしょうか? 家には登喜子さんも、ここに私もいますし、大丈夫だとは思いますけど」
「登喜子か・・・・・・そういやあいつ、ヘドロスライムの駆除を、全部請け負っていたけど、その辺の仕事どうしてんだろ? ずっと休んでるんだと、あいつらがまた増えるんじゃ・・・・・・」
ドウン!
武者の件で半ば忘れ去られていた、この街の抱える忘れてはならない問題。その話題に触れた最中であった。どこか近くから、盛大な爆音と、大勢の人々の悲鳴が、一斉にここまで聞こえてきたのである。




