第三十九話 ボクシング猫
さて登喜子宅から離れた二人は、自分の宿に戻る道中で早速光二に携帯で連絡を取り合っていた。
『ふうん・・・・・・お前達の正体は、別の時空の日本人か。まあ名前からして、そんなところだろうと思っていたが。しかし千年以上前の人間の過去を見れるとは、聞いてた以上の能力だな・・・・・・』
「へえ登喜子達はベタ褒めしてたけど、そんなに凄いんだ。本人無気力だけど、確かにあれは、世のため人のためになりそうな力よね」
『確かにな・・・・・・お前達が受けた過去透視だけでも、世の中の殆どの情報を調べ尽くせる。これほど有望な人材はない』
「だったらさあ・・・・・・もうあいつに自分の生まれのこと教えて上げたら? 本人将来の志望がないって言ってたし、未来の天子になれって言ったら、意外と受けてくれるんじゃない?」
『仮にそうだとしても、俺からはその方法は止めて欲しいな。どちらかと言えば、彼にはこの国で、俺たちの国益に役立って貰いたいものだ』
彼は単に天帝国の皇位に関わる存在と言うだけではない。彼はこの名のない国にとっても、欲しくてたまらない人材であるようだ。
「まあまあ何とも政治的にきな臭い話しになったことね。私ってば結構やばいことに関わってきたわね」
『それはお前も同じだ。もしお前が、天帝国の始祖だという不死の女神本人なら、彼よりも重大な立場だぞ』
「ああ、そんな話しもあったわね・・・・・・」
当人達も忘れていた、ある重大な疑惑。もっともそれは紺にとっては、あまり興味のない話しのようである。すると今度は黄が、光二に問いかける。
「そういえばさ、あのヒューゴのクラスメイト達。あの中に、やっぱり天帝国の手先が混じってたりする?」
『混じるも何も、あれは全員ヒューゴの護衛と監視に放たれた隠密だぞ。そもそも占術科自体、ヒューゴの能力向上のためだけに作った学科だからな』
「全員か・・・・・・」
『元々時空を読み取る占術の素質を持つ者など、そう多くはいない。このゼウス大陸内ではほぼゼロに近いな。それなのに、現地で六人も集まるなんてこと自体、普通は可笑しい話しなんだよ。この国の人材として、確認されている占術能力者は、ヒューゴ様と犬神教諭の二人だけだ』
「犬神教諭?」
『ああ、占術科の担任教師だよ。彼女は天帝国人でなく大蛇人だが、僅かばかりだが占術能力がある。まあ専攻は占術ではなく、火属性を中心とした攻撃魔法の分野だが。小次郎会というボランティア団体にいたんだが、団体解散後に、魔法学校が彼女をスカウトして、流れに流れて、ヒューゴ様の担任になったんだ。ただ彼女自身は、ヒューゴ様のことも、あのクラスメイトの正体も、何も知らないはずだが』
「ふ~~んそう・・・・・・じゃあ担任よりも、今度はそのクラスメイトに当たってみるかしらね?」
『それがいいな。占術能力がある奴らなら、当に犯人を見つけ出せているんではないかと、俺も思っていたところだ』
さて既に日が沈み、紺達が訪れた場所は、登喜子達のいる宅とは別の場所にある住宅街。その中の一件の家に、紺達が訪れていた。
一軒家であるが、庭や家屋が小さく、一人か二人暮らしに向いた小型家屋だ。その家は先程言われた、ヒューゴのクラスメイトの一人が暮らしている家である。名札には「服部 分蔵」などと書かれていた。
「どうせ偽名なんだろうけど、もっとマシな名前を考えられなかったのか?」
「そうよね・・・・・・しかし昔の自分の事は何も覚えてないのに、この名前の元ネタがすぐに判るってのも不思議な話ね」
そこで玄関前の呼び鈴を押すと、すぐに中の人が出てきていた。それは先程見たクラスメイトの一人で、蜥蜴のような尻尾が生えて、両頬に爬虫類の鱗がシールでも貼っているかのように生えている、爬虫類系の獣人の少女だ。
休校でもあるために、当然制服などではなく、普段着用の和服である。中々綺麗な着物で、最初に会った時を思い出せば、結構綺麗な容貌の美少女であったが。だが今はそんなことを思える状態ではなかった。
「ちょっとあんた・・・・・・喧嘩でもしたの?」
「渡辺 紺様と黄様ですね・・・・・・」
力なく口にするその少女は、全身がボロボロであった。値打ち物であろう着物は、既にあちこちが破れ汚れ、見る影もない。
彼女の顔も、何かに殴打らしき打撲が幾つもあり、鼻血も盛大に流している、酷い有様であった。
「話したいことは山ほどあるでしょうけど・・・・・・今は助けて・・・・・・猫が・・・・・・」
バタリ
そう言って、そのまま前向きに倒れ伏し、それを慌てて黄が掴み取る。そして二人が向けた先は、少女が開けた家のドアの向こう側の屋内。その玄関前の廊下で、何故かもう一人の住人(?)が立っていた。
「・・・・・・猫?」
それは猫だった。基本的な外観や体格・毛色は、そこらの野良猫とそう変わらない、ただの白猫である。
だがその猫は、何故か二足歩行で、人間のように立ち上がっていた。腰や背中も猫らしく曲がっておらず、しっかり固定されて垂直に立ち上がっている。
そしてその猫は、何故かボクシングのファイティングポーズのよう姿勢で、紺達に拳を向けている。その肉球付きの拳は、恐らくこの少女のものであろう血で濡れていた。
「何なのこれ!? 猫ボクサー!?」
その奇怪なモンスター(?)を見て、即座に腰の刀に手をかける二人。するとそれを見て猫は、即座に紺達に向けて、拳を構えて突っ込んできた。
元々猫は素早い動物である。だがその通常の猫を遙かに凌ぐ速度で、しかも二足歩行で駆け抜ける猫。倒れた少女を背中を踏みつけ、そして刀を抜いた直後の紺の脛を、盛大な猫パンチを食らわせた。
「!?」
本来ならば猫如きの体重で出せるはずのない衝撃が、紺の弁慶の泣き所に炸裂し、紺は顔を歪ませてその場で倒れ込んだ。その痛手は、以前狙撃ライフルで撃たれた時よりも、若干威力が高いようであった。
「いで・・・・・・」
ドゴッ!
脛の痛みに悶えて、紺が思わずしゃがみ込み、その脛に手を当てる紺。しゃがんだせいで、紺の顔が猫の拳の届く距離まで下がったところで、猫が再度拳をぶつける。
その猫でありながら、蛙跳びアッパーが繰り出される。その一撃を受けて、紺の頭が強制的に上へと持ち上げられ、彼女の顔から盛大な鼻血が飛び散った。
その一撃を喰らわせた後で、バックステップで一旦距離を取った猫が、やや笑ったようにも見える顔を見せて、今度は黄に向けて走り出した。
こちらに一気に間合いに入ってきた、自分より背の低いこの敵に、黄は即座に、猫の頭部目掛けて刀を振るう。だが猫は、背中を後ろに盛大に折り曲げて、その刃を躱す。全力で走りながらのこの反応と動きは、体操選手も顔向けだろう。
そして刀が反り返った自分の喉元を通り過ぎた後で、猫は再び姿勢を正し、再び黄に向けて拳を放つ。だがそれを黄は、関節を曲げて脚を持ち上げて、その殴打を躱した。そしてその持ち上げた脚で、攻撃を躱された猫を踏みつけにかかる。
「!!」
攻撃を素早く躱されたのに動揺したのも一瞬で、再びバックステップで、その踏みつけを躱す猫。
標的を外して地面を踏みつけた黄の足は、石製の庭の通路をやや陥没させていた。猫はすぐに次の攻撃行動に移ろうと、体制を整えるが・・・・・・
ガン!
その場でその戦いは一瞬で終わった。急所を撃たれたにもかかわらず、かなり回復の早かった紺が、横から割って入って、その猫の脳天を峰打ちで殴ったのである。
猫は相変わらず猫らしくない、人間のような動きでふらつきながら、その場で仰向けに倒れ伏した。どうやら今の一撃で気絶したようである。
「何なのこの猫?」
鼻血を流しながら、その不可思議な動物を見て、紺はただ首を傾げるだけであった。
「お前は・・・・・・紺様!?」
そこで飛んできたのは、先程紺達が入ってきた、庭の入り口にいる玄関で倒れている少女とは別の、ヒューゴのクラスメイト達。
彼らはそれぞれ別の家に住み込みをしているはずだが、何か騒ぎを聞きつけたのか、この家にたった今駆けつけたらしい。そして何故か、殆ど面識のない紺に、様付けで呼んでいる。
「あら、あんたら昨日登喜子の家にいた・・・・・・これどうなってるの? この猫はあんたらの仲間?」
「猫? いや俺たちはついさっき、仲間の緊急連絡を受けて、訳も判らず立ち寄ってきたところで・・・・・・て、あなた何流血してるんですか!?」
何故か紺の鼻血を見て絶叫する、ヒューゴのクラスメイト改め天帝国の隠密達。即座に一人が懐からタオルらしき布を取り出して、紺達の元へと駆け出す。
「紺様、すぐにその血を吹いてください!」
「ああ、何てことだ! あちこちに血が付着してるぞ! すぐに洗浄しないと!」
大慌てで紺が血をばらまいた箇所を探し出し、作業を始める隠密達。時空転移と思われる技で、何もない空間から召還したのは、霧吹きスプレーのような、奇妙な形の容器。
それらをその箇所に向けると、驚いたことに、紺の血液が宙に浮いた。地面に付着し、これから固まろうとしている血液が、突如あり得ない流動を見せて、赤い水滴となって固まり、シャボン玉のように浮き上がる。そしてそれらが彼らの持っている容器に吸い込まれていくのである。
霧吹きは本来、容器から水を噴射する道具であるが、これは全く逆で外部の液体を摩訶不思議な現象を起こして吸い上げているのである。
この不思議道具も気になるが、それ以上に何故彼らが、こうも慌てて紺の血液を採集しているのかが謎である。
「ねえ、ちょっとどうしたのよ? 私の鼻血がどうしたわけ?」
「どうしたもこうしたもない! あの公園の池の異形化を食い止めるのに、どれだけ苦労したと思ってるんだ! その上で、今度は人の家で・・・・・・」
「あん?」
話を途中で急に止めて、紺を無視して作業に戻る隠密達。いきなり怒られて、わけを説明されずに、今度は無視される。
紺は鼻血を吹きながら、ただ首を傾げてきた。ちなみにその鼻血吹きに使ったタオルも、後であの不思議な容器で、血液を抽出されていた。




