16 ヒーローに不可能の文字はない(聞かぬの心得)
翌日の放課後。
我が家のリビングは、昨日とはまったく違う意味での緊迫した空気に包まれていた。
「小柴くん。ちょっとそこに座って」
赤い眼鏡の奥にある鳴神さんの瞳が、いつになく冷ややかに据わっている。声のトーンは低く、そして静かだ。
それはまさに委員長のオーラ。
その隣で陣内さんが、タブレットでなにやら作業をしていた。
「兄、昨日の行動について、リスク管理の問題点を指摘する」
タブレットをこちらに向け、画面を見せてくる。
鳴神さんがリスト化された俺の行動を指さしながら、確認するように話す。
「まず第一に、なにひとつ情報のない次元の向こう側に、なんの準備もせず突入しました」
「ああ。あれは千載一遇のチャンスだったからな!」
「言い訳は却下。ひな、説明を」
「うん。こよみちゃん」
陣内さんが次の画面を俺に見せる。
「次元の向こう側は、地球とは異なる世界の環境です。それなのに小柴くんは現地の空気の成分をはじめ、あらゆる有害物質の有無を──」
鳴神さんの言いたいことは分かる。
が……ヒーローのフィジカルは高い。視認できないほどの微細なエネミーがいる空間でさえ、俺たちは活動できるのだ。
以前出てきて、あかねさんが鎧袖一触で倒したエネミーのような、な。それにヒーロー用ボディスーツがあったとしても、あかねさんの能力を間近で受ければダメージはあるはずだ。
それを無傷で過ごせるのだから、ヒーローのフィジカルは万能という結論が出るのだ。俺の場合はそれに加え、氣功を練って内側に巡らせれば、風邪なんかのウィルスも吹っ飛ばせるしな。
そのうち『初心者必見。ガチ簡単! 氣功講座!!』もやるべきか。
「──自殺行為に等しいの」
俺のライブ配信は全部で10本。
学生ヒーローの動画はそのうち4本。
つまりプロの現場の経験も、撮影に限るが6回はあるのだ。
鳴神さんの指摘に頷きつつ、これまでの経験則からの事実を伝えた。
「その思考が一番危険」
「そうだよ小柴くん。油断に繋がるって私は思うな」
俺はハッとした。
それもまた事実!
「報告せずに突入したのは、確かに油断と慢心があったから……か。ありがとう、鳴神さん、陣内さん。もし次のチャンスがあったら、俺は必ず報告してから異世界に行くと誓おう!」
「ええ? そ、そうじゃなくて……小柴くん」
「聞かぬ……」
「ふっふっふ、ヒーローに不可能はないっ!」
自信満々に胸を張る俺を見て、鳴神さんはなぜか深いため息をつき、眼鏡の位置を直している。
陣内さんはポテチを食べ始めた。
「あーっははは、アニキの頭に辞書はないかんね! ムリムリー」
動画編集をしていたカグヤが、けらけらと笑いながら口を開いた。
「はっはっは、それを言うなら俺の辞書に不可能はない。だぞ? 不可能だらけだがな!」
ニヤリと笑ったカグヤは「いーや、ウチは間違ってない」と自信満々だ。マテマテ、それでは俺がアホの子になってしまうじゃあないか。
しかし俺の意見は棄却された。
理不尽な。
「だけどさ、助けるってことは、自分も助かることだって、アニキはちゃんと知ってるから。ダイジョブ!」
「ああ、大丈夫!」
カグヤは手元のタブレットを操作し「そんなことよりチョット見てよ!」とテンション高く、画面を俺たちに見せてきた。
「そ、そんなこと、じゃないよ? カグヤちゃん」
「家族全員聞かぬタイプの可能性大」
画面に表示されていたのは、確かに驚きの数字だった。
「おお? チャンネル登録者数が一晩で爆増してるな」
倍以上になっている。
3ヶ月程度の新米ヒーローにしては過分な評価をいただいているな。
「そうなんだよねー。しかもさ、国内だけじゃなくて、海外からの登録も増えてんのよ。コメント欄も英語とか、よくわからない外国語で埋め尽くされてる。
ほら、この汚清楚デビル~~みたいな翻訳文がいっぱい」
「え? 見ていいのかな?」
「ユーチューバーの管理画面初めて見た」
「うーむ、異世界ファンタジーのせいだろうな」
俺は腕を組んで納得の頷きを返した。
「それもあるけど、ダンジョン化する瞬間も珍しいんじゃないかな? こよみちゃん、知ってる?」
おお、確かに鳴神さんの言う通り、そういう動画は少ないな。しかも俺の場合は現場の近くだ。
「記録されているものは少ない。公開されているものはさらに少ない」
「しかも虫みたいな動きする美人モードのアニキきゃきゃきゃきゃっ。あ、あれはムリー! ムーリィィッ! あひひははは、た、たしゅけっ……ふごぉっ」
やめとけ? カグヤ。
お前にフゴォは似合わんぞ!
ほら見ろ!
鳴神さんと陣内さんもプルプルし始めてしまったじゃないか!
た、確かに公式映像に映っていた俺は虫のようだったがっ。
「こ、この雰囲気で忠告なんて、もうムリだよぉ!」
「ヒヒひな、諦めも選択肢のうっち、クッ」
「ハアーッ、オモシロ! ねえねえ、においとかはどうだったんだよー。臭い? やっぱり異世界の植物だから、ドリアンみたいな強烈なヤツ?」
カグヤが興味津々で身を乗り出してくる。
「いや、木の多い公園みたいなにおいだったぞ。マイナスイオンが出ているような、むしろ清々しくて健康にもよさそうだった」
「へえー、なんか意外。もっとこう、おどろおどろしい腐臭とかするかと思った」
「興味深い」
「私、勝手に酷い環境なのかと思ってたなあ」
「植物の他には? ケモミミ少女やエルフの気配、ない?」
若干だが、陣内さんもワクワクしたように聞いてきた。
「いや、俺が突入したエリアの周囲には、あのアルラウネの眷属みたいな植物型エネミーしか見当たらなかったな」
「配信映像を見る限り、兄の動きに大きなブレはなかった。地球と同じ物理法則が働いていると考えられる。しかし進化の過程が地球とは違い──」
陣内さんは小さく頷き、ケモミミ少女やエルフの可能性は消えていない──みたいなことをブツクサ言いつつ、猛烈な勢いでGドキュメントに書き込んでいる。
「ウチはドラゴンとか見たいけどなっ」
「カグヤ、それもアリ」
苦笑しながら鳴神さんも俺に質問してくる。
「ねえ小柴くん。裂け目の向こう側の世界に、文明みたいなものはあった? エネミーを柵の中で飼ってたけど、他にも意志を持った誰かがそこにいるのかなあ」
委員長らしい、今後の防衛に関わる核心を突いた問いだった。
「明確な建物や街は見えなかった。だがあのアルラウネが言っていたお仕事、日報という言葉。まあ……あの個体だけ、ってことはないだろうな」
「そう、だよね。ただの災害として片付けるには、向こうの世界は広くて、未知すぎるなあ」
鳴神さんは神妙な面持ちでため息をつき、異世界という脅威のスケールに改めて表情を引き締めていた。
「さすが委員長だな!」
「うん。兄の言う通り。イインチョキャラ、バッチリ」
「ちょっと、こよみちゃん!?」
「あはは、アニキたちのクラス、楽しそうだね。やっぱウチも魔断学園かなー」
「わざわざ試験受けるのか。滅魔ならエスカレーターだろ?」
「え? カグヤちゃんって滅魔女学院に通ってるの!?」
「カグヤはギャル。お嬢様に遠き存在」
「ウチもチョットそんな気がしてんだよねー」
ごきげんようという挨拶は最高にクールだ!
今の我が妹殿には遠い言葉だと、俺も思うが。小学校の頃は似合ってたんだよなあ。
そんな呑気な会話を交わしていると、俺のスマホに着信アリ。
「ヒーロー協会からだな?」




