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第十九話 無敵の王

 さて時は戻って現代。


 ガン! ガン! ガン! ガン!


 王宮内で凄まじい衝突音が響き渡る。しかも一つではなく二つ。

 一つは巨狼が、聖殿の門を破ろうと、結界で身を包みながら、何度も体当たりをしている音。もう一つは、その聖殿とは西側にある、正殿と繋がった西の建物である。


 そこは王族専用の運動施設や、個人の客をもてなす際の遊戯目的の建物なのであるが。今まさに、そこから中に入る扉を、反乱者達がぶち破ろうとしていた。

 正確には彼らが連れている、あの魔人と呼ばれた一つ目の大蛇たち。それらが三匹交代で、その扉に何度も頭突きや尻尾打ちを繰り返しているが、やはりこちらも中々破れないようだ。


 この国にとって、大きな脅威と小さな脅威が、すぐ隣同士で必死で建物内への侵入を試みている光景は、何とも奇抜なものであった。

 そしてその光景は、監視カメラで、晴子や紺達の前に、全て見られていた。


「あれは・・・・・・危ないです! もしあの狼が、あの方々に標的を変えたら・・・・・・振り向けばすぐに気づかれる位置にいますよ!」

「まあ・・・・・・そうだな。しかしどうするよ?」

「今あの方々が破ろうとしている、西殿の扉を開けましょう! 危険ですが、今はあの方々には、結界の中に入ってもらわないと・・・・・・」


 これは普通に考えれば、かなりとんでもない話しであった。国王暗殺を目論んでいる者達を、彼らの命を助けるために、わざわざ自分たちの懐に、自ら入れようというのである。

 晴子の言葉に、当然のように守衛達は動揺している。だが何故か、真っ向から反対する者が現れない。そして光二が、やや困った様子で問いかける。


「晴子いいのか? 奴らはお前の命を狙ってるんだぞ?」

「構いません・・・・・・私なら大丈夫です。それに・・・・・・ここにいる皆の安全を考えれば、恐らくあの方々は、私が直接相手をしなければいけない気がします・・・・・・」


 晴子の決意に、誰も引き留めない。彼女の身体の頑丈さを知らない紺達だけが、この会話に不思議に首を傾げている。

 それから間もなくして、映像に映る西殿の扉が開かれ、反乱者達を当惑させていた。






「・・・・・・ここは?」


 当惑しながらも、無事に王宮内への侵入を果たした反乱者達。魔人達を盾のように、先頭に進めながら走る。正殿の方に繋がると思われる方向の廊下を駆け抜けると、そこは大きな和風広間である。

 玉座の部屋と同じく、和風なシャンデリアがぶら下がっている、その体育館のような大部屋。特殊陶材を木材のような質感で作った壁や床で覆われたそこは、恐らくはパーティーなどを催す場なのかも知れない。


 彼らが駆け込んだ先の廊下との出入口は開いていたが、その先の反対側の障子のような出入口は閉まっている。

 ここで行き止まりかと思われたら、突如その出入口が開き、そこに物騒な来客を出迎える者達が現れた。


「貴様は・・・・・・晴子国王!」

「ええと・・・・・・いらっしゃいませ・・・・・・」


 少し物怖じげに、反乱者達に礼儀正しく挨拶する晴子。その隣には、護衛として雅弘と鹿太郎が、やる気なさそうな目で立っていた。


「まさか国王自ら、たったそれだけの手勢で迎えるとはな・・・・・・それほど己の実力に自信があるということか! いいだろう、この魔人達の力・・・・・・」

「ちょっと待て、いいか? その魔人なんだけどさ。それどこで手に入れたんだ?」


 いきり立つランスロットに、鹿太郎が問いかけてきた。話しを遮られたことに、不快な様子を見せながらも、ランスロットは答えてくれた。


「どこでだと? これは王都の近くの森で、我らの仲間が見つけたのだ! 何故あんなところにあったのかは俺も知らん!」

「ああ・・・・・・そうかい・・・・・・」


 何か思い当たることがあるのか、何故か鹿太郎と雅弘が苦笑い。これ以上話を続ける気はないようで、二人が引き下がると、今度は晴子が話しかける。


「あなたがランスロット様ですか? ・・・・・・私達の今の立場で、このようなことを仰るのは、図々しいと思われるかも知れませんが。どうかこのようなことはやめていただけませんか・・・・・・? 私の祖国のした侵略は、確かに許されないこと。しかし・・・・・・今貴方たちの身に起こっていることは、戦争の可否とは別のことで、大きな問題があるんです」

「何故私の名を? いや・・・・・・それよりこんな状況で、何を言い出す! 何かの時間稼ぎのつもりなら・・・・・・」

「違うんです!! 本当に大事なことなんです!!」


 晴子が珍しく、大きな声を上げた瞬間に、その場が震えた。言葉の重みに心が震えたのではない。物理的な意味で、彼女の声の音量で、その広間の空気が大きく震えたのだ。

 天井のシャンデリラが、今にも割れそうに振動しながら、グラグラと揺れている。まるでこの広間に、怪獣が頭を突っ込んで、咆哮を上げたかのような現象。


「かっ・・・・・・ぐっ・・・・・・!?」


 両隣にいた二人は、これを察知したのか、素早く耳栓をして無事だった。だが反乱者達は、皆がその大音量に、耳を押さえて、膝を突いて悶絶している。

 これに晴子は、しまったと思って、狼狽える。だが数秒後に反乱者達が、どうにか落ち着いて耳を離して、調子を取り戻し始めたのに安堵して、話しの続きを始めた。

 今度は声を荒げず、意識的に落ち着きを気にかけた口調だ。


「今の貴方たちの意思は、もう十年以上前から、もう貴方たちの意思ではないんです。皆さんの体内には、魔人にも使われている、邪悪な物質が植え込まれています。それらは貴方たちの脳内に入り込み、予め設定された思考を、常に続けるようにされています。それは思考を続けるだけでなく、強い凶暴性をも・・・・・・」

「そんな難しい説明いらないって。ただお前らは、ゲード王国に洗脳されているんだって、話せば良いじゃん」


 雅弘の横からの指摘に、晴子が口を紡ぐ。その間に、耳の不調が大分落ち着いたランスロットが、今度はそっちが声を荒げる。


「私達が洗脳されているだと? 我が母国に? 何を訳の判らないことを・・・・・・。我らがこれほど愛している国が、何故私達にそのようなことをすると?」

「いえ、恐らくその愛国心自体が、洗脳によって植え付けられているんです。当時のゲード王国が、不満が溜まり続ける貴族達を、従順に仕立てるために行ったんです。貴方たちも、本当は覚えているんじゃないんですか? 一時は自分が、その祖国に疑問を思っていたことを・・・・・・。そしてある啓発演説の時から、不可思議なほどに、考え方が変わってしまったと・・・・・・。どうか正気を取り戻して・・・・・・本当なら今の自分の考えがおかしいと、すぐにも判るはず・・・・・・」

「ふざけるな! 民の気持ちも分からない貴様らが、私らに正気を問うか!?」


 その怒りの声に、晴子達が当惑する中、彼の仲間達は同意の意思で頷いていた。今までの経緯からでも判るが、彼には彼の正義論で動いているようだが、その内容は・・・・・・


「私達は、お前達がこの国を乗っ取ってから、どれだけ民を苦しめてきたのか、嫌というぐらい見てきたぞ! 何だ、あのあり得ない軽い徴税(・・・・・・・・・)は!? しかも痩せた民に食料を分け与え、病にかかった者達を無料で診て、路上で暮らす者に家を与え、盗みや殺しをした者を徹底的に取り押さえるなど、何とおぞましい非道を繰り返すのか! ゲードの歴史を振り返っても、これを超える悪行を私は聞いたことがない! 蛮族に善意を求めること事態、間違いだと判っていても、さすがにこれはない! 私には彼らの心の声が、嫌というほど聞こえるのだ・・・・・・。何で自分達がこのような仕打ちを受けるのかと。かつてのように、常に飢え、常に汚く暮らし、そして壊れるまで神の民に働き続ける、そんな素晴らしく幸福な生活に戻りたいと・・・・・・。そして神のために全てを捧げきって、清らかに腐って死にたいと・・・・・・。だから私は民を救う! 例え祖国が完全に消え、我らも死ぬことになっても、民だけは何としてでも救う! それが騎士である私の最後にして、最大の使命だ! そのために、貴様は何としてでもこの場で倒す!」


 一切の息切れをせずに、とても気合いのこもった決意の声を上げるランスロット。その言葉と表情には、一切の迷いはなく、彼の強い意思と覚悟が見えた。

 周りの仲間達も、同じ考えのようで、今の言葉に感動して涙ぐむ者までいる。そんな彼らに、晴子は絶句し、雅弘が一言呟いた。


「駄目だなこいつら・・・・・・見事に壊れてやがる」


 誰もが頷くその発言。だが頷かなかった者達は、これに更に激怒する。


「壊れているのは貴様らの方だ! 魔人達よ、こいつらを皆殺しにしろ!」


 反乱者の一人のその命に従い、三匹の黒い大蛇が、一斉に晴子達に襲い来る。この緊迫した状況に、すぐ近くの壁が、恐らく巨狼の仕業であろう激突音を上げているのに、一番に気にかける者はいない。

 大蛇たちは、柱のように太くて長い胴体を自在にくねらせながら突進し、犬猫ぐらいなら一飲みに出来そうな口を開き、そこから伸びる名刀のよう鋭い歯を晴子に差し向ける。だがその牙が、晴子に届くことはなかった。


 グシャ!


 発せられるのは、果実を潰したような鈍い音。意を決した晴子が、正面から突っ込んできた魔人目掛けて、実に手慣れた洗練された動作で、空手の技のような正拳を喰らわせたのである。


 その鱗だらけの巨大な拳は、魔人の上顎を直撃した。その途端にその上顎が、ケーキのように脆く潰さていき、その拳が顔を潰しながら先へとめり込む。そしてその拳が何と、顔正面の目玉にまで到達した。

 上顎からその先の顔全体と潰された大蛇型魔人。その際に、あの特徴的な巨大な一つ目も、卵のように容易く潰される。

 すると大蛇の動きが、糸の切れた人形のようにあっさり止まり、そのまま倒れ込む。


 だが晴子は、それが倒れ終わるより前に、素早く次の動作へと移る。


 先に飛び込んだ大蛇の両脇から、残る二匹の魔人が、晴子を両側から挟み込むように襲い来る。晴子はそれを、瞬時に腰を落とし、姿勢を下げることで回避した。

 晴子の頭上に、二つの黒い蛇の頭が、止まりきれずに激突して怯む。それを晴子が、先程の魔人の肉片で、黒い泥だらけになった右拳を、ボクシングの蛙跳びアッパーのように、上側に突き出した。

 その一撃で、またもや一匹の大蛇の頭が砕け散る。長い下顎のそこから、派手に四散する大蛇の頭。その勢いで、大蛇の眼球が、黒い飛沫を上げながら、上へとピンポン球のように飛んだ。

 それは天井のシャンデリアにぶつかり、跳ね返って晴子の背後の方へと飛んでいった。


(魔人の本体がこっちに! すぐに潰さんと!)


 床に転がるその眼球を、近くにいた傍観状態だった鹿太郎と雅弘が、大慌てで駆け寄る。そして腰の刀を引き抜き、その目玉を振り下ろした鋒で、桃のように真っ二つにした。


 ガブッ!


 大蛇たちもただやられるだけでない。残された最後の一匹が、大ぶりの攻撃を終えたばかりで、隙が出来た晴子に、勢いよく飛び込み、その牙で噛みついた。


「!!」


 岩をも切り裂く振動刀にも、傷はおろか痛がる素振りすら見せなかった晴子。だがその牙が、自身の脇腹に直撃したときに、始めて苦痛の表情を見せる。だがそれも一瞬だった。


 グシャ!


 今回もまた一撃だった、横から自身に噛みついた大蛇の頭。その間近にある頭の、その一つ目に、晴子がバランス悪い体制で、またもや拳を叩きつける。

 そして一回目と同様に、その目玉はあっさりと潰され、大蛇型魔人は倒れた。


「おう晴子! 噛まれたみたいだけど平気か!?」

「ええ、大丈夫です。ちょっと痛かったけど・・・・・・」


 動かなくなった大蛇の口が晴子から離れて落ちる中、雅弘が声を上げると、晴子は特になんともない様子で答えた。

 噛まれた脇腹は、着物に穴が開いているが、特に出血も無く、それほど大きな痛手はなかったよう。


 それからしばらくして、反乱者達が呆然と見ている中、倒れた三匹の大蛇型魔人達が溶け出した。あの黒い巨体が、まるで氷のように融解して、床を黒い泥で汚していく。

 ここまで見れば、誰もがこいつが死んだのだと判るだろう。反乱者達の、国皇暗殺の切り札だったそれは、その国王一人の手で、あっさりと葬り去られてのであった。


補足:鹿太郎と雅弘は、前作「蜘蛛の殺女神」からの再登場キャラで。今回出てきた大蛇型魔人は、前作ラストで、二人が手にしたものです。

悪目立ちしすぎる上に、就職成功したことで邪魔になり、森の中に投棄した後で、ランスロット達が拾ったという流れです。

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