03 オタクと日常と直感
カグヤに風邪薬を飲ませて、激しかった咳が落ち着いた頃。俺たちはリビングで、今日の配信映像を2人で編集しながら作戦会議を開いていた。
俺たちの一番の課題。
斥候系のヒーローである山岸さんに、どうにか絡めないかという点だ。
「やっぱり斥候の感知系能力は、次元の裂け目が発生する予兆を早めに連絡されるか、本人の感覚が他と比べて鋭いかの、どっちかになりそうだよな」
俺の考えを呟くと、カグヤは小さく頷いた。
「それなー。だからアニキは配信自体ができてないわけじゃん? そもそもさあ、物資の運搬要請すら来てないから、正規の手続きじゃ同行もできてないんっしょ?」
「そうなんだよ。かと言って、こっちが配信したいからってさ、行く前に連絡をくれなんて言うのは、命がけで戦うヒーロー活動の邪魔になる。絶対にやっちゃダメな行為だ」
「そこは厳守しないとね」
「ああ。それに……ライブ配信だと開始の挨拶もあるからな」
2人で深くため息をつく。
「次元の裂け目を事前に察知できる、お役立ちアイテム的なものがあれば一発解決なんだけどな」
「そんな都合のいいの、ないもんねー」
「現状では、たまたま現場の近くで遭遇するのを、待つしかないっていう結論になるわけだ。くそっ、もっと間近でヒーローの輝きを拝みたいのに!」
頭を抱える俺を見て、カグヤがソファにごろりと横たわった。
「あーあ、ウチもアニキと一緒に行けたらなあっ。撮影アシスタントとかさー。ウチだって間近で見たいんだけど!」
「100%バレるからダメだろ。俺はムキムキ女子と清楚系美女を使い分けて偽装してるけど、お前はただの中学生だぞ」
「そーだよねぇ。ウチも変身系だったら……くぅぅっ、アニキの能力がうらやましすぎる!」
「いや、俺はお前の方がうらやましいけどな!」
「あはははっ、お互い結局ないものねだりかよー」
「そりゃそうなる。自分の持ってないものは良く見えるからな」
カグヤはケラケラと笑いながら、ポンと俺の肩を叩いた。
「まあ元気出しなよ。アニキの行動力なら、そのうち鳴神さんとだってバディみたいに一緒に戦える日が来るって」
「俺の戦闘力じゃムリだろう? エネミーは拳法でどうにかなるレベルを超えてるからな」
「あっはぁ? ジョーダンでしょアニキ。ウチが保証してあげるってぇ! イケるイケる」
「お、おう。じゃあ妹の言葉を信じて待つとするよ」
そんな他愛のない会話で、その夜の作戦会議は幕を閉じた。
◆
朝。
教室に入れば、昨日のライブ配信の話題でクラスの中は盛り上がっていた。
「おい見たかよ昨日の配信! イインチョの迅雷魔弾、マジでエグかったな!」
「二丁のVP9から放たれる雷撃弾、超スタイリッシュだったもんね!」
クラスメイトたちが興奮気味に語り合う中で、当の本人の鳴神さんは、耳を真っ赤にして机に突っ伏していた。彼女にとって、あまりに目立ちすぎる状況は恥ずかしいのだろう。それもまた──よき。
当然、配信内で銀髪ちゃんと呼ばれていた、カメラマンである俺の姿も話題に上る。
「っていうか、あの乱入してきた銀髪の女の子、結局何者なんだよ?」
「今知られてる情報をまとめるとさ、まず距離感がバグってる。グイグイ来るからカメラがめちゃくちゃ近い」
「あと質問してくる割にはヒーローの素晴らしさにトリップして、途中で相手の話を聞いてないことが多いこと……かな?」
「戦闘力は全然ないって本人は言ってたよ。ヒーロー並みのフィジカルはあるけど、固有の能力はないって」
「銀髪ちゃんは気にしてないけどな、それ」
「固有能力なしっつってもよ、大トカゲの攻撃を受け流した技は凄くね?」
「だよな」
「撮影じゃなくても活躍できそうだけどな」
「攻撃力が足りないってことかな?」
「「ああ……」」
「だから配信なんだろう。たすかる」
「よ、カナタ。お前も……いや、聞くまでもなく見てるか」
「当然っ! 素晴らしい動きだった。鳴神さんも銀髪さんも。他のクラスの方々もナイス連携だった! くぅぅぅ、輝いているっ!!」
「来た瞬間からうるせぇ!」
少し黙れと俺は叱られた。
素晴らしさを語り合いたいというのに。
まあ自分のことも多少褒めないといけないから、少し黙っておくか。
そんなライブ配信の感想を聞きながら、鳴神さんが小さく声を漏らす。
「結局は……活動してたら放送されちゃうし、慣れるしかないよね」
「そうそう。有名になってチヤホヤされたい。っていう精神になっておくのが正解だよ……ひなちゃん」
「諦めって、大事なんだなあ」
そんな風にクラスの連中が大騒ぎしている中、俺は自分の席で静かにスマホを見始める。もちろん昨日のライブ配信のアーカイブさ。画面の向こうで戦うヒーローの姿を、何度も再生する。
「さすがでございます、お嬢様ッ!」
脳内で思わず爺のような人格が覚醒して、感動に打ち震えてしまう。この美しさを特等席で撮影できたのだから、ヒーローオタク冥利に尽きるというものだ。
ふと前を見ると、いつの間にか近付いて来ていた鳴神さんと目が合った。
「あの、小柴くん」
鳴神さんが俺の席に歩み寄ってきて、戸惑ったように声をかけてくる。チラチラとこちらを伺う仕草は、神々しかった昨日の女神様モードとは違って非常に可憐だ。
「あ、ごめん、うるさかった?」
「ううん、そうじゃなくて。その、昨日、ネットで凄く話題になった配信があって」
「これかな?」
俺がスマホの画面を向けると、彼女は小さく飛び上がって頷いた。
「そう、それ! その銀髪の女の子の雰囲気が……なんだか少し、小柴くんに似ている気がして……」
鳴神さんは自分の長い髪の毛を指先でくるくるといじりながら、じっと俺の顔を覗き込んできた。
さすがは期待の新人さんか。直感が鋭いようだ。
「ははは、いくらなんでも無茶が過ぎるって。見てよ、俺の胸筋をッ! ぬぅん!!」
俺は席から立って、大袈裟に胸を張ってみせた。
「そ、そうだよね? でもそうかなあ……うーん」
まだ少し納得がいかない様子で首を傾げていたが、彼女はハッとなにかに気づいたように顔を上げた。
「あ、小柴くんはインスタやってる? もしよかったら、交換しておかない?」
「お? いいの? じゃあいつでもどこでも連絡してくれよ。予備弾の運搬はお任せあれ! これでヒーローに出会える可能性が増えた。ありがとう鳴神さん」
「う……うん。よろしくね、小柴くん」
俺が速攻でスマホのQRコードを表示すると、彼女は少し照れくさそうに読み取ってくれた。これで出撃チャンスが大幅にアップしたぞ。
やはり女神か。
「なにか分かるかもしれないから」
「ん? なにが?」
「あ、なんでもないよ。気にしないで」
「そっかそっか。いやあ、ガチ感謝だよ、鳴神さん。ヒーローたちは俺の生きがいッ! 彼女たちの役に立てることがあるなら、俺は魂をかけて実行するッ!!」
喜びのあまり全力で感謝を伝える俺に対し、鳴神さんは一歩引きながら、まるで未知の生物を見るような目で俺を見つめていた──と、その日の放課後に友人から聞かされた。




