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第二十九話 逃走

 さて先程あの場から逃げ出した二人はどうしているのかというと。あの公園から少し離れた位置にある、住宅街の一角で息を切らしているところであった。


「ふう・・・・・・何だったんだよあれ?」

「さあねえ? あんだけ近づいても、思念を全く感じんかったけど。しかしあんな堂々と命を狙われる日が来るとは思わなかったわ。ヒューゴよ、あの手の奴に狙われる覚えがあるかい?」

「多分、沢山あると思うな。だってあの登喜子に養われてるわけだし」

「ああ、そういやそうだったな。だったら心当たりなんて、探しても無駄だわな」


 何故無駄なのか判らないが、何故かその話で納得する二人。すると大分息を整ってきたヒューゴが、懐から携帯を取り出し、どこかに着信させている。

 今のこの国で、こういった高性能機器は高価で、持ち歩いている者は少ない。他人には使えないことを知らずに、盗難が行われる場合もあり、彼は普段はあまり懐から出そうとも使おうとしなかった。

 だが今回の緊急事態のために、人通りがあるのも構わず、誰かに通話をかけていた。


『あらヒューゴ! 今まだ学校? 仕事が思った程早く終わったところでさ・・・・・・』

「ああさっき桜花に送迎されたばかりだよ。一旦家に戻って、また出かけてたんだけど、ちょっとすぐにこっちに来てもらえるか?」

『え?』


 そこでさっきあった出来事を伝えると、電話の向こうの相手が、派手に激昂した声を上げる。


『何よそれ!? ふざけてんの!? 私の子らにふざけたことしてくれるわね! そんで今どこに!?』

「ネルと違って、俺は登喜子の養子になった覚えはないぞ。とにかく場所は・・・・・・」


 ヒューゴが現在地の大まかなところを話している中、幼女=ネルが何かを思い出して、ある疑問を持ちだしてきた。


(そういえばあいつ、さっき“天子様”のためとか言ってたな。俺の前の世界じゃ、それは天皇のことだったけど。こっちの世界でそう呼ばれてるのは・・・・・・)


 ガチャ! ガチャ!


 ネルがそこである者の存在を思い出しかけたときだった。その場に先程も聞いた、ある物騒な金音が聞こえてくる。

 それが聞こえて、ヒューゴとネルは、青い顔でその音の方を見やると・・・・・・そこは先程紺達を斬り殺して、返り血を残した、あの黄金の鎧武者の姿があった。


「これ・・・・・・やばい?」

「やばすぎだわな・・・・・・」


 ネルが周りを見渡してみる。ここはまだ建て替えが進む住宅街。旧式の西洋建築家屋から、和風様式に次々と変化している場所だ。

 そして彼らのすぐ側には、現在解体中の家がある。元は貴族か商家の家だったのか、結構な大きさの家屋と、それなりに広めの庭。半分ぐらいが壊された家の傍に、首長竜のような重機があり、庭には家屋の残骸と思われる、多量の木材や石材の欠片が、山のように詰まれている。


 ちなみについさっきまで、ここで作業をしていた者達は、あの血まみれの鎧武者を見て一目戦に逃げだしていった。

 近くの家屋からも、おかしな音が聞こえて窓を開け、あれを見て即座に窓を閉め直す様子もあった。


「天子様のために、お前は生きてはならぬ存在、故に我が太刀によって速やかに永眠するがいい・・・・・・」

「さっきから天子様って・・・・・・?」


 訳が判らないが、何故か自分だけを狙っているらしい武者。ヒューゴも当然そんな要求に従う気はなく、駄目元でその場から駆け出そうとしたときだった。


「うりゃあ!」


 突然のネルの気合いのこもった声と共に、その場に石と木片の嵐が吹き荒れた。

 土砂崩れが起きたとか、そういうことではない。近くにあった多量の石材と木材の欠片が、突如水の中の光景のごとく、空中に浮き上がったのだ。

 それも一つや二つではなく、恐らくは数百、もしくは千を超えるかも知れないという数。あれを全て合計すれば、どれほどの重量になるのか?

 そんな大質量が、風に吹かれたわけでもないのに・・・・・・いや例え風が吹いても、こんなことは起きないだろうが、外からの何の力も見えないのに浮遊するという珍現象が起きたのだ。

 しかもそれらがある方向に向けて、砂嵐のごとく一気に空中移動して吹き荒れた。その先は、あの鎧武者のいるところである。


「・・・・・・」


 鎧武者は何も言わず、動揺しているのかも判らず、その嵐を真正面から受けた。多量の砂埃と共に、その石と木が大量激突する。

 鎧武者は少しよろめいた様子を見せるも、特に痛がっている様子はない。やがてその大量の質量が、鎧武者の身体に覆い被さっていき、その鋼の巨体が埋まっていく。

 やがてその場に、石と木を積み重ねた、人一人すっぽり包み込んだ小山が出来上がった。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「ネル、大丈夫か? 魔道杖なしで、あんな大技を使っちゃ・・・・・・」


 しばしその場が沈黙する中、ネルの息づかいが聞こえる。両掌をその小山に突き出した姿勢で、随分疲れ切った様子で、多量の汗を流して息を切らしているネル。

 傍にいるヒューゴが、それに関しては特に驚かず、ただネルの体調を気遣っている。どうやら今のは、この幼女の魔法と思われる技によるもののようだった。


「ふう・・・・・・やったか? ・・・・・・あっ! しまった!」


 “やったか?”という、絶対的なフラグ台詞を後悔した直後。案の定、その鎧武者を埋めていた小山が、内側から派手に弾け飛んだ。

 さっきとは逆方向に欠片が飛び散り、ヒューゴとネルがその内の数個が当たって痛がっている中、その小山の後にはやはりあの鎧武者が無傷で立っていた。


「まあ・・・・・・ちょっとは時間稼ぎが出来たからいいか?」


 どう見ても詰んだ事態なのに、何故か安堵の表情を見せるネル。鎧武者が刀を構え直し、再び斬りかかろうとしたときだった。


「!?」


 その鎧武者と二人の間の歩道上の空間に、さっきまでなかった物体が、突如どこからともなく現れた。

 とはいってもこの世界では、さほど有り得ない現象ではない。空間転移と思われる技で、その場に出現したのは、一人の蜘蛛人族の女。

 紺達が外の世界に出てから、桜花とその母の、二人の蜘蛛人の姿を見ていたが、今回現れたのは後者であった。 


 ガキン!


「あたしの子に手を出したのはお前か!? 死にやがれ!」


 そこに現れたのは、先程公園にて紺達の前に姿を現した方の蜘蛛女。振動刀の薙刀を、突進中の鎧武者に勢いよく振るう。

 鎧武者は素早く対処し、その一撃を刀で受け止めてみせる。その場で始まる両者の鍔迫り合い。両者の体格は、上半身だけなら鎧武者の方が遥かに巨大だが、蜘蛛女の方は下半身の巨大な蜘蛛の身体のおかげで、ほぼ同体格に見える。


「ふん!」


 お互いに力を込め合い、両者の刀が弾かれて、二人の身体が足下で地面を削りながら後退する。どれほどの身体能力でぶつかれば、このような現象が起こるのか?


「あんたらは速く逃げろ!」

「おう! 姐さん頑張れ!」

「ああ、それじゃ!」


 蜘蛛女の言葉に、ヒューゴとネルは迷わず即答して、その場から逃げ去っていく。鎧武者はその先を一瞬見たが、すぐに斬りかかってきた蜘蛛女に、即座に再び刀で迎え撃った。



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