第二十八話 黄金武者
丁度その頃に、町の中に風変わりな旅人が訪れていた。町の中の小通りを歩く、一人の人物。その人物に、道行く人が皆、怪訝な顔をして注目していた。
「何だ? また戦が始まるのか?」
「でも武装した兵士にしちゃ、何か変だなあれ・・・・・・」
ガチャガチャと金音を立てながら歩くそれは、何と鎧武者である。
素の体格は、恐らくは身長2メートルを超える巨体。鍬形のついた兜や、大きく広い肩当てなど、全体的なデザインは和風甲冑のよう。
だがその鎧の表面は、西洋騎士のような金属装甲の板金鎧のようである。しかも鎧は、全身が金色に輝いている。本当に黄金なのか、金メッキなのか、金に似た色の素材なのか判らない。
だが日光に当たると、眩しく光るその全身像は、遠くから見ると巨大なコガネムシが進んでいるかのよう。
腰には一本の打刀が差されている。背中には銃身が大砲のように太い、一メートル半もの長さの大型銃が背負わされていた。顔にはバイザーとマスクのようなもので覆われ、顔が見えず表情も判らない。
そんな戦場ではいざ知らず、街中では異形な姿の者が、人目を気にせずに、堂々と街中を歩いているのだ。
警察に通報すべきか、大勢の者が悩むが、そこに直接声をかけようとする者はいない。巨狼にヘドロスライム、一連の怪物騒ぎに疲れた人々は、また何か起こるのではないかと、危機感を募らせていた。
さてヒューゴ達が訝しんでいる中で、当の問題の不死の女神こと紺達はどうしているのかというと。彼女は今し方、当てもなく町の中を歩き回っていた。二人とも片手にソフトクリームを食べながら。
「この綺麗な町も、だんだん見飽きてきたわね。何か面白い名所とか無いのかしら?」
「まだ建国十年の国だから、そうないんじゃないのか?」
「う~~ん、これだったいい加減、王都の外にでも・・・・・・駄目よねそれは」
晴子との約束がある以上、迂闊に王都を離れるわけにはいかない。いつこの地に、また捕縛された魔素人が運び込まれるか判らないだけに。そんな退屈そうな彼女らの前に、待ち望んでいた変事が発生した。
(うん? 桜花かしら?)
緑豊かな公園の、林と池の間にあるベンチに腰掛けようとした瞬間に、彼女らのすぐ側の池の畔に何かが現れた。それは以前にも何度か見た、転移魔法による真っ赤な空間の穴である。
その穴からあの見覚えのある、蜘蛛の下半身を持つ、着物姿の女の姿が現れたときに、紺達が意外そうに声をかける。
「どうしたの桜花? また王宮で何か・・・・・・あら?」
前と違って、泥らしきもので随分汚れた姿の女。それが桜花だと思って声をかけ、彼女がこちらに振り返ったときに、紺は驚いた。
あんな特徴的な姿をして、人違いなどまずないと思って顔を見たら、何と人違いであった。
髪色も容姿も似ているが、よくよく見ると年代が異なっている。その三十歳ぐらいに見える妙齢の女性は、丁度あの桜花という少女が歳を取ったような外見である。
そして背中に担がれているのは、魔道士の必須道具の魔道杖ではなく、サムライが使いそうな薙刀である。先程空間転移をしていたが、彼女は魔道士ではなく戦士なのだろうか?
どうでもいいことかもしれないが、彼女の持つ薙刀は、まるで溶けた鉄のように真っ赤に輝く刀身をしている。普通は振動刀であっても、刃の色と質感は、普通の武器と同じであるが、これは何か違うのであろうか?
紺に声をかけられた女は、驚いた様子で紺達を見入る。
「いや・・・・・・桜花は私の娘だけど。貴方たちのあの子の知り合い?」
「ええ・・・・・・まあ・・・・・・」
案の定、この女と桜花は親子であった。知り合いと言っても、王宮での騒ぎの後で、何度か同じ場に居合わせたぐらいの関係だが、とりあえず紺は頷く。
そしてその先に、外見の次に気になっていることを問う。
「ていうかあんた臭うわね。さっきまでどこにいたわけ?」
「下水道の中よ。丁度仕事で、スライム狩りをしてきたところだけどね。今身体を洗いに来たとこ。それじゃあね」
ここ最近起きている下水道からのモンスター騒ぎを思い出して納得しかけたが、何故身体を洗うのに公園に現れるのか?と言う疑問が出た瞬間であった。
何とその女が、公園の池に飛び込んだのであった。ザブンと言う盛大な音を立てて、蜘蛛の巨体が池の水に沈む。そして水面から顔をだした女が、汚れを落とそうとしているのか、自分の服や顔を掌で何度もはたいていた。
通りがかった者達も、この登喜子の奇行に戸惑い、何人かが足を止めていた。
「随分とワイルドな身体の洗い方ね。ていうか公園でこんな事していいわけ?」
「あれ? 駄目だっけ? 昔から人を沢山殺して血で汚れた後は、その辺の水辺でよくこういう事をしてたから・・・・・・」
軽い口調でかなり物騒な事を言いだす女。その場にいる者達の顔が引き攣った。呆れた様子の黄が、彼女の問いに答える。
「多分やめた方がいいよ・・・・・・。お前家に風呂とかないのか? 洗うんなら、そっちにいってよ」
「う~~ん、まあそうね、手間だけどそうするわ」
見た目と発言の物騒さと違って、随分と聞き分けがよい蜘蛛女。そのまま岸辺に上がり、そこで空間転移であっさりと姿を消した。
「・・・・・・何だったのよあれ?」
その場に残された者達は、この謎の女の奇行と、手早すぎる撤退ぷりに、訳が判らず首を傾げるしかなかった。
さてあの蜘蛛女が消えてから、しばらくして、その場にまた新たな珍客が現れた。
「ねえ? 何なのあれ? あれもアマテラスのサムライなわけ?」
「さあ? 水浴び蜘蛛に今度は鎧武者か?」
公園でウォーキングなどをしていた人々が、すれ違いそうになるそれにビビって、慌てて道を空けてしまうそれは、先程は街中を歩いていた、あの黄金の鎧武者であった。
やがてそれは、つい先程あの蜘蛛女が立ち去って後で、ベンチで昼寝中の紺達のいる池の岸部に現れる。
「あっ! あいつがその国を滅ぼす女神さんかい!?」
そんな鎧武者とは関係なく、全く別の第三者の投げかけた声に、紺は瞬時に目を覚ました。
(うん? 女神? ・・・・・・て、うおっ!?)
今の声は誰かと思って、辺りを見回すと、その第三者とは別の、あの鎧武者の姿に釘付けになってしまった。その鎧武者は、まっすぐこちらに向かって歩いてきているようだった。
よく判らないが、何か危機的なものを感じ、紺と黄が即座にベンチから立ち上がり、腰の刀に手をかける。
「あんた何?」
その問いにも鎧武者は答えない。と思ったら、何と直進上にいる紺を避けていった。
紺達とぶつかる前に、方向を少し逸れて、そのまま紺達の脇を通り抜けて、再び方向を戻して直進していく。どうやら紺達は、たまたま彼の進行上にいただけらしい。
敵ではないのかと、安堵した紺が、鎧武者の進行方向に目を向ける。するとそこには、制服姿の少年と幼女の姿が、公園の芝生の上に立っていた。
鎧武者や蜘蛛女と違って、別に公園に子供がいても何もおかしくない。彼らは目の前の鎧武者の姿に、当然のごとく動揺している。
鎧武者の進行上にいる二人。そのまま先程の紺達同様に、脇を沿って避けると思われたが、何故か彼は二人の前で足を止めた。
「ヒューゴ・タッカーだな?」
初めて発する、年齢も性別もよく判らない無機質な声。その声を指し示したのは、目の前の少年=ヒューゴであった。
「いえ、違います!」
「天子様のため、あなたの命を貰います!」
何かやばいものを感じて、即座に否定するヒューゴの言葉などお構いなく、いきなり刀を引き抜いて彼に斬りかかった。
「おりゃあ!」
だが刀を振り下ろさんと、刀身を抱えた瞬間に、紺と黄が背後から同時に、彼の両足を蹴りつけた。どうもこんなことになる予感がして、彼が彼方に手をかける前に、既に駆け出していたのである。
ガシャン!
盛大な鎧の金音を立てて、後ろから転げ落ちる武者。彼の背後にいた二人は、即座に両脇に避けたために、彼は誰もいない地面に背をつけることとなる。
「うわぁあああああっ!」
「辻斬りよ! 警察を!」
その瞬間に彼に奇異の目を向けていた数人の通行人が、一瞬遅れて混乱に陥りその場から一斉に逃げだしていった。
「何だいこれ? 姐さん宛の報復かい?」
「多分・・・・・・いや、とにかく逃げよう!」
目の前に現れた辻斬り魔に、何故か冷静な言葉を口にする幼女。そんな彼女を引っ張って、ヒューゴ達はその場から、林の奥へと逃げ出していく。
倒れた鎧武者はと言うと、即座に立ち上がろうとするが・・・・・・
「どりゃあ!」
ガン!
その場で鳴り響く、激しい金属音。彼が腰を上げきる前に、右脇にいた紺が、丁度頭の位置が同じになった彼の側頭部を、思いっきり殴りつけたのである。
小柄な身体から繰り広げる、高速の拳打が、首が折れるのでは思うほどの衝撃を、あの武者の大きな頭に激突したのだ。
(魔素人なら、これで目を差まず筈・・・・・・だけど)
魔素人を瞬時に治療できる、紺の攻撃。だがその武者は、首を少し曲げるだけであまり動じない。
そして何事もなく、その場で立ち上がる。そしての己の両脇にいる、己より遥かに小柄な二人を見渡すと、今度は彼らに刀を向けた。
「邪魔立てするなら、貴様らも斬る!」
どうやらあれで解決とはいかなかったようで、今度は紺に向けて長刀を振るった。
ガキン!
発せられる剣戟音。紺は腰の刀を即座に抜き、その斬撃を受け止める。だがその衝撃は凄まじく、体重差もあってか紺は体制を崩していないにもかかわらず、足下が地面を斬るように削りながら、彼女の身体が数メートル逆スケート的に後退する。
ガキン!
またもや似たような音響で発せられる金属音は、黄が武者の大体を斬り付けた音である。
だがその刃は、黄金の装甲を切り裂くには至らない。ただ衝撃で足下が緩み、若干体制がふらついたが、すぐに元の姿勢に戻る。
そして瞬時に振り返り、二撃目を加えようとした黄の腹を、盛大に蹴りつけた。
「うぐっ!」
紺より更に小柄な身体の黄は、血を吐きながら更に盛大に吹き飛び、池の岸辺にまで転がっていく。そして今度は紺が、背を向けた武者に斬りかかる。
だが武者の動きは体格に似合わず驚く程機敏だった。横向きに飛び跳ねて、紺の斬撃を見事に躱す。そして今度は紺の方が背中をとられ、そこにまた斬撃を繰り出す。
それを紺は刀を後ろ向きに構えて守護するが、敵の勢いを殺しきれずに、先程の黄と同様に吹き飛ばされ、黄のいるすぐ側まで転がっていった。
「何なのこいつ!? 強いわね・・・・・・」
「ていうかお前一体何者だよ!? こんな人目のつく所で、白昼堂々辻斬りしよう何てさ!」
すぐに立ち上がって叫ばれる、当然の質疑にも武者は答えずに、振るった刀を構え直す。騒ぎを聞きつけた新たな野次馬が、木の裏から携帯で撮影などをしているが、全くお構いなしだ。
あの少年にどんな怨恨があるのか知らないが、普通暗殺というのは、こんな目立つやり方をするものではない。
となるとこいつはやはり魔素人なのか、二人は思った。さっき殴っても正気に戻らないのは、あの兜の防御力せいなのか?
自分の能力もきちんと把握できない二人は、とりあえずそういうこととした。ただし手加減できる相手でもないので、遠慮無くこちらも刀を構え直し、二人がかりで再突撃する。
始める二対一の剣戟。幾重にも繰り返し発せられる鋭い金属音。だが重くとても早い斬撃を繰り広げ続ける武者は強く、二人はどんどん後方に追いやられ、ついには先程転がった池の岸辺にまで戻ってしまった。そして・・・・・・
キン! ザクッ!
近くの野次馬が小さく絶叫するのが聞こえた。紺の刀が衝撃により払い飛ばされ、そして彼女の首が切り飛ばされたのだ。
紺の生首がボールのように飛んで、池の水面に赤が混じった飛沫を上げる。
(あ~~駄目だなこれ・・・・・・)
これにもう勝ち目はないと、実にあっさりと諦めた黄も、気が緩んだ隙に同様に斬首され、身体の一部が紺同様に池の中に水没していった。
武者の前で横たわる、岸辺に転がる二つの首無し死体。武者はそれに置き捨てて、先程ヒューゴ達が逃げた先へと、走り出した。
そう先程のようにゆっくり歩いているのではなく、あの巨体の鎧姿で、マラソン選手も顔向けの速度で勢いよく走っているのだ。
揺れる鎧の金音を盛大に鳴らしながら、あっというまにその場から姿を消していった。




