第十七話 戦場化した王宮
紺達が一分も経たずして、あの巨狼はこの場に現れた。濠に囲まれた王宮の周りを、見回すようにしながら歩き、やがて橋がかかった正門に辿り着いた。
巨狼はここが通りやすそうと判断して、再び駆け出し、橋の上を瞬時に通り抜けて、門を突き破らんと、その金属の壁に体当たりした。
ドオン!
「ウォッ!?」
これまではどんな障害物があっても、その頑丈な肉体と強大な身体能力で、容易くぶち破っていた巨狼。だが今回はそうはいかず、巨狼は小さな悲鳴を上げる。
巨狼の突進による頭突きは、その門を破ることは出来ずに、逆に巨狼の頭を痛める結果となったのだ。
巨狼はやや苛立ちながらも、これがそう簡単に破れるものではないと理解すると、今度は別の手に出た。
巨狼は正門の両側にある柱に掴みかかり、そのままその二十メートルもの高さがある城壁を登り出したのだ。
少し前に鉄道橋の柱をよじ登ったのもそうだが、この巨狼はイヌ科なのに木登りも得意のようだ。
優れた身体能力で、ロッククライマーも顔負けの速度でよじ登り、とうとう塀の屋上まで登り詰める。
そのまま内側に飛び込もうと、天井側に手を上げるが・・・・・・
「!?」
その場で起きた地味な現象に、巨狼は困惑する。屋上に上がろうとしても上がれない。そこに手を触れようとすると、僅かだが触れた部分だけ、そこに透明な壁が部分的に見えるようになった。
そのガラス板のような謎の壁は、この王宮の巨大防護結界であった。しかもそれは不思議なことに、さっきまでの壁のように、手で掴み登ることが出来ず、油をしいた壁のように手が滑る。
苛立った巨狼は、その防護結界を、手で叩きつけるが、体制が悪いために、思うように威力が出ない。
しかもその拍子に、壁を掴むバランスが崩れて、巨狼は折角登った塀から転落してしまった。
ザブン!
巨狼の巨体が、塀の水面に飛び込んで、盛大な水飛沫を上げる。これに驚いて、水面を泳いでいた亀が、一目散に逃げる。
恐らくは水上からは見えない水中でも、そこの自然の住人達が、大慌てで逃げ回っているだろう。
巨狼はそのまま水中で体制を整え、先程までいた端の方まで泳ぎ、橋の上に無事上がり込んだ。
濠をさけていた巨狼だが、別に水が苦手なわけではないようだ。だがこれで巨狼の悩みが消えるわけではない。
「ウォオオオオオオッ!」
苛立ちがますます上がった巨狼が、そのまま先程と同じように、結界で強度を強化された門に向かって再突撃した。
そして先程と同じように、扉を破れず、自身の頭を痛めてしまう。だがそれで巨狼は諦めない。
二度目は先程も使った、前面に結界を張っての体当たりをぶつける。何が彼をここまで駆り立てるのか不明だが、巨狼は執拗に、その扉に何度も体当たりを喰らわせ続けた。
さてすっかり人がいなくなった王宮内。その内奥の、国王の玉座がある謁見の間。
木材に見立てた特殊陶材の柱や壁に覆われ、行灯のような形状の和風なシャンデリアなどがぶら下がっている、豪勢な部屋だ。
その中の玉座に居座る、晴子や紺達と数人の守衛達の前に、空中に浮かぶ巨大画面。そこにあの巨狼の暴れる姿と、外側から何度も衝撃を受けて揺れ続ける内側の正門の姿が映し出されている。
その衝撃は凄まじく、頑強な正門が、激突の度に派手な音を立て続けていた。
かつての戦乱の時代に、城攻めをされたときも、こんな光景だったのだろうか?
最も今門を破ろうとしているのは、大勢の兵士に担がれた丸太ではなく、それと同じぐらい大型のイヌ科動物であるが。
「おいおいすげえなおい・・・・・・10キロトン級核弾頭にも耐えられる結界が、今にも破られそうだぜ。確か門の方は、それよりもう少し丈夫だと聞いたんだが・・・・・・」
「ていうか何であいつは、こんなに中に入りたいんだ? この中に、何か美味い飯でもあるのか?」
鹿太郎のその疑問は、恐らくこの場は勿論、中継映像を見ている、全国民が疑問に思っていることだろう。
どういうわけか巨狼は、この王宮の内側に固執しているが、そもそもどうしてなのか未だに判らない。
「ええと・・・・・・もしかしてこの中に、あのモンスターに関係するような魔具とがあるとか?」
「どうだろ? 新築のこの王宮に、そういう類いの値打ち物があるか?」
そんな解けない疑問を口にしている中、ふとこの広間の扉が開かれる。誰かと思われたら、それは先程まで議事堂の方にいた光二であった。
議事堂は皇宮の外側で、王宮は全面封鎖されて、出入りできないはずだが。
「こっ、光二様! 今議事堂の方におられるはずでは!?」
「ああ、緊急用の地下通路を通ってきた。まさか新築早々にあそこをつかうことになるとはな。・・・・・・?」
広間内を見渡した光二は、その面子の中に、見慣れないセーラー服少女と鬼少年の姿を見て、目を見開いた。
「お前ら・・・・・・何故ここにいる?」
「何って・・・・・・お前が僕たちに、暗殺者を送り込んだから、その文句を言いに来たんだよ!」
今ここにいる理由は本当は別だが、そもそものきっかけがそっちだったので、それを敵意を見せて口にする黄。そしてその言葉に、何故か光二の方が、再び驚いているようだが。
「暗殺者だと? 何を言って・・・・・・ああまた壊れた奴が動いたか」
謎の言葉を口にして、光二が晴子達の方を見ると、鹿太郎と雅弘がそれで判ったかのように頷いていた。紺達には、何を言っているのか判らない、謎のやりとりである。
「それに関しては謝罪する。だが今はそれどころじゃないのでな、話しは後にしてくれ・・・・・・。おい! 正門近くにある対空砲を、全て正門に向けろ! あれで出てきた直後に、あのモンスターを狙撃する!」
その指示を、今まで待っていたかのように、守衛がオペレーターに即座に伝達する。すると画面に映し出されている、正門前の内庭に変化が起きた。
この王宮内には、空襲やミサイル攻撃を想定した、いくつもの対空砲が設置されている。見た目は護衛艦の速射砲を、地面に設置したようなものだ。
だが発射される砲弾はエネルギーベースのSF的なものである。数十キロ先のミサイルや戦闘機を的確に射貫く。
近距離で撃てばRHA1300もの貫通力を持ち、チャージすれば更にその四倍を貫通可能な超兵器である。
しかもその砲弾、内側からならば、皇宮の結界をすり抜けられる。
そんな物騒な物が、王宮内の至る所にあり、正門前にも三門ほどあるのだ。
その三門が起動し、盛大な音を立て続け、ひび割れが起き始めた正門に向けて、砲身を向けたのだ。エネルギーチャージをして。
「まさか国王就任早々に、この王宮を戦場にするとはな・・・・・・」
光二がそんな愚痴のような言葉を発した直後に、ついに事態は起きた。
あの核弾頭にも耐えられるという結界で強化された正門が、ついに破られた。
何度も衝撃を受けたせいで、ボコボコの板と化した扉二枚が、外側から派手に吹き飛ばされる。
そしてそこから、あの巨狼が、未だに結界を這った状態のまま飛び出してきた。
ついに王宮内に侵入した巨狼。だがその直後に、例の砲弾が一斉に発射された。三つの砲弾から発射される、光の筋を描いて、高速で飛ぶ砲弾。それらが巨狼に、見事着弾した。
ドオオオン!
砲音と爆音が混ざりあり、今の衝撃で飛び込んできたのとは逆方向に、再び吹っ飛び正門の外側へと向かってく巨狼。
戦単車の砲弾を余裕で弾き返した結界も、今の攻撃にはさすがに破られ、確実に砲弾の衝撃は、その巨狼に届いたであろう。
だがここで光二は、例の「やったか」などとは言わない。むしろその逆のことを言う。
「駄目だな・・・・・・。先程言った地下通路を使って、内部にいる全員を避難させるぞ。ただし結界は持続させて、あいつをしばしこの王宮内に閉じ込める」
皆がこの言葉に困惑しながらも、即座に命令に従い、撤収の準備を始める。
そんな最中に、光二の言葉通りに、あの巨狼が傷を負いながらも、再び王宮内に飛び込んできた。
オペレーターの独断なのか、先程の砲台三門が、命令を待たずして、第二射を撃ち込んだ。
だが既に学習した巨狼は、それを難なく回避し、砲弾は王宮の塀を傷つけるだけに終わってしまった。
巨狼はそのまま、皆がいる王宮本殿に向かって走りだした。
「慌てるな! 本殿内にも結界はあるし、しばらくは持ちこたえられる! それよりも正門位置の結界の再構築を急げ!」
光二がそんな指示を出している中で、画面の方に新たな変化が訪れた。別にあの巨狼が何かしたわけではない。
「誰だあいつは?」
「あっ! あいつランスロットだ!」
「「!!」」
何とあの巨狼が立ち去った後の、まだ結界が貼り終えていない壊れた正門から、人が王宮内に入り込んできたのだ。
この非常時に、突然王宮内に現れた不法侵入者。それは何と、洋風の騎士風の服を着た、ランスロット達反乱者十名であった。
その名を知っている、光二以外の全員が驚き、今度は事情を知らない光二の方が困惑しているようだが。それを察して、晴子がすぐに光二に説明する。
「あの方は反乱者です。どうもこちらの紺様に、反乱の手助けを頼んだようで、でも紺様はそれを受けたわけではないです! それとやはりあの方は・・・・・・」
「ああ・・・・・・大体判ったよ」
一部何がどう伝わったのか判らないところがあるが、どうやら光二も納得したらしい。
画面に映し出される彼らは、巨狼がいる位置を当然のごとくさけて、別の方向から王宮本殿への道を探しているようだ。
すると間もなくして、彼らの仲間と思われる者が、壊れた正門から再び現れた。
それは数人の魔道士風の反乱者と、彼らに連れられる巨狼とは別のモンスターである。
それは大蛇であった。生物感のない、泥のような質感の真っ黒な表皮で覆われた、一つ目の毒蛇である。
その大きさは巨狼と同じぐらいあり、画面越しだと伝わりにくいが、近くで会うと相当な威圧感が伝わる姿であろう。
そんなモンスターが三匹、この王宮内に入り込んできたのである。
何ということか、最重要地区である王宮に、一日で四体ものモンスターが入り込んでしまったのである。これを見た光二は、あまり慌てた様子もなく、何故か鹿太郎と雅弘に問いかける。
「あれはもしかしなくても、お前達がラーズ王国から盗んできた魔人じゃないのか? 確か就職して用済みになって、どこかに捨てたとか・・・・・・」
「ああ・・・・・・もしかしたらそうかも。放っておけば、勝手に泥になって消えると思ったんだが・・・・・・」
「ああん・・・・・・どうやらその前に、反乱者に拾われたみたいだな。いやあ、これは参ったな・・・・・・これってやっぱり俺らの責任?」
敬意はよく判らないが、反乱者達があのモンスター=魔人を連れているのは、どうもこの二人が原因らしい。光二はこれに特に怒ることはなく、次の行動を思案する。
(どうやらこの混乱に乗じて、あの魔人を使って国王暗殺を謀ったようだな。しかし不味いな。奴らがこの本殿に入り込むのは難しいだろうが、その前にあの巨狼の餌食になりかねん。俺らは地下通路で逃げれても、奴らは助からんぞ・・・・・・。かといって素直にこちらの避難指示に従ってくれるか・・・・・・)
何故か反乱者達の身を案じる光二。ふと彼らは何かを思いだしたかのように、急に紺達に向かって向き直った。
「確か紺と言ったな・・・・・・お前ら一昨日に、鳥里町のクロウ署長の洗脳を解いたよな。あれはどうやったんだ?」
「・・・・・・?」
だがその問いは、紺達には全く身に覚えのない話しであった。




