第十八話 とある男の清らかな過去
ことはもう十四年も前の事。ゲード王国が大蛇帝国によって陥落・滅亡するより、僅か前の、現代のランスロットがまだ平和だと語る時代のこと。
確かにその頃のゲードは、平和で安泰の国であった。ただしその平和の規模は、かなり限定的であったが。
華やかで美しい洋館が建ち並ぶ、毎日のように豪勢な催しが行われる美しい貴族街。だがその外に一歩出ると、光景は一変する。
平民や下級貴族が暮らす一般の街は、あちらとは驚く程活気がなかった。
建物は何年も補修や改築がされず、既にボロボロの状態だ。街を歩く数少ない人々も皆痩せている。
服を買い替える資金もないのか、皆実に色あせた服を着ている。どう見てもこれは、浴衣な暮らしをしている人々の姿ではない。
国の中心地でさえこの状況。彼らはまだ、必要最低限の生活が出来ているだけ、まだマシな方である。
これより離れた、地方や田舎などは、もっと酷い状態で、あちらこちらに埋葬されない死体が転がっている状況だという。
かつてこのゲード王国は、ロア教という一神教を崇拝し、その教義の元で、自国や周辺傘下国を纏め上げていた。
だがあるときに、ロア教の宗主国であった大国が滅び、そこで行われた多くのロア教という組織的不正が暴かれると、状況が大きく変わる。
多くの傘下国や自国の民が、今の国家体制に不満を持ち始めると、ゲード王国は対話など一切せずに、武力でそれを抑えつけた。
しかもそれどころかこれを気に、自国市民や参加国への、徴税を大きく上げたのである。
元々豊かだった貴族や富豪達は、それによって更に豊かになり、毎日を豪遊した。更に軍事力の強化も施された。
各所で働かせている大勢の奴隷達の働きにより、多くの兵器が生産され、国の軍事力も大幅に増強された。これがあればどこで反乱や侵攻があっても、一切負けることがないと息巻いていた。
最もその兵器というのは、黒色火薬で撃つカノン砲やマスケット銃等といったもので、現代の大蛇帝国の科学力との差は歴然であったが。
そうやって国の中核や軍が潤う一方、元々も貧しかった傘下国や王国民達は、ますます干からびることになる。それが今の状況である。
先程この軍事力では負けないと王国が考えていたが、それで少し問題が起きた。
その軍事力を動かす兵力の、三割を構成している存在。平民と変わらない生活を送っている下級貴族達の間で、自国への信頼が揺らいでいた。残りの七割である平民出の兵も論外だが。
ランスロットは、王都から程近い位置にある、王領内の農村の生まれであった。農村と言っても、貴族の荘園で、大勢の農奴が働かせている、奴隷職場であったが。
その集落に住まう下級貴族の家に生まれたランスロット。父も母も、荘園を管理する兵士の職を、共働きでしていたが、それでも貧しいものである。
ロア教が滅ぶ前までは、少なくともそこらの平民よりは食の多い、それなりの生活をしていた。今はもう酷い安月給で、己が働かせている農奴達と、それほど大差がない。
しかもその農奴から恨まれて、ランスロットの母が、報復で殺されたのだ。
「これは・・・・・・報いなのでは?」
母の葬儀の場で、まだ十二才であったランスロットが、そう漏らした言葉。その言葉を発した途端に、周りのものから激怒され、父親からは何度も暴行を受ける羽目になった。
別に彼の言葉が間違いと思ったからではない。国家への忠誠を疑われるような発言や行動で、貴族から奴隷に堕とされた前例が、いくつもあるからだ。
(違う・・・・・・俺が憧れていた騎士道と、今のこの国は明らかに違う・・・・・・)
幼い頃より、多くの物語の英雄に憧れ、そして自身もそんな英雄たり得る人物=騎士号を授かるに相応しい人物になろうと、日夜稽古に励んでいたランスロット。
だがインチキ宗教を敬っていた事実を誤魔化し、年々に渡って圧政を高めている、己の祖国。
その祖国によって飢え、苦しむ人々の姿を見続け、自身もそれと同じ立場に立たされようとしている。
果たしてこの国と、今の己達に騎士道を語れるような価値があるのか? そんな風に考えているのは、彼だけではなかった。
主に若い貴族の子弟達を中心にして、その祖国に対する忠誠が揺らぎ始める。かつて各国の統率を保ち、平和を促すためという大義で、周辺国を武力制圧した。
それも実は大義も何もない、只の侵略戦争だったのではないかとも。
こんな風に、今にも下級貴族達が、平民達を先導して反乱を起こすのではないか? そんな機運が立ち始めたときだった。
ランスロットが住まう農村に、ある王国政府からの使いが訪れた。それは信用失墜したはずのロア教の司教で、全国の貴族子弟らの、今一度ロア教とゲード王国の演説会をするという、今更何の意味があるかも判らないものであった。
そしてこの地域一帯の貴族学生を、一カ所に召集されることになる。
(何なんだ? ロア教のインチキ教義でも語る気か?)
もうすっかり礼拝者が訪れなくなった、無管理のロア教教会。そこに何か交渉なお話があるとか言われ、嫌々ながらも従い集まった、ランスロットを含めた多勢の貴族学生達。
教会内の薄汚れた空気の室内に入る前に、一人の王国騎士の魔道士が、彼ら一人一人にボディチェックをしていた。
それを済ませながら、一人一人中に入っていく貴族学生達。そして遂にランスロットの番となった。
魔道士はランスロットの背後に立つ。そして何かを手に掴み、ランスロットの耳元に近づける。
その物体は、謎の黒い塊であった。
手で握れば全体を隠し通せそうな、小さなボールのような球状の物体。
石や金属には見えず、まるで泥の塊のような質感のそれは、困惑するランスロットの側に近づくと、突然変形した。
先程まで球状に形を保っていたそれが、急に形をなくした。不定型になりアメーバのように動き、先端が細くなる。そこからそれは、ランスロットの耳穴に入り込んでいったのだ。
「!!??」
まるで蛇が管の中に入り込むように、そのアメーバ状の黒い物体が、見る見るランスロットの体内に潜り、やがて小さくなって消えていく。
耳穴から、己の脳の中に染みこむ異物感に、ランスロットは動転した。だがそれはすぐに掻き消えて、快楽へと変わった。
「よし完了・・・・・・次だ」
その言葉と共に、ランスロットは教会の中へと入っていく。そして次の貴族学生が、中に入ってくる。
このチェック場は、白い幕で覆われていて、後部の者達にはそこで行われたことが見えない。
そして次に入ってきた学生も、同じように体内に何かを入れられ、とても幸せな表情で、教会の中へと入っていった。
(そうだったのか、今までの俺が間違っていた!)
教会内での、司教の演説に、ランスロットは打ちひしがれた。それは彼の今までの価値観を、大きく覆すものであった。
その演説によると、この世には二つの人種がおり、その生きるべき道と、幸福の論理は大きく異なること。
片側の人種である、王族や上級貴族等の神人の一族は、まさに神に次ぐ存在であり、何があろうが、例えこの世が滅びようが、最後まで豊かで恵まれた生き方が義務づけられている。
そして時には平民達に対し、常に暴力を振るい続け、時には彼らに死という素晴らしい祝福を与えなければならない。
それは神によって定められた、絶対的な掟であり、それに背くことは死に値する大罪であるということ。
そしてもう一つの人種は、平民とランスロットのような下級貴族達。彼ら=蛮人は皆、その命も人生も、全てはもう一つの人種に捧げるために存在している。
彼らは皆、神人の言うことに何でも従い、与えられるものは何でも与え、常に貧しく、そして飢え、みすぼらしい生き方をせねばならない。
そして最後には彼らから、死という素晴らしい祝福を受けねばならない。
それもまた、神によって定められた、絶対的な掟であり、彼らにとっての最高の名誉であると。これはとても幸福なことであり、蛮人は皆、太古から未来に至るまで、永久にそれを信じて生きている。
もしかしたら、今この国に生きている蛮人達が、飢えで苦しみ、不幸でいるように見えるならば、それは大きな勘違いだ。
そんなことを思った者は、人の心側から判らない愚か者である。彼らが泣き叫ぶのも、一見絶望に瀕して倒れ込むのも、それは苦しいからではなく幸せだからだ。
それこそが彼らの、幸福と感謝の表現であり、彼らは皆、心から神人に感謝の意を持って死んでいっているのだと。
(私は何と愚かだったんだ! 前に、ある平民の子供らが、両親が飢えで死んだのを見て、泣き叫んでいるのを見た・・・・・・。あれはてっきり、親の死を悲しんで泣いているのだと思った。だがそうではなかったのだ! あれは最後までみすぼらしく、神人に全てを捧げて死んだ、親の偉大な人生に、歓喜していたのだ! そして実の親に偉大な死に方をして下さった神人に、精一杯の感謝の声を上げていたのだ! あんな幸せな家族を私は、偏見で不幸な人々だと決めつけてしまったのだ! ああ・・・・・・私がこんな人の気持ちが分からない大馬鹿だったとは。これからは気を引き締め、神人に尽くし、あの親子のような偉大な死に方をしなくては・・・・・・)
こうしてロア教の教義によってランスロットを含めた大勢の貴族子弟らが、これまでの国家への不信が嘘のように、熱い愛国心を持って、国に尽くすようになった。
改心したのは彼らだけではない。各地に派遣された多くのロア教の司教ら。各所で幾度も演説会を開き、それに心打たれた多くの貴族子弟らが、心を大きく改めることになる。
それから間もなくして。ランスロットが改心してから一ヶ月後に、偉大なるゲード王国は、異国からの侵攻を受けて滅亡した。




