22 脱出計画
カグヤ参上の噂を聞きつけて、他のクラスメイト達も集まって来ていた。
その中心でポーズを決める俺たち兄妹。
「むんむんっ」
「ニコッ、キラッ☆キュピーン☆彡」
主な反応は「信じられない」と「ウソだ」だった。
失敬な。
「「分かる」」
「鳴神さんと陣内さんまで失敬なっ」
ほら見ろ、お嬢様がたが肩を震わせておいでだぞ?
こんな場面でも淑女たろうとする彼女たちを見習うがいい!
とはいえ笑う門にはなんとやらだ。
「NK細胞で心の中から健康になろうじゃあないか」
そんな和やかな雰囲気を壊すように、アラートがホテルのロビーに鳴り響いた。
『当ダンジョンに次元の裂け目が発生。ただちに非難を開始してください。繰り返します──』
どうやらなんらかのエラーによって、ドワーフたちの住む向こう側の世界とは別の場所に、ここのダンジョンが繋がってしまったようだ。
「みんな、落ち着いて。まず状況を整理しよう」
我らの委員長である鳴神さんが声を上げる。これはおそらく中学生である女学院生を、落ち着かせるための行動だな。浮足立ち始めたお嬢様がたが、鳴神さんのほうを見て返事を返す。
そして頭脳である陣内さんがタブレットを片手に、淡々としつつも有無を言わせない声で全員を呼び止めた。
その視線は、俺たち同じ学園のメンバーだけでなく、今回たまたまこの合宿に居合わせたカグヤの友人である女学院の生徒たちにも向けられている。
陣内さんは感情を削ぎ落としたような声で、現在の戦力状況と今後の行動計画についての説明を進め始めた。彼女の言葉には、ナビゲーターとしての冷静な戦況分析がこれでもかと詰め込まれている。
「まず前提として、私は女学院生たちのことは把握していない」
彼女たちが普段どんな訓練をしていて、どのレベルまで動けるのか。そういった詳細なんて俺たちには分からないからな。
それに実戦経験は、おそらくないだろう。
「私は自分が把握していない、不確定要素満載の戦力を戦闘に使うつもりはない。こういった極限状態において、小さな綻びから全体の作戦が瓦解する可能性もある。だから戦闘に関しては、すべて私たちに任せてもらう」
彼女の徹底した現実主義的な物言いに、お嬢様方は一瞬だけ気圧されたように顔を見合わせた。しかし、陣内さんの言葉は単なる切り捨てではない。最前線を支える彼女なりの、確かな守りの姿勢だった。
「ただし、非戦闘行為については協力を仰ぐ場合がある。もしこれからの会話の中で、自分たちにできそうなことがあれば教えてほしい。現在このエリアで感知できたエネミーの戦闘力はLV3」
中学生の訓練用としては明らかにオーバーしているレベルだ。
「あなたたちの護衛は私たちに任せること。絶対に勝手に動いてはダメ」
その言葉には、全員を無傷で生還させるという強い意思が宿っていた。お嬢様たちも、自分たちの安全を第一に考えた上での指示だと理解したのだろう、真剣な表情でしっかりと頷いた。
陣内さんはすぐに視線を俺たちに向け、次の指示へと移る。
「ひな、予備弾は?」
「マガジンポーチ2個分かな。マガジン3個分、帯電弾が60発。残りが誘導弾20発だよ」
鳴神さんが、腰のポーチを叩きながら即座に答える。
「了解。ひなを頂点に、撃ち漏らしを兄が処理。残りを女子で固める。佐々木、念のため治療薬を」
「はい」
「オッケー」
「分かった」
周囲のメンバーが小気味よく応じる。陣内さんの淀みのない采配は、見ているだけでこちらを安心させてくれる力強さがある!
「新井、車の確保」
「駄目だな。出口が開かない」
亮二がバスを取りに行こうとするが、1階出口は通行不可能になっているようだ。一瞬考えた陣内さんが純に声をかける。
「遠藤、脱出ルート検索。ドローンをすぐに飛ばして」
純が即座に端末を操作するが、すぐに苦い顔をして首を振る。
「陣内さん、僕のほうもダメみたい。スマホも通じないし、電波が届いてないみたいだよ」
「分かった。リン、頼める?」
陣内さんは迷うことなく、次の手を打った。速水さんにルート検索と救援要請を出すために、単独で先行してもらうようだ。
速水リンさんは加速系能力者。彼女の瞬駆動は圧倒的な加速力で、通路にうごめくエネミーなど余裕で振り切れる。
納得の人選だ。
「任してよ。アタシならエネミーなんかどうにでもなるからね! なるはやで戻ってくる!」
不敵に笑った瞬間、速水さんの姿はブレ、次の瞬間には突風を残してあっという間に見えなくなった。さすがは突撃隊長。頼もしすぎるスピードだが、曲がり角には気を付けてくれよ?
次に陣内さんが目を向けたのは、空に潜る能力を持つ風波つばささんだった。
「つばさ、空潜行で非戦闘系の生徒を運んで」
「私は平気だけど、一緒に入る人は酸素ボンベが必要だよ」
風波さんが困ったように頬を掻く。彼女の空に潜るという能力は、安全に人を運べる反面、内部の空気確保が課題になるのだ。あいにく、今の俺たちは酸素ボンベを所持していない。
どうするべきかと全員が考え込んだとき、女学院生のひとりが、緊張で少し震える手をすっと上に挙げた。
「あの、私……お役に立てるかもしれません」
声を上げたのは、カグヤの隣にいたお嬢様のひとりだった。彼女は自身の能力について、少し恥ずかしそうに説明を始める。
能力名は空気名人というそうだ。
「私は周囲の空気を自由に動かせますから、空気の通り道を作ることができます」
素晴らしいアイデアだ!
それなら風波さんの潜行空間と外気を、彼女の作った空気のチューブで繋ぐことができるじゃないか。潜行中の酸素の循環を担当してもらうことで、ボンベがなくても安全に避難させることが可能になる。
「つばさととても相性がいい能力。たすかる」
「陣内さん、ウチも戦える」
その様子を見ていたカグヤが、自分も負けていられないとばかりに身を乗り出してきた。
「ダメ。カグヤのことは分かる。けど例外はなし」
「でも」
「私は兄の暴走を警戒する」
「ム? 俺は暴走列車ではないぞッ、ヌゥン!」
思わず筋肉に力を込めて反論してしまったが、陣内さんはジト目のまま、ぴしゃりと言い放った。
「例を知ってる。可能性は消す」
そうか……以前の、あの誘拐事件のことだな?
俺がカグヤの危機を前にして取り乱し、正体を隠しているはずの銀髪さんモードの動き──発勁をぶっ放してしまうことを彼女は警戒しているのだ。
こんな極限状態のときでも、俺の正体が周囲にバレないように、そして俺たちが無茶をしないように深く考えてくれているとはな。
さすがか! 感謝しかないぞッ!
「了解だ。カグヤ、陣内さんに任せよう」
「ちぇー」
俺が肩を叩いて諭すと、カグヤも渋々といった様子ではあるが、陣内さんの意図が伝わったようで引き下がった。
そんな俺たちのやり取りを見届けた陣内さんは、スッと視線をタブレットに戻し、ボソリと呟く。
「兄は調子に乗りやすい性格。チョケぎみ」
「なにィ!?」
まさかのチョケぎみ宣言! 陣内さんからの評価は、いつも通り非常に辛辣である!
少しは格好良いお兄ちゃん的な部分も認めてほしいものだがな!
「あっは、仕方ないなー」
俺の情けないリアクションを見て、カグヤがケラケラと笑い声を上げる。どうやらカグヤにも、陣内さんが場を和ませつつ、全員の安全を最優先にしているという意図が正しく伝わったようだ。




