第三十六話 狐教師
言った本人が逆に当惑してしまう中、晴子の手元が腰の刀にかけられていた。そう思ったら案の定、数歩分下がって、それを登喜子の前で抜刀したのである。
それを見てすぐに、登喜子は背中の薙刀に手をかける。その薙刀の刀身は、以前のような赤色ではなく、普通の黒と銀の鋼っぽい刀身であった。
「やろうってわけね・・・・・・いいわ、受けて立ってやるわ!」
「ええ・・・・・・私だって遠慮はしません。正々堂々と、ヒューゴ様の護衛権を巡って戦いましょう!」
「いや、何でそうなる!? お前らいかれてんのか!?」
最後のヒューゴの叫びなど、当の二人はさっくりと無視。まさかこんな住宅街の真ん中で、国王が決闘をし出すという珍事態が発生してしまったのである。
「おう面白そうだなこれ! おい鹿太郎、どっちかに賭けるか? 俺は勿論晴子の方で・・・・・・」
「だったら賭けにならないな。俺も晴子が勝つ方を予測してるしな」
「おうやったれ! 姐さん、負けんなよ!」
そしてこのとんでも状況の中、この前代未聞の決闘を止めるものはいなかった。
(もういいや・・・・・・どうせ大事になっても、桜花に全部直してもらえばいいし・・・・・・)
ヒューゴもあっさりと諦める。結果として後から桜花にまた多大な労力を強いることは確定したが。互いに刀を構え合い、今まさに両者がぶつかりそうなときだった。
「何してるんですかあなたたち! やめなさい!」
何と驚くべき事に、この化け物女二人の衝突に、真っ向から声を上げる勇気ある者が現れたのである。その場にいた、近くの住宅から覗き見している野次馬含めた全員が、その声の主に一斉に振り向いた。
「互いの意見をぶつけ合うのは結構・・・・・・ですがそれを暴力に任せるなんて問題外ですよ! ましてやそんな危険な刃物を持ってまで・・・・・・恥を知りなさい!」
住宅の門前から声を上げる、正論だがいきなり出てきて、身元を明かさないその人物は、一人の中年女性。
魔道士が扱うような魔道杖を持ち、僧衣のような着物を着た、茶色がかった髪色で、両耳が狐と思しき動物の耳となっている獣人だ。しっかり尻部から、ふさふさの狐の尻尾が見えている。恐らくはこの問題児二人と同じアマテラス人であろう。
この部外者の出現に、晴子と登喜子は武器を持ったまま首を傾げ、そして互いに問い合った。
「誰だこの女? お前の知り合いか?」
「いえ存じません・・・・・・通りすがりの方ではないでしょうか?」
そしてその女性は、二人の見知らぬ人物であったことが判明。何者か知らないが、赤の他人にいきなり決闘を咎められたことに、登喜子は不機嫌を現す。
「ちょっと・・・・・・どこの親切者だか知らないけど、関係ない人は引っ込んでなさいよ!」
「他人かどうか何てレベルの話しじゃないでしょう! それに私はちゃんとした関係者です!」
その謎の女性の言葉に、ますます二人は不可解に思うが、思い返してもこの女性の顔に覚えが出ない。そんな困惑する二人に、傍観状態だったヒューゴが、引き攣りながら答えを出してくれた。
「この人・・・・・・俺のクラスの占術科の担任。犬神 時江先生だよ・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
それを聞いて、登喜子は納得した。以前にヒューゴの授業風景で、一瞬だけ登場した狐耳の女教師であったのだ。
登喜子も面識はないが、大蛇帝国から派遣された狐人の魔道士が、自分の担任だとヒューゴから聞いたことがある。
「狐の獣人なのに、名前が犬神?」
ネルの果てしなくどうでもいい疑問を、皆はさっくり無視。登喜子がやや落ち着いて、この先生に再び声をかける。
「そう・・・・・・それは悪かったわね。いつも家のヒューゴが世話になって感謝するわ。でもそれとこれは関係ない事よ。お願いだから、ここは下がってくれる・・・・・・」
「そうは行きませんよ・・・・・・私にだってその子に関して責務があります。昨日学校であのようなことがあって様子を見に来たのですが・・・・・・さっきからあなた方の会話を聞いてみれば、何ですかあの我が侭な幼児のような話し合いの仕方は? あなたもあなたもです! いくら相手が喧嘩腰だからといって、いきなり刃物を抜くなんてどうかしてますよ! ましてや子供のいる前で!」
「えっ? ・・・・・・ああすいません」
目の前の国王に対しても、全く怯まず説教をする時江。これに彼女も反射的に頭を下げてしまう。これにネルが一言、またどうでもいいことを口にする。
「さっきまでの話し、全部聞いてたのですかい? あんたさっき、ここについたばかりじゃないですかい?」
「私は狐人ですから。本物の狐以上に、聴覚が発達してるんです。先程の会話も、ここに来る途中で全部お聞きしました」
ネルの疑問に、特に面白みのない回答をすると、彼女はすぐに晴子に向き直る。
「頭を下げる前に、まずその刀を降ろしなさい! ほらあなたも!」
「はあ嫌よ! 折角やる気になってるのに、水を差しやがって・・・・・・担任だからって、調子にのんないでよ!」
時江の言葉に晴子が刃を収めかけるが、同時に言葉をかけられた登喜子の反論にその手が止まる。登喜子はやる気になっていたところをいきなり邪魔されて、かなりまた不機嫌が戻ってきたようである。
「調子に乗ってるのはあなたの方では? ヒューゴ君のことで揉めていたはずなのに、今はただ戦いたがっているだけに見えますけど?」
「もうあんたいいわ!」
あくまで退く様子がない時江を、とうとう登喜子が無視を決めた。そしてその場で両者が武器を構え直し、決闘の続きを始めかける。
「仕方ありませんね・・・・・・」
両者が踏み込み、互いの刃が今にもぶつかりそうなとき。時江は実に残念な顔で、持ち運んでいた魔道杖に力を込める。
ドウン!
「「!?」」
その瞬間にその場で赤い輝きが、その場を呑み込んだ。まるで天から赤い竜が突撃したかのように、登喜子と晴子の間に、とてつもな熱量の真っ赤なエネルギーが着弾したのである。
あと一歩の所で、両者がその炎に飲まれるところだった危ないところ。勿論二人はそれに、強制的に刃をぶつけるのを中止せざるえなかった。
「おいおい・・・・・・マジかよ。こいつも化け物かい・・・・・・」
炎の赤い輝きは瞬時に消えて、後からは黒い黒煙が立ち上る穴が残っていた。二人の間ににあるのは、赤く溶けた地面の穴。直径五メートル深さ二メートルもの、ポッカリ開いた円形のクレーター。
この穴の大きさと違って、飛び散った土欠片はかなり少ない。もしかしたら強烈すぎる熱量で、土そのものが蒸発してしまったのかも知れない。
これほど強力な炎の魔法を、あの一瞬で発動して見せたのは、目の前で魔道杖の先端を輝かせている時江に他ならなかった。
「・・・・・・嘘だろ?先生があんなに強いなんて、俺も初耳だぞ・・・・・・」
意外すぎる事実発覚に、ヒューゴも驚愕している。そんな中時江は冷静に余裕な雰囲気で二人に話しかける。
「私も暴力を好みません・・・・・・ここで私まで介入して、更に事態を悪化させるわけにもいきませんし。今し方魔法を撃ったのは、あなた方に頭を冷やして欲しかったらです。どうかここは考えを曲げてくれないでしょうか?」
圧倒的な力を見せながらも、あえて謙虚な姿勢を崩さない時江。「一発撃った時点で脅迫だろ?」と、近くでネルが小声で突っ込んでいた。
だが意外にも、今の一撃はそれなりに効果があったようだ。登喜子と晴子は、微妙な顔をして互いに顔を見合わせると、重く息を吐く。
「興が冷めたわ・・・・・・いいわよ」
そして時江の要望通りに、二人は武器を収めるのであった。
「それで結局どうするわけ? 私こいつの意見の相違は、何も変わってないわよ・・・・・・」
「それは私が責任を持って・・・・・・」
「おいおい・・・・・・まさかあんたに預けろっての? 確かに腕はあるようだけど、いくら担任だからって、そこまで介入するのは行きすぎじゃない?」
話しがまた平行線に戻りそうになったとき、ふとヒューゴが、相変わらず他人事のような調子で、ある思いつきを口にしてみる。
「だったらさ・・・・・・国王陛下からの護衛を、近くの宿に泊めればいいんじゃないか? どうせずっと監視されてるのは変わんないし、俺も構わないけど・・・・・・」
そのしばらく後で、国王陛下とその護衛二人が、どうしたわけか王宮から離れ、登喜子宅付近の小さな宿に泊まるという、不思議な事象が発生するのであった。




