第三十一話 蜘蛛対武者
さてそれから数分後のこと。二人の子供達は現在、あの戦場から、すぐ近くにある交番まで駆け込んでいた。危ないことがあったら、警察に頼もうという、実に一般的な判断基準であったが・・・・・・。
2階建ての切妻屋根の小さな建物の中で、二人は中の椅子で座っている。先程まで慌ただしい逃走で、すっかり疲れた二人、特に先程力を使ったネルの方の疲労が酷いようで、汗を流して力なく腰掛けていた。
「いやはや・・・・・・ギリギリで姐さんが来てくれて助かりましたな。そんでいつ宿に戻りますか? 姐さんが早めに倒してくれるといいですけど」
「さあ・・・・・・とりあえずもう少し待ってよう」
考え込むヒューゴが目を向ける方角には、恐らくはまだあの蜘蛛女と武者が戦っている最中。そんな時に、この交番の駐在警官が、彼らの傍にやってくる。まだ若い祖人の女性警官だ。
「いや・・・・・・最初に話しを聞いた時は、本部から連絡が来るまで信じられませんでしたわ。疑ってごめんなさいね。しかし殺人鬼が暴れていると、やはり私も・・・・・・」
「いやあ、やめときなさいや! あんたが行っても、すぐ斬られるだけですぜ!」
さすがにあんな奴に、この一般警官が敵うとは思えない。その制止の言葉に、何故か神妙に感心した様子で頷いた。
「そうね・・・・・・ここは私が出来る範囲のことをしないと。まさかこんな白昼堂々と殺人をしようとするなんて。何て勇敢で誇り高い人なのでしょう! 例え警官の職務から外れても、これほどの偉業を成し遂げようとしようとする素敵なお方を、手助けしないわけにはいかないわ! 貴方たちも、彼の助けになりたいと、本当は思ってるのでしょう!?」
「「!?」」
突然謎の発言をする駐在警官に、二人は一瞬訳が判らず固まってしまった。その間になんと彼女は、懐から拳銃を取り出し、何とヒューゴに向けたのである。
「心配しないで! 貴方たちの犠牲は、きっとあの方の心に・・・・・・」
ゴン! パン!
2種類に衝撃音が、ほぼ同時に所内に鳴り響いた。駐在警官が引き金を引いた瞬間に、横からある者が、瞬時に彼女の頭を殴りつける。
その衝撃で彼女の拳銃の手元が狂い、発射された弾丸が、ヒューゴのすぐ横を掠め、所内の壁に小さな穴を開けていた。
市民を助けるはずの警官が、自らの領域で、保護した市民を殺そうとしたのである。しかも何の悪意もなく、極めて純粋な気持ちと善意に基づいてである。
「「・・・・・・・・・・・・・えっ?」」
今まさに殺されようとした事実に、未だに放心状態が抜けない二人。頭に拳がめり込むんで倒れる駐在警官を見下ろす、その殴り飛ばした人物は、やはりというか紺であった。
「・・・・・・間に合ったわね。とりあえずここから逃げましょうか?」
さて一方の蜘蛛女と武者の戦いは、未だに続いていた。市中で派手に振動刀のチャンバラを繰り返す二人。
パワーでは武者の方が勝るようで、今この場では、武者の猛攻撃の連撃を受け止め続けながらも、徐々に蜘蛛女の方が押されているようであった。
武者の大ぶりの攻撃を受けて、蜘蛛女が怯んで一時体制が崩れる。その隙に武者が、更なる一撃を加えようとするが。その瞬間に、蜘蛛女の姿が消えた。
消えるほどに動いたというわけではなく、突如蜘蛛女の身体が瞬時にこの世から消えたのだ。
ガキン!
そう思ったら蜘蛛女が、先程とは全く別の場所から現れた。
同時に発せられる金属的な衝突音。恐らくは転移魔法と思われる技で、一瞬で位置を変えた場所は、何と武者の背後数メートルの場所。そこから一気に踏み込み、武者の背中を薙刀で斬り付けたのである。
岩をも切り裂く振動刀の斬撃は、常人ならば受ければ一撃で死ねる。だがこの武者は死ななかった。衝撃で身体が揺れて、数歩分よろめいたものの、すぐに建て直して、背後に振り返る。
斬られた背中には、振るわれた刃と同じ軌道で、鎧の装甲に傷が出来ているが、装甲を完全に切り裂くには至っていない。
最も内部の肉体には、相応の衝撃が通っているので、ダメージがないはずがないのだが。武者はさほど痛がる素振りを見せずに、再び斬りかかってきた。
(タフすぎるわね・・・・・・こいつ何発当てれば死ぬのよ?)
見ると武者の身体の鎧の各所には、同じような傷が幾つもついている。いずれも装甲を破るには至っていないが、今までに何度も、蜘蛛女の攻撃が当たっているのが判る。
実は先程から戦いはこの展開の繰り返しで、純粋な格闘戦では劣る蜘蛛女が、転移魔法と剣術を組み合わせて戦い方を駆使することで、何度も攻撃を当てているのである。
だが未だに武者は倒れる気配がない。蜘蛛女の方はまだ一度も攻撃を貰っていないが。だが一時間以上もの剣戟に、さすがに疲れてきたのか、やや息が荒い。
この勝負は、果たしてどちらが力尽きるのが先であろうか? そんな展開になってきた矢先に、この場に複数の見覚えのある、巨大な影が入り込んできた。
『登喜子様はお下がりを! 貴様、そこを動くな!』
見ると二人の周りには、幾つもの大砲や機関砲を背負った、浮遊する大型バイクが取り囲んでいた。以前市街で、あの巨狼と戦闘した単戦車部隊である。
(そう・・・・・・助かるわ)
言われたとおりに素直にその場から引き下がる蜘蛛女=登喜子。転移魔法でその場から消え、その後どこに行ったのかは判らない。
八台の単戦車が、空から市街に降り立ち、あの武者に砲口や銃口を突きつけて取り囲む。
『武器を置いてその場に・・・・・・なっ!?』
操縦する警官が降伏を勧める声を上げたと同時に、武者が突如走り出す。重武装した警官など全く恐れることなく、彼は単戦車が砲を向けて居座っている、道路の方角へと勢いよく走り出したのである。
ドン!
放たれる市街地での発砲。市民の避難完了が定かでない状態での、かなり危険な行為だったが、今回それは杞憂だった。武者はそれを、避けることなく、正面から堂々と受けたのである。
爆音と煙と拡散したエネルギー弾の欠片が、その武者を基点に広がるが、その中に武者の欠片はなかった。振動を受けても完全にはキレないほどの強度を持った彼は、見事その砲弾を耐え抜いて見せたのである。
僅かに走り込むのが遅くなっただけで、またすぐに調子を取り戻して突撃し、彼は真ん前の単戦車の、前部車輪をすれ違い様に切り裂いた。そしてそのままその町の奥へと逃げ込もうとする武者。
『逃がさ・・・・・・なっ!?』
一台は移動不可能になったが、残りの七台は当然犯人の後を追おうとする。
だが驚いたことに、その中の一台が追撃に参加しようとしないばかりか、武者の逃走方向から回り込み、追撃しようとする他の仲間達に立ち塞がってきたのである。
しかも搭載している機関砲を、仲間達に何時でも発射できる形で向けている。
『お前何をしている!? そこをどけ!』
『いえ、どきません! こんなこと間違っています! あんな堂々と罪なき者を殺すという、偉業をなそうとしている、勇敢で清らかなあの方を、何故捕らえねばならないのか・・・・・・』
『こいつを拘束しろ!』
ここに来て仲間の一人が魔素人であることが発覚してしまった事態。彼らはもう武者を追うどころでなく、この魔素人を捕らえるために、しばしそこで激しい戦闘を繰り返すこととなった。




