第三十二話 それぞれの事情聴取
さて以前にも、魔素人捜索のための面接が行われた、警察署の取調室にて。
そこには以前の面接官と同じく、今回の事件の関係者らが、一人ずつ事情聴取されていた。それは月永登喜子、月永ネル、ヒューゴ・タッカー、紺、黄の五人である。
まずは登喜子の方から。副署長の座る椅子から、テーブル越しに向かい合う、蜘蛛の下半身の巨体を持つ女。
体型的に椅子には座れないため、彼女は実質床に地べたで座っているが、本人は特にそれで普通であるかのような様子だ。彼女のような蜘蛛人族の生活風景がどんなものか気になるが、今は置いておこう。
「そうは言ってもね~~子供達から何かやばいのに襲われてるって言うから、慌てて駆けつけて戦っただけよ。後は何も知らないわ・・・・・・」
「うむ・・・・・・確かあの二人は、今は君の保護下にいるそうだが。君自身に彼らが狙われる理由に、心当たりは全くないと言うことでいいのだな?」
「ううん? いや、心当たりならいっぱいあるわよ。ゲード侵略の時から、山ほど人を殺しまくってきたし」
「むっ? そうか・・・・・・」
彼女はかつて、この国の旧政権を滅ぼした戦争の出征者であった。それ自体はさして珍しくないために、副署長はさほど驚かない。そしてそれは、彼女絡みの怨恨で、二人が狙われた可能性が充分にあるということだ。
「山程か・・・・・・それだと容疑者候補もかなり多くいるということか。それは困ったことだな・・・・・・」
「まあ、そうなのよね・・・・・・。ゲード国王と王太子と大臣達を皆殺しにしたのも私だし、心当たり多すぎて困るのよね」
「おお・・・・・・」
凄いことを軽い口調で言ってくれた登喜子に、さすがに副署長も今回は驚く。彼女とあの二人は、ある意味旧政権関係者では、この世で最も多くの恨みを買っている人物であったのだ・・・・・・
さて次は月永ネルであった。ゼウス人では珍しい、名前より先につく和名の苗字を持つこの幼女は、実はあの先程の登喜子の正式な養子であり、祖人でありながら桜花の義理の妹という変わった立ち位置であった。
登喜子と違って、今回はきちんと椅子に座って、副署長と向かい合っている。最も椅子の高さが合わずに、彼女の足下は床から浮き上がっているが。
まだ八歳の幼子をこのような所に連れ出したことに、副署長は若干の罪悪感を覚え、できるだけ優しい口調で語りかける。
「ええとごめんね。こんな所に連れてきてしまって、やっぱり怖いかな?」
「いやいや、別に全然大丈夫ですぜ♫ こっちは何度も死にそうな目にあったり、誘拐されて洗脳されかけたりとか、色々経験しましたからな~~。そういやロウ王国にいたときも、国が滅んだときに取り調べされましたなぁ。いや懐かしいですわ・・・・・・まあそういうわけで別に怖いとかないから、遠慮しなくていいですぜ♫ ああでもやっぱり容疑者とかじゃないから、カツ丼とかは出ないんですな」
およそ子供らしくない、おっさんのような口調で、ペラペラ喋る八歳の幼女。それに関しても驚愕だが、発言の内容にも別の意味で驚愕する。
こいつは八歳で、どれだけカオスな生い立ちなのか? あの登喜子の養子という、こいつの素性も聞きたいところだが、それを呑み込んで本題に入る。
「ええと・・・・・・さっきのことだが。勿論あの謎のサムライに関しては、知らないんだよね?」
「まあ知りませんなぁ。な~んかあんちゃん(ヒューゴ)狙いで、天子様の命令だ~~とか言ってましたが。これって案外、天帝国の天子様とやらの陰謀じゃないですかね~~?」
若干言い回しが違うが、事実を突いた発言。ふざけた口調でネルはそんなことを言う。そしてその言葉に、何故か副署長は顔を青くしていた。
「こっ、こら!? 何を言ってるんだ!? 口を慎め!」
相手が子供だと言うことも忘れて、声を荒げてしまう副署長。天帝国というのは、大蛇帝国よりも格上の、アマテラス大陸の宗主国である。
アマテラスがゼウス大陸に進出してきている今の世の中では、天帝国の主である天子は、実質この世界の最高権力者であるといっていい。
そんな人物に嫌疑をかけるなど、例え子供の冗談でも許されることではない。最もネルの方は、そんなことは微塵も思っていないようで、軽く話題をさっさと次に写す。
「ていうかさ・・・・・・あのサムライそもそも人間なんですかな? 俺、思念を読み取る能力があるけど、あいつには・・・・・・」
「判った・・・・・・もういいから!」
これ以上こいつと話しをするのはやばいと思ったのか、副署長は早々にネルの聴取をとりやめて、次に移ることとなった。
次に聴取を受けるのはヒューゴであった。先程の二人と比べて、かなり落ち着いた対話になりそうである。
「あれは確かに、俺に向けて剣を振るってきた。でもそれ以外の事は何も知らない・・・・・・ネルは、登喜子のことでの恨みだと言ってたけど。それだとどうして俺だけなのか・・・・・・」
「ふむ・・・・・・君は半年ほど前に、ロウ王国からこの国の魔法学校に転校したそうだな? 何とも変わった経歴だが・・・・・・。学校の方で、何かトラブルとかはなかったのか? 例えば、他国の人間だと言うことで中傷があったとか・・・・・・」
「いや、そういうことは何も。たまに俺に妬みを口にする奴はいたけど、あの程度殺し屋を雇うとは思えないな・・・・・・」
ある意味今回の事件の中心であるが、やはり本人も何も知らないようだった。それに副署長は特に何の疑問も持たなかった。
何故か情緒不安定で、異常行動を取る人間が続出するこの国。どこでどんな下らない理由で事件が起こるかなど判らないのである。案外、本当に些細な妬みで殺し屋を雇ったと言うことも、あり得なくもない。
「ところでふと気になったことがあるんだが・・・・・・君は下校後にすぐにあの公園にいったそうだな? 君の宿とは随分離れているようだが、何の用で?」
「ああ・・・・・・それは俺の占いで、変な運勢が出たから、ちょっと気になって行ってみたんだ」
「気になること? 誰がだ?」
彼が占術科のエリート生であることは知っている。そんな彼が何を占ったのかは、誰でも気になるだろう。
「あの一緒に来てた紺という人だよ。どうも下手をすれば、この国を救いも滅ぼしもする、すごい爆弾だと出たんだ。・・・・・・もしかしたらああ見えて、登喜子より危ない人なのかも?」
さて今度は先程見ず知らずの少年から危険人物扱いされた当人の紺である。
「あなたのことは、皇室から既に説明されている。あれ程力を貸していただいているのに、このような形で呼び出して済まない。一応形式上は必要だったのだ・・・・・・」
「ああ、別にいいわよ。でもそれだと何を話せば良いのかしら? 正直あの変な鎧は、全然身に覚えがないんだけど・・・・・・」
「まあ、そうだな。話しを聞く限り、行きがかり上あなたは加勢しただけだし・・・・・・」
彼はこのままさっさと話しを終わらせようかとも一瞬思った。だが斬られた首から再生したという驚異的な話しと、先程のヒューゴが言っていたことを思い出して、ふと別の質問を口にした。
「ところで・・・・・・ちょっと変な噂を聞いたんだが。あなたの力は、下手をすればこの国を滅ぼすと聞いたんだが、それは本当かい?」
「ううん? そうなのかしら? 私自分の事、何も覚えてないからねぇ・・・・・・。不死身なことと、魔素人を直せる以外に、何か出来ることがあるなら、こっちが知りたいわね」
「そうですか・・・・・・」
結局何か進展のある話しはなく、この取り調べは実に短めに終わる。その後の黄のことも同様で、ようやく五人はこの警察署から解放されるのであった。
・・・・・・さて解放されるのが決まったのはいいが、その後すぐに別のことで問題が発生した。
「冗談じゃないわよ! あんたらなんか信用できるか!」
警察署内の出入口の門前。そこで登喜子が、引き留めに来た副署長含む警官達と何やら揉めているようである。
警察署に用があって訪れた者達も、この騒ぎを見て足を止めて見入っているようだ。一体何があったのかというと、警察側が、今回命を狙われたヒューゴへの護衛を申し出たからである。
「犯人がまだ逃走している上に、件の背景が判らない以上、彼がまた狙われる可能性があります! 彼の身に何かあると、我々にとっても大問題ですし、ここはどうか・・・・・・」
「大問題?」
「ふざけるな! 武器を持った警察が、ヒューゴの周りを家にいるときも学校に通うときも、ずっと付き従えって? 冗談じゃないわ・・・・・・そんな風にあんたらの力を借りる方が、よっぽど危ないわ!」
副署長の発言に、当のヒューゴが困惑する中、登喜子はますます激昂して声を上げる。
「ついさっきネルから聞いたけど、駆け込んだ交番で、その警官に殺されかけたというじゃないの! こんなのがウロウロいる奴らが、周りにいちゃ、いつ家の子が襲われるか判ったものじゃないわ!」
「!!??」
「そっ、それは大丈夫です! 確かに彼女のことは迂闊でしたが・・・・・・。他に精神的に不安定と見られる者はいません! 繰り返した尋問捜査で、既に確認済みです!」
警官が被害者を殺そうとしたという話しに、当然周りの者達もどよめく。一方の警官達も、先程捜査で見つけ出せなかった魔素人のせいで、犯人を取り逃がした事実を伏せて、必死に説得に当たっていた。
そんな様子を、そもそも事件の中心であるヒューゴは、まるで他人事のように傍観していた。先程二度も命を狙われたというのに、異様な程落ち着いた子供である・・・・・・
「うん、まあ確かにそうだな。登喜子はいつも支離滅裂だけど、今回だけは正しいよ。この警察は、正直登喜子より危ないよ・・・・・・」
「そうですなぁ~~姐さんはいつもいかれてますけど。珍しくも今回に限っては、とっても正当なことを言ってますわ。いやあぁ世の中こんなこともあるんですな」
「君たちの母親って、普段どれだけ信用無いんだよ?」
何気酷い発言をする二人に、黄が呆れながら口にする。するとそれを聞いた二人が、急に紺と黄に振り向いた。
「ああ、そういえば・・・・・・紺さんと黄さんだっけ? さっきはどうもありがとう・・・・・・」
「ええ、そうねえ。確かにあれは間一髪だったわね・・・・・・。魔素人ってどんだけ数がいるんだか、あいつの言うとおり、この国の警察は危なすぎっていうか・・・・・・」
「ていうかヒューゴさんって、さっきから随分と余裕だよね? さっき殺されかけて、俺たちみたいに不死身でもないのに、なんか随分落ち着いているというか・・・・・・」
「ああ、俺もある意味貴方たちと同じだよ。別に殺されても、後で登喜子か桜花の魔法で・・・・・・」
「うわぁああああああああっ!?」
黄の指摘に対する、ヒューゴの返答を遮った叫び声は、名も知らない周りの野次馬達が発した者だった。
「ちょっと何よあれ!?」
これに口論を繰り返していた登喜子と警察達も、一斉にその野次馬達が指した所に目を向ける。
その先には、警察車両艇が多く並んでいる駐車場を抜けて、この警察署入り口前まで歩いてきている、一人の警官の姿。
別にここに警察がいても可笑しくはないのだが・・・・・・その人物は実に爽やかな笑顔を振りまきながら、明らかに一犯罪やったかのように全身血まみれであったのだ。
しかも彼の手には、人間のものなのか、血まみれの小さな眼球が握られているのである。明らかにそれは玩具には見えない。
和風デザイン警察制服を血濡れにしているにもかかわらず、その若い警官は何か良いことがあったかのようにウキウキした様子であったが、自分に対する不審の目が集まっていることに、ようやく怪訝な顔をする。
「おやこれは何の騒ぎですか? ・・・・・・いや、私に何かありますか?」
何故自分がそんな風に見られているのか、全く判らないといった様子である。これに前に出た副署長が、恐る恐る問いかける。
「おい・・・・・・お前その有様は何だ? 一体何をしてきた?」
これにその警官は、屈託のない顔で、ハキハキと答えてくれた。
「はい、実は例の中央魔法学校での窃盗事件のことで。ようやく捕まえた容疑者のことで、実に余計な証言をしてくる方々がいらっしゃいましたので、私がその方々に赴いて、証言を取り消すようお願いしに参ったところだったのです」
「はぁ!?」
証言を故意に取り消させるという、明らかな警察不祥事を、この大勢の人間の前で堂々と言ってくれる真摯な警官。副署長が驚愕している中で、その人物は迷いなくスラスラと答えの続きを言ってくれる。
「いやあ大変でしたよ。私がどんなに頼んでも、中々応じてくれなくて、一体どんな謝礼を出せばいいのか困りまして・・・・・・。そしたらその家に小さなお子さんがいらっしゃいましたので、その子を何度か思いっきり蹴りつけて、小刀でその子の耳を切り落として、目玉を一つ抉り取ってさしあげたんですよ♫ そしたらその方にもようやく私の想いが届いたようで・・・・・・ふごっ!?」
その明るい口調で語られるえげつない話しは、即座に紺と黄のW鉄拳制裁で塞がれた。彼の手からその子供から抉ったものであろう目玉が、コロコロとボールのように転がっていく。
顔面に二つの陥没を作って、倒れる警官。目が覚めて正気に戻ったときには、一体どんな発狂をするだろうか?
紺と登喜子との一行と、多勢の警官と野次馬達が、この事態に頭が追いつかず、しばし固まっていた。そしてしばらくして、ようやく登喜子が、未だに固まっている副署長に、一言を発した。
「やっぱりあんたらは信用できないわ。私達についてくんなよ・・・・・・」
その言葉に、副署長は一切反論できずに、ただ無言で頷くのであった・・・・・・




