21 ごきげんな未来を見据えて
ドワーフダンジョンの1階。
訓練を終えた俺たちが雑談していると、明るい声が響いた。
「ごきげんよう、鳴神さん」
重厚な石造りの壁と豪華な調度品が並ぶホテルのロビーで、声をかけてきたのはニヤニヤと笑みを浮かべたカグヤだった。
それだけじゃあない。
カグヤの周囲には気品あふれる少女たちが大勢集まっている。この合宿には、女学院のヒーローたちも参加していたのだ。
中学生である彼女たちのメニューは戦闘訓練のみ。救助のような複雑で高難易度なものではない。このダンジョンは空間を個別に生成するインスタンスダンジョンとしての運用も可能なため、俺たちとルートがかち合うことはないのだ。
そう考えると不思議な技術だよな。
カグヤたちがお喋りをしながら歩いてくる。その瞬間、ロビーにふわっと優しい香りが広がった。
思わず鼻をくすぐる香りに目を細める。
「森林公園のような清々しい香りだな」
俺が呟くと、カグヤの隣にいたお嬢様の一人が、胸元に光る小さな小瓶のブローチを振って微笑んだ。
「流行っているんです」
いま女学院の生徒たちの間では、特別な香りを閉じ込めたアロマアクセサリーが流行しているらしい。
なるほど、まるで大自然の中にいるような心地よさだ。
「まあ、鳴神さまですわ」
「お知り合いなのですか? カグヤちゃん」
「ご紹介していただきたく思いますが……ご迷惑でしょうか?」
鳴神さんの姿を認めた途端、少女たちがドキドキ、キャッキャといったふうに色めき立った。迅雷の乙女の二つ名を持つ実力者の鳴神さんは、他校の中学生たちにとっても憧れの的なのだろう。
さすがである!
しかし、当の鳴神さんはガチ緊張しているな? 普段のしっかりものオーラはどこへやら、視線が右往左往している。
いくら頼れる委員長といえど、純真無垢で上品なお嬢様たちに全方位から囲まれてしまえば、どう対処していいのか分からないらしい。
「カグヤはお嬢様も引き付けるんだな」
うむ、仲良しでよき!
「ヨッス。アニキたちも終わったとこ?」
カグヤがひらひらと手を振りながら、軽いノリで歩み寄ってくる。
「さっきな」
「あ、カグヤちゃんのお兄さま。ごきげんよう、お久しぶりでございます」
生徒の一人が俺に気づき、丁寧に一礼した。
カグヤの友達だからな。
何度か顔を合わせたことのある、見知ったお嬢様だ。
「ああ、ごきげんよう!」
俺がいつも通り胸を張って力強く挨拶を返すと、彼女は上品に口元を隠して小さく笑った。
「クスクス。相変わらずの逞しいごきげんようで安心いたしました」
「うわあ、小柴くんがお嬢様と普通に話してる……不思議すぎる光景だなあ」
それを見た鳴神さんが、引きつった笑みのまま驚愕の声を漏らす。俺が筋肉に全振りしたような男だからだろうか。いやいや、ヒーローオタクとして、未来のヒーローたちへの敬意と挨拶は基本だからな!
「兄、相変わらず謎多き存在」
陣内さんがフラ~ッと参上。
「陣内さんもごきげんYO☆」
カグヤが片目を瞑ってポーズを決め、お嬢様たちもそれに続いて清楚な挨拶をしている。
「あ、こよみちゃん、ごきげんよー」
女学院生のごきげんように、鳴神さんもつられてごきげんようした。
「ひなはお嬢様のスペックを充分持っている。イインチョ力を見せるといい」
陣内さんの無茶振りに、鳴神さんは「む、無理だよ!」と首を横に振っている。本当にこういう場には弱いらしい。
「ねーねー、アニキたちはどんな訓練だった? ウチらは戦闘訓練だけだったんだけど、高校生にもなるとさー、難易度も高くなりそうじゃん?」
カグヤが興味津々に尋ねてくる。お嬢様たちも、先輩たちの訓練内容が気になるようで、いっせいに耳を傾けてきた。
「俺たちは災害現場からの要救助者救出訓練だな」
「お邪魔パペットも結構出たからキツかったよね。50体くらい処理したかも?」
「凄いな。俺は12体程度だったぞ?」
俺と鳴神さんが答えると、陣内さんが淡々と補足を加える。
「戦闘力、ひなのチームは過剰」
「でもそこに油断があったなあ、私」
鳴神さんががっくりと肩を落とした。瓦礫の処理や救出の段取りは良かったが……パワーだけでは解決しない局面に直面した直後だからな。
「うわ、キッツ。バランス考えないと詰みじゃん」
カグヤが顔をしかめると、隣のお嬢様たちも真剣な表情で頷き合った。
「ですわね。捜索、索敵、救助時の行動と安全地帯までの搬送。私たちにもできるのでしょうか……」
不安を口にする彼女たちに対し、陣内さんがゆっくりと、しかし確かな力強さを持って語る。
「心配ない。能力は育つ。学びで知識も増える。自分の適性を見極めれば、必ず誰かの助けになる」
その言葉には、ナビゲーターとして最前線を支える彼女だからこその重みがあった。
「あ、ありがとうございます。さすがは陣内さまです! 動画だけでは知り得ない陣内さまの知見、感服いたしました」
お嬢様たちが目を輝かせて歓声を上げる。おお、陣内さんが素晴らしい先輩力を見せているな!
実戦経験に裏打ちされたアドバイスだしな!
一方で、言われた陣内さんも聞いていた鳴神さんも「知見……感服……」みたいになっていた。
普通は使わないしな。
「カワイイだけじゃないのが陣内さんの凄いとこだよな、アニキ」
カグヤがニヤリと笑って俺の脇腹を小突く。
「ああ!」
俺も深く頷く。陣内さんは本当に頼りになる存在だ。
「ウチの目指す先は陣内さんかなっ」
「ほう? 高い目標だな!」
「頭脳系ヒーローはカッコいいかんね!」
「照れる」
陣内さんはほんのりと頬を染め、視線をさまよわせた。
「カグヤちゃんなら絶対できるよ。頑張り屋さんだって知ってるし、小動物みたいな可愛さも持ってるし!」
緊張の解けた鳴神さんは、微笑みながらカグヤを応援する。だが鳴神さん、騙されてはいけない。カグヤの本質は小悪魔系だぞ?
たぶん。
「皆様を見ていますと、カグヤちゃんが魔断学園への進学を考える理由も、分かってしまいますね。私たちとしては、このまま卒業まで一緒にいたいと思っているのですが……」
女学院の生徒が、少し寂しそうにカグヤを見つめた。
「ウチだってそうだけどね。能力的にガジェットを使うタイプでもないしなー」
「確かに女学院とはタイプが違いますものね」
カグヤの言葉に、周囲が納得したように息を吐く。
お嬢さまがたの身の安全的な理由か、女学院生はガジェットを使うことが多いからな。
その時、一人の少女が上品に顎に手を当てて呟いた。
「お父様に魔断を買収できないか聞いてみようかしら」
「「「え!?」」」
その場にいた全員の動きが一瞬だけ止まった。さらりと恐ろしい規模の発言が漏れ聞こえてくる。「なるほど」と納得の声を上げるお嬢様すらいた。
まさかの参加者!?
俺はガチお嬢様ヒーローの持つ、圧倒的な財力と権力の一端を見たような気がして冷や汗が流れた。
さすがに学園の買収は勘弁してほしいのだが?
カグヤが現在そんな女学院に通っているのには、相応の理由がある。原因は数年前の誘拐事件だ。身の安全を最優先に考え、厳重な警備が敷かれている女学院へ、小学生のときに編入したんだ。
父さんたちの勤めている会社の会長が、学費なんかの便宜まで図ってくれて、本当に感謝しかないぞ。
当初は寮生活を予定していたが、両親や祖父母、俺とも離れることで不安が爆発し、カグヤの能力が暴走しかけた。だから自宅からの通いになったんだよな。
護衛まで付けてもらってたからなあ。本当にお世話になったのだ。
しかも気を探る訓練にピッタリだったぞ!
身を隠す技術に変装の技術。
凄い護衛の人だらけだった!!
「まあ、とにかく今は目の前の合宿を全力で楽しんで、強くなることだな!」
俺が拳を握ってまとめると、カグヤとお嬢様たち、そして鳴神さんと陣内さんも、それぞれの表情で未来を見据えるように頷いた。
ちなみに20%くらいは隠れギャルらしい。
※参照元:カグヤデータベース




