第十四話 橋の巨狼
(やれやれ、やっと終わったか・・・・・・)
王宮内のとある一室。紺が投獄されてから、数時間の深夜にて。
白壁とガラス障子に囲まれ、洋風の椅子とテーブルと絨毯が設置されている会議室。
その中で、どこかの領主だとか企業責任者だとか、様々な身分のお客が一仕事終えて帰っていった後のこと。
その部屋に一人残されたのは、若き太政大臣の光二である。栗鼠型の尻尾が力なく垂れて、大分疲れた様子の外見少年の実質的な国家最高権力者。
スマホで関係者への各々のメールを送った後で、ようやく今日の仕事が終わったことで、大きく息を吐いていた。
(会食で腹は膨れたからな・・・・・・今日はもう寝るか?)
そう決めて廊下を出て、自室へと向かう光二。初就任最初の仕事だから忙しいのは当たり前で、徹夜にならなかっただけで幸いだろう。
守衛に囲まれながら、自室に向かおうとしている中、別の守衛が突如その場に駆け込んできた。
「おう光二! やっと仕事終わったんだな!」
国王のみならず大臣まで呼び捨てにするそれは雅弘であった。
どうやらずっと、彼の仕事が終わるのを待っていたらしい。えらい回復が早いようで、砕けたと思われた肩は、すでに元通りである。
「実はお前に話したいことがあってな。さっきお客が二人・・・・・・」
「悪いが今日はもうよしてくれ・・・・・・。その客とやらは、明日に回してくれ・・・・・・」
「判った、明日な!」
今日はよせと言われて、実にあっさりと退いて、さっさと行ってしまう雅弘。そんな彼に構わず歩き出す光二は、ふとあることを思い出した。
(そういえば、桜花が言っていたあの二人こと・・・・・・連絡がないが、まだ見つかっていないんだろうか?)
同時刻のこと。昼頃に紺が訪れた、あの砦跡でのこと。紺が実に短い仕事で、高い収入を得た、そのありがたい場所が、少々困ったことになっていた。
「そうよやばいのよ! 力を高めるのはいいことだけどさ、これはいきすぎだわ!」
あの巨狼を操るために、生贄を求人で集めていた彼女は、今は次の生贄を探してはいない。もうそれどころではない状態である。
ドウン! ドウン!
突如砦全体が、砲声のような音と共に揺れている。地震などとは明らかに様子が違う。
近くにある、巨狼を監視映像が映っていたPC画面。それに映っていた謎の円グラフが、何か不吉な色と数値で輝いている。
そして映し出されている巨狼が、何を狂ったのか、地下牢の壁に頭を何度も打ちつけていた。
打ちつけるのと同じタイミングで、砦が揺れている。
しかもその打ちつける場所は、本当に砲弾を撃ち込んだかのように、深く陥没しているのだ。
これほどの衝撃で、崩れ落ちない地下牢の強度も大した物だが、この巨狼の力も半端ない。
壁側を移動しながら、何度も頭や身体を打ちつけている巨狼。やがて壁が途切れると、そこは外が見える鉄格子。
ガシャン!
すると先程とは異なる金属音が聞こえてきた。それと同時に、巨狼の体当たりで鉄格子は草網のように簡単に破られる。
そしてそこから巨狼は、女魔道士の制御など気に留めず、外へと駆け出していった。
それから時間が進み、太陽が昇りだし、人々が朝食の支度をし始める時間のこと。丁度紺達が外に出てから、二日目の朝のことである。
まだ居住してから数日しか経っていないが、もう大分住み慣れた感じの太政大臣光二。
彼はもうこの時には、寝起きを済ませて、大臣の正装をして、次の仕事の準備をしに、廊下を進んでいた。
だがその道中で、今日のお客よりも、もっと大事な訪問者が現れた。
「光二様、ちょっと宜しいでしょうか?」
それは国王・晴子であった。鹿太郎と雅弘の二人の守衛を引き連れて、ずっと光二の私室で、彼が出て来るのを待っていたようだ。
光二は、己より遥かに巨体の晴子を見上げる形で、声をかける。
「晴子か? ああ・・・・・・そういえば最近あまり相手していなかったな。すまんがまだ・・・・・・」
「いえ、そうではないんです! 光二様にお聞きしたいことがありまして・・・・・・」
「何だ?」
「最近になって、紺様と黄様・・・・・・祖人の少女と鬼人の少年を探すよう命令しましたか?」
これに光二はやや動揺し、やや当惑しているようだ。
「名前は知らんが、確かに人捜しは命じたな。一昨日桜花から、連絡があって・・・・・・」
その時になって、この会話とは恐らくは無関係であろう役人が、そこに飛び込むように駆け込んで叫びだした。
「大変です閣下と・・・・・・陛下!?」
彼はここに国皇がいることにやや驚きながらも、すぐに調子を整えて要件を急ぎながら話す。
「王領内東部の鶏町付近に、未知のモンスターが出現し、暴走しています!」
国王就任から、一日経たずとして起きた緊急事態。
まあこの国の情勢からすれば、国王の就任により、何らかのトラブルがどこかで起きることは、誰もが予想していたが、これはそれとは大分趣が異なっている。
王宮内の特別会議室に再びやってきた光二は、本来今日行われる仕事を延期させていた。
実際に訪れていた客である、新任予定の若い大臣達も、それに同意して、別なことに注目している。
彼らが見る先には、会議室内にある大型テレビ。そこに映し出されているの、速報のニュースである。
『一時間ほど前に出現したという、あの謎のモンスターは、先程から奇怪な行動を取り続けそれによる農地の被害が・・・・・・』
報道者が指差して説明してるのは、その向こう側にやや小さく映る、一頭の狼である。
外見は普通の狼だが、大きさがかなり異なる。それが立っている、田園と見比べれば、それが象をも上回る巨大であることが判るだろう。
それはまさに、以前紺と黄を捕食・排泄した、あの女魔道士飼育の巨狼に違いなかった。
檻に入っていたはずの彼が、何故か今は大勢の人の見る前で、外に姿を現している。そして行動も妙だった。
その狼は、先程から何に語りかけているのか判らない、苦しげな風に遠吠えを上げ続けていうると思ったら、突然走り出す。
どこに走り出すのかと思ったら、どこにもいかず、この田園地帯をジグザクに何度も回りながら、行ったり来たりだ。いったい何がしたいのか、よく判らない様子である。
ただ彼に踏み荒らされたせいで、ここ一体の田園が、相当の被害になっているのだけは判る。
「このモンスターによる人的被害は?」
この不思議な光景を見て、光二は冷静に近くにいる役人に話しかける。
「いえ、それはまだ確認されていません。一度警察が近づきすぎたことがありますが、奴は襲う様子はなく、遠ざかったようで・・・・・・」
「そうか、それならいい。破壊された農園はまあ・・・・・・また桜花に無理を言って直してもらうか・・・・・・。しかしあれはいったい何なんだ? 人里に出て、人を襲うわけでもないというのは?」
「さあ、それは全く・・・・・・」
光二だけでなく、この部屋にいる役人や大臣(予定)も、これには困っていた。
すると先程まで、携帯で誰かから話しを聞いていた職員が、光二に伝えてくる。
「あれを監視していた警察から連絡が来ました。どうも観測してみると、あれの体内から、どういうわけか極度の強い魔力が大量に放出されているとのことです。それはつまり、どうもあれは、強力な魔具か霊薬を呑み込むかして、魔力の過剰摂取で暴走しているのではないかと・・・・・・」
「そうか・・・・・・まあその場合、エネルギー補充のために人や家畜を襲うという事態はなさそうだな。人的被害がない内は、殺傷は控えたいが・・・・・・しかしあれを捕らえられる機材や人材が、こちらにあるだろうか?」
あれ程のパワーを発揮させる魔力源が何なのかという疑問はあるが、一応の巨狼の現状は判った。
しかし光二の、あれの捕獲を求めるような発言に、周りにいる次期大臣達から反発が上がる。
「おい、ちょっと待って下さい! あの化け物を生け捕る気ですか!?」
「そうだが? 例え動物でも、殺しは避けるべきだろう?」
「そうでしょうけど、あれは危険すぎるわ! さっきの話しだと、あれは先日のカラスの群れの同類に違いないわ! 桜花様がどうにかしてくれたとはいえ、あれは一時死傷者が出たのよ!」
「警察からも要望が来ています。人的被害が出る前に、あれを殲滅するための、大型兵器の使用許可をいただきたいと・・・・・・」
「うむ・・・・・・仕方ないか」
多人数からの要請があって、光二は渋々といった様子で、あれの殲滅を承諾する。
そんな時に、画面に映っていた巨狼の行動に、少し変化が見られた。
巨狼がある一方向を、今までより長めに走ったのかと思うと、そこには前に紺達も見た、あの農園を横断する巨大鉄道橋である。
(いかんな。あれを壊されると、今日の物資輸送に損害が出るぞ)
光二は一瞬それを心配したが、それは杞憂に終わった。だがその代わり、もっと面倒な事態が起こったが。
巨狼は鉄道橋の巨大な柱に一直線に走る。そのまま激突するかと思ったが、意外な行動に出た。
何と巨狼は、その大木のように太い鉄道橋を、猿のように登り始めたのである。
猫や猿と違って、イヌ科生物の手は、何かに登るの適した構造になっていない。
だが巨狼は、最初に跳躍して、その柱の真ん中にしがみつく。そしてその柱に爪を食いこませ、柱に幾つもの穴を開けながら、どんどんよじ登っていく。
瞬く間に、巨狼は鉄道橋の線路の上に上がり込んでしまった。
鉄道ジオラマに、犬のぬいぐるみを置いたような違和感ある光景。だがそれは模型ではなく本物である。
「ウォオオオオオオオオーーーー!」
巨狼はその橋の上で高々と遠吠えをあげると、そのまま走り出す。
さっきまでのようにあちらこちらを不規則に動くのではなく、まっすぐに橋の一方向を、全速力で走り抜く。
当然列車には及ばないが、並の自動車などは容易く追い抜ける、凄まじい走行速度であった。この一連の行動を見た光二は、ふと先程とは別の不安にかられた。
「橋のあの方角を、途中で降りずにそのまま進んだ場合・・・・・・どこに向かう?」
「それは・・・・・・あの場合、この王都の駅が最終点になります・・・・・・」
職員のこの言葉に、場は嫌な雰囲気に飲まれた。
事件が起きた場所は王室直轄領内。かつてあったこの旧王都は、領内にある女神の森で栄えて地盤を築いたという伝説があるが、それは今いいだろう。
巨狼が暴れた地点と皇都は、歩きだと果てしなく遠いが、列車だと十数分で到達する距離。
あの巨狼の速度の場合、恐らくは一時間経たずに着いてしまうのではないだろうか?
勿論暴走が元で、途中で橋から飛び降りる可能性もあるが。この事態に光二は即座に命令を下す。
「当然のことだが、あの線路を通る運行は全て停止させろ。・・・・・・それと鉄道会社に要請し、電磁列車を一台、最高速度であの巨狼が通る方角に走らせろ! 損壊するだろう列車は、後で桜花に直させるから心配するなともな!」




